誰もが記憶力のなさを嘆くが

誰もが記憶力のなさを嘆くが
判断力のなさを嘆く者はいない。
――ラ・ロシュフコー

耳が痛い。

Civilization: Beyond Earthのせいで睡眠時間が……。
至高のアフィニティーに傾倒し、人間をやめる方向で進めてます。
ナノテクノロジーとサイバネティクスで人間性を喪失していく我が勢力の未来やいかに。
SF好きな人にお勧めです。一緒に人間やめませんか(勧誘)!

アニメ制作現場を描いた作品、SHIROBAKOも面白いですね。
だいぶコミカルにしてあるのでしょうけれど実際はもっと過酷なのでしょうね。主役が過労死しそう。
見ているだけで大変そうな仕事です。

自分なら頭の中が混乱して狂ってしまうのではないかと。
広告代理店やら何やらの中間搾取だとか構造的問題にまで言及されたら面白そうですけど、首題は製作なのでしょうから
そこは触れられないかもしれませんね。そんなことしたらスポンサーがいなくなりそうだし。


・話をしている途中で何の話をしていたのか忘れる

某ウイルスで人類滅亡などと派手な話で盛り上がっている様ですが、ウイルス側からすれば宿主である生物を絶滅させると自身の生存・複製・繁栄に支障を来すので生存戦略的によろしくないと思うのですが、どうなんでしょうね。
住む場所を全部壊してしまったら最後にはウイルス自身も死滅するのでしょうから、宿主をほどほどに蝕み、広がって進化する方が良いのでは。それに外界と遮断された、人の行き来の無い孤島とか密林奥深くに自給自足で暮らす部族などがいる限り、人類全滅ってことはなさそうです。

どちらかと言えば戦争などで生存可能な環境を自分で破壊して自滅とか、あとは現在の技術ではどうしようもないレベルの大質量隕石などの方がばっちりきっちり滅亡できそうな印象が。

人類にとって一番危険な生物は……?というのも結構面白いですね。
http://rocketnews24.com/2014/05/07/438622/
かつてのペストとかスペイン風邪をもってしても駄目だったのだから、そう容易くは滅んでくれなそうですね。

毎度、災害や危機に仮託して傲り高ぶる人類への神や自然の警鐘だと言う人もいますが、そもそも人間も自然の一部でしょうし、全能の神や、あるいは宇宙の意思なるものが、ちっぽけな惑星にへばりついた憐れな生物の動向をいちいち気にするだろうか、と思わんでもないです。“それ”のリソースが無限であれば可能ではあるのでしょうけれど、“それ”がそんな事する必要あるの、と。

そんな偉大で完全無欠な存在が自分達を気にすると考える事の方が傲りなのではないかと。それに完全な存在なら、何が生じようと後からどうとでも好きに戻したり壊したり変えたりできるのでしょうし。後で問題だと思うほどなら、そもそも最初にそれを予見して、そんな存在を創造しないのでは。全能の逆説みたいに頭が痛くなってきた……。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A8%E8%83%BD%E3%81%AE%E9%80%86%E8%AA%AC

二酸化炭素をどれだけ増やそうが、放射能汚染を広げようが、地球上の全生物を絶滅させようが、地表全てが瓦礫と石礫だけの荒野になろうが、地球は気にしないでしょう。ちょっと皮膚がむず痒いくらいの話ではないかと。何があろうと振出しに戻るだけの話であって。全生物種の90%前後が絶滅したペルム紀末、P-T境界みたいなこともあったのですし。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%87%8F%E7%B5%B6%E6%BB%85

なぜなら地球ははじめから泣きも笑いもしないからな
なにしろ地球で最初の生命は煮えた硫化水素の中で生まれたんだそうだ
――寄生獣 ミギー


粗末な石斧や弓と槍しか持たなかった頃ですら、食べたり、毛皮や骨や角を取る為にありとあらゆる種を屠り、絶滅させてきたホモ・サピエンスなのですから、技術水準や知識が向上した今の方が他の種を絶滅させたり、環境のバランスを崩す事が自身の生存を脅かすと知っているぶん多少はマシなのでは。

さて、何の話でしたっけ、とうとう脳にウイルスが回ったか……。


・わからん

国家予算
http://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/002.htm
何度見ても理解できない……。分からないのは私が不勉強なのが悪いのでしょうけれど。
 
国家の歳入が95.9兆円、その半分が税収で4割強が公債金(将来世代の負担ってしっかり書いてある……)。歳出は社会保障・地方交付税交付金・公共事業・教育・防衛などの費用が7割で残りは国債費(償還及び利息の払い)。これは今の子供とか将来生まれる人々の人生や資産を喰らって命数を保っているという罪深い数字なのではないんでしょうか。

例えば1年の手取りが300万円の人がいたとして、気でも狂ったか毎年240万ずつ借金して、1年で計540万の金を使い切っている(うち返済及び利払いで160万)様な具合ですか。で、現在の債務残高は5,400万(100兆弱の予算に対し、債務残が1,000兆、10倍とするなら540万×10?)くらい?

理解不能……。個人なら詰んでる状態では。あくまで個人なら。国家ならどうなのかは知りませんが。
普通の人は稼いだ分の範囲内で食べ物を買う、家を借りる、車を買う、不測の事態や将来の出費に備えて貯金する、など手元にあるだけの金でどうするかを考えるものだと思うのですが。300万稼げたら節約して200万で生活して100万円貯めよう、とか。

中にはクレジットカードを使いまくったり、神懸かった無知故にリボ払いを使ったり、身の程を知らぬ買い物や生活水準を求めて見栄や虚栄の為に破滅する人もいるでしょうけど、そういう人はそんなに多くはないでしょう。そう思いたい。時折、利息の概念が理解できない若者がいるらしい、と聞いた時は戦慄したというか何というか……あるいは労せずして儲けるという仕組みに疑問を抱くという哲学的な問いの持ち主なのかもしれませんけど。宗教家か思想家か。イスラム銀行的なアレか。

何故、手元に無い金を使うのかがわからない。収入が減ったら普通は支出を我慢して何かを諦めなければならないのでは。永遠に途切れなく経済成長が続いて、永遠に人口が増えて、永遠に税収が増え続けるなら、そんな心配はいらないでしょうけど。それはありえないという事は誰でも分かるのでは。晴れの日があれば雨の日もあるでしょうに。たぶん、この表以外に対外収支やら国家間の債権債務やらあるので事はそんな単純ではないのでしょうけど。

手元に無い金を使う。起業をする人や見込みのある事業計画を組んだ企業は借り入れをして事業を始め、収益から償還(返す)していくという方法を取るのでしょうけれど。成功の見込みのない事業計画は破綻するでしょうし、そもそもそんな計画を提出して金を貸してくれといっても銀行は貸してくれません。

金も無いし、借金も増やしたくないから、と言って突然医療や教育にかかる支出を減らしたら、おそらく今までの水準のサービスは不可能でしょうからバタバタと人が死に、平均寿命も短くなるでしょうし、国の教育水準が下がれば将来の国力は低下するでしょう。公共事業をざっくり削ったりすれば、道路やらトンネルやら橋やらを維持整備する費用が足りなくなり、交通に支障が出たり、悲惨な事故が起こったり、公共サービスの質は低下するのでしょう。治安だとか電気・ガス・水道・物流だとか。物流が滞れば飯もろくに食えない。お金の流れが縮小すれば企業も打撃を受けるでしょうし。

当然そんな破滅的な後退は今さら誰も口にする事も実行する事も出来ない、と。民主主義国家で政治家が選挙前にそんな事を言ったら当選出来る訳がないでしょうし。だから現状を維持して、増税して、焼け石に水の様な事をするしかない、という状態……なのかな?(人口減で内需減少が明らかな以上、消費税率を増やしても消費そのものが減れば意味が……というか追い撃ちでは)もりもりお金を刷れば返せるかもしれませんけど、とてつもなく物価が上がるでしょうし。

まさに日の昇る勢いであった前世紀半ばから後半にかけての成長モデルを根拠に歳入と歳出を組み立て、状況が転換したら改めるべきだったのに、それをそのまま放置したから現状があるのではないかと、そんな風に思えるのですが実際はどうなんでしょうね。修正したけどこうなったんでしょうか。 

まったく体系的な学問を積んだ訳でもなく、精密な考察も何もありませんが漠然と、民主主義はその腐敗と責任所在の曖昧さと無関心と自縄自縛によって、市場原理主義やらグローバル経済とやらはモラルの喪失と不均衡(歴史上の搾取を振り返れば、どちらも昔の方が酷かったか)によって自壊するのではなかろうか、と酩酊・揮発脳で妄想しておりました。

何の本を読んだ訳でもなく、勉強した訳でもないので、妥当な考えなのかさっぱり分かりませんが。(何しろ最近読んだのはサトクリフのヴァイキングの誓い、と漫画“だがしかし”です。前者はバシレイオス2世が登場する稀有なる物語、後者はほたるさんのエキセントリックさが良い、そういえばヴィンランド・サガもミクラガルドことコンスタンティノポリス行きとなる様で楽しみです……全然関係ないですね、相変わらずの支離滅裂さよ!)

けれど、こんな仕組みとやり方にいつまでも付き合っていたら痛い目を見るのではないかという予感がせんでもないです。
それではその先どうなるのか……反動でとてつもなく強権的な統治形態になって何もかも根こそぎ叩き直す様な管理・抑圧的な状態になるか、国が地方や自治体や個人にまでばらばらに分解し、それぞれ社会を築き、緩やかな繋がりを維持する様な状態になるか。そんな感じ?どちらも時代の逆行の様にも見え、今より過酷になりそうではありますが。

医療福祉・教育水準の低下、交通、公共サービスの衰退、治安の低下。どこかの帝国末期に見た流れですね。で、封建領主の群雄割拠みたいな……極端に過ぎるか。そういうSF小説でも書こうか。国家や行政が希薄になった黄昏の世界を描いたヨコハマ買出し紀行はまったりしてましたが、現実に国家がそういう規模の社会に分裂・縮小したらどうなるか、どうやって生きてくか、思考実験としては楽しそうです。考えるだけならば。

これまでも多くの政治体制が試みられてきたし、またこれからも過ちと悲哀にみちたこの世界中で試みられていくだろう。民主主義が完全で賢明であると見せかけることは誰にも出来ない。実際のところ、民主主義は最悪の政治形態と言うことが出来る。これまでに試みられてきた民主主義以外のあらゆる政治形態を除けば、だが。
 ――ウィンストン・チャーチル


分からん、分からんことだらけだ。杞憂であれば良いですが今後どうなるんでしょうね。
こういう他人事の様な言い草が良くないんでしょうな。
 

 ・お絵描き

陛下!架橋完了致しました!!
いつでもダキア人を平らげる事が出来ます。
軍団に進軍の御命令を!!

ローマ軍の物語ⅩⅠ
ローマ軍の物語ⅩⅠ 予告
ローマ軍の物語ⅩⅠ 箱絵
ローマ軍の物語ⅩⅠ ぼやき
地図


以下pixivより

 ローマ軍の物語 XI “カロンの舟に用は無い”

結局俺は祖父が生涯を捧げて築いた貴重な戦訓を忘れ、穿頭術すらお手の物の恐るべきギリシア人名医と”親睦”を深めていた。俺はすっかり地方の都市に馴染み、通常は結婚禁止の軍団兵がよくやるようにアスパシアと非公式にユノやユガティヌスの加護を請う事まで考えていたが、運命の女神はそう容易い巡り合わせを与えてはくれなかった。

1度目の戦争で降伏したダキア人が停戦協定を破り、ドナウ流域を侵犯、略奪を働き始めたのだ。村落は火を放たれ、財産は奪われ、そこに住む人間は奴隷として連れ去られる、という凶報が国境を駆け巡った。それが本当の事かどうか俺には確かめようもなかったが、軍団に一つの命令が通達されたのは間違いない事実だった。

北進だ。

目的は単純明白、ダキアの首都サルミゼゲトゥサを落とし、ダキア王デケバルスの首を取る。そしてダキア人を屈服させるというわけだ。略奪に殺戮、奴隷の連行、ローマが勝てばドナウの向こう岸で同じ事が起こるわけだが、敗北して奪われるのと勝利して奪うのと、どちらがローマ人の好みかは考えるまでもないだろう。少なくとも俺は河向こうの連中に頭を下げて武器を差し出し、住み心地の良い町や仲間を滅茶苦茶にされる様を指を咥えて見るのはご免だった。アスパシアは、80年位前に東方の地で隣人や敵への赦しと愛を説いた男の話を教えてくれたが、隣の家の騒音や水汲みの順番ですら喧嘩の種にするローマ人が敵への愛に目覚めるにはあと何百年必要か想像もつかなかったし、千年経とうが二千年経とうが、俺達のような兵隊が国境で睨み合う世界が変わるとは思えなかった。

危機を前に軍団が無能を晒せば属州は動揺する。ローマが平和の喪失を放置する事は、属州民にとって税金を払ってまでその支配に甘んじる理由が失われる事を意味する。だから皇帝陛下と軍団は全世界に示さなければならない。ローマに弓引く事の愚かさを、恭順を誓う事の賢明さを。綺麗な水や真っ直ぐな道路を望む者には鶴嘴で、剣を望む者には剣で答えるのがローマの流儀だと。勿論これはアスパシアの受け売りだけれどローマがそういう“仕組み”で出来ている事は直感的に理解できた。俺達はその仕組みの一部を成している、多分それは間違いない事だろう。

出発の前日、俺はアスパシアにしばしの別れを告げたが、彼女の返事は俺の期待を裏切らないものだった。全く完璧だった。曰く“あなたの最低なギリシア語をマシなものにするには、あと何年かかるか分からないのだからダキア人などさっさと片付けて早く戻りなさい”。勿論彼女が肩を震わせて涙を流し、俺を引き止める姿など想像もつかなかったが……そもそもそんな叙情的な反応を期待するのはお門違いというものだ。ともあれ、俺はそれが彼女なりの愛情表現だと解釈し、講義の続きを受けるために、再びあの手厳しい皮肉混じりの冗談を味わうために早く仕事を片付けて帰ろうと一層その決意を固いものにした。

我等が親愛なるトラヤヌス帝の即位から9年目、第Ⅵ軍団分遣隊は住み慣れた基地を後にしてステュクスならぬドナウの北、ダキアへ向かう事になった。向こう岸はローマの領域外、皇帝御自らが率いる大遠征が始まったという訳だ。ドナウでは信じられないほど長くて大きな橋を渡った。こいつを作る羽目になったのがどの軍団かは知らなかったが、そいつらには敬意を抱くと同時に心底同情した。

兵卒の俺には何個軍団がこの戦争に参加して、どれほどの補助軍部隊が合流するのかは知らされなかったし、想像もつかなかった。噂では10個軍団以上、補助軍も合わせ10万人以上の軍勢が北へ向かっているという事だったが、俺達の行軍縦隊が丘の頂上を通過した時に地平線の果てまで続く隊列を見てそれが全く根拠のない嘘ではない事はよく分かった。

其々独特の形をした各部隊の軍旗が道なりに延々と連なり、日差しを浴びて輝いていた。
第Ⅱ軍団や第Ⅳ軍団の連中、どこの地方から来たのか分からない言葉を使う奇妙な装備の戦士達、どこかの同盟部族の立派な身なりの騎兵達、その全てが最前線に向かっていた。そして巨大な橋を架けて、これほどの戦力を集結させなければならない相手が待っているのだと思うと先が思いやられた。何しろこんな軍勢に楯突こうとする様な連中だ、よほどの自信があるか、正気では無いに決まっている。

こうしてヤヌス神殿の扉は開け放たれ、俺の“平和な”訓練と待機の日々は終わった。
何か重要な事に直面している時に限って、別の厄介事が起きる。人生とはそういうものなのだろう。
哀れな人間が右往左往して慌てる様を肴に、神々は愉快に酒を呷っているに違いない。本当に嗜虐的な連中だ!
――つづく――次回、ローマ軍の物語、第12話”ザルモクシスの戦士達”ROMA AETERNA EST!!

穿頭術:頭蓋骨に穴を開ける手術。かつてケリアリスは頭部を負傷し、血腫の手術をアスパシアの両親に依頼した。彼の頭部には穴を塞ぐ蓋として、トラヤヌス帝から下賜されたデナリウス銀貨が埋め込まれている。クァルトゥスにアスパシアの診療所を紹介したのはその縁らしい。

結婚:任務に集中させる為、あるいは家族の扶養費削減(出し渋り、軍事費削減)等の理由から軍団兵は結婚が許されていなかった。が、大抵は地元民など内縁の妻がいてその子供も基地の傍に住んでいた。こうしてローマ人・軍団兵は地方の人々に溶け込み、辺境の都市が形成され、ローマという広大な共同体の拡大に寄与した。ローマ人の結婚年齢は男性は生活基盤の整う20代以上、女性は寿命や出産の都合から10代半ばからが珍しくなかった。結果として年の差のある夫婦は少なくなかったようだ。遠征を控えてこれを決意するのは人類の由緒正しき死亡フラグである。

ユノ:女神ユノ(Juno)はユピテルの妻。結婚や出産の守護神。結婚式が6月(June)に行われるのはこれに由来する。ユガティヌスも結婚の神

80年位前:イエスの十字架刑を紀元30年頃とした場合

税金:ローマ本国以外の地域、属州出身の市民権を持たぬ人、属州民は収入(所得か資産評価額か課税対象に諸説あり)の10%にあたる属州税や国有地の賃貸料にあたる収穫の三分の一などを納めなければならなかった。税は概ね防衛費など公益に適う目的に使われたが、徴税請負人や属州総督の不正や搾取は絶えなかった。故にその建前すら果たされなければ属州が不穏になるのは必然だっただろう。ローマ軍団の補助軍、アウクシリアとして軍務につけば税は免除された。金で払うか、生命身体で払うかという訳だ。

ダキア人:ドナウ河の北、現在のルーマニアにあたる地域に住んでいた人々。ルーマニア国歌2番にはトラヤヌス帝が登場する。

ドナウ河:ラインと並びローマの国境

ステュクス:ギリシア神話における三途の川

橋:ダキア戦役にあたり築かれたトラヤヌス橋のこと。石造りの橋脚と木造の橋桁から成る全長1,135m、幅15m、高さ19mの長大な橋。
右岸にポンテス砦、左岸にドゥロベタ砦が築かれた。橋脚は非常に頑丈で20世紀まで残り、河川交通の為に撤去されたが一部は今も残っている。ローマ人の築いた橋や水道は各地に残っており、現在も機能するものも存在する。

ヤヌス神:終わりと始まりの神

以上
 
 次は無慈悲で傲慢な侵略者たるローマ人に抗ったダキアの戦士達の絵でも描きます。
 
 
 デケバルス王との盟約に従い戦列に集いし全ての部族とその戦士達にザルモクシスの加護あれ!
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自分に欠けているものを嘆くのではなく

自分に欠けているものを嘆くのではなく、
自分の手元にあるもので大いに楽しむ者こそ賢者である。
――エピクテトス

人間を不安にするものは物事そのものではない。物事に対する見解が人間を不安にさせる。
――エピクテトス


怒りも苦痛も渇望も憎しみも不満も何であれ、その原因は結局のところ、その状況や情報を認識し、処理し、それに対し感情や行動を出力する自己自身にある。まさにストア派の思想の神髄ですね。
宇宙の法則に従い、主観を掌握せよ、という事でしょうか。私のような凡夫は脳の機能をぶっ壊しでもしないとアタラクシアやらアパテイアやらの境地に通ずるのは困難でしょうけれど。


学生が戦場に行こうとしてとっ捕まる……。
2014年は実に個性的なキャラクターが豊富ですね。
個性を重視する時代ですもんね(棒読み)。

何故こうも余計な厄介事を増やそうとするのか不思議です。
こんなしょうも無い事をして摘発されて、捜査員の仕事を増やし、人員と国民の税金と時間と労力が投入される……壮大な浪費にしか思えません。

インタビューの書き起こしとやらを見ると、殺害される可能性について、大した事ではないと述べたそうですが、それは結果としての抽象的な死しか想像出来ていないからではないかと。

死に至るまでの具体的な過程、例えば胸に銃弾を受けてごぼごぼと血の泡を吐きながら苦痛にのたうちまわる、とか。砲弾の破片を喰らって内臓を溢しながら絶叫する、とか。視認できない様な距離から空爆を受けて四肢を吹き飛ばされる、とか、あるいはそれでも死にきれず“ジョニーは戦場へ行った”みたいになったり。
瓦礫に挟まり、埋まって誰にも気づかれぬまま息絶えるとか。敗走中に復讐と憎悪に燃える敵対勢力や市民に捕縛されて、切れ味の悪い刃物や鉈で生きたままゆっくり解体されたり、電動ドリルで体に幾つも穴を開けられてそこに酸を流し込まれたり(イラク戦争時に行われた様に。“ファルージャ栄光なき死闘”だったか“そして戦争は終わらない”の記述だったか)その挙句、名誉も尊厳も剥ぎ取られて道路脇に打ち捨てられたり、吊るされたり。

そういう悍ましい苦痛に満ちたプロセスも含めて大したことではないと仰っているのなら、痛覚や、肉体の治癒不可能な不可逆的破壊や欠損の類の、極めて根源的で現実的で即物的な刺激や恐怖をすら超克した類稀なき強靭さを備えた不動の精神をお持ちという事なのでしょう。

でもそんな“悟り”の境地の様なものに達した人物なら、こんなあやふやな理由で遠くの戦いに行くとも思えないし……。そもそもそういう人は外的な環境や条件によってフラフラと自己を左右されたり、何らかの事件を利用して自己を確立しようなどと思わないでしょう。臨済義玄師匠の“随処作主、立処皆真”やエピクテトス先生の言葉を今一度、噛み締めて頂きたいものです。

結局、主体性や想像力や現実感が圧倒的かつ致命的に欠如しており、隣の庭がただ青く見えているだけであり(日本ではなく外国なら自分を変えてくれる、違う世界が己に何かをもたらしてくれると信じているのでは)、遠くの人々の深刻な事件を出しにしていわゆる“本当の自分探し”をしようとしたに過ぎないのではないかと。
“インドに行けば人生観変わるよ、マジで”みたいな薄っぺらさが見え隠れしている様な……。
もしそうだとしたら傍迷惑な上に現地の人にも失礼な話ですね。
これは何もかも私の勝手な想像であり、想像力が欠如しているのはむしろ私であるのかもしれませんが。

確かに旅や珍しい経験や他者との関係は鏡に自分を映す様に自己の存在の外観を浮き彫りにしてくれることはあるでしょうが、“自己”なるものは自分の中にあるのであって、地球のどこを探し歩いても、何を見て経験しても見つかりはしないのでは。そういう哲学的な問いはよく分かりませんけれど。青い鳥の童話でも読んだ方が良さそうです。でも1億人以上もいれば、そういう人が出て来るのはしょうがないか……。

特段、信仰も思想信条も政治的意図もないのに余所の国の戦いに首を突っ込もうとしたのは、何者でもない自身が漠然と不安であり、不満であり、そういう事件や闘争に身を置く事で、空虚な自己やその目から空虚に映る社会に何らかの意味や物語を付与させようとしたからなのだろうか、などと勝手に分析しておりましたが、他人様の事なのでよく分かりません。よもや齢20を越えた者がそんな稚拙で安易で傍迷惑な理由では行動しないだろうけれど、そういう事にしておこう。

酒を飲んで、絵を描いて、音楽聞いて、映画観て、ゲームして、二輪に乗って、たまに温泉にでも入れば、それで良いのではないかと思ってしまう安上がりな自分には到底理解の及ばぬことなのでしょう。そもそも酒と豚が禁じられている時点でまず私には無理でしょう……。もっと静かに生きれば良いのに、何故人々はわざわざ余計な事ばかりするのか、何も実りはしないどころか厄介な問題を増やすだけの芽を何故植えるのか……分からぬ。完全に相容れぬ文化や思想を持つ異星人を見ている様な気すらしてきます。あるいは“異邦人”は自分なのか。

あまり他人様の動向についてごちゃごちゃ考えても生産的でもないし、建設的でもないのでこの辺にしておきます。自分はもうニュースの類を見るのも止めた方が良いのかもしれませんね。野次馬は面白くはあるけれど。そんなに色々考える余裕があるほど、おつむの出来もよろしくないし、大した結論が出る訳でもなく。何一つ、産み出されはしない。何だか時間がもったいないし、もっと楽しい作業に時間を使った方が良さそう……。

 隣人の語ること、行うこと、考えることを気にかけない者は、
 どれだけ多くの利益を受けることだろうか。――マルクス・アウレリウス・アントニヌス


 比類なき統治者にして哲学者、我らが最高司令官、皇帝陛下の仰るとおりです。


・ドラマやらアニメを見る

ゲーム・オブ・スローンズ 3期

登場する背景や衣装にも興味があり、じっくり見たいのでブルーレイで購入。
相変わらずの高品質です。毎度ですが露悪的で残虐なシーン盛り沢山なので大人向け、ですね。

グリザイアの果実

ぼちぼち面白そう。
常軌を逸した登場人物達とおかしな会話が大変アレで結構ですね。

チャイカ

ファンタジーの集団戦闘が混戦・乱戦ばかりである事に突っ込みを入れちゃう偏狭な病が……。誰ぞ!誰ぞ、軍事顧問を呼べい!こやつらに隊形や戦列を維持して戦う事を教えてやれ。でもチャイカの変な喋り方が楽しい。

寄生獣

原作を何度も読んだ大好きな作品の映像化。
ミギーの声や原作との雰囲気の違いが賛否両論らしいですが悪くないかと。
シンイチ、冷たい…。

甘城ブリリアントパーク

ヒロインが事あるたびにマスケット(フリントロック式だったか?)で主人公を脅迫するシーンの必要性が疑問ではあるけれど。何の事は無く、その手の漫画文化の定型の一つなのでしょうが、男女逆の立場なら色々アレな抗議を受けるのでしょうね。普通に状況を説明して依頼すれば理解してくれそうなものですが。涙でも流せばイチコロだろうに。それじゃ絵面が退屈になるか……。シュールな設定と言葉のやり取りが良いです。

サイコパス2

ラクーゼ……。
犯罪係数とか……そんなのがあったら私はあっという間にお縄になる気がしないでもない。犯意は微塵もないけれど野放図な自由と消極性、飲酒主義の希求が社会規範や思想に抵触しそう。絡み合う蛇とか天秤の象徴はカドゥケウス、アスクレピオス、テミス、ユスティティアなど、古代のアレなんでしょうね。“正義”の名の下に社会の“病巣”を取り除く、とかそんな意味合いでしょうか。ブラックユーモアが好みです。

ガンダムG

紛う方なき富野、以上。

テラフォーマーズ

何でわざわざ火星をそんな危険な場所にしたのかがいまひとつ分からない。あと必要不可欠な薬を投与する方法が非効率的過ぎて即応性を欠いている気が。急迫不正の事態に備えて、各員のスーツに注射ユニットを装着しておくべきでは?
そして残虐シーンへの表現規制による黒塗りが厳しすぎて訳が分からないカットがあったり……。残酷なものを覆い隠したところで世の中から残酷さが払拭される訳ではないのでは。臭い物に蓋をしても臭い物は無くならない様に。多感な子供相手の配慮なら分からないでもないけれど。きっと、しょうもないクレームを局に入れる非生産的な暇人がいるのでしょうね。
http://www.nhk.or.jp/space/program/cosmic_140213.html
研究者達の予算枠獲得のアドバルーンの類なのかもしれないけれど、もっと現実的な惑星改造を題材にした作品というのも面白そう。


・ゲーム

あぁどれも楽しそう。
全部やってたら睡眠時間がさらに短くなりそう……。

Total War: ATTILA
http://www.gamespark.jp/article/2014/10/18/52383.html

Civilization: Beyond Earth
http://www.youtube.com/watch?v=hbTfLeBsu8Q

Kingdom Come: Deliverance
http://www.youtube.com/watch?v=13mlmGdyHlg

M&B: Warband Viking Conquest
http://www.gamespark.jp/article/2014/10/17/52359.html

アサシンクリード ユニティ
http://www.gamespark.jp/article/2014/10/09/52163.html


・お絵かき

橋を架ける。トラヤヌス帝のダキア戦記が散逸せずに現存していればもっと克明に戦役全体を描写できるのでしょうけど、残念。全ての反知性と蛮族に死と災いあれ!
 トラヤヌス橋からダキアへ
という訳でローマとダキアを結ぶ友好の懸け橋です……いや、遠征軍を送り込むための通路ですけれど。
ダキアは大体この辺です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%82%AD%E3%82%A2#mediaviewer/File:REmpire-Dacia.png
概ね今のルーマニアです。国境を接しちゃったらしょうがない、我がローマに屈し、その“平和”の下に加わるか、意地を示して抵抗するか。属州化待ったなし。金鉱と戦争奴隷が欲しいからしょうがないのです。ひでぇな、おい。

ドナウに架かるトラヤヌス橋の復元における参考資料は簡略な図面、復元模型の写真、実寸大復元モニュメントの写真、幾つかの復元画、それとグーグルスケッチやグーグルマップです。確か完成まで2年くらい要しているので描くのに時間がかかっても仕方がないですよね、ええ。仕方がない。
 
トラヤヌス橋は103年起工、全長1,135m。石造りの橋脚に木製の上部構造。これを通って軍団やら補給物資やらが列を成して送り込まれたのでしょう。https://goo.gl/maps/cqfaS(グーグルマップで場所を確認可能)
http://en.wikipedia.org/wiki/Trajan%27s_Bridge
他に328年完成のコンスタンティヌス橋というのもあるようですが、そっちは2,437mだそうです。http://en.wikipedia.org/wiki/Constantine%27s_Bridge_(Danube)
こんな橋を架けられた時点で私なら降伏を申し出ると思いますが、ダキア人は気合の入り方が違うんでしょうね。
相手にとって不足無し、征服し甲斐のある連中よ……。

 “偽りの名のもとに破壊、殺戮、強奪を行うことを、彼らは支配と呼ぶ。
 また街を破壊し人気を絶やすことを、彼らは平和と呼ぶ”――「アグリコラ」タキトゥス



 ローマと軍団に無敵のマルスと全能なるユピテルの助力あれ!

死ぬる時節には死ぬがよく候

死ぬる時節には死ぬがよく候
――良寛 江戸時代後期の僧侶

 まったく、その時節というものが計り難い世の様で。

 月が美しい季節ですね。暑いのも寒いのも程ほどの季節もどれも好きです。
 春は緑の芽吹く様を楽しみ、夏はその無遠慮な日差しを堪能し、秋は物寂しい夜の月と燃え上がる紅葉を愛で
 冬は氷雪の景色とその静かで寒冷なるを味わう。
 そんな暢気な事を言えるのは自分が日本のちょうど良い按配の位置に住んでるからなのでしょうけど。

 ぼんやりと月を見上げ、酒を呷り、昼に煮込んだ豚の角煮をつついておりました……。
 風に吹き流される群雲に見え隠れする月、黄と青と灰と黒との柔らかい朧な光が雲の縁を彩り、染め、目を楽しませる。
 そして杯を傾け、肉を摘む。柔らかく崩れる肉と良く煮えて味のしみた大根や卵も舌を楽しませる。

 地獄と天国というのはまさにこの世の事なのでしょう。
 

・今週のテレビっ子

テレビばかり見ていると馬鹿になるわよ!
と子供の頃よく言われたものです。
とはいえ私はテレビを見ようが見まいがそう大差の無い人間になっていたでしょう。

ショーペンハウアー先生もその著書“読書について”で本ばかり読んでいても思考の欠如した人間になると戒めていた様な。思考を欠いた、ただの多読は他者の脳と目という窓から漫然と延々と世界を眺める作業に過ぎず、その思考の過程をなぞるに過ぎず、自分の頭で考え、批判し、省みて解釈するという作業がなければ万巻の書を積み上げたところで無意味どころか害悪ですらあるという事なのでしょう。

大切なのはテレビであれ、書物であれ、その情報をどう分析し、思考し、自分なりに解釈するかという事なのだと、そう思うのです。たとえそれが間違った結論に到ったとしても。

老人漂流社会
http://www.nhk.or.jp/special/detail/2014/0928/
なかなかきっつい番組ですね。
でもこういう劇薬も必要だとは思います。

登場する老人達が口々に早く死にたい、とはっきり表明するのだから真に迫るものがあります。
長生きは一般的に寿ぐべきことらしいですが、それは状況・条件によりけりだと思うのです。
楽しければ長く生きたいと思うのでしょうし、逆であれば大概の人はそうは思わないでしょう。
人間が長く、そして数多く生きてくれればそれだけ国家や企業は歳入や商業的な機会を得ることができるのだから、
世に蔓延る宣伝文句が定型になるのも宜なるかな。産めよ増やせよ、長寿せよ!

あたかも神聖不可侵であり、絶対的な真理の様に長寿を崇め奉った所で、現世を生きる人々全てが栄光と豊かさと満足に包まれて悠々と心安らかにこの世を去る事などありはしない、ということなのでしょう。

番組は主に社会保障制度の問題点について触れていましたが、当事者達の人生設計や家族の状況・親族の支援、資産・財務状況、経歴などにほとんど言及されていないので、なぜその様な状況に陥ったのか、という原因についてあまり明らかにされません。悲劇的な結果だけが示され、その過程が不明です。制度の不備というのも重要だとは思いますが、私が最も関心を寄せ、今後どう生きてどう死ぬかにおいて参考にしたいのはまさにその過程なので、そこにも多少は触れて欲しいところでした。プライバシーもあるのでしょうが。

故に世の注意を喚起し、先人に学び、社会をより善きものとするための番組だというのなら、片手落ちという気もせんでもないです。とはいえ勉強にはなりました。

娘がいるのに支援が期待できぬ(理由が不明でしたが)秋田のお婆さんが自給自足のような生活(月の年金2万5千円、食費4千円)をしているのを見て土地と建物、知識があれば存外逞しく生きていけるのだな、というのが興味深かったです。血縁も紙幣も状況が転換すれば路傍の塵芥ほどの価値に落ちる事もあるのだから、生きるという事についてシンプルに突き詰めていくと、そういう形態になるのかもしれません。資産の様態・配分と経験と知識、何であれ過信するな、と。
結婚も、子孫も、貯蓄も、無に帰し、頼りにならぬ状況もある。
何とも寄る辺無き、世知辛い気もしますが……。

もちろんこの番組は殊更に世の仄暗き面を取り上げたものなのでしょうから、明るい面にも目を向けるべきであるとは思います。ただ、先々に備えよ、という教訓にはなるでしょう。

老後に備えて貯金したとて、紙幣の価値を保証しているのは国家である以上、それもまたただの紙切れになる可能性もあり。命綱を一本にするのはあまりに危険…。世に不安の種は尽きず、盤石なるものなど無く。
故に静かに生き、そして死ぬ事は無為無策では能わず。

国家や制度に過度に依存する事無く、他者に頼り過ぎる事無く。
一握りの土地とある程度の生産手段と雨露を凌ぐささやかな小屋とそして幾許かの蓄えを用意し、その配分と均衡を熟慮し、悠々と生きる道を探らねばならぬ、とそう思う事があります。
国破れて山河あり、とはいえ発電所が吹っ飛べば、その土地すらも駄目になるのが昨今の教訓ではありますが。

そんな事ばかり言っていると古代とか中世の自給自足の世界に足を踏み入れそうですね。
理想としては消費社会に片足を浸しタダノリその恩恵を享受しつつ、同時に生活の補助及び緊急時の活路として、一つの手段として狡猾にも別の道を残しておく、というあたりでしょうか。

それでも認知症になったり、脳梗塞で倒れたりすれば全てご破算と相成るわけで。
とかく長命は善きことばかりもたらすわけではないとしみじみ思うのであります。


・災い

土砂崩れに噴火と災難が続いている様で。

前者は警告を含めた地名を変えてしまったのが原因の一つである様に思うのですが、どうなのでしょう。
地価とか不動産価格、地域振興に響くから縁起の悪い名は伏せたかったのかもしれませんけど、折角の先人の警告を葬るとは。

ふと思ったのですが、不動産屋や建設業者や土地を管理する行政の方々は、そういう土地である事が分からずに売り、建て、認可してるのでしょうか。切り立った崖やら、水が流れ込む谷やら、水害に遭う頻度が高いとか、地形的に危険であるか否かというのが全く分からないという事は無いと思うのですが。例えば専門家や業者はああいう地形に好んで住むのでしょうか。不味くてとても食えたものではないと自覚する料理を客に振る舞うレストランの様なものは存在するのか……。
こういう事件は天災と呼んでよいのか甚だ疑問です。

後者はまさに人の手に余る災害なのでしょうけど、報道は相変わらずですね。
消息不明の家族や知人を待つ悲痛な面持ちの人を二重三重に取り囲み、カメラとマイクを大量に突きつけて何を言うかと思えば“今の心境は?”。

これは致命的に想像力や共感が欠如しており、ただただ悲劇を映し出して覗き見趣味の視聴者の期待に応え、いかにして数字を良くするかという事だけに腐心しているから、そういう事を平気で言えてしまうのでしょう。
無礼かつ無神経で思慮分別に著しく欠ける事に定評のある私でも流石にああいう発言は控えます。
そもそも聞こうとも思わないでしょうし、聞かずとも到底言葉に表せぬ不安や悲嘆に暮れている事が想像できる筈です。

そういう番組の構成になるという事は、鏡を覗くが如く視聴者がどこかでそうしたやりとりと場面が報じられることを望んでいるという事なのでしょう。しかし映画やフィクションならまだしも、現実の人間が陥った苦境を食い物にするというのはどういう気分なんでしょうね。それこそ記者たちに“今の心境は?”と聞いたら何と答えるのでしょう。
果たしてご家族にご自身の仕事について堂々と説明できるのでしょうか。

仕事だからやってるんだ、という回答があったなら、それはまさにハンナ・アーレントの指摘したところの思考停止と人間性の喪失って奴でしょう。

こんなものがニュース番組やら報道番組やらの名を冠しているのだから程度が知れるというものです。報道やメディアに関わる人、編集し、裁可を下す人は少なからず立派な大学で大層な勉強をしているものだと思うのですが、こういうものを見るにつけ、幼稚園、いや公園の砂場デビューレベルのルールすら覚束ない者もいるのだなと思わざるを得ません。

人にされて嫌だと思うことはしない、人が嫌だと思うだろうことはしない。

実に単純で簡単な事だと思うのですが、世を見るにどうやらそうでは無いようで……。世に重宝される知的水準や高度な技術の獲得と、想像力や道徳や精神の成熟は大分離れた場所にある性質なのでしょう。

それにしても生命というものが危うく儚い均衡の上にあるのだという事が思い起こされます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AB
我々はまさに薄皮の上に乗っているに過ぎないのでしょう。


・今ぞ飲むべし

 古代ローマの酒場、タベルナやポピーナの様子を自分なりに再現。
 アンフォラの棚に支柱をつけるか迷いましたが、天井の梁から吊るされてるという、なかなか怖い構造にしときました。

ローマ軍の物語Ⅹ 酒場
ローマ軍の物語Ⅹ ①
ローマ軍の物語Ⅹ ②

 以下pixivより

 ローマ軍の物語 Ⅹ “セステルティウスこそ神々と皇帝の恩寵”

 俺も皆も皇帝陛下を尊敬し、一点の曇り無き忠誠心を抱いていた。彫像を除けば一度も傍で見た事も無いが、その顔は良く知っていたし、どんな人物か、何をしているのかよく知らないが心底崇拝していると言っても過言ではなかった。全員が骨の髄までその信奉者だった。何しろ彼の顔は俺達の愛してやまない銅貨の全てに刻まれていたのだから。

 その日は昼で訓練が終わり、解散の号令がかかると俺達は手順通り装備を手入れして、しまい終えるや兵舎を飛び出した。我が隊は休暇取り消しになる様なヘマを何一つしていなかったのだ!どこへ行くかって?給料と暇を手にした兵隊が向かう先など千年前から決まりきっている。酒と賽子があるところ、女がいるところ、そのどちらかか両方だ。

 勿論、俺は賽子賭博はやらない。まずもってコルウス家は運が悪い、俺は競馬場に行った父が笑顔で帰ってくる所を一度も見たことが無かったし、博打で一番儲かるのは胴元だと知っていた。何故なら、そう教えてくれた祖父が博打の話になるといつも不機嫌な顔だったのだから。“教育熱心”な俺の家族は安からぬ授業料を払って、俺に博打の不毛さを教えてくれたという訳だ。若き日の祖父が東方の賭場に幾ら“預けてきた”かは知らないが、何かを賭けて賽子を転がすなんて一生に一回で十分だ。心底そう思う。

 それに、給料は聞いていたほど多くはなかったのだから、見知らぬ奴にくれてやるなんて論外だ。細かい計算はよく分からなかったが、どこかに肥えている奴がいるに違いない。馬鹿げた賭けに貴重な自由時間を費やし、血と汗を流して稼いだ金をどぶに捨てるくらいなら、アスパシアに頼んで単語の読み方や文章の書き方を教えてもらう方が百倍有意義に決まってる。

 俺達は訓練でくたびれ切っていたのが嘘であったかの様に、ガデスやシリアの踊り子もかくやという綿毛の様に軽やかな足取りで賑やかに通りを進んだ。そう、一見今にも死にそうに疲れている軍団兵も、楽しい事をする為の余力は温存している。試しに練兵場でへばっている奴に囁いてみると良い、”あとで良い所を紹介してやる”と。途端にそいつは息を吹き返し、空腹の子犬みたいについてくるだろう。とはいえ、その日の俺はいつも以上にケリアリス隊長に目をつけられて、本当に疲れていたので馬鹿騒ぎ御一行様の殿軍に位置していた。

 大通りから路地へと入る交差点へ差し掛かった時の事だ。俺は衝撃的な光景を目にし、我が目を疑った。あの鬼の百人隊長ケリアリスが朗らかに笑っていたのだ。その戦慄すべき状況の原因はすぐに明らかとなった。イリュリア人と思しき女と彼女そっくりの三人の子供が親しげに隊長に話しかけていた。いつもの冥界の主ハデスも退ける様な迫力は影を潜め、風にそよぐ黄金の麦穂の様に柔らかな微笑みを湛えて四人の話に耳を傾ける隊長。全く信じられない事だったが親子なのだろう……。

 隊長の様な男は人から生まれ、人と交わるのではなく、マルスの気まぐれで天から降ってくるものだとばかり思っていたのだが。幸いにも子供達は隊長似ではなく、温厚そうな母親似だった。俺はその場に立ち尽くし、生まれて初めて神々の慈悲が世界の隅々にまで行き渡っている事を実感し、その恩寵に感謝した。もっとも彼の妻が不貞を働いていたならば、慈悲どころの話ではないが、そんな事は考えるだけでもケリアリスに八つ裂きにされる。

 俺はその日最高の話題を、敵の前衛を最初に発見した斥候の様にクイントゥスに提供してやろうかと思ったが、結局静かに一家団欒の図を後にした。真実は知らない方が良いし、確かめもせずに吹聴すべきではない。それに、背中が削げ落ちるまで鞭や棍棒で殴られるのはご免だ。だから俺はバッコスとウェヌスの恵みを享受し過ぎた罪により、翌日には頭痛を司る神に拐かされる事必定の連中に追いつく為に歩を速めた。

 俺達が集まる店はいつも同じだ。中央通から少し外れた所にある食堂兼居酒屋“皇帝の微睡み”。本当かどうか知らないが、不敬極まりない店名は皇帝本人に認められたものらしく、創業50年ほどの年季の入った店らしい。店内の壁に埋め込まれたタイルの一つに無骨な手形があるのだが、店長が言うにはウェスパシアヌス帝の掌なのだとか。

 美味いものに目がないルキウスが探り当てた店で、ロスマリヌスの風味あるソースをかけた豚の炙り焼きが絶品だ。もっとも、それは理由の半分に過ぎず、真の狙いは他にあると俺は分析していたが、この点について他人にどうこう言える立場ではなかったので指摘する事は差し控えた。俺達は休暇が来るたびに同じ面子で集まり、同じものばかり喰って、安い葡萄酒ばかり飲んでいたけれど、それを不満に思った事は一度も無かった。

 幸いな事に、その日は恋人を救う為に勇者ペルセウスを演じたガイウス(俺達には美人局に引っ掛かった様にしか見えなかったが)を救出する為に、クイントゥスが繁華街を駆け巡り、力と暇を持て余している“仲間思い”の“心優しい”同僚を手当たり次第に召集して、やくざ者の根城で“極めて穏便な平和的対話”を“試みた”だけで済み、死人が出る様な大きな問題は発生しなかった。

 休暇明けのガイウスに“ウェヌスに誘惑されし者”という詩的な綽名が進呈された事は言うまでもないだろう。ガイウスの奴はそれを恥じるどころか大層気に入ったらしく、自分でも口にするようになった。全く俺の天幕班は良い根性をしている奴ばかりだ。
――つづく――次回、ローマ軍の物語、第11話”カロンの舟に用は無い”ROMA AETERNA EST!!

貨幣:銅貨に限らず、貨幣には指導者の顔や象徴、統治方針や信条が打刻され、その知名度を広め、権威を高める役目を果たした。貨幣の仕様、換算価値は時代にもよるが1デナリウス(銀貨)=4セステルティウス(黄銅貨)=8ドゥポンディウス(黄銅貨)=16アス(銅貨)=32セミス(銅貨)、ワイン1Lで1セステルティウス、ファレルヌム産ワイン1Lは4セステルティウス、パン1kgで2アス、野菜スープは1アスほど、奴隷は数百~数千デナリウスなど能力や容姿により様々。金貨もあったが、価値が高すぎて日常生活に用いられる事はまずなかった。1アウレウス金貨=25デナリウス

給料:2世紀前後の軍団兵の給料は年225-300デナリウス、ボーナス、退職金など別途支給。但し、支給時に諸費用が天引きされて揉めることもあり、手取りは少なかったと思われる。食うに困らず、浪費しなければ多少は金を貯められる筈だが……街には誘惑が多かった事は想像に難くない。基地を中心に都市が育つほどなのだから、ローマ軍団兵は金を落としてくれる良いカモ、いや素晴らしいお客様だったのだろう。倍給兵や百人隊長など役職、階級により大きな差があった。

競馬場:ローマの大競技場、キルクス・マクシムス。馬や戦車の競走には賭博がつきものだった。

イリュリア人:アドリア海東岸、イリュリア地方の人々。後に軍人皇帝を輩出した。

バッコス:酒の神、ネプトゥヌスより多くの人間を溺れさせし者。私の主神

ウェヌス:愛と美の女神ヴィーナス

ロスマリヌス:ローズマリー、ラテン語で海の雫。肉料理には欠かせない香草。

 以上

酒のみで知られる皇帝たち、ティベリウスやカリグラ、クラウディウスなどは、しばしばこの手の大衆向け居酒屋に姿を現したという逸話があるそうで。今で言えば天狗とかで生中飲んでたら隣の席で皇帝が酔っぱらってる感じですかね……。 カリグラとかネロに絡まれたら、やばそうなので見つけたら店を変えましょう。ティベリウス帝は酒飲みな上に世に厭いて別荘にひきこもり、となんだか親近感が湧きます。

古代ローマ人の24時間とか古代ローマ帝国1万5,000キロの旅という書籍の記述等を参考にしましたが、 セステルティウスの説明に致命的な誤りがある様な。2世紀時点のセステルティウスは青銅貨ではなく黄銅だったような。素晴らしい本ですけど他の本と見比べて気をつける必要がありますね。常に裏を取る習慣を。
私は未だ徹底できているとは言えませんけど。

ご参考までにポンペイで撮った酒場の写真を。
ポンペイのカウンター①
ポンペイのカウンター②

そのまんまですね。テクノロジーは進歩するけれど、人間の欲するものの本質はそう大差ない様で。
2千年ほど経た我々の日常を見るにつけ、感嘆する面もあり、失望する面もあり。
先進的な技術や素晴らしいシステムも使う人次第というか……。
我々は時を経て幾らかは善きものとなっているのか、それともただ優れた玩具を手にした猿に過ぎないのか。
携帯端末や衣服を剥いで裸となってなお、古代人より進歩した存在であると言えるのか。
 
ぎゅう詰めの通勤電車で、口を半開きにして延々とスマートフォンでパズルや課金ゲームをしている人を見ると、進歩してるのかどうなのか良く分からなくなることがあります。先進技術たるネットを使ってこんな事を書いている己もその例外ではないのでしょうけれど。きっと進歩しているのでしょう!げに素晴らしきかな、ホモ・サピエンス!
その誉れ高き名Homo Sapiens、“知恵のある人”という学名に相応しい生物なのかどうか。

次回はトラヤヌス橋を渡り、ドナウを渡河するところを描きましょう。
とうとうダキア戦役の始まりであります。
 
 いつにも増して皮肉たっぷりでしたが、死ぬまでずっとこんな感じでしょう。
 今回はこの辺で。皆様が美しく趣き深い秋を堪能されんことを!

 ローマと軍団に無敵のマルスと全能なるユピテルの助力あれ!
軍団兵履歴

Legionarius

Author:Legionarius
主に世界史・戦史(東西問わず)の絵を描いております。

形式:Legionarius
状態:製造年月日から30年以上経過
使用燃料:Laphroaig,Bowmore,
Ballantine(12年が好ましいが財布が薄いのでfinest)
エンジン形式:惰性型酒冷4ストロークバルブ108気筒
始動形式:諦念あるいは深い溜息
搭乗機:CBR600RR07白→CBR1000RR2012に機種転換(乗り手に過ぎる良い機体ですがハイオクは財政が……)

音楽:(Bill Evans, Miles Davis, Dvořák, Linkin Park, Rammstein, Killswitch Engage, Enigma外)気に入れば何でも。

書物:ノンフィクション、歴史(ローマ史、古代ギリシャ,WW2外)、SF(ホーガン、ハインライン外)、最近はOsprey社の本ばかり。主にマクブライド先生のやつばかり。

漫画:(大陸軍は世界最強とかアララララーイとか)雑食。

ゲーム:ROME TOTAL WAR、MEDIEVAL TOTAL WAR
     CALL OF DUTY、S.T.A.L.K.E.R、SILENT HUNTER外

好きな陛下:Marcus Aurelius Antoninus、Flavius Claudius Julianus
好きな甲冑:ロリカ・セグメンタータ
好きなヴァンツァー:フロスト
好きなマクナブ:受領通知!!、カチカチ、カチカチ、続刊はいつですか。
以下、好きなギボン、サトクリフ、パウルカレル、スティーブンハンター、フォーサイス、ルカレ、エルロイなどと八万行に渡って続くので割愛。

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