彼は誰も殺さず、誰からも奪わず

彼は誰も殺さず、誰からも奪わず、誰も追放しなかった。
彼と同じ称号を持つ人物で、この点で彼に立ち勝る者は1人もいない。
――合衆国皇帝にしてメキシコの保護者、ノートン1世の崩御に際し
ニューヨーク・タイムスの追悼記事より

ノートン1世の絵も描いてみたいです。
僭称者というものは芦原金次郎の様な人物を挙げるまでも無くどこの国にもいるものですが。

どうも、意識低い系軍団兵Legionariusです。
軍団兵でLegionariusて…。トートロジーやら重複やら訳が分かりませんが。
損保ジャパン日本興亜とかシティバンク銀行みたいな……頭痛が痛くて馬から落馬して骨が骨折しそうな実に奥ゆかしいアトモスフィアがありますね。

つい最近NHK BSでやっていた“兄はイスラム原理主義者になった”とその続編が結構面白かったです。
いや、人様の人生が滅茶苦茶になる様子を描いた番組を面白いと評するのは不謹慎極まりないですね。
興味深い番組ではありました。そういう思想と行動に傾倒する人々の動機や背景が少し垣間見えて勉強になります。
皆、心の内に疑問や渇望を抱えて喘いでいるようで。分からないでもないです。
何か絶対的な教義や道標に身を委ねて疑う事を止めれば幾分かは楽になるでしょうから。

昨今、幅を利かせている原理主義を標榜する方々の動向において幾つか気になる事があります。
彼らはその目標達成の過程に欧州産の武器や異教徒の技術を用いることについて抵抗や疑問を感じないのか、はたまたどの様な思想的根拠を用意しているのでしょうか。喰うためにやってるだけ、だったりするのかもしれませんが。

施条(ライフリング)を刻んだ後装式の銃砲を用いたり、電話や無線は勿論の事、動画サイトやtwitterの様な近代的な通信技術を使用するのはその思想と相反しないものなのでしょうか。もっとも、十字軍の時代から東方は刀剣や甲冑を輸入し使用していたという記述をどこかで読んだ記憶があるので、道具の設計思想とか製造過程だとかその生産基盤足りうる
社会の形態については興味が無いのかもしれませんけど。

あらゆる西欧的文化や資本主義や民主主義を、その技術や教育や社会を否定するのなら、その軍事組織の構成や指揮命令系統や補給システム、勝利の後の占領・統治システムは時代に逆行し、その武装は6-7世紀の預言者の時代の様に、弓と矢と槍と剣と馬とに戻らざるを得ず、医療や食糧生産技術も大幅に後退すると思うのですが。

まさに大量消費社会の産物である携帯電話とかネットとか自動小銃を使うのはその信条に反しないのでしょうか。自己矛盾には陥らないのでしょうか。特にAKやRPGなんて、その思想上、宗教や神の存在を排除する傾向にあった共産圏の創造物であって、相容れない存在だと思うのですが…。仮にローマやギリシア、アレクサンドロス大王の影響まで排するならさらに1,000年以上遡る必要がある筈です。

さらに彼らがイブン・スィーナーやイブン・ルシュドの様な人物をどう捉えているか、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%A0%E5%93%B2%E5%AD%A6
イスラム圏とギリシア哲学の系譜についてどの様に認識しているのか、極めて興味深いところです。

その主張や、やり口を見るに過去の経緯や歴史へどれほどの理解を示しているのか甚だ疑問ではありますが。日本なら中学・高校辺りで教わる極めて基本的な歴史的経緯だとは思うのですが、意図的に無視されているのか…。新しい文化や技術を取り入れ、欧州にローマやギリシアの知識や文化の逆輸入すらもたらした中世のイスラム圏の方が、思想的にはよほど先進的なのでは…。いや、そもそも先進的である事を善とする思想ではないのかもしれませんけど。

東方と西方は相争い、しかし分かち難く結びついて現在の世界を形成しているという事実、過去や他者との繋がり、異質な者との交流や切磋琢磨があったからこそ自らが存在するのだという事実がすっぽり忘れ去られている様な…。そうした厚みが微塵も感じられないから、どうにも浅薄な一時の狂騒にしか見えないのです。道を見失った若者がやり場の無い力と怒りをただ無秩序にぶつけている様な。

思わず帰依したくなる様な智慧や斬新な思想や信仰を見せつけてくれるならともかく、暴力や残虐さを前面に押し出すのは前時代的で残念です。歴史を巡る者としては、比類なき大ハーンとか数万人規模の生首タワーをもりもり築いたティムール先生の様な人物を列挙するまでも無く、並外れた人物を目撃しているので、これじゃ規模においても独創性や創造性や知性においてもいまいちで退屈だと思うのです。どうせならもっと、人々を感嘆させるような新しいことをしたら良いのに、と。

自由と飲酒主義を信奉する私にとってはそもそも水と油ですけど。


・独立

ハドリアヌスの防壁以南のブリテン島は我がローマの属州であり、南方の秩序に影響を与えぬのなら、ピクト人であろうとなかろうと不毛なるカレドニアを誰が統率するかなど帝国は一切関知するところではないのである。

無論、アングル、サクソン、ジュートそしてノルマンなどという不埒にして野蛮な侵犯者達は早々に立ち退き、頭を垂れて故郷に帰るが良い。ローマの文明の光に恭順の意を示すのなら、鷹揚にも我らが皇帝陛下はその身、その羽を休める場所をお与えになるやも知れぬ。

などと酷い2世紀脳っぷりが。不毛、とか不埒かつ野蛮な侵犯者、とか英国全土を敵に回しそうな無礼千万ぶりですね。
でも、アントニヌスの長城を持ち出さないところにローマ的謙虚さがですね……(力説)。

結局、どの時代で区切るかによって土地や国の持ち主は変わってしまう訳で。
突き詰めていけば、全ての現生人類はこれまでに滅ぼしてきた数多の生物やネアンデルタール人に謝罪と賠償を……。

そういうきりの無い話はどうでもいいとして、本件について当ページは非常に関心を寄せていたのです。まるで我がことのように!もちろん英国の行く末とか、世界経済への影響とか、他の独立を望む地域への影響が気になっていたのではなく、スコッチの値段や生産、流通に影響が出ないかどうかが気がかりだったのです。それかよ…。

命の水、我がアクア・ウィタエ、ウシック・ベーハー、ウスケボー、呼び方は何でも良いですが、ウィスキーの値段が変わらなければ良いや……。絵を描くほど好きなスコットランドと偉大なるロバート1世には大変申し訳ないけれど。

ひでぇ話だ。こいつには郷土の行く末に思いを馳せる人々への共感や慈しみの念というものはないのか!
酒が悪いんです。お酒が。お前の血は何色だ、と問われたら……多分、青い血ですらなく、琥珀色の液体が身体を巡っているのでしょう。

世界史・戦史を巡るとか銘打っているのにこの体たらく。


・映画

ハンナ・アーレント

ずっと見たかったけれど二週ほど貸し出されていてなかなかレンタルできず。ようやく見ました。

全体主義の起原やイェルサレムのアイヒマンを読んだ人には今更な内容かもしれませんが、映画として良く纏まっています。1960年代の話なので滅茶苦茶に煙草を吸いまくる姿が現代と対比的に見えて面白いです。
血管が破裂してぶっ倒れようが、復帰するなり酒を飲んで煙草を吸うあたりがもう……好きな事をして死ぬのはそう悪くないと思いますけれど。

前世紀前半のドイツ、ハイデッガーとハンナ・アーレントの関係、欧州におけるユダヤ人とその歴史、戦前・戦中・戦後の扱いや振る舞い、知識人たちの動向、シオニズム、イスラエル建国、親衛隊等々ある程度の背景を知らないと訳の分からない台詞・場面もあります。

忠誠こそ我が名誉、の様な文言が特段の説明も無く登場する類の映画です。逆に言えばそういうところを押さえているとより楽しめる映画です。

何らかの巨悪、不善、惨たらしい悪行に直面した時、しばしば報道や人々はそれを自分とは全く異質の存在として切り離します。この様な邪悪な事件をしでかした存在と自分は全く別の存在であり、性質を異とするのである、と。こんな残虐なことをする者はきっと悪魔のような、怪物のような邪悪な存在であり、普通の人間とは一線を画している、と。

しかし、数百万の犠牲者を出したユダヤ人虐殺の歴史の当事者の一人であるハンナ・アーレントは極めて冷静にそうした悪行とそれに携わった者の存在の本質、そこに到る過程を解き明かしています。

結論から言えば、彼女はアイヒマンは人々が槍玉に挙げるような“悪魔”や“怪物”などではない、と表明しています。
これは“帰ってきたヒトラー”という最近の本でも取り上げられた主題ですが。

ユダヤ人の虐殺に関与し、その手腕を振るったアドルフ・アイヒマンは単なる官僚であり、事務処理に秀でた有能な役人ではあるが、思考と哲学を欠き、善悪の判断への思考を停止したつまらぬ凡人に過ぎぬと。

それが故に、その思考停止と無思慮な振る舞いこそ、全人類への冒涜であると記しています。
即ち人間性を自ら放棄している、と。

つまり、私も貴方も誰も彼もが、陰惨な虐殺に関与し、その所業に貢献する存在になり得るのであって、場に流されて悪夢のスイッチを押す人間になる可能性を持つのだということなのでしょう。全くその通りであり、現在の人間もこの根源的な問題をクリアしていないでしょう。

現に我が国は労基法を無視して自殺者を出すことも、非人間的なノルマや商慣習を課すことも、そこらで日常的に見られる事なかれ主義や官僚主義的な振る舞いにもほとんど有効な対策を施していません。何故なら、改善せよという命令がなされておらず、また自身が無力であると信じ込んでいるが故に。それら全ては本質的にはこの指摘の対象となり得るものでしょう。

アイヒマンの為した事は過去の事ではなく、遠く隔たる他人の事でもなく、まさに普遍的な人間の所業なのでしょう。
アイヒマンの様な人間が21世紀に生まれたならば、おそらく平凡な会社員として、あるいは公務員として、それなりに優秀な手腕を示し、それなりの家庭を築き、退職し、生涯を終えたのではないでしょうか。

しかしそうはならなかった。本人も時代がそうさせたのだ、命令は絶対であり、自分に選ぶ権利はなかった、と裁判で述べます。命令を拒否すれば左遷され、あるいは危害を加えられて葬られ、別の誰かが同じ任務をこなしたに過ぎない、と。おそらくその通りでしょう。

故にこれは20世紀前半に限定される悲劇や問題ではなく、今もなお人間世界を支配する極めて根源的な問題を象徴する主題となりうるのでしょう。平凡な人間の思考停止と人間性の喪失こそが大禍をもたらすのだと。

人間はあまりにも状況や雰囲気の流れに弱く、暴力や権威に抗い得ぬ存在であり、自身と家族や友人を人質に取れば
容易くその行動を束縛することができるのだと。

それは今も変わらぬ事ではあるけれど、権威に屈し、何が善きことか、悪しきことかを吟味する思考を止めてはならない、というハンナ・アーレントのメッセージは極めて重要な示唆でありましょう。

現在の国際情勢、日本の経済や社会、会社組織、官僚組織、についても当て嵌まる普遍のテーマと言えましょう。

派手なアクションシーンや色気のあるシーンなど無くとも、見る者を刺激し、注意を喚起する映画はあるのだという事を教えてくれる作品です。本能を刺激する映画も良いですが、理性や知性を刺激する映画はもっと良いと思うのです。


・お絵描き

 古代ローマの酒場、軽食堂、タベルナやポピーナをイメージしつつ。
 平和な絵はここまででしょうか。そろそろ我が内なるヤヌス神殿の扉が開く頃合です。

ローマ軍の物語Ⅹ

 ポンペイとオスティアの酒場跡などを参考にしました。
 当時の酒場の設備や人々の仕草、仕組みについては通貨の換算価値なども含めてまた次回に説明致します。

 今回はこの辺で。続きが描けたらまたお会いしましょう。
 ローマ市民ならびに元老院議員、そして軍団兵諸君にマルスとユピテルの助力あれ。
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月下独酌


月下独酌

  花間一壺酒  
  独酌無相親  
  挙杯邀明月  
  対影成三人  
  月既不解飲  
  影徒随我身  
  暫伴月将影  
  行樂須及春  
  我歌月徘徊  
  我舞影零乱  
  醒時同交歓  
  醉后各分散  
  永結無情遊  
  相期獏雲漢
  ――李白  

一人酒壷を抱え、花を愛で、月と己と己の影を三者に見立て飲む詩。
まさに幽玄、優雅なり。

これも良いですね。

山中與幽人對酌
兩人對酌山花開
一杯一杯復一杯
我醉欲眠卿且去
明朝有意抱琴來

山中にて世捨て人と飲み
山の花を愛で
杯を重ね
酔って眠くなったので
明日の朝、気が向いたら琴でも抱いて来てくれ

酒は好きだけれど、それを人に強要するのは下品の極みです。
そもそも人に飲ませる分があるなら私がそれを…いや…そういうことではなく。
共に杯を傾けられる人と巡りあい、共に卓を囲み酔い痴れる事が出来るならば、それ以上の幸福はないけれど、同席した人に常にそれを望むのは国法の酩酊防止法二条に言及するまでも無く……卑しい振る舞いでしょう。
飲酒主義は自由と表裏一体であるという当ページの根本的原則に則れば、他者の自由を尊重することは当然の振る舞いであり……(以下数千字に及ぶ論考が続くが省略。

何にせよ、自分と共に飲んでくれる人がいるのは良いことですが、それは両者の合意や積極的な望みでなければ無意味に等しいでしょう。取引や利害や義理で付き合うのではどんな料理や酒も不味くなるだけです。
逆に言えば、大した事のない料理も酒も楽しき人々と共有すれば味わい深いものとなるのでしょう。
立場上断れない相手や義務的な付き合いでしか飲む相手を見つけられない、というのはとても寂しい事です。それならば一人で飲むほうがよほど楽しく豊かな時間を過ごすことができるでしょう。

神経と脳細胞を緩め、そして痛めつけるこの魅惑的な悪魔の水は緊張を緩めるものであって、他者に不要なストレスを強いるものでは無い、とそう思うのです。

そんな具合で土曜の夕日を眺めながらラムのカクテルなぞで喉を潤し、日の沈まぬうちから恥ずかしげも無く酔っ払っておりました。夕景を背に連なって飛ぶ鳥や電柱に羽を休める烏、神々しく光る雲の縁もまた独特の趣がありますね。

昼の光の下では白けて見えるそれも、夕には違ったように見えるものです。東京の街の色彩や質感はばらばらで、無遠慮な極彩色の看板や安っぽい合成樹脂が、出鱈目で調和の崩れた景観をそこかしこに露にしています。
それでも夕にはそのほとんどが不思議な調和に染め上げられ、そう悪くない景観を見せてくれます。

普段はあまり好みでないものも時機によっては美しく見えるものですね。


・お絵かき

 趣味全開。恥ずかしげも無く。
 いや、普段は社会の理に従って静かに暮らしているのだから、私的に何かをする時くらいは遠慮なく趣味全開でありたいものです。脳みその中身丸出しみたいな勢いで。本棚を見るとその人の頭の中を多少なりとも覗く事が出来ると思うのですが、私の本棚はと言えば……漫画、ローマ史、オスプレイ、戦史関連書籍……一部どころかほとんど全部露出してるんじゃないのかこれは……。絵はその傾向がさらに顕著になりますね。おまけに長ったらしい文章まで……露出癖か!

今回はこんな感じです。
ローマ軍の物語Ⅸ

ローマ軍の物語Ⅸ 文字入り

以下pixivより

ローマ軍の物語 Ⅸ “銀鷲の止まり木”

第Ⅵ軍団分遣隊はパンノニア、ダルマティア、モエシアを歩き回り、幾つかの要塞と駐屯地を巡った。全てを見た訳ではないが、軍団の基地は世界中どこも同じ様な形をしているようだ。十字路、本営の位置。そして付属の街。ローマほど豪華ではないけれど、地方の都市には大体何でもある。酒場も浴場も病院も劇場も商店街も。

それで満足できない様な強欲で見栄っ張りな連中がローマに内乱の災いをもたらす、と祖父は言っていた。それが本当なら俺が内乱の首謀者になる事はなさそうだ。ローマは恋しいが小奇麗な風呂も、まあまあの酒も読み切れない程の本もあるし、何より地元の方言で話す女の子達が可愛い。何もかも俺には十分、足るを知る者こそ富める者という奴だ。

女と言えば、都会の擦れっ枯らししか知らない俺には地元の娘が随分純朴そうに見えた。祖父が昔話をすると、決まってそういう女にこそ気をつけろ、と祖母の方をちらちらと見ながら笑っていたが、どうやら我が家の秘密は地方の軍団基地にあるらしい。クイントゥスは手当たり次第に声を掛け、まるで帝都育ちの軽薄さの宣伝担当の様だったが存外にモテた。幸運の女神は積極果敢なものに微笑むというのは本当らしい。だが奴の真似はあまりお勧めしない、クイントゥスがオウィディウスを読んだのかは知らないがアレはそういう”稀有な才能”の持ち主なのだ。俺は祖父が残した貴重な箴言を無駄にせず、相手をよく見極めて”果敢さ”を発揮する事にした。無論、祖父が”過ち”を犯さねばそもそも俺は存在しなかった訳ではあるのだけれども。

その日の訓練は終始“和やか”な雰囲気で行われ、ウァレトゥディナリウム(軍団の病院)は怪我人で大盛況だった。軽傷者は後回しにされ、腕に小さな切り傷を負った俺は隊長に紹介された民間の医者に診てもらう事になった。そこで俺は女神ミネルウァと出会った訳だ。最初は俺より一つ年上の愛想の無い女の技量を疑っていたが、アスパシアはアスクレピオスが憑依した様な鮮やかな技量の医者だった。素早い消毒や丁寧な縫合も、処方する薬の分かり易さも俺の知る医者のそれとは比較にならなかった。

ほどなくして俺は軍団の病院に行くのをやめ、わざわざ遠くにある彼女の診療所に行くようになった。以降、俺の傷病率は“何故か”増加し、アスパシアとの接点も増えた。いつもは必要な事だけを口にする物静かで淡白な彼女は、関心事に話題が及ぶと別人の様に饒舌になった。アスパシアは俺の知らない言葉や文字、小難しい医学専門書や異国の詩歌、そして世界各地で起こった沢山の事を教えてくれた。ヒスパニアやブリタンニアの都市の事、アレクサンドロス大王の到達したインドの事、樽に住む妙な哲学者の事、生きたまま焼かれた僧、全てが新鮮で俺の好奇心をかきたてた。特にメナンドロス1世と僧侶の話は俺の知的好奇心を大いに刺激し、遠い世界と哲学的な問いへの興味関心を抱かせた。

勿論、質実剛健にして滅私奉公を信条とする“模範的な”軍団兵を絵に描いた様な俺は、ギリシア人の目を瞠る様な知性と教養と技術に感銘を受けたのであって、断じて無知な俺をからかう様に見つめる魅力的な鳶色の瞳と、その他諸々に魅了されたのではない。当然、患者に向かって屈み込む彼女を眺めて目の保養を図ろうなどという不埒な思惑などあろう筈もなかった。本当だ、眼医者は隣の区画なのだから。

ある日、意を決した俺は親睦を深めたい旨の手紙を認めて、帰り際に彼女に手渡した。ムーサに祈りを捧げて書いた俺の最高傑作だ。アスパシアは一瞬だけ驚き、俺の目の前で“渾身の力作”に目を通し、何かを察した様な顔をすると休診日にまた来るように、とだけ告げて仕事に戻った。

翌日、彼女はくすくすと意地の悪い笑みを浮かべ、俺の手紙をそのままつき返してきた。とてつもなく嫌な予感がしたが、予想は大きく裏切られた。俺の“最高傑作”がびっしりと添削の文字で埋まっていたのだ。文法と綴り、引用の間違いが計9箇所、より美しい表現と構成の調整が3箇所、ご丁寧に出典や参照資料まで記されていた。要するにほとんど間違えていた。恥ずかしさのあまり、得意の穴掘りを始めて埋まりたくなっていた俺に、彼女は素晴らしい提案をしてくれた。週に1回だけ文章の講義をしてやろうと言うのだ。代金は1回につき上等な葡萄酒を2杯奢る事。

子供ならまだしも、ローマ人がギリシア人にラテン語を習うなんて格好がつかなかったが、俺は即座に条件を呑んだ。
想像した展開と“多少”異なっていたが“作戦目標”は達成されたので問題無しだろう。俺は連日の訓練の疲労も忘れていつになく軽い足取りで兵舎へと帰った。
――つづく――次回、ローマ軍の物語、第10話”セステルティウスこそ神々と皇帝の恩寵”ROMA AETERNA EST!!

軍団基地:各地の属州に駐屯地が存在した。敷地の周りには兵士達の家族(婚姻禁止の兵卒は内縁の妻と子など)や商人、地元民が住みつき、都市を形成した。現在も西欧諸国には軍団基地が基礎となった都市が存在する。ドイツのケルンはコロニア(植民市)が由来。

風呂:ローマ人は世界各地に風呂を作った。最近は日本の風呂と時空を超えて繋がっているらしい。

幸運の女神:フォルトゥナは前髪を掴まなければ捕まえられない。通り過ぎた好機は二度と戻らない。

オウィディウス:詩人、”恋愛術”なる指南書でも知られる。

病院:軍団の病院も民間の診療所も大小様々の医療施設が存在した。但し古代ローマには医師免許制度がなかったので腕前の優劣に極めて大きな差が生じ“優れた医者”と“医師と称する処刑人”を慎重に見極める必要があった。そうした経緯からも医師はあまり好ましい職業とは見られなかった。詐欺師や藪医者が少なくなかったのだろう。発掘された医療器具は極めて精巧に出来ており、現在の医師が見ても何に使うものかすぐに分かるほどだとか。一方で迷信やただのまじない、効果の無い薬の処方も横行していた。軍団の病院では平民では期待出来ない様な高度な医療を受ける事が出来た。仕事柄、技術と経験の蓄積は際立ったものだったのだろう。

アスクレピオス:ギリシア神話に登場する名医

樽に住む:哲学者ディオゲネス、世界を征服したアレクサンドロス大王にすら羨望を抱かせた男。狂えるソクラテス。

焼かれた僧:カラノス、インドのバラモン僧。アレクサンドロス大王に随行し、老衰すると自ら火葬を望み、希望通りの死を遂げた。

メナンドロス1世:前2世紀~後1世紀頃、インド北西部を支配したギリシア人のインド・グリーク朝の王の一人。文武両道の哲人王であり、インドの僧ナーガセーナとの問答で知られる。東洋と西洋、仏教の智慧とギリシアの叡智が出会う壮大な逸話に興味のある方は“ミリンダ王の問い”でググるべし。

ギリシア人:軍事的、政治的に敗北し、ローマの支配下に入ったギリシアであったが、技術、知識、教養、文化においてはローマを征服したと表現されるほどに影響を与えていた。教師、医師など知識を要す仕事には多くのギリシア人が関与していた。どうやら軍団兵クァルトゥスもギリシア人に征服されつつあるようだ。

ムーサ:あるいはミューズ。ギリシア神話で文芸を司る女神達。

以上

 アスパシアと言う名前はペリクレスの聡明な愛人の名、それから2世紀に活躍した女性医師の名から採りました。
 医師についての記載は古代ローマのヒューマニズムという本を参考にしています。ローマ人の教育に対する考え方、医療や医師のあり方、軍医について、などあまり他には見られない事を研究した本なのでお勧めです。
 街や家はポンペイやポンペイの“外科の家”のイメージでしょうか。医療器具が発見された家です。
 
 男であれ、女であれ、物知りな人や明敏な人は話をしても共に行動しても楽しいものです。少ない言葉でも話の本質を見抜き、刺激的な反応を返してくれたり。もっとも私のコミュニケーション能力は大層アレなので、そういう人でないと要旨を掴めない、要領を得ぬ、訳の分からない話をしている可能性が高いという気も……。やはり原因は自分か。
一丁前に人を評する前に自己を振り返れよ、と。

 次は古代ローマの酒場でも描こうと思います。
 計画性無く進めているので構図も決まっておらず、資料もあまり集まっておらず、一月くらい苦闘するかもしれませんがそういう苦労は全然つらくはないのです。一銭にもならずとも楽しい。

 それにしてもローマ軍の物語と銘打ったわりにいつまで経っても平和ですね。ローマの平和ですね。
 でも大丈夫です。後半は戦に次ぐ戦でもう勘弁してくれ、という状況になるでしょう。
 ダキア戦争、パルティア戦争、バルコクバの乱、この世の地獄が待っているのです。
 

 さて今回はこの辺で。続きが描けたらまたお会いしましょう。
 ローマ市民ならびに元老院議員、そして軍団兵諸君にマルスとユピテルの助力あれ。
軍団兵履歴

Legionarius

Author:Legionarius
主に世界史・戦史(東西問わず)の絵を描いております。

形式:Legionarius
状態:製造年月日から30年以上経過
使用燃料:Laphroaig,Bowmore,
Ballantine(12年が好ましいが財布が薄いのでfinest)
エンジン形式:惰性型酒冷4ストロークバルブ108気筒
始動形式:諦念あるいは深い溜息
搭乗機:CBR600RR07白→CBR1000RR2012に機種転換(乗り手に過ぎる良い機体ですがハイオクは財政が……)

音楽:(Bill Evans, Miles Davis, Dvořák, Linkin Park, Rammstein, Killswitch Engage, Enigma外)気に入れば何でも。

書物:ノンフィクション、歴史(ローマ史、古代ギリシャ,WW2外)、SF(ホーガン、ハインライン外)、最近はOsprey社の本ばかり。主にマクブライド先生のやつばかり。

漫画:(大陸軍は世界最強とかアララララーイとか)雑食。

ゲーム:ROME TOTAL WAR、MEDIEVAL TOTAL WAR
     CALL OF DUTY、S.T.A.L.K.E.R、SILENT HUNTER外

好きな陛下:Marcus Aurelius Antoninus、Flavius Claudius Julianus
好きな甲冑:ロリカ・セグメンタータ
好きなヴァンツァー:フロスト
好きなマクナブ:受領通知!!、カチカチ、カチカチ、続刊はいつですか。
以下、好きなギボン、サトクリフ、パウルカレル、スティーブンハンター、フォーサイス、ルカレ、エルロイなどと八万行に渡って続くので割愛。

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