人間は自分自身と折り合える程度にしか他人とも折り合えない


人間は自分自身と折り合える程度にしか他人とも折り合えない
――ポール・ヴァレリー


そして、自分がどんな奴かを理解する事こそ一番困難である様な。
況や他人をや……。

最大の偉人たちとは自己の判断を断固として信じた人であった。
しかし最大の愚か者たちも同じである。

湖に浮かべたボートをこぐように
人は後ろ向きに未来へ入っていく
目に映るのは過去の風景ばかり
明日の景色は誰も知らない
――ポール・ヴァレリー


難民がどうとか話題に上っているそうですが、同じ言葉を話し、概ね同じ文化の筈の日本人ですら騒々しいし、忙しないし、人付き合いがしんどいとかめんどいとか不遜極まりない事ばかり言っている自分は外国人がどうとかそういうレベルではなさそうですね。人種や国籍や文化がどうとかいう以前にそもそも人間全般とやっていけるかどうかすら怪しいという……。人道的支援とかどうとか以前に自身の社会生活の維持が覚束ないのではないか。外の事件によって自己の浅ましい内面が浮き彫りになる、己の狭量かつ冷酷な人間失格ぶりがよく分かる話題ではありますな。

そうだ、CIDGみたいに訓練して部隊を編成して祖国の奪還と防衛を支援・促進してですね……。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%91%E9%96%93%E4%B8%8D%E6%AD%A3%E8%A6%8F%E6%88%A6%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97
今回もそういう事を余所様が半端にやってたから三つ巴?の泥沼になってしまったんでしたっけ。

もうろくに新聞もニュースも目を通していないので世界で何が起こっているかよく分かりません。
貴重な遺跡が吹っ飛ばされて研究者も殺害されたというところまでは聞き及んでおりますが。
ゼノビア様も草葉の陰で嘆いておられよう……。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BC%E3%83%8E%E3%83%93%E3%82%A2#/media/File:Herbert_Schmalz-Zenobia.jpg

どうして皆もっと静かに穏やかに面倒を増やさずやっていけないのか、食い物だとか燃料だとか信仰だとか、抜き差しならぬ問題があるのでしょうけど。やはりあの地域にはローマによる圧倒的支配が必要不可欠である事は確定的に明らか(ローマ至上主義への誘導)。17個軍団くらい投入して“平和”を構築しよう、そうしよう……。圧倒的支配!そして圧倒的感謝!!

メルケル氏は2010年に多文化主義は失敗したと述べてましたが(その趣旨は浅薄な排外主義とは異なるようですが)、
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2010/10/post-1754.php
今後どうなっていくのでしょうね。

そういう真面目?な話はおくとして酒が美味い。
涼しくなると芋焼酎のお湯割りが美味い。
いや、ウィスキーは一年中美味いんですけどね……こいつはもう駄目なんじゃないか?
ラフロイグは値上げ以降ほとんど飲んでおりません。
燃料が足らぬ。


・memento mori

凱旋式挙行完了。
いや、長い事かかりましたね。
今回はこの辺で完成という事に。

以下pixivより

ローマ軍の物語17 凱旋式

ローマ軍の物語17 凱旋式 地図

ローマ軍の物語XⅦ “ユピテルに勝利の感謝を”

凱旋式は信じられないほどの壮麗さでもって挙行された。耳がおかしくなったのかと思うほどの大歓声がローマ市内に反響し、花吹雪が舞い散るなか、四頭立ての戦車で道を行く皇帝陛下と共に俺達は行進した。ぴかぴかに甲冑を磨き上げた騎兵と歩兵の隊列、捕虜や戦利品の行列は永遠に続くかと思うほどだった。後から聞いた話では俺達がフォルム・ロマヌムで喝采を浴び、カピトリヌスの丘を登り始めた頃、行列の後ろの奴らはまだ街の外で整列の準備をしていたそうだ。その日は間違いなく俺の人生で最も誇らしく華やかな1日だった。

だがその日一番俺を驚かせたのは意外な奴との再会だった。誇らしげに道を進む俺の脚にまとわりついた老犬“バシリカ”だ。俺が子供の頃に拾ったのだから、犬の年齢を考えれば第Ⅵ軍団に入隊してローマを発った時点でもう会えないと覚悟していたが、もうろくに目も見えない筈のバシリカの鼻は健在で、数十万の群集や兵士達の中から俺を見つけ出せるほどしっかりしていたらしい。抱き上げてやりたい衝動を抑えるのにかなりの忍耐力を要したが、俺は毛むくじゃらの“旧友”が隊長に蹴り出されて、折角の長寿を粗末に捨てる事の無い様に家で待つように命じ、行進を続けた。

凱旋式は滞りなく進み、ユピテル神への感謝の奉納が行われ、全ての儀式が終わると俺達は思い思いの場所へ向かった。マルクスとティトゥス、ルキウスは美味い物を探しに、ガイウスとサルウィウスはアウルスの案内でローマ観光、
クイントゥスと俺はそれぞれ実家に帰り、家族の面々と再会した。我が家は相変わらず少し傾いていたが、幸いにもまだ倒壊していなかった。

残念ながら幼い日の俺の万物の“教師”であった祖父は俺がダキアで死にそうになっている間に風邪をこじらせて、あっさりとかつての戦友たちのもとへと旅立ってしまっていた。あの説教じみた箴言をもう二度と聞けないのは寂しかったが、船乗りと軍団兵は昔から家族の死に目には会えないものだ。戦争と配属先は風向きや潮目と同じで神々が決める事、兵卒にはどうする事も出来ない。

そもそも、ろくに家に戻らない様な奴が死に際だけ神妙な顔で立ち会ったところで、それまで会いに行かなかった罪が許される訳でもないだろう。それに毎日顔を合わせようが、あるいは数年に一度しか会えなかろうが、もう二度と会えなかろうが、大切なのは互いの魂が唯一度でも通じ合っていたか、だ。

祖父は俺が何を見て何をしたかなど、いちいち話すまでもなく一番よく知っていた筈だ。かつて軍団兵だった祖父が何を考え、どう行動したか、自分の事のように分かる気がした。俺と祖父は完全に同一ではないが、似た様な道を歩いていたのだから。最大の理解者の一人を失った事は大きな痛手だったが、大事な事は飽きるほど何度も言い聞かせてくれた。悲しくないと言えば嘘になる、それでも祖父の考え方や人格は確実に俺の中に宿っていたし、目を瞑ればその陽気な仕草や時折見せた物憂げな笑顔すら、ありありと思い出せた。祖母は文句を言う相手がいなくなって寂しそうだったが、ほどなくして兄夫婦に出来た子供がその喪失感を幾らかは埋めたようだった。

他の連中は全員健康で、最初に死ぬ可能性が最も高いのは間違いなく俺だと確信し、ローマの平和という奴を実感した。そう、まさに“ローマは”平和だった。ダキアで目にした光景や自分の手で為した事を思えば別世界と言うほかなかった。勿論ローマにも残忍な事件や不穏な噂や悲劇的な死は溢れていたけれど、国境のそれとは規模も性質も違った。俺達とダキア人が目を血走らせて命を奪い合っていた時、俺の故郷の人々は劇場で笑い、闘技場で熱狂し、酒場で酔い潰れ、暗がりで睦み合っていた。その為に軍団は存在するのだからそれは当然の事ではあるのだが、そういう世界に戻って何食わぬ顔で皆と話をしていると時折、自分が上手く溶け込めているのかが気になった。

父は変わり果てた俺に驚いた様子だったが、飾り気のない言葉で俺の事を誇りに思うと言ってくれた。そんな台詞を聞くのは生まれて初めてだった上に、上等な鞄と丈夫なサンダルまで用意してくれてとても有難かった。母はかつての様に何も言わず、俺の好物の果物入りプラケンタを焼いてくれた。懐かしく優しい甘味、あるいは果実の酸味のせいか、ふいに頬と鼻がじわりと痛み、俺の視界は酷く歪んだ。

ひとまずは生きて帰ったのだ。
そう実感すると言葉に詰まり、しばらく何一つ話す事が出来なかったし、何一つ見る事が出来なかった。そんな俺を、二人は一瞬顔を見合わせてから何も言わずただぼんやりと眺めていたが、何一つ変わりないそうした姿にほっとした。

弟や妹は大分大きくなっていた。俺は凱旋式に興奮して早くも軍団に入ろうと決意する弟に宿題を済ませてもっと勉強するか、得意の絵を練習する方が賢明だと教えてやり、抜け目無い妹には無用と知りつつ、命令一つでどこかへ飛ばされて、事が終わるまで生死も分からない兵隊と結婚する様な真似だけはしないよう、有難い助言を与え、皆に幾つかの土産を渡した。

戦勝報奨金は俺の恐るべき債権者である妹への返済を除いても十分残ったが、全て父に渡した。3年以上、実家を留守にして1セステルティウスも家族に貢献していなかったのだから。それに次はいつ、いやそもそも帰れるかどうかすら分からない。その保証は無い。

家族の話、ローマで起こった事、俺の軍団と戦争の話、互いに知りたい事や話したい事が山ほどあって時間はあっという間に過ぎた。けれど長居する事は出来ない。俺は数日を過ごすと父と兄達が大量に買い込んだ葡萄酒が大分効いた頭を何とか叩き起こし、再び皆に別れを告げ、その健康を祈り、部隊へ戻った。

自分の家は世界で一番居心地の良い場所だが、一週間も経てば忽ち俺の居場所がなくなるのは分かり切っていたからだ。ローマは世界最高の都市だがとても狭いのだ。
それに軍団と百人隊、そしてろくでもない天幕班は既に俺の第二の故郷になっていた。
――つづく――次回、ローマ軍の物語、第18話”ネプトゥヌスの隣人”ROMA AETERNA EST!!

凱旋式:大勝利を収めたローマの将軍や皇帝は凱旋式の挙行を許された。喝采を浴びて市内を行進し、戦利品と捕虜を連ね、ユピテル神に勝利の感謝を捧げた。まさに栄誉の極みであったが、戦車で進む将軍や皇帝の背後には己がやがては死ぬ人間である事を努々忘れるな、と囁く係の奴隷がいた。ローマで神になれるのは死んだ後だけ。メメント・モリである。
フォルム・ロマヌム:ローマの中央広場、世界の中心
ユピテル:ジュピター、ローマの主神
兵隊と結婚:定期収入の約束された兵士との結婚はそう悪いものではなかったようだが…。

BGMはレスピーギのローマの松よりアッピア街道の松で。
http://www.youtube.com/watch?v=oK9n-Bj4uzk
霧深い夜明けのアッピア街道から静かに帰還するローマ軍の行軍、やがて高らかに吹き鳴らされる喇叭、聖なる道からカピトリヌスの丘へと向かう栄光ある凱旋をイメージして作曲されたものだそうです。
トラヤヌス万歳!ローマ万歳!第Ⅵ軍団万歳!

以上

凱旋門に刻まれている文言はアウグストゥス業績録の一部を……実に適当。
https://en.wikipedia.org/wiki/Res_Gestae_Divi_Augusti
http://penelope.uchicago.edu/Thayer/E/Roman/Texts/Augustus/Res_Gestae/1*.html

カエサルの神殿にはロストラ(演壇)がついていたようで、アクティウムの海戦で拿捕した敵艦の船首(ラム、衝角部分ですかね)が嵌めこまれていたそうです。

栄光の絶頂にあるその瞬間に、背後から死を忘れるなと囁かせる辺りにローマ人のセンスを感じます。
いかなる偉業も栄誉も富も死を境に無に帰す、いずれ終わりが来るのだと。
何もかも有限であり、死を境に無に帰すからこそ、その功績は輝きを増すのでしょう。
永遠に生きるのなら、人は何一つ急く事無く倦怠と飽和の最中に飲み込まれるでしょうから。

ローマ帝国大図鑑(古代ローマの政治・軍事・文化等々に網羅的な本)にある限り(P174-175)では凱旋式には、通常の凱旋式と略式凱旋式の二種があったようです。起源はロムルスの伝説にまで遡るようですが。月桂冠を被ったロムルスがユピテルへの感謝を捧げるべく兵士達を引き連れ歌を歌いながら勝利の行進をしたのだとか。エトルリアの影響を受けて戦車、凱旋将軍の顔面の赤い化粧(ドラマROMEで再現されてる)などが加えられたと。元首政、帝政と経るにつれ、挙行は皇族に限られるようになったのだとか。

マルスの野、カンプス・マルティウスが行進の出発地点だったようですが、ローマの都市の発展と共に当該地は市街に飲み込まれてますから、その後はどうなったのか。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%97%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A6%E3%82%B9

行列の先頭は政務官、議員、そしてラッパ手、戦利品の運搬者たち。次に勝利した土地や占領地を示す絵画や象徴が続き、神官と生贄の牛、生贄の血を受ける金の皿を持つ子供達、捕虜。その次に凱旋将軍や皇帝、親族が戦車に乗って登場、その周りではルディオネスというエトルリア風の踊り子達が舞い踊り、主役の背後で奴隷が不可避の死を囁く。その後には敵から解放された市民が続き、オリーブの冠を被った凱旋兵達が将軍や主役への賞賛と皮肉、冗談、からかいを交えた歌を歌いながら行進したようです。カエサルの時のそれで有名ですね。

https://www.youtube.com/watch?v=RGYI1UHK5jM

行進はマルスの野から牛市場(フォルム・ボアリウム)、キルクス・マクシムス、パラティヌスの丘を回り、聖なる道を通りフォルム・ロマヌムへ、そしてカピトリヌスの丘へ。そこで生贄と捕虜は始末されたようです(前167年以降は勇敢に戦った捕虜は助命されたそうです)。ウェルキンゲトリクスとかユグルタは危険すぎるので処刑されたのでしょうね。皇帝の権威が明らかになった頃には凱旋式は皇帝のみに限れられ、将軍たちは略式凱旋式(戦車ではなく騎乗のみ?)を許されるのみとなったようです。

ヒポクラテスは多数の病人を癒してから、自分自身もわずらって死んだ。カルダイア人たちは多数の人間の死を予言したが、そのうちに運命は彼らをもつかまえてしまった。アレクサンドロスやポンペイウスやガイウス・カエサルは数多の都市を殲滅し、戦列にあっては何万という騎兵や歩兵を殺戮したが、やがて彼ら自身もいつの日かこの世を去って行った。ヘラクレイトスは宇宙の最後の燃焼についてあれほど多くの研究をなしたが、結局体の中に水が一杯たまり、牛の糞に塗れて死んだ。デモクリトスは虱に殺され、ソクラテスは他の害虫に殺された。
――マルクス・アウレリウス・アントニヌス 自省録 第三巻


死は失敗の好みを持ち、天分を持つような人間の庇護者である。
成功を収めなかった者、成功への執念を燃やさなかったすべての者にとっては、一個の褒賞である。
逆に死は、成功のために骨身を削り、ついに成功を収めた人間たちにとって、
なんという残酷な否認、なんという痛烈な平手打ちであることか!
――エミール・シオラン


栄華と無常は古今東西を問わず、人間の重要なテーマなのでしょうな。
memento moriとcarpe diemを肝に銘じよ、泣こうが喚こうがいずれ日は沈む、それまでに精々楽しんでおけ、と。
叶うならば面白おかしく生き、そしてゆるりと死に絶えたいものですな。
よって私は友と飯を食らい、酒を呑み、絵を描き、二輪を飛ばし、何処かへ去るのでしょう。

さて、次は第18話に取り掛かるか、少し違うのを描いてみるか。
バイバルスと騎兵達にするか。
酒でも飲みながら考える事にします。

今回はこの辺で。
ローマと軍団兵諸君に無敵のマルスと全能なるユピテルの助力あれ!
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軍団兵履歴

Legionarius

Author:Legionarius
主に世界史・戦史(東西問わず)の絵を描いております。

形式:Legionarius
状態:製造年月日から30年以上経過
使用燃料:Laphroaig,Bowmore,
Ballantine(12年が好ましいが財布が薄いのでfinest)
エンジン形式:惰性型酒冷4ストロークバルブ108気筒
始動形式:諦念あるいは深い溜息
搭乗機:CBR600RR07白→CBR1000RR2012に機種転換(乗り手に過ぎる良い機体ですがハイオクは財政が……)

音楽:(Bill Evans, Miles Davis, Dvořák, Linkin Park, Rammstein, Killswitch Engage, Enigma外)気に入れば何でも。

書物:ノンフィクション、歴史(ローマ史、古代ギリシャ,WW2外)、SF(ホーガン、ハインライン外)、最近はOsprey社の本ばかり。主にマクブライド先生のやつばかり。

漫画:(大陸軍は世界最強とかアララララーイとか)雑食。

ゲーム:ROME TOTAL WAR、MEDIEVAL TOTAL WAR
     CALL OF DUTY、S.T.A.L.K.E.R、SILENT HUNTER外

好きな陛下:Marcus Aurelius Antoninus、Flavius Claudius Julianus
好きな甲冑:ロリカ・セグメンタータ
好きなヴァンツァー:フロスト
好きなマクナブ:受領通知!!、カチカチ、カチカチ、続刊はいつですか。
以下、好きなギボン、サトクリフ、パウルカレル、スティーブンハンター、フォーサイス、ルカレ、エルロイなどと八万行に渡って続くので割愛。

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