慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において。


慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において。
天にあり地にある凡ての有は、アッラーを讃える。
本当にかれは偉力ならびなく英明であられる。
信仰する者よ、あなたがたはどうして(自ら)行わないことを口にするのか。
あなたがたが行わないことを口にするのは、アッラーが最も憎まれるところである。
本当にアッラーの御好みになられる者は、堅田な建造物のように、戦列を組んでかれの道のために戦う者たちである。
――聖クルアーン 戦列 (アッ・サッフ)より


グダグダと御託を並べず行動する者をこそアッラーは好まれる、ということでしょうか。
口先だけの奴は駄目だと。口を動かしている暇があったらやれ、と。耳が痛い話です。
堅田って堅固のことですかね。それともそういう言葉があるのか。

沈み行く秋の月と日を眺め酒に酔い痴れる至福よ、永遠なれ。
涼しくなるにつれ、風味豊かな焼酎のお湯割がより美味くなる。


・Mamluk 'Askari!!

Mamluk Askari
マムルークのアスカリ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%AA_(%E5%85%B5%E5%A3%AB)
askariはアラビア語、ペルシア語、ソマリ語などで兵士、軍、戦士を意味するそうですから、マムルークの戦士とかマムルークの軍といった意味でしょうか。マムルークは“所有されし者”だから所有された軍、所有された戦士達みたいな感じですかね。

アイン・ジャールート
ヤシャスィーン!!
違うか……。
アップロードの制限上pixivより圧縮されてます。

待ちに待った喇叭の音色、光輝く軍旗の刺繍、蹄の轟き、喚声、そして蒼褪める敵の戦列……
騎馬突撃の無い人生は、塩コショウを振らぬ冷めた肉の様に味気ない。
――大陸軍第4軽騎兵連隊 トマ・パラディール大佐

(さっき思いついたので当然そんな大佐はいない!)

以下pixivより

1260年9月3日“ゴリアテの泉”

1227年にチンギス・ハンが世を去った後もモンゴルの勢威は衰える事無く、後継者達による征服活動は東西に拡大し、その進撃は止まる所を知らなかった。1253年、チンギス・ハンの孫であるフレグは第4代大ハーンであるモンケに一軍を任され、シリア、アッバース朝、小アジア、エジプト方面の征服を目的とした西征の任を引き受けた。

1257年11月、イスラムの黄金時代を築き上げたアッバース朝の都バグダードに10万を超えるフレグの軍勢が押し寄せた。第37代カリフ、ムスタアスィムは降伏勧告を退け、モンゴルの包囲攻撃に対し抗戦を試みたが、翌年の1月29日に郭侃を筆頭とした攻城戦の豊富な経験と技能を持つ武将達の攻撃を受け、2月10日に栄光の都は降伏した。

市街に雪崩れ込んだモンゴル軍は残虐の限りを尽くし、生きとし生けるもの全てを屠り、目にしたもの全てを奪い、そして破壊した。その死者数は数十万から百万と様々に伝わっているが、死臭のあまりモンゴル軍が陣地を風上に移したほどで、文字通り皆殺しであった事についてはいずれの報告も一致している。モスクも宮殿も図書館も何もかもが破壊され、灌漑施設の破壊により地域一帯の緑と農業も失われた。第7代カリフ・マームーンが築いた図書館“知恵の館”もこの時失われ、古代ギリシアなど東西を問わず幅広く収集・翻訳された人類の叡智は灰塵に帰した。こうして500年の歴史を誇ったアッバース朝は滅亡した。

1260年、征服行はシリア・エジプト方面へと進み、ダマスカス、アレッポと主要な都市と勢力は悉くモンゴルの軍門に下った。残すはエジプトのマムルーク朝であったが、モンケ崩御の報を受けたフレグは部下のキト・ブカを残し撤退を余儀なくされた。キト・ブカは通例通りマムルーク朝に降伏勧告を送るも、スルタンのクトゥズは使者を処刑、モンゴルとその西進を阻むマムルーク朝との戦いは不可避となった。

この時、マムルークの最先鋒に一人の男が加わっていた。その名はバイバルス・アル=ブンドクダーリー、吼え猛る虎、史上最高のマムルーク指揮官である。
9月3日、アイン・ジャールート(ゴリアテの泉の意)、ダビデとゴリアテに因んだ伝説の地で両軍は会し、決戦の火蓋が切られた。
―――――――――――――――

英雄や傑物は稀であり、大方の人間は泡沫の様に跡形もなく消えていく。
スルタンもまた大勢現れては儚く消えたが、バイバルスの様な男は稀であった。
ある者は軟弱さや気安さ、怠惰により侮られ滅ぼされ、ある者は過剰な剛毅や残忍さ、厳格から恨みを買い屠られた。権力を掌握し、指導者であり続ける事は、ときにその地位に達する事自体よりも困難である。
持続は到達に要する以上の才能と努力を要するものだ。バイバルスはその両方を完遂した。地の底から這い上がり、王者として死に到るまで国家と人々の心に君臨した。
ときに畏怖され、ときに慕われ、それに値する人物である事を行動で証明し続けたのだ。
――ジョン・アルベルティ著、バフリー・マムルーク朝旅行記より――

捏造書物。

イスラム圏の英雄はサラディンが有名ですが、十字軍国家の駆逐、モンゴルの撃退を成功させた
バイバルスもイスラム世界では同等以上の英雄として評価されているそうです。

彼が活躍したのはエジプトやシリア等ですが、その出身は遠く黒海の北、1220年代の
キプチャク草原で十代半ばにモンゴル軍に囚われ、奴隷商人に売られる不運に見舞われました。
モンゴルの進撃による奴隷の供給過多に加え、片目の白内障等により彼は奴隷としての買い手すらいないという、まさにこの世のどん底にありました。散々たらい回しにされたバイバルスは最終的にアイユーブ朝のアミール(司令官、総督)に買い取られマムルークとなります。

頑健で、何より知性に秀でたバイバルスは機会を得た事でその頭角を現し始めました。
彼はその主がアイユーブ朝スルタンの不興を買ったことにより、身元をスルタンに引き取られバフリー・マムルークに加入、並々ならぬ才覚を示し、20歳にして一部隊の指揮官に昇進しました。さらにルイ9世による第7回十字軍においてスルタンの病没、マムルーク指揮官の不在という絶体絶命の危機に代理指揮官として奮戦し、十字軍の撃退に寄与しました。

しかし戦功を上げたマムルークはその功と力を恐れたスルタン、トゥーラーン・シャーに追放・投獄されてしまいます。マムルークの恨みはスルタンの暗殺に繋がり、先代の妻シャジャル・アッ=ドゥッルが女性スルタンとして即位し、ここにマムルーク朝が誕生しました。

後に彼女に代わりスルタンとなったアイバクは再びマムルークを脅威と見做し、指揮官を殺害。
バイバルスは仲間と共にシリアへの亡命を余儀なくされました。再就職先を求めて放浪するマムルーク達ですが上手く行かず、苦しい生活を送る羽目に。それでもバイバルスは仲間を見捨てず、彼らを率い続けたとされています。こうした行動が後の部下達の信頼と忠誠に繋がりました。

アッバース朝滅亡により諸国が恐慌状態に陥っていた頃、マムルーク朝ではクトゥズがスルタンに即位し、バイバルスと和解。こうしてバイバルスは対モンゴル戦に向けて抜擢されました。

フレグに軍の一部を任されたキト・ブカは征服を継続し、マムルーク朝に降伏を勧告するもクトゥズは使節を処刑。1260年9月3日、両軍はガリラヤの丘陵地帯でついに激突しました。

緒戦、バイバルスは自身の部隊を餌に敵の攻撃を誘いました。優勢と判断したキト・ブカは攻撃を開始、後退するバイバルスを撃破すべくこれを追撃。バイバルスの目的は本隊の待ち伏せ地点まで敵を誘導する事でした。結果的にモンゴル軍はマムルークに包囲され、壊滅します。バイバルスはまさにモンゴルが世界中で披露した戦術をもってそれを打ち破りました。

危機が去ると仲間割れを起こすのは人間の常のようで、戦前に約束していた地位を認めないクトゥズに対し、バイバルスはスルタンの殺害を計画、それを果たします。遂にバイバルスはスルタンに即位、奴隷の境涯に落ちた男がマムルーク朝の頂点に上り詰めたのです。

スルタンとなったバイバルスはその才と慧眼を以って内政、外交、軍事に采配を振るいました。モンゴルの脅威に備え、神聖ローマ、ビザンツ、ルーム・セルジューク、キプチャク・ハンとの関係を強化し、軍備を増強し、再侵攻を牽制・阻止しました。彼は在位中も陣頭指揮を厭わず、モンゴル、十字軍を問わず撃破し、イスラム世界の英雄となったのです。

モンゴルの内紛やジャラールッディーンの勝利等も考えれば、局地戦に過ぎぬかもしれませんが重要な戦いの一つかと。そして何と劇的な人生か!

マムルーク:所有されし者を意味する。高度な教育や軍事訓練など文武両道の指導を受けた軍人奴隷。1人前になると解放身分となりマムルーク軍団に所属、さらなる忠誠を期待された。     
バフリー・マムルーク:バフルとは海の意、現地で海と呼ばれたナイルの中洲に兵舎があった事に由来。キプチャク出身者は乗馬・弓術に優れ、モンゴルへの復讐心に因り戦意旺盛だった。

以上

イスラームから見た世界史という本(たしか著者は歴史家ではないけれど)でも簡単に触れられておりましたが、どうもこの時代のモンゴルの襲来と破壊はムスリムの信仰と思想の傾向に無視できぬ影響を及ぼしている様です。
イスラーム初期の戦い(バドルの戦い、ウフドの戦い、ハンダクの戦いなど)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%89%E3%83%AB%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%95%E3%83%89%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%80%E3%82%AF%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
における危機と勝利は試練を乗り越える事の必要性や、信仰の正しさを証明する意味などで解釈されたようですが、13世紀の
バグダード・アッバース朝の滅亡などの完膚なきまでの敗北と破壊はその確信に強い衝撃を与えたようで。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%B0%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%89%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84

イスラームから見た世界史P303より
何よりもまず、彼ら(モンゴル)はムスリムの神学に危機をもたらした。これに対してムスリムはさまざまに反応したが、その余波は今日まで尾を引いている。かかる危機が生じたのは、神学者と法学者のみならずおおかたのムスリムがそれまでずっと、イスラームの軍事的成功は啓示が真なることを証明していると思い込んでいたからだった。もし、勝利が啓示の正しさを意味しているのであれば、敗北は何を意味しているのだろうか?
<中略>
とくに十字軍後のメソポタミアでは、ムスリム共同体が史上最大の破壊を被ったバグダード襲撃以後、ウンマを普遍化する事が歴史の目的であるという前提を受け入れていた思索的な人々は、一人残らずこう自問していたことだろう。「いったい何が間違っていたのだろうか?」と。


ウンマ↓
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%9E_(%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%A0)

唯一の神への信仰は勝利と平和をもたらすものであった筈なのに一体なぜこのようなことが起こったのかと。確信の揺らぎ、あるいは信仰自体が無謬であるならば、自分たちの信仰の仕方に何か間違いがあったのだろうかという懐疑。そしてある者は何か間違いがあったのなら、本来あるべき姿、より正しい信仰に立ち帰るべきであると考え、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%83%A4

さらにそれが回帰・復古主義に影響を与える。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%A9%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BC%E4%B8%BB%E7%BE%A9

それはときとして、ある種の原理主義的思想を形成していく。今まさに渦中にある過激派などへも影響を与えているのだから、モンゴルの侵攻は21世紀を生きる者にも無関係ではないという事なのでしょう。歴史は連綿と続いているのだなと実感しますね。

お椀の様な特徴的な兜の構造は革や石膏(Gesso)、ニスの積層構造、鎧は革や金属の小札鎧、馬の防具も同じく胴体は革や金属の防具で覆われ、その上を布でくるんでいたようです。映画などフィクションではしばしばイスラム圏の刀剣は湾刀で描かれますが、当初は真っ直ぐの剣であり、13世紀頃に先端部のみ湾曲し両刃といったものが見られるようになり、完全な湾刀になるのはもう少し先です。舞台設定の年代によって刀剣の形状が異なるので比べると面白いです。湾曲した片刃の刀剣はセルジューク・トルコ、モンゴルの方々の影響の様です。


・贅沢をする。

この地上を這いずる憐れなる人間に許された最高の乗り物である、船と飛行艇、そして二輪!
快適な季節のうちに愛馬であちこち走ろうと。
毎度日帰りで二輪を飛ばして行って帰ってくるのもくたびれるので、松崎の国民宿舎まつざき荘というところに泊まってきました。
http://www.kokumin-shukusha.or.jp/annai/ken/sizuoka/222090.html

昼は土肥のマルト食堂で天ぷら定食とアジの刺身を
天ぷら定食

堂ヶ島あたり
堂ヶ島

思いつきで萩谷崎や浜辺を散策し、森の中で蜘蛛の巣にひっかかりまくり……。
森や山を歩くのは久しぶりでしたが鬱蒼と茂る植物や暗い道に差し込む光の中を進むのは楽しいです。
光差す山道
萩谷崎
崖に囲まれた浜辺というのは紅の豚を思い出します。
景色は綺麗ですが高低差があるので結構疲れます。
とはいえ、私は人の多い都会より寂しげな野山の方が落ち着くようです。
西伊豆の眺め①
西伊豆の眺め②

充分に汗をかいたので宿に行き、露天風呂に浸かったのち部屋で海を眺めながらビール。
松崎に乾杯
山野も良いけれど、冷えたビールが供給される環境で無いと生きてはいけぬという業深きこの身よ!!!

泊りだと存分に呑めるのが良いですね。適当に音楽を流しつつ、刻一刻とその色彩を変えていく夕景を肴に日本酒を呑み、そして夕食。何と満ち足りたる瞬間か……。神々よ、願わくばこの様な時にこそ我が命を奪い去りたまへ!
松崎の夕景
松崎の夕景①
松崎の夕景②
松崎の夕景③
松崎の夕景④
松崎の夕景⑤
松崎の夕景⑥
松崎の夕景⑦
金目鯛の煮付けや刺身の盛り合わせなど海産物中心の豪華な夕餉でありました。
食べるのに集中していたので写真は撮ってない……。
そして部屋に戻り自由飲酒主義の続行、波の音に耳を傾け、芋焼酎を呑んで、眠くなったらベッドにばたりと。
宿はとても綺麗で快適でした。

帰りは西伊豆スカイラインを通って修善寺から縦貫道へ、それから東名へ。
二輪、酒、海の幸、温泉、美しい景色。
控えめに言っても最高の休日でした。


・マッチポンプ、あといろいろ見たり読んだり

BS世界のドキュメンタリー選「化学兵器開発とヨーロッパ」
http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/253/2145310/index.html
近年騒がしい地域に化学兵器の原料と製造に必要な機器を長年に渡って
売りつけていたのは果たして誰であったか、という話。

人の家に火をつけて、火事だと叫び、大騒ぎして、最後には自分も飛び込む……。
結果として大損害を出しているので自作自演により利益を得るというマッチポンプの意味とは違うか。
何というべきか、自縄自縛、自爆?
何がしたいのやら理解不能……場当たり、対症療法?
高度に政治的な外交上の駆け引きだとかがあるのかもしれませんけど。
番組で語られた内容が全部本当の事かはわかりませんが、こんな馬鹿げた仕組みに巻き込まれて犠牲になる人は堪ったもんじゃないでしょうな。映像を見る限り化学兵器を喰らった人は酷く痙攣して苦しそうな死に様のようですし。
銃火器や兵器を海外へ盛大に売っている国も仕組みは似た様なものか。
ほんとに地獄と天国とはこの世のことですな。


新・映像の世紀
https://www.nhk-ep.co.jp/topics/newsletter-151001/
初回から早20年。
英米の経済政策や外交政策が現代に到るまで世界に残した禍根について触れる箇所が結構多いですね。
そういう内容を英国だとか米国のメディアは自国民に対してどう報じているのか気になるところです。
事件の経緯・戦術・物理的な現象を踏まえて考えるとおかしな表現が少なからずあった様な気もしますが、各自が試される番組、ですかね。突っ込みいれつつ楽しむような?
面白いので続きを見よう。

だがしかし3巻

相変わらずのお馬鹿ぶりで良いですね。
アニメ化するようです。
http://websunday.net/news/15092001.html

ばくおんもやるようで。
http://bakuon-anime.com/
二輪というものが見直されるというか……面白いものだと知ってもらえると良いですが。

ハッカドールがパロディだらけでなかなか笑えます。
キャベツ検定とか……4話のオチは生々しかったですな。

イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密
http://imitationgame.gaga.ne.jp/
二次大戦中にドイツの暗号機エニグマの解読を成し遂げた天才、アラン・チューリングを題材とした映画。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0
エニグマ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%8B%E3%82%B0%E3%83%9E_(%E6%9A%97%E5%8F%B7%E6%A9%9F)
ウルトラ
https://en.wikipedia.org/wiki/Ultra
これほどの功績をあげたというのに戦後に酷い扱いを受け、政府の公式謝罪は2009年だったのですね。

パリよ、永遠に
https://www.youtube.com/watch?v=RUaEqxNiHhM
親族連座法(ジッペンハフト)の重圧下で決断するというのはつらいでしょうな。
不毛で非情な命令を遂行し未来永劫その悪名を歴史に残すか、それに背いて家族を処刑されるか。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%92%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%AB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%84
コルティッツ将軍は1894年生まれだから1944年は50歳、映画の配役は少し年をとりすぎているのでは。
面白い映画ではありました。

奴隷のしつけ方

古代ローマの奴隷の在り様について書かれた本。架空のローマ人を語り部としております。
カバーもせずに通勤電車で読んでたので周囲から特殊な趣味の人だと思われてたかもしれませんな。
いや、過大な無法迷惑をかける者はいざ知らず、静かに書を読み耽る余が如何様に思われようと知ったところであろうか!
余人の事など知らぬ。

奴隷……全く同一とは言わないけれど、名前が変わっただけで今も本質的な構造には似たところがある。
他者、社会構造、資産、あるいは自分自身の設けた目に見えぬ鎖によって自己の自由を制限・放棄し、隷属する。

マルグリット・ユルスナールがその著書ハドリアヌス帝の回想で書いたように(127Pより)。
―――世界じゅうのあらゆる哲学者の力をもってしても奴隷制廃止に成功するかどうか疑わしい。たかだかその呼び名を変えるくらいのことであろう。わたしはわれわれの奴隷制よりももっと狡猾で目立たぬゆえにもっと悪質な奴隷制の形態を想像することができる。たとえば自分が仕事に縛りつけられているのに自由だと信じている白痴的に満足した機械に人間を変えることとか、人間的な閑暇や娯楽をとりのぞいて、人間の内に、蛮族が戦いに対していだく情熱のようにがむしゃらな労働への嗜欲を助長することなど。この精神の隷属、あるいは人間的想像力の隷属よりは、事実上の奴隷制のほうがましである。―――

現代の日本でも過労死にいたるような労働、貧困による性産業への従事・斡旋、外国人留学生に対する農場での労働などを挙げるまでも無く、有形無形の不当かつ過酷な搾取はあるのだから、パッケージと売り文句の見栄えが良くなり、当事者の認識が変わっただけの話かもしれませんな。

無論、古代の奴隷制は様々な様態を持っていたのであり、鉱山奴隷とか剣奴とか極度に過酷だったり危険だったりするものと安易に混同・同一視するのは誤解を招くでしょうけれど。皮肉にもその多彩さは現代の“労働者”も同じか……。

それからサトゥルヌスの祭りに関する記述には笑いました。本来は豊饒を祝い、神に感謝する祭りなのに街中で男女が所構わず発情するイベントと化していて嘆かわしい、とか……2,000年経とうが、どの地域に生まれようが、人間のする事はあまり変わらないのだなと。ガリラヤ人も何処かで笑っておりましょう。最後の解説で語られる、統計上、現代社会には古代ローマのいずれの時代よりも多くの奴隷がいる、という言葉が頭に残る本であります。


・ヘリに乗る

陸自の木更津駐屯地にて第一ヘリコプター団が記念行事やら何やらで色々公開展示していたので行ってきました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC1%E3%83%98%E3%83%AA%E3%82%B3%E3%83%97%E3%82%BF%E3%83%BC%E5%9B%A3

CH-47
https://ja.wikipedia.org/wiki/CH-47_(%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F)
CH47①

UH-60
UH60①
UH60②
https://ja.wikipedia.org/wiki/UH-60J_(%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F)
ブラックバーン!
61よりC2、1名転落した。
https://www.youtube.com/watch?v=gvI96ZUqTtE
……この印象がでかい。最近の水害では救助活動で活躍してましたね。

AH-1
AH1①
https://ja.wikipedia.org/wiki/AH-1_%E3%82%B3%E3%83%96%E3%83%A9
20㎜がグリグリ動くのを見せてくれましたが、楽しいやら恐ろしいやら。


AH-64
AH64①
AH64②
AH64③
https://ja.wikipedia.org/wiki/AH-64_%E3%82%A2%E3%83%91%E3%83%83%E3%83%81
AH-64Dとかいう奴はてっぺんに丸いレーダー付いてましたよね。
https://www.youtube.com/watch?v=26eqFN1BB70
これの形式は何でしょうな。

格納庫の中に展示してある機体や整備機器などを見て回り、屋台で焼きそばやら地鶏の炭火焼きやらを食べ……。
ビールも飲みたいけど二輪なので駄目……それいつも言ってんな。

しばらく演習を眺めて。
編隊飛行①
編隊飛行②
車両輸送中
部隊の展開

そして……。
CH47②
CH47③
CH47④
全部隊に告ぐ、アイリーン。
繰り返す。 アイリーン。
アイリーン!ファッキンアイリーン!!
https://www.youtube.com/watch?v=nUr2nvTEaWo
それはブラックホークに乗る時にやれと。
CH47⑤
CH47⑥
CH47⑦
CH47⑧
ヘリに乗るのは久しぶりでありましたが、でかい機体は迫力がありますね。
エンジンの轟音とローターブレードの回転音、熱を孕んだ風がごうごうと吹き寄せる。
後部ハッチから乗り込んで離陸。

木更津上空を10分ほど飛行して終了。
小さいヘリは尻がふわふわして何とも言えない気分になりましたが、大きいヘリは安定してました。

静かなハンガーからは秘められたエネルギーや獰猛さ、圧倒的な攻撃力と匂い立つ機能美を感じますな。
我が国において、この手の兵器が大活躍する様な時代が来ぬ事を願っておりますが。

結構あちこち行って色々してます。
これはもうリア充と言っても過言ではありませんな。


さて今回はこの辺で。
次はローマ軍の話を進めましょうか。また次回。
ローマと軍団に無敵のマルスと全能なるユピテルの助力あれ!
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

軍団兵履歴

Legionarius

Author:Legionarius
主に世界史・戦史(東西問わず)の絵を描いております。

形式:Legionarius
状態:製造年月日から30年以上経過
使用燃料:Laphroaig,Bowmore,
Ballantine(12年が好ましいが財布が薄いのでfinest)
エンジン形式:惰性型酒冷4ストロークバルブ108気筒
始動形式:諦念あるいは深い溜息
搭乗機:CBR600RR07白→CBR1000RR2012に機種転換(乗り手に過ぎる良い機体ですがハイオクは財政が……)

音楽:(Bill Evans, Miles Davis, Dvořák, Linkin Park, Rammstein, Killswitch Engage, Enigma外)気に入れば何でも。

書物:ノンフィクション、歴史(ローマ史、古代ギリシャ,WW2外)、SF(ホーガン、ハインライン外)、最近はOsprey社の本ばかり。主にマクブライド先生のやつばかり。

漫画:(大陸軍は世界最強とかアララララーイとか)雑食。

ゲーム:ROME TOTAL WAR、MEDIEVAL TOTAL WAR
     CALL OF DUTY、S.T.A.L.K.E.R、SILENT HUNTER外

好きな陛下:Marcus Aurelius Antoninus、Flavius Claudius Julianus
好きな甲冑:ロリカ・セグメンタータ
好きなヴァンツァー:フロスト
好きなマクナブ:受領通知!!、カチカチ、カチカチ、続刊はいつですか。
以下、好きなギボン、サトクリフ、パウルカレル、スティーブンハンター、フォーサイス、ルカレ、エルロイなどと八万行に渡って続くので割愛。

辺境報告
往復書簡
オスティア港
記録抹殺刑を免れしもの
軍団基地施設案内
忠誠宣誓をした軍団兵の人数
神託を得る
pixiv
RSSリンクの表示
街道網
同盟申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード