人間たちはもう時間がなくなりすぎて


人間たちはもう時間がなくなりすぎて
ほんとうには、なにも知ることができないでいる。
なにもかもできあがった品を、店で買う。
でも友だちを売ってる店なんてないから
人間たちにはもう友だちがいない。
――星の王子さま アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ

 おそらく一番有名な一文である

 Le plus important est invisible
 本当に大切なものは、目に見えない

 も胸に突き刺さりますが、人間達には…も鋭い言葉ですね。
 分厚い聖典や道徳の教科書を読まなくても、これ一冊を読んだほうがよほど良いのでは無いかと思う事もあり……。
 寓意を解し、咀嚼するにもまた、時と経験を要するのかもしれませんが。
 

・お絵かき

 rm901

 久々に女性を描く。
 ローマ軍団駐屯地を中心に発展した都市で小さな診療所を営むギリシア人の医者ということで。
古代ローマの時代にも助産婦(今は師と書くそうですが)や女医は存在していたようです。その功績を讃えられ、顕彰碑が建つ人もいたのだとか。

 どうやら自分は無邪気な可愛らしさを振りまく人(あるいは計算に基づくものであれ)よりは、知性を匂わせるタイプのほうが好みのようです。言葉を交わしていて時折、意表を突く様な鋭い問いや独創的な見解を示すような。自分ではまず気づかぬ様な事を示唆してくれる人はとても面白いです。
 
 人によっては気が休まらない、と敬遠することもあるでしょうが、会話や付き合いを通じて何らかの刺激がないと退屈に思う事があるのかもしれません。何故そんな趣味を開陳しているのやら…。


 今回はこの辺で。続きが描けたらまたお会いしましょう。
 ローマ市民ならびに元老院議員、そして軍団兵諸君にマルスとユピテルの助力あれ。
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眠れない人には夜は長く


眠れない人には夜は長く、
疲れた人には一里の道は遠い、
正しい真理を知らない愚かな者どもには
生死の道のりは長い。
――岩波文庫版 ダンマパダ 第5章より

釈迦の語録の一つです。
寺や葬祭で耳にするお経の唱和や旋律も悪くないですが、ただ聴いているだけではその教え説くものが何なのか良く分かりません。少なくとも私はお経をぼーっと聞いているだけではどういう意味が込められているのか分かりません。
そういう点では文庫版は日本語で分かり易く注釈まで加えられているので助かります。

おそらく法句経あるいはダンマパダにはそうした教えのシンプルで根源的な思想のエッセンスが込められているのでしょう。仏教に限らず宗教、哲学、思想は、しばしば弟子や宗派や寺社教会組織の意図が融合し、ときに開祖の思惑や理想から道を外す事が少なくありません。お金儲けの手段として利用されたり、政治的影響力を手にするために利用されたり…。

そういうものが世に蔓延る様を目にしつつ、その原点へ遡り、本来の教えや考えを探っていくと、その乖離に愕然とする事があります。絢爛豪華な門構えや権威主義的なヒエラルキー、美辞麗句を連ねる輩にご用心と。無論、原理主義もいかがなものかと思いますが。

こんばんは。
二輪に乗ったり、酒飲んだり、本読んだりしてたら大分経ってしまいました。
今日は忍法“予定も無いのに有給消化”の術を使ったので月曜も休みです。


・漫画やら何やら

 プルターク英雄伝 
 
 漫画のプルタルコス。時代ごとの装備考証(ペルシャ軍の刀剣や衣装、ガレーの大きさ、平衡錘投石機の登場年代など)がやや気になるけれど、対比列伝をざっと読みたい人には良いかもしれません。

 プリニウス

 テルマエロマエの人の漫画。その名の通り、プリニウスを扱った漫画。知性と教養、知識の重要さ、その蓄積の上に現代人の生活がある事がよく分かります。相変わらず活き活きとした登場人物が活躍する物語で続きが気になります。
 ウェスパシアヌスやネロが登場するので目が離せません。

 くーねるまるた

 ポルトガル人女性が日本でのんびり食ったり寝たりする漫画。まったり。
 マルタさんの日本文化への理解や、児童文学、日本の文学の知識の豊富さが面白いです。
 共栄堂のカレーを食べたくなってきた……。古本屋を巡ってから行くのが良さそうですね。
 
 ALDNOAH ZERO

 火星の帝国から、今一つ統制のとれていない封建領主あるいは騎士達がカタフラクトなる人型兵器を駆り攻め寄せるという話。SF、ですかね。皇帝が騎士達を御しきれておらず、どこぞの軍閥が如く勝手に行動している様や、カタフラクト等の
単語が当ページ的に惹かれるものがあります。

 月刊少女 野崎くん

 少女漫画を描く男子高校生と彼に恋するヒロインを中心に進むコメディです。
 登場人物達の終始噛み合わない間抜けなやり取りがなかなか面白い。

 残響のテロル

 現代の日本を舞台に2人の若きテロリストが何やら画策する話。綺麗な作画、静と動の雰囲気が好みです。ジャンルは何でしょう、サスペンス?主役格の一人が二輪乗りなのが良いですね。でも4話のノーヘル二人乗り、結構な高速で、すり抜けは、登場人物の内面の変化を表現する演出上仕方ないのかもしれないけれど、リスクがあまりに大きい上に監視カメラに顔が映る可能性が高く、風で目が痛いし、互いの声も聞こえないのでは、と思わぬでもない。
 SS乗りとしては首都高をあの速度で飛ばしている時にタンデムの人に笑っている余裕はないのでは、とも…。かつて高速道路でメットのシールドに甲虫がぶつかった時は投石でも喰らったかと思いましたし、やはり危険すぎる。粉砕された破片と体液で前が見えなくなるし……。

 東京喰種

 人を喰らう種が都市に蠢き、鎬を削る話。外連味溢れる登場人物達のやりとりが良い味出てますね。

 あと今になってのんのんびよりを見たり。
 独特の間に一人でフフッ…とか笑っておりました。我ながらアレですね。

 どれも結構面白いけれど、主役を引き立てる為に敵役を殊更無能に描く場面が多々あり、そういう点では少し物足りない気がせんでもないです。そういうものと言えばそういうものか。ジャッカルの日、の様な実力を有した両者のひりつく緊張感ある攻防も面白いと思うのですがその手の拮抗する戦いよりも、優越した人物が優勢なまま敵を下して行く話が流行っているのでしょうか。あるいは何かそういうものを求める世相を反映しているのか。
  

・千葉こそ至高

 千葉、良いですね。どこかに引っ越すなら千葉か静岡が良いです。

 房総生存圏、伊豆生存圏への移住は民族の宿命である!
 世に生を受けこの方、東京住まいであるが、ジャガーさんがいない時点で東京が千葉に屈し、劣等である事は明白である(ホーフブロイハウスで情熱的に語る例の人の様に)。
 この惨めで狭苦しく国家社会主義の理想、歴史的・文化的伝統、連帯の意志、不滅の闘争心と鋼の力強さを欠片も感じさせぬ作業途上で放棄されたモザイク壁画の様にちぐはぐで醜く軟弱で 騒々しい都市に隷従する事は大和民族の恥辱であり、それどころかペリクレスの言を牽くまでもなく、現状に安んじる事は人類の尊厳への侮辱ですらある。
 よって我々は立たねばならない。燦然と輝く民族の歴史と誇りの走者として行かねばならぬ、日の昇る地、我らが東方生存圏である千葉へ!(ニュルンベルクで吼え猛る総統閣下の様に)

 まったく訳が分かりませんが、栄光と瑞気満ちる国、燦燦と太陽降り注ぐ地、千葉に行ってきました。
 すべては民族主義運動の前進と闘争の為に!まだやるつもりか……誤解を受けるからやめろ、と。
 当ページは無軌道なまでの自由と飲酒主義の世界的拡大を推進する極めて健全なページなのです。

 さて、千葉の話ですが。
 アクアラインを渡って木更津で降りるとあまり車も走っていないし、静かだし。
 二輪でのんびり走るにも素晴らしい土地です。画像データがぶっ壊れたのかサムネがおかしい……。
千葉の田園

 早朝、木更津東ICで降りて国道410号をひたすら南へ走ってきました。
 誰もいない内陸部の道、田園、山や谷の間を縫う様に走り、トンネルを抜ける。とても気持ち良いです。
 途中に四輪だとすれ違えないほど細い道などもあり、変化に富んだ面白い国道です。

 朝早すぎて店も開いておらず、どこも寄らず館山から高速に乗ってとんぼ返りでしたが、大体ルートは把握したので
 次はソフトクリームを食べたり、寿司を食べたりしようと思います。食べてばっかりだな…。
愛馬 紅号①
愛馬 紅号②

 帰りの館山道から有名な“例の洋館”が見えたので満足です。崖の上の魔女の家みたいな…。面白そうな家です。
 ああいう家のテラスで夕日を眺めながら一杯やりたい。

・軍隊は胃袋で行進する。

 Une armée marche sur son estomac
 ナポレオンの言葉でしたっけ。
 行進は足でするものだけれど、食わなければ体は動かず、軍は進まず、戦争は出来ぬ、と。
 腹が減っては戦は出来ぬ、ですね。

 戦史に関心を持ち、勝手に書物を漁っていたというのもありますが、ビルマから生還した祖父の話をよく耳にしていたので、補給を無視した作戦は悲惨な事になると子供の頃から聞かされておりました。そういうのもあと10年すれば語る者もいなくなり、書物と映像の中の話になるのでしょうね。たまにニュースで原爆投下の日や終戦の日を知らない、とか米国と戦争をした事すらよく分かっていない若者の話が取り上げられますが、小学校の社会の時間でも教えられてる筈ですよね……。いったい学校で何を勉強してるんでしょうね。それともサンプルが極端すぎるのか。

 大体、その手の特集番組も悲惨さを心情的に訴える内容ばかりで、政治的経済的背景や軍事バランス、メディアや国民や組織の意図、歴史の潮流など、何故戦争に至ったか、別の道はあったのか、同じ轍を踏まぬにはどうすればいいか、にあまり触れず、感傷的なものばかりの様に見えます。あれでは、その日は悲惨さに心を痛めるでしょうが、数日後には何もかも忘れているでしょうね。

 それはさておき、今回はローマ軍、野営地で飯を作る、という相変わらず地味な風景を。
ローマ軍の物語Ⅷ 夕餉
ローマ軍の物語Ⅷ 登場人物②
ローマ軍の物語Ⅷ 登場人物①
 以下pixivより

 ローマ軍の物語 Ⅷ “サトゥルヌスの恵み”

隊長曰く、補給は戦いの成否において最も重要な要素の一つだそうだ。“平時ならば”軍団の補給網は限りなく完璧に機能する。友好的な方法であろうと、そうでなかろうと、軍団の補給担当が“あらゆる手段”を用いて必ず物資を確保するからだ。

とはいえ連中をあまり信頼しすぎるのは止めた方がいい。軍団の御用商人から平気で賄賂を取り、どうしようもない備品を腐るほど納入したり、必要以上に仕入れた物資を横流しして私腹を肥やす奴など珍しくもない。バレたらそいつが罰されるかと言えばそんな事は滅多に無い。

指揮し、監査する人間にも利益が供与されている限り、何もかも無かったことにされる。麗しき互恵関係と言う奴だ。もし向こう見ずな正義感に駆られた奴が余計な口出しをすれば、そいつは朝日を拝む前に“早過ぎる名誉除隊”や“経緯の明白な神隠し”を迎える事だってありうる。軍団で長生きしたければ、何を見ても口にするべきか否か良く考えてからの方が良いようだ。

そう、飯の話だ。贅沢な話だが毎日の豆スープと麦粥に飽きる事もある。それから保存のきく焼きしめたパン、魚の燻製、玉葱にチーズ、不味くはないが変化に乏しい。長距離行軍訓練が終わるまで、基地に帰り着くまでは仕方のない事だが、皆そう思っているのは明らかだ。古参の連中はどうにかして多少なりとも食に彩りを添えているらしいが、新兵の俺達には魔術でも使っている様にしか思えなかった。

ある日の夕餉の時間、クイントゥスがおもむろにピルムや枝の先に何かを付き刺し、鍋の横で炙り始めた。いい匂い、そしてとても危険な匂いがした。

鶏と魚だ。鶏はともかく内陸部で魚とは…魔術師殿は随分と身近にいたらしい。おまけに俺の友人は料理人でもあったらしい、どこに隠していたのかガルムと香辛料を使った特製のソースを丹念に塗り始めた。我等が魔術的料理人、俺達の“アピキウス”は訓練中にも見られない真剣そのものの顔で色艶を確かめ、焼き加減に満足すると呆気にとられる俺達を尻目にそいつを手早く切り分け、順番に皆の皿に放り込み始めた。

何という事だ!ローマ建国以来、これほど気前の良い男がいただろうか。俺は奴が政界に出馬するなら永遠に支持してやろうと心に誓った。俺達は思いがけない恵みに歓喜し、戦闘訓練でもそうは見せない素早さで“証拠隠滅”を図った。だがブツの出所は知りたくもないし、考えたくもなかった。真実を知る者に常に幸福が訪れるとは限らない。何にせよ俺達コントゥベルニウム仲間の胃袋の未来はそう悪くない、その晩の俺はそう思った。骨は灰になるまで焼き、穴を掘って埋めた、何しろ世界で俺たちほど穴を掘るのが得意な連中はいない。

翌朝の点呼の時間、美食で知られるトリブヌス・ミリトゥム(幕僚将校)の一人が極めて不機嫌そうに疑念に満ちた顔で兵士一人一人の顔を睨みつけているのを見て、昨晩腹に収めた鶏や魚がやけに上等な品質だった事を思い出し、俺は全てを理解して吹き出しそうになるのを必死で堪えた。同時に、神々に愛されしクイントゥスは早死にするのではないかと不安になった。
クイントゥスがプロメテウスの様に惨たらしい代償を払う事にならなければ良いのだが、と。我が軍団にヘラクレスはいないのだから。不正ばかり働く、いけ好かない高級将校へのささやかな報復は痛快だったが、あまりに危険だった。

それに喰っちまった俺達も連帯責任を咎められ、仲良く懲罰を賜るのは御免だった。俺はすぐに穴をしっかり踏み固め、クイントゥスが鞭打ちになる様なヘマをしでかす前に“物資調達経路”の安全性について再考するように忠告した。コントゥベルニウム全員がケリアリスに死ぬほど絞られるよりは、全員でより安全な方策を練る為に知恵を絞る方が建設的だと思ったからだ。――つづく――次回、ローマ軍の物語、第9話”銀鷲の止まり木”ROMA AETERNA EST!!

補給:前世紀の悲劇的な歴史を学んだ日本人ならば良く知るとおり、兵站が機能しなければどれほど屈強な軍隊も飢えて渇き、装備補充や医療に支障を来し、戦わずとも弱体化する。ローマ軍の兵站は同時代から見れば極めて高水準にあったが、それでも敵地、特に東方遠征でしばしば露呈した様に水や食料の不足に悩まされる事が少なくなかった。戦争の趨勢を決するのは必ずしも兵士の数や技術、将帥の才能だけではなく、食料、飲料水、衛生環境、気象、地形など様々な要因が影響を及ぼした。

麦粥:プルス、小麦の粥が主食だった。現代の食事に欠かせぬジャガイモやトウモロコシや、イタリア料理に広く使われるトマト等は新大陸原産であり、ローマ帝国には無かった。これらが欧州にもたらされるのは大航海時代以降で、ジャガイモやトマトについては伝来後も品種改良を経て一般の食用となるのにさらに長い年月を要した。

ガルム:ローマ人が好んだ調味料。魚醤の一種らしい。製造工程はなかなかにグロい上に長いので省略する。軍団には希釈されたヒュドロガルムというものが納められていたようだ。現代でも再現されたものがネットで買える。
   
アピキウス:古代ローマの美食家、当時のレシピを書籍に残した。

ローマ建国:伝説では紀元前753年とされている。西ローマ滅亡まで1,200年以上、東ローマ(ビザンツ)滅亡までは2,206年である。人間は皆死ぬ!人の造りしものはいつか必ず滅びる、国家とて例外ではない。だが、ローマは永遠に人々の心に残り続ける。つまり、貴様ら軍団兵も永遠である!余談ではあるが、ローマ人はその年の執政官の名前や建国からの年数で暦を数えていた。西暦が一般に使われるのは大分先の事だ。

プロメテウス:ギリシア神話の神。天界の火を盗んで人類に与えたが、生きたまま肝臓を禿鷹に啄まれるという罰を与えられた。不死のプロメテウスの内臓は毎日復活した為、ドSな責めは延々と続いたが最後はヘラクレスに解放された。

 以上

 煙を立てた方が雰囲気が出るかもしれませんが、ちゃんと燃焼している時はほとんど煙はでなかったよな、と飯炊きの炎や光を描いていて随分と昔を思い出したりしておりました。小学生だか中学生だかの頃に参加したキャンプやら、大学生の頃、七輪を囲んで一晩中肉を炙ったり酒を飲んだ友人らの事やら。

 年経るにつれ、仕事や住む場所の都合で疎遠となり、あるいはこの世を去り、一人二人と会わなくなりましたが、記憶は鮮明に残っているものです。会話や皆の仕草など細部はなかなか思い出せませんが、似た様な匂いや音や光、薪や炭の弾ける音や煙の匂い、目に沁みる夕日を見た時、ふとその断片を思い出す事があります。おそらく全て脳に刻まれてはいるのでしょうが、各々再生するのに特殊な工夫がいるのでしょう。ヨコハマ買い出し紀行の人もそんなこと書いてました。

 平均寿命の半分も生きていないにしては我ながら色々な事をしていた様です。むしろ昔の方が活動的だったか。
 今後も明日死ぬとしても思い残すことの無い様に好き勝手気ままにやって行こうと思います。ガンジー先生も大体そんな事を仰っていた筈です。いや、あれは“明日死ぬかのように生きよ、永遠に生きるかのように学べ”だったか。
 何という曲解。

・艦これ

 駆逐艦を育てなければいけないらしいので進んでません。
 進もうが進むまいが、ヒモ提督である事には微塵も変わりないので良いか…。
 多分、今世紀中には次の海域に行けると思います。
 
 PVを見ましたが、ますます謎が深まりますね。人間サイズで兵装を背負っているなら砲も魚雷も豆鉄砲か今は懐かしきマブチの水中モーターみたいな大きさでしょうし。改装で装備を見る限り何十センチなどと書いてあるので、小さいという事は無いでしょうし。こまけぇこたぁいいんだよ、ということか。考えるな、感じろというやつか。

・決め打ち

 テレビ番組やニュースの取材において、結論ありきで進める事を“決め打ち”というそうです。
 テーマや対象について収集し得た材料から帰納的に結論を導き出すのではなく、最初からこういうものだろう、と結論付け、イメージを固め、それに適合する取材対象と結果を抽出・選択して番組をまとめ、放送するという事でしょう。
 
 取材やインタビューの過程で思惑やイメージと違う意見や事実が現れても、それは決め打ちにおいては不要なノイズとして切って捨てられることになります。

 印象操作じゃないか、とは思いますが、編集時間などを考えるとそういう手段を取らざるをえない状況というのもあるのでしょう。けれどあまりに現実や事実と食い違う事を報道すれば、それは虚偽であり、やらせです。

 で、私は先日近所の狭っ苦しいカレー屋でカツカレーを食べていたのです。そこに狭い料理屋を紹介するとかいうコーナーのテレビクルーが……。某ゴロー氏が言うとおり、昼食は独りで静かで豊かで、かつ神聖不可侵であるべきと奉ずる私に、彼らはどれくらいの頻度で来るのか、美味いか、何故美味いのか、どうしてここに来るのか、狭い事についてどう思うか、等々色々尋ねる訳ですが、味は値段相応だし、来る理由は昼休みの徒歩圏内に過ぎないからだし、狭い事については食ったらすぐ店を出るので不潔だったり、騒々しかったりしなければなんでもいいと思っているだけで……。
 そぉい!!の掛け声も高らかにインタビュアーにカレーをお見舞いしようかと思いましたが、彼らも仕事で仕方なくやっているだけなのがありありと感じ取れたので許しました。
 
 彼らの質問には明らかに一定の結論を導き出す為の誘導尋問じみたキーワード(人情、活気、隠れ家的など)が散りばめられており、サービス精神皆無である事に定評のある私の回答はそのすべてに適合していなかったので、放映される事は無いでしょう。たぶん。ゾンビの様な生気の無い目つきでボソボソ喋ったので、映像や音声としてもまず採用されないでしょう。

 例えばスパイスが利き、よく煮込んであり、個性的で通うに足る味であり、私はその店の狭いけれど活気のある雰囲気に魅了され、事ある毎に足を運ぶことを禁じ得ないのである、などと元気に明るく応えれば、全国に私の比類なきイケメンぶりが放映されたことでしょうが、特にデビューする予定も願望も無いので別に良いです。じめじめした裏庭の石の裏に住む虫が日差しに晒される事を望むでしょうか!豈図らんや、というやつです。

 これはただの昼食特集なので、大した問題ではないですけど、もっと重要な事件や時事問題なども時間や下請けコストの制限、スポンサーの意向で同じ様に 恣意的に製作されているならばテレビや新聞、雑誌、もちろんネットも、メディアというものがどういう風に成立しているかが知れようというものですね。
 
 作り手は現実を見せたい様に切り取り、演出し、受け手は見たいと思った様に現実を解釈する。そうして報道は発信者と受信者の共同作業により限りなく虚構に近づいていく、と。何とも愉快なるかな。


 今回はこの辺で。続きが描けたらまたお会いしましょう。
 ローマ市民ならびに元老院議員、そして軍団兵諸君にマルスとユピテルの助力あれ。

歴史は同じようには繰り返さないが、韻を踏む。

歴史は同じようには繰り返さないが、韻を踏む。
 ――マーク・トウェイン

 全く同じ繰り返しではないけれど、本質や傾向に類似が見られるということでしょうか。
 少なからず改善や前進はあるけれど…。


 最近やたらと暑いな、と思っていましたがもう8月なんですね。夏じゃねーか、とようやく気付きました。毎日毎週同じ様に生活していると時間の感覚が……。何も無いから月日が飛ぶように過ぎる、平和な証かもしれませんが。
 こりゃああっという間に今年も終わりますね。

 仕事の期限や会議の予約などで日付を毎日確認している筈なのに、もはや月も季節も事務的な記号としてしか認識していないという事か。昔は花火とか海とか祭りとかわくわくしたものですが、今はもうくたびれて静かにしていたいという欲求のほうが大きいようです。


 民間の飛行機を対空ミサイルで落としたり、議員の腐敗(中世みたいですね)ぶりがあちこちで明らかになったり、まったく毎週毎週酷い事件ばかりですね。
 自身の悲観主義的な傾向のせいで、余の暗い面ばかりに目が行ってるだけなのかもしれませんけど。
 実際は世の中で起きている禍福は半々くらいで、悲観主義者は悪しき面ばかりに目を向け、楽観主義者は善き面に自然と目が向いているのかもしれませんね。
 実情が同じなら後者のほうが楽しく生きられるのは分かるのですが、染み付いた性質を変えるのは難しいです。ニュースでは悲劇ほど視聴率が取れるようですし、古来より人々の不安を煽れば商売も政治もやり易いそうですしね。
 
 ふと思ったのですが、いわゆるブラック企業と呼ばれる会社を経営する役員の方々は、ご自分のご子息ご令嬢をその会社の社員やバイトとして働かせたいと思うものなのでしょうか。ご自身の経営手腕や方針は無謬であり、常々言及される様に世間の風評が事実無根の根も葉もない噂であると確信をお持ちなら、胸を張って、誇りを持って自分の子供に自分の仕事を勧める事に躊躇いは無い筈ですよね……。

 もちろんクルスス・ホノルム的な幹部採用ではなく、一切の手心を加えることもなく、最初の階級から順を踏んで職務にあたってもらうという事で。
 おそらく年に何千万、何億と稼ぐ方が自身の子供に外食産業の一人シフトや工場勤務を勧める事はまずないでしょう。
 そのポストを数年勤め、幾つかの株主総会と会議をやり過ごし、役員報酬と退職慰労金を受け取ることが最重要戦略目標であり、その養分となって枯れ果てた従業員が何人自殺しようが、客に腐肉を喰らわせようが、塵ほどの責任も危機感も感じていないのが大勢なのでは。
 
 そういう明らかな矛盾や嘘が罷り通り、誰もが欺瞞と虚飾に満ちた建前を不承不承呑み、生きて行かざるを得ない。いつの世も変わらないことなのかもしれませんが、何とも空しく愚かしい事ですね。きっと全ては私の過剰な悲観主義による錯覚であり、実際はもっと明るく楽しい世の中なのでしょう。是非、そうあってほしいものです。


・我も彼も逃れ得ぬドグマ

 シェイクスピアのリア王には、

 生れ落ちると、われわれは泣き叫ぶ、
 阿呆ばかりのこの大舞台に引き出されたのが悲しくて。


 という台詞があります。ルバイヤートにも同様の趣旨と受け取れる詩(28番目)がありますし、キケロのトゥスクルム荘対談でも似た様な見解(第一巻48章)が示されていたように記憶しています。

 齢30を過ぎ、少なくとも雨露凌ぎ、食うには十分な仕事につくと大抵、上司や親戚などから結婚や子供を持つことについて推奨され、そうしていない場合は何故そうしないのか、と問われるものです。
 時には、おかしな奴、哀れな奴として軽侮されることすらあるでしょう。しかし一見奇妙に見える者も一定の論理によって行動の指針を導き出すものです。

 孤独が全く苦にならず、偏屈極まりない私でも生涯を共にしたいと思えるような相手がいれば、結婚という制度を何らかの理由で選ぶかもしれませんが、相手の目星もたたぬのに結婚を望むというのは制度から取り残された自分への不安や焦燥に駆られているに過ぎず、その手段、生活様式そのものをさながら流行のファッションの様に漠然と望んでいるに過ぎない様に見えてどうにも理解できません。

 皆がしているから、しなければならないと思い込み、人によってはそうしていない、あるいは出来ない事に劣等感や孤独感をすら覚えるそうです。互いにこの人だと見込んだ取り換えの利かない相手と歩む(それほど素敵な事は無いとは思いますが)事を望むというよりは、制度そのものに自身が乗る事が出来ているか否か、他者が見る自分の姿、体面、そこばかりに目がいっており、目的と手段が転倒しているのではないでしょうか。流行りの婚活なるものも胡散臭い、本質と上辺を取り違えた様なものに見えて仕方がありません。ただのビジネスであるという気もしますが。

 子供を作り、育むことについても、国家も社会一般も私を取り巻く個人的な知人達も大概は皆一様に善きこと、素晴らしきこと、疑問の余地なき事の様に語りますが、そこまでの全面的な肯定には至れないというのが正直な所感です。

 この現世に瑞々しい叡智、素晴らしい出来事、慈愛、善き人々との出会い、美しいものが溢れているのは疑うべくもないことですが、仏教の四苦八苦を牽くまでもなく、同等かそれ以上に醜悪で愚かしく、残酷で無益な苦行が溢れているのもまた間違いありません。だいたい平日が5日で休日が2日の時点でフェアではありません、せめて半々です(そんな卑近な例か…休日出勤や出張、接待などが入ったら目もあてられません)。私が創造主なら天地創造4日目くらいから休みます。昼からビールです。旧約聖書の記述で4日目に止めると、この世には植物だけになってしまいますけど。

 先述の台詞の様に、そんな場所に新たな人間を召喚する事が果たして善き事なのか。飲み屋で何の気なしに、無邪気に“結婚しないのか?”“子供は欲しくないのか?”と私に尋ねる人を見る度にある種の疑念が湧き起ります。こうした人達は自分のしている事に一抹の疑問も持たぬのだろうか、と。
 しかし彼らの口振りを見るにそんな考えは露ほども見えず、そうした考えすら頭に上った事も無いように見えます。あたかも一種の信仰の様に信徒が教義に対し微塵の疑念も持たぬのと同じ様に。聖典は無謬であると。

 もしかしたら皆そうした自問を経て何か確たる理由や根拠を既に得て、揺るがぬ信念を獲得したのかもしれませんが。あまりそういう風にも見えません。ただ何となく、皆がそうしているから、その様に過ごしている風に見えます。それが社会的かつ模範的な大人の嗜みというものなのかもしれませんが。

 そういう様を見ていると

 我々は、他の人たちと同じようになろうとして、
 自分自身の4分の3を喪失してしまう。

 
 というショーペンハウアーの言葉を思い出します。

 ある人は社会の維持には子供がなくてはならぬ、と言いますが、経済・生産の維持拡大や年金や保険の類の社会保障制度、納税や債務履行の為に人間の数を維持し、増やすというのは極めて全体主義的な試みではないでしょうか。
 可愛いから、仕事や人生の励みになるから、という意見も一種の愛玩動物を扱うかのように聞こえますし、孤独を埋める為、己の老後を支える為、親に孫を見せる為、家の存続の為、あるいは人生に幾許かの華を添える為にというのも、何やら身勝手な話の様に思えます。

 人間とは何であるか、などさっぱり分かりませんが、少なくとも集金マシンや介護ロボではなく、勲章や景品や装飾品でもなく、何かを取り次ぐための接続部品(生物学的には遺伝子を保ち、複製し、増やす乗り物・容器に過ぎないかもしれませんが)でもない筈です。そして時折報道される様な、自身の子供の成長や将来を一顧だにしない妙な名前をつける一方で、思うままにならぬと見るや虐待したり遺棄する様な人々はまさに利己主義と思考の欠如の極致なのではないでしょうか。

 連綿と受け継がれてきた遺伝子を伝え、本能に従い生命の義務を果たす、という様なある種の使命を語る人もいますが、それが他と比べて何か格別に尊い価値のある事なのだろうかとはっきりした理由を見出すことが出来ません。
 遺伝的近縁度から言えば一個人が遺伝子を残さずとも彼または彼女の兄弟姉妹か親戚の誰かが子供を残せば、そう大差のない結果が残るでしょう。それとて数世代を経れば跡形もないほどにシャッフルされ(子の代で1/2、孫は1/4という風に…)、限りなく薄まり、いずれは膨大な遺伝子の組み合わせの大海に溶け込む筈です。
 
 原初の無機物から有機物へ、やがては複雑な機構を獲得し、淘汰され多岐に渡り進化した生命の存在やその歴史には壮大なものを感じますが、誰も彼もがその系譜に従わなければならないという道理も無いでしょう。
 今のところ、どうしても何か自分の生きた記録や情報を残さなければならないなら、絵を描いたり、文章を書いたりしている方が性に合うように思います。

 ならば、どの様な理由ならば満足なのだ、と問われるとさっぱり分かりません。それが良く分からないので身の回りの人の問いが理解できないのでしょう。私は偉大なるショーペンハウアー先生の様な反出生主義者ではありませんが、しかし問われれば常に疑問がついて離れません。単純に脳の神経構造や分泌物の加減に支障があり、私が生物として根本的な欠陥を抱えているのか、はたまた普通は幼少期や学生の段階でとうに答えを導き出しているべき問題に対し、私の脳みその出来が悪すぎていつまでもつまらぬ所で立ち止まっているに過ぎぬのか。

 それを欲する人はすれば良いし、どうでもいいと思う人は公序良俗や公共の福祉に差し障りのない範囲で適当にやれば良いと思うのですが、何故誰も彼もが同じ方向を向き、同じように生きなければならないのか、それを前提に語り、そして教条的に問うのか、それがいつも不思議です。

 無論、私を完全に扶養し、惜しみなく愛を注ぎ、もったいないほどの教育(残念ながらその効果は薄かったようですが)を施してくれた両親には感謝していますし、そもそも理由などいるのだろうか、と言われればそれまでですが、私は既に大分懐疑的・厭世的な考えに取りつかれており、何をするにも立ち止まって考え、自身が納得できなければ行動する意思が湧かぬようになってしまったようです。

 単純にものぐさで、指一本動かすのすら面倒臭くなっているだけかもしれませんが。
 たまには自身と人生について考えてみるかと思いましたが、結局良く分かりません。
 きっと、あと10年くらいすれば年齢的に周りの人々も諦めるでしょう。それまではタレス先生メソッドで言い逃れする事にします。嗚呼、時の経過ほど偉大にして残忍なるものがあろうか、その強力無比なることよ。


 ・批評と鑑賞
 
 一個人が生涯のうちに把握できる情報には当然の如く限度があります。私の様な揮発脳の持ち主なら、なおのことです。世界に存在する全ての書物を読むことは出来ないし、森羅万象を知ることは出来ません。自分の中指の爪の色が不健康であるとか、地球の裏側の森の茂みにある一片の葉に流れる露に毒々しい色の蛙が映っているか否かを知ることができるのは、その場に居合わせた者だけです。

 故に普通の人間はしばしば他者の評判や評価、メディアを参考にして、ものの価値を判断し、取捨選択します。全てを自分の目で確認し、試して、良し悪しを判断するのは不可能で、きりがないからです。映画や小説のような娯楽においては特に他人のレビューや評論家、文化人の評価が人々の印象や興行成績を左右するのではないかと思います。

 で、私は永遠の0という映画を見ずに、人々の評価や著名人の批評をもとに、いわゆる国粋主義、歴史修正主義の系譜にある過去の美化に連なる映画だと思っていたのです。それなら見る必要はないかな、と。とはいえレンタルなら気軽に見られるので見てみたのです。

 依然として原作を読んでいないので基がどういう内容なのか知りませんが、少なくとも映画についてはそうした評は適切ではないと思います。ネットに流布された宮崎監督の批判はおそらく前評判と印象からなされたもので、実際本編を見てはいないと思います。

 登場する航空機や空母赤城などの描写を見て興奮するのは、それが紀元前2,000年前だろうが近未来だろうがその能力を発揮する戦士や機器や兵器に惹かれてしまうという私個人の逃れ難き宿痾なので、今更否定するつもりもありません。CGの頑張りがなかなか……。

 が、本作は殊更に戦闘や戦争を美しく描いているというわけでもないように見えます。戦前を懐古したり、称揚しているわけでもありません。カタログ上の航続距離の様な性能諸元のみを参考に搭乗員の疲労を無視し、無謀な作戦を強いる場面や、戦争後半に至り、相対的に性能の劣る零戦の実態について言及する描写などは、旧軍の欠陥を指摘し、零戦の伝説を淡々と否定しています。いかにも映画的な登場人物の設定や過剰な演技や感情の発露はアレですが、映画は映画なので諦めましょう。

 特攻の美化といった評については主人公の行動指針や目的を見るに少し違うのではないかと。特攻志願票について描かれるあたりなど、現代社会にも脈々と受け継がれる同調圧力のいとも麗しき慣習を象徴するようで何とも胃が痛くなります。直掩の隊員も援護対象である特攻機の成功率の低さからさ無駄死にと嘆き、全編通して突入に成功する描写すら無かったように思います。ほとんどは近接信管やレーダー、航空・火器管制の効果により打ち落とされています。
  
 映画で語られる限り、少なくとも主人公は社会や共同体、国家への奉仕を至上とする国家主義や全体主義へ殉じたわけではありません。私の見た限りではもっと狭い範囲の話であり、自身の命、家族と彼の仲間、それと教え子達の生死といった極身近な人々の禍福を垣間見た結果、葛藤の末に主人公は結末に至る選択肢を選んでいるように見えます。これは過去の戦争や国家体制を美化したり再評価する映画ではなく、個人の物語という風に私は見ました。

 ただ、自身の生還と僚機の無事帰還の為に、空戦に消極的という説明がありますが、それだと他の仲間は余計な戦力差が生じる分、不利になって落とされるのでは……。そこら辺も悩んでいたのかもしれませんけど。少し気になりました。仲間が落とされると自身の生還率も下がりますよね。 
 
 こんな風に書いておきながら、いまだタイトルの意味が分からないのですが、原作だと解説されてるんですかね。
 帰ってきたヒトラーが面白すぎて、しばらく別の本ばかり読んでるでしょうけど。序盤の表面的な皮肉と風刺だけでなく、痛烈なまでの示唆に富んだ本です。我ながら肉ばっかり食ってないで野菜も食えよとは思いますが。ドイツの戦前戦後を挟んだ歴史認識へのとてつもなく重い問いかけ(戦争責任の所在や転嫁について)は、そっくりそのまま日本人の過去と現在への問いに繋がっている様に思います。
 お勧めです。あれ、永遠の0の話じゃなかったの…。いや結構面白かったですよ、映画は。原作は知らない。
  
 もっとも、この手の題材を扱った作品をもとに、地域振興の為に安っぽい土産を売りつけるような商売をしたり、便乗して政治的な働きかけをしたり、過去を著しく美化する様な行動はどうかと思います。映画としては言われているほど悪くありませんでした。結局自分で確かめないと、自分にとって何が良く見えるかを判断するのは難しいのでしょう。
 当たり前のことでしょうけれど。見ないで評価し、喰わずに嫌うというのも大いに問題ありと再認識しました。他人の目と耳に頼りすぎてもまた大きな陥穽に落ちると。


・飯の時間だ!

 クソッタレ共のくっだらねえ話はやめて飯を食おうぜ。
 ローマ軍の物語Ⅷ 下書き

 ローマ軍団、飯を食う。
 何だか、ちまちま描いていたら時間がかかりました。
 7ヶ月も屈強な男達ばかり描いていると流石にそろそろ女性を描きたくなります。
 ガルガンティアのサーヤとか、艦これの高雄とか……だからその分かり易い傾向は止せと。はい。 
 
 艦これは駆逐艦で進む海域で止まってます。

 今回はこの辺で。続きが描けたらまたお会いしましょう。
 ローマ市民ならびに元老院議員、そして軍団兵諸君にマルスとユピテルの助力あれ。
軍団兵履歴

Legionarius

Author:Legionarius
主に世界史・戦史(東西問わず)の絵を描いております。

形式:Legionarius
状態:製造年月日から30年以上経過
使用燃料:Laphroaig,Bowmore,
Ballantine(12年が好ましいが財布が薄いのでfinest)
エンジン形式:惰性型酒冷4ストロークバルブ108気筒
始動形式:諦念あるいは深い溜息
搭乗機:CBR600RR07白→CBR1000RR2012に機種転換(乗り手に過ぎる良い機体ですがハイオクは財政が……)

音楽:(Bill Evans, Miles Davis, Dvořák, Linkin Park, Rammstein, Killswitch Engage, Enigma外)気に入れば何でも。

書物:ノンフィクション、歴史(ローマ史、古代ギリシャ,WW2外)、SF(ホーガン、ハインライン外)、最近はOsprey社の本ばかり。主にマクブライド先生のやつばかり。

漫画:(大陸軍は世界最強とかアララララーイとか)雑食。

ゲーム:ROME TOTAL WAR、MEDIEVAL TOTAL WAR
     CALL OF DUTY、S.T.A.L.K.E.R、SILENT HUNTER外

好きな陛下:Marcus Aurelius Antoninus、Flavius Claudius Julianus
好きな甲冑:ロリカ・セグメンタータ
好きなヴァンツァー:フロスト
好きなマクナブ:受領通知!!、カチカチ、カチカチ、続刊はいつですか。
以下、好きなギボン、サトクリフ、パウルカレル、スティーブンハンター、フォーサイス、ルカレ、エルロイなどと八万行に渡って続くので割愛。

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オスティア港
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