いずれは死すべき宿命にある人間である事を忘れるな


いずれは死すべき宿命にある人間である事を忘れるな
――ローマ市民最高の栄誉、凱旋式の栄光に包まれ、市民の歓呼を受けて進む凱旋将軍の4頭立ての戦車に同乗し、背後から主に囁き続ける奴隷の言葉。神ならざる人間に傲慢は許されぬ、と。


 少しづつ暖かくなってきましたね。
 暖かくなると冷たい酒が美味くなるのです。カラカラの喉にビール。
 ライムを放り込んだジン。何だこのワクワク感は……いや、落ち着けよ。
 まだ慌てる様な時間じゃない。まだ平日だ。
   
 いや寒い時は芋焼酎が美味いとか言ってますけど。


・第Ⅰ回 ローマ市民親睦会in御茶ノ水 
 ――バッコスとユピテルに感謝しつつ酒池肉林、でもウェヌスはいつだって不在、2014――

 去る15日、帝都は御茶ノ水にてローマ市民による荘厳なる集いが開催されました。参加者は趣味の同志にして発起人であるMoff Taka氏、そして当ページの横暴無比なる支配者Legionarius、帝都に駐留する第Ⅰ軍団Iaponicaの軍団兵と補助軍騎兵のおよそ6,000名ほどで、大手門を出発した一行は本郷通りを凱旋行進し……いや、2名でしめやかに爆発四散しましたが。ショッギョムッジョ!
   
 遠く北の大地から来られた氏にニコライ堂など付近を御紹介し(移転前なら秋葉原の武器屋なども巡りたかったですが)、速やかに酒と肉のある場所へ向かったのであります。

 本来ならば近場のポピーナ(古代ローマの酒場、食堂)を探すところですが、どうもこの未開の属州にはローマ風の酒場は無い様なので、鳥すきぼたんという明治時代から営業している店に突撃することにしました。4名以上のユニットじゃないと予約できんのです。
   
 女将、上等な葡萄酒をくれ、一番の奴だ、とアンフォラごと頼もうかと思いましたが、料理が料理なので、冷えた麦酒を飲み、原住民が大層好むという奇妙な形をした小さな陶器に入った米が原料だとかいう透明な酒を酌み交わしました。

 料理はシンプルですが炭火にかけられた鍋でやる鳥すきは絶品です。何と言っても同様の趣味を持つ者同士の話というのはとても愉快なもので。その後はアイリッシュパブに……。

 2世紀頃のスクトゥムの形状と用途について最新の研究結果を教えて頂き、勉強になりました。ビジュアル的には四角い奴が好みです。しかし、午後7時頃開始、終了が2時……7時間以上飲んでいた事になりますが、長々とお付き合い頂きありがとうござました。

 それにしてもはっきりした事が2つあります。まず私は外ではあまり飲むべきではない事。いや、別に飲んで暴れるとか、絡むとかは全くありません。いつも通り死人の様に静かです。
 理由は2つ目に関連するのですが、お金の問題です。たまに得難き友と楽しく飲むのは素晴らしいのですが、日常的にこれをやると破産します。何故かと言えば大量に呑むからです。

 2つ目は私と飲む時は割り勘にしてはいけない、という事です。ビール⇒日本酒⇒ボウモア⇒ズブロッカ⇒タラモアデュー⇒ブッシュミルズ等々、主に蒸留酒をダブルで延々と投与する私の様な奴と割り勘などしようものなら不均衡も甚だしい事になります。海軍みたいに配給制にしないと酒樽が空になるか、その場で死ぬまで飲み続けます。危険です。

 小説や映画、お絵描きやローマ、ゲームや世間の動向など話題は様々に飛びましたが、普段の酒席ではそういう話題にはあまり触れないのでとても刺激的でした。フォースの英国面に堕ちた人間の悲哀とフィッシュ&チップスの体に悪そうな食べ方、オートミールのポリッジを食べる習慣が共通していた事など傑作でした。

 またお立ち寄りの際は是非、という事で。重ね重ねになりますがお付き合い頂き、ありがとうございます。
 
  
・古代ローマのニート 軍団に入る。

 故郷を離れ、情け容赦ない辺境への旅路に。

ローマ軍の物語Ⅲ 01

ローマ軍の物語Ⅲ 02

ローマ軍の物語Ⅲ 03


以下pixivより

 ローマ軍の物語Ⅲ"メルクリウスの導きあれ"

 俺の命と身柄が鷲(ローマ軍)に引き渡される日、出発の日はあっという間にやってきた。家の前で皆に別れを告げると胸に熱い石が詰まった様な気分になったが、あまり多くの言葉を交わさずに出発した。

 ローマ男児たるもの避け得ぬ別れを惜しむ様な女々しい振る舞いなどしないのだ、と言いたいところだが、俺が模範的なローマ人かは甚だ疑問の余地が残る所だ。
 真実を言えば、出産で命を落とす母親が少なくないというのにボナ・デアの守護でも受けたのか、6人も子供を産むほど頑丈で、いつも飄々としていた母が静かに泣いている姿を平然と見ていられるほど俺の肝は強くなかったし、詩人や俳優の様な気の利いた台詞は思いつかなかったからだ。そもそもコルウス家にそういう才能は無い。だから俺には行く先の安全を祈る皆の言葉に頷き、残る皆も息災である様に祈るくらいしか出来なかった。

 それから兄達は俺にお守りや旅の道具を、父は最後の小遣いを、母は手のひらほどの小包を、祖父母はそれぞれ世界を旅した愛用のプギオ(短剣)と手作りの外套をくれた。
 食べ盛り一人分の食い扶持が減らせるのだから皆もう少し喜ぶと思っていたが、存外しんみりとした別れだった。俺の家族は思っていたより人情味のある人々だったらしい。もっとも、俺との別れの悲しみを全身で表現してくれたのは俺の愛犬バシリカだけだったが。

 バシリカは歩み去る俺にいつまでもついてこようとしたが、連れて行くわけにはいかないので弟と妹が二人がかりで引き止めなければならなかった。犬の年齢を考えれば、最後の別れになるかもしれなかったが、こればかりはどうする事も出来なかった。

 俺は幼い頃に友達と駆け抜けた小道、生ゴミと小便、焼き魚の匂いのする狭く薄汚い路地や、いまだ消えずに壁に残っている卑猥な文句を横目に馴染みの通りを進んだ。
 随分前に死んでしまった幼馴染と、文字が書けるようになった記念に一緒に柱に彫った互いの名前、お気に入りの魚人剣闘士の落書き、とうに忘れ、普段は気にも留めなかったものが不思議と目についた。ここに戻るのは大分先の事になるだろう、あるいはもう二度と帰る事は出来ないかもしれない、そう思うと胸の中がもやもやとして目頭が熱くなった。

 一度も振り返らずに颯爽と故郷を去るつもりだったが、角を曲がる前に結局一度だけ振り返った。少し傾いたろくでもないインスラと、普段は無愛想な癖に俺が見えなくなるまでずっと道に立ち続けていた家族を目に焼き付ける為に。

 もう子供ではないのだから、涙を流す様な情けない事はしないと心に誓っていたが、道中、腹が空いたら開けと言われていた母の小包の中を見て俺は早速誓いを破ってしまった。
 小包の中身、子供の頃から好物だった果物入りプラケンタを一口齧る度に幾つかの思い出が蘇り、それまで曖昧で今一つ実感のなかったローマを去るという事の意味が、はっきりとした形を伴って俺を打ちのめした。

 何かを失ってからその価値に気付く……俺は、いつもそうだ。

――つづく――次回、ローマ軍の物語、第4話“ヘラクレスの不在”ROMA AETERNA EST!!

出産と死:古代人にとって死は、現代とは比較にならないほど身近なものだった。これは彼らの思想や道徳、生き方に大きな影響を及ぼしていただろう。当時の医療環境と技術における出産時の母体死亡率は約10%とされ、比喩表現ではなく出産は命懸けの戦いだった(現代の日本は出産10万件中5人弱)。例えるなら一人産む度に、一発だけ装填されたリボルバーを頭に突きつけてトリガーを引くようなものかもしれない。
 衛生、医療、栄養の問題から乳幼児の死亡率もまた高く、1歳までに30%、5歳までに半分が死亡した(現代の日本は新生児・乳児の死亡率は2/1000)。平均寿命は男性20代前半、女性20代半ば(日本では明治大正期に40代に達し、戦後の伸びが著しい)。
 衝撃的な短さだが、この数字は単純に医療や栄養の不足から成人の寿命が短い事に加え、圧倒的多数の子供の死が平均を押し下げていた事を考慮する必要がある。故に成人するまで生き延びられれば、その半数は50前後まで生きる事が出来た。それでも60年以上生きられるのは10%強だった。
 また、諸般の事情により育児を放棄し子供を神殿や街角に捨て、それを奴隷商人が拾うという光景も古代の非情な一面であった(これについては、より優れた避妊技術と知識を持つ筈の現代においても遺棄や虐待が絶えぬ現状を見るに、一方的に非難する事は出来ないかもしれないが)。
 ローマ人の人生は総じて現代人よりも短く過酷な面も多いが、それを嘆く人間ばかりではなかった。“いかに永く生きたかではなく、いかに良く生きたかが問題である”セネカ

ボナ・デア:ローマ神話の豊穣の女神、多産祈願の対象でもある。ローマ七丘の一つアウェンティヌスの丘に神殿があった。

落書き:今も各地の遺跡には古代人の落書きが残っている。文豪や有力者や英雄ではない、市井の人々の言葉や考えを知る事の出来る重要な資料の一つ。歴史と人間社会を導いた指導者達の言葉が魅力的である様に、それを支えた人々の言葉もまた無視できない魅力を湛えている。ポンペイ遺跡からは“恋する者達すべてに死を”という趣旨の落書きが発見された。いわゆるリア充爆発しろ、である。神々が願いを聞き入れたのか、確かにヴェスヴィオ山は爆発的に噴火しポンペイは壊滅した。人を呪わば穴二つ……嫉妬や憎しみは不毛だ。

インスラ:古代ローマの集合住宅、アパート。1階の通りに面した部分は商店、火災時の避難と水汲みの容易い低層階に大家や富裕層、狭く不便で危険だが賃貸料の安い上層階には貧民が住んでいた。
 ときに6階から7階にまで達する建造物が都市を埋め尽くす様は、地方からやってきた人々の度肝を抜いた事だろう。技術・構造的限界、または阿漕な業者の手抜き建築で倒壊する事もあった。
 さらに余裕のある富裕層や貴族はドムスという一戸建ての邸宅に住んだ。目に見える格差社会である。3-4世紀時点におけるローマ市内の集合住宅と一戸建て邸宅の比率は25:1で5万棟以上のインスラに人間が犇めいていた。いつの時代も金持ちは一握りだ。

プラケンタ:古代ローマのお菓子、ケーキやパイの一種らしい。

BGMはこれで。http://www.youtube.com/watch?v=R0eLVD-84vo

以上
    
 古代ローマ人の寿命と比べれば日本人の寿命は魔法でも使ってるのか、というくらい長いですが、皆がその余命を幸福に感じ、有意義に過ごせているのだろうかと思う事がしばしばあります。大きなお世話だ、と言われそうですけど。

 三浦雄一郎氏の様に健康に過ごし、何かやりがいのある事や、目標があり、あるいはどんなにささやかでも日々の楽しみがあるなら良いですが、ベッドから身動きも出来ず、排泄も思う様にならず、物を咀嚼する事も出来ず、点滴や酸素吸入器から切り離されると生命を維持できず、施設の介護費用や自宅介護の疲労や心労で家族がノイローゼになる様な状態になっても果たして自分は長生きしたいと思うのだろうか、と。その様な晩年を迎えた親族を見ても、あまり楽しそうには見えず。周囲もしんどそうでしたし。

 もっと年をとると考え方も変わるのですかね。全く、生きるも死ぬも容易ではないですね。
 そもそも私の酒量から見るに長生きは期待できそうにありませんけど。
 いずれも古代人にしてみれば贅沢な悩みだと思うでしょう。   

 かつての人々は疫病や栄養不足、戦争や暴力による短命を恐れ、今や皮肉にも長寿に足を取られ、介護の労力や費用、年金の運用不備を恐れる。そして今後、人間はどういう道を歩むのか。前世紀半ばの僅か数十年で飛躍的に寿命が延びた事を思えば、今世紀前半にその捉え方、扱い方が大きく変わってもおかしくはないでしょう。
 技術的進歩に次ぐ思想の変遷、それを見届けるのも面白そうです。いや、何でもいいか。ひでえな、おい。    


 次回は訓練です。最初から勇敢な兵士などいないし、1人で何でもできる勇者など現実にはいない。ローマ軍団は不死身の英雄に用は無い。世界を征服した軍団兵達はまず最初に何を叩きこまれるのかをご覧に入れましょう。
 軍団は永遠である、故に貴様ら軍団兵も永遠である。何処の軍曹だよ……。

 今回はこの辺で。続きが描けたらまたお会いしましょう。
 ローマ市民ならびに元老院議員、そして軍団兵諸君にマルスとユピテルの助力あれ。
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戦時に法は沈黙する 

 戦時に法は沈黙する――キケロ 国家論

 法は最終的に何によって保障されているのか。

 ずいぶん間が空きましたね。いや、違うんです、サボってたとかそういうのではなく。
 アサシンクリード4が楽しすぎてカリブ海をうろうろしながら、何の罪もない商船を襲ったり、軍艦に喧嘩をふっかけたり、とか全然そんなことはないのです。
 嘘です。極悪非道、残虐無比の限りを尽くしていました。イギリス船籍もスペイン船籍もお構いなしで襲っていたら、終いには寄港先がなくなるんじゃ…。やはり、目指すは海賊共和国か。ニュー・プロヴィデンスで黒髭と握手。

 相変わらず船は風向きの影響をあまり受けずに飛ぶような速さだし、物凄い速度で舵が利き、着桟時はバウスラスターでもついてんのか、と言うような見事な平行着桟を披露してくれるので海洋冒険小説大好きっ子の方々は気に食わないかもしれませんけど、そこはゲームですので。
 サイレントハンターも実際と同じ時間経過でプレイしたら終戦までリアルタイムでやる羽目になりますしね。ある程度のデフォルメはしょうがない。
 大切なのは重要な要素を抑えているか。酔っ払い、気の短い船員達、飛び散る木っ端に硝煙、風を孕む帆、波飛沫に荒削りな船乗りの歌。勝利の喚声と敗者の断末魔。素晴らしい出来だと思います。鮮烈な青い海、白い砂浜と碧に透ける浅瀬、堪らない世界です。ラム酒を呷りながらやるのが良さそうです。

まだ序盤なので今後どうなるのか分かりませんが、主人公が現代的な正義感や博愛主義、平和主義を振りかざさないところが良いです。目的の為なら平気で商船を略奪して、抵抗すれば躊躇なく乗組員や海兵を殺傷する。海賊と名乗っておきながら海賊行為をしないどこかの海賊とは違います。
 歴史を題材にしていながら蓋を開けてみれば現代劇という作品は幾らでもありますが、そういったものとは少し違うようです。

  
ウクライナが一大事だそうで、驚くべき事件ではあるけれど、戦史や歴史をずーっと見ていくと人類が何千年もやってきた事はそうは変わらないという気がします。複数の大勢力の狭間にある国がどこの傘下に入るか、誰が影響力を保持できるか。ローマ帝国とパルティアはアルメニアで揉めてましたし。

 流石に21世紀ともなれば、普段は高度な技術や上品な言葉遣いで綺麗なラッピングに包まれてますが、薄皮を剥けば中身は同じ。弱肉強食の獣の世界から、少なくとも薄皮を纏う事が出来る水準までやってきた、ということは凄い事なのかもしれませんが。
 限られた大きさのケーキを切り分ける時にその大きさを決めるのは、最終的には経済力に軍事力。
 どれほど複雑化し、洗練されているように見えても、いまだその原理は変わらないのでしょう。

 などと、いつまでも他人事でいられるかどうか。


・チキンと私

 70億人も人間がいれば、そりゃあ面倒臭い人間もいます。
 草食系どころか植物系なのではないか、というくらい静かに暮らす事を至上としている私の様な人間もいれば、わざわざ余計な事をして騒がしいどころか周囲に積極的に迷惑をかける人間もいるようです。
 
 植物は一見静かですが他の植物との生死を懸けた激しい日照の奪い合い、虫や微生物との昼夜を分かたぬ熾烈な戦いを繰り広げているけれど。でも見た目は静か。そもそも草食動物の繁殖力は捕食に対抗すべく頭数を揃える為に肉食動物より旺盛だと思うのですが…いや、そういう話じゃないですね。草食系とか肉食系とかいったイメージの話で皆が盛り上がっている時にこういう事を話すと顰蹙を買いそうです。

 で、某フライドチキンのフライドフィッシュが復活したそうなので、昼に鳥と一緒に喰うかと、慎みや恥じらいというものを知らぬ、恥ずべき米帝文化の尖兵を帝都の水際で阻止すべく店に赴いたわけであります。

 すると、店の外まで行列が出来ており、寒いというのに外まで並んでいるのです。ファーストフードで並ぶのはどうか、と思ったのですが、数年ぶりだし、外まではみ出しているのは数人だったのですぐに注文できるだろうと並んでみたのです。が、何故か進みが遅い。

 ようやく店内に入りレジを見やると三つのレジの内、稼働しているのが二つでその内一つが全く機能していないのです。機械が故障しているのではなく、60半ばくらいの男性客が店員に絡んで、仕事が進まないというわけです。
 曰く、最初に注文を全部言ったのに、何で最後に確認するんだ。お前の仕事はそんなに不確実なのか、マニュアルの受け答えや営業スマイルは気持ち悪いからやめろ、店長を出せ、などと…。

もぅマヂ無理。
 
 マーカス「こりゃダメだ、ドーンハンマーを使おう」
 アーニャ「店舗が壊れるから使えないわよ」

 この手合いは往々にして自分が何処で何をしているかすら認識していない。周りにどれほどの迷惑を与えているかなんて意識にすら上らないのです。自分の中の崇高なルール、何かの聖域に触れられようものなら全てに優先して“それ”の防衛と正当性の証明に没頭し、周囲はおろか自分にすら何の益ももたらさないばかりか、時間とエネルギーの損失になるという計算すら出来なくなる様で。

 当然店員は何か余計な事を言おうものなら面倒が長引くのが目に見えているので、気が触れている客には反論せず、すみません、申し訳ございません、と繰り返しておりましたが、他の客は大迷惑です。

 お望みの高級なサービスが欲しいならレストランにでも行けと。ここは私の様な無産市民が効率重視で脂ぎった鳥を貪る店なのだから、ぐちゃぐちゃと余計な事を言う輩はとっとと失せろ、と言いたい所でしたが、残念ながら私は“骨なしチキンのお客様”(全編に渡り、これが言いたかっただけ)なので様子を眺め、静かに待ってました。

 ここが現代の日本ではなく、ローマのスブッラ地区だったら、古代ローマカラテを喰らわせて店から引きずり出した挙句、二度と出歩いて世間様にご迷惑をお掛けしない様にクロアカ・マキシマ(ローマの下水道、最後はテヴェレ河に注ぐ)に放り込むところでしたが、残念ながらここは21世紀のふれあい大国日本なので実力行使はご法度なのです。
 もし私が皇帝ならコロッセウムで腹を空かせた野獣の前に放り出すところです(コンモドゥス役のホアキン・フェニックスみたいにニヤニヤしながら)。余は慈悲深いので泣いて謝ったら許してもいい。それだけ、無産市民の平日唯一の楽しみ“食事”を邪魔した罪は重いのです。 
  
 何かの病気か加齢で脳が委縮して機能を喪失し、羞恥心や自制心や忍耐力を失うとかいう不運なら、まだしょうがないかもしれませんが。もし脳みそに何の問題もないのにそういう事をやっているのならまさに終わってるとしか…。
 立場上弱い店員を怒鳴りつけ、日頃の不満や鬱憤でも晴らしているか、それとも自己の優越の確認でもして哀れな自尊心を満たしているのか。
 
 年をとり物理的に脳の機能が衰えていけば、そうなる可能性は誰にでもあるのでしょう。容貌や体力の衰え、そして死は必然として粛々と受け止めるでしょうが、自我が崩壊して、周囲に厄介を振り撒く恥ずべき存在になるというのは結構な恐怖です。少なくとも自力が及ぶ限りは面倒な人間にはならない様にしようと、肝に銘じたのであります。

 年長者が敬意を払われるのは、かつては希少であった事、価値ある経験や知識の蓄積を備え、年齢に相応しい振る舞いをするから、というのが一つの要因としてあると思うのですが、高齢化が進めばその希少性は相対的に失われていくわけで。おまけに厄介者となればどう扱われるか…。
 人に尊敬されたいとは特に思いませんが、せめて鬱陶しい存在だと思われない程度には気をつけようかと。最後はソイレント・グリーンのホームみたいなところへ…。スイスには類似の施設・組織があるようですが。

 久しぶりに食べたフライドフィッシュはサクサクでなかなか悪くない味でしたが、直前の不快な光景のせいで台無しでした。 ともあれ、カルタゴが滅ぶべきであるように、面倒を引き起こす輩も滅ぶべきなのです。静寂と平穏を乱す者に滅びと災いあれ。というかこの孤独のグルメみたいなコーナーはいったい……。味に言及しているのがいつも最後の一行だけという…。
 
  モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず
  自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ
  独りで静かで豊かで…――井之頭五郎

  五郎さんもそう仰ってるんだし、静かに食えと。アッピア街道沿いに磔にしてやろうか、と。


 ・豊かな暮らし
  
 西暦103年頃のローマにおける別れと旅立ちの図
 
  ローマ軍の物語Ⅲ 別れ

 お絵描きはこんな具合で進めております。かつてポンペイを歩いた時の記憶と土産で買った資料、フィレンツェの古い市街を彷徨った時の光景が混じっているかもしれません。

 さすがに一般家庭への上下水道や電気ガスはなかったですが、現代の都市生活の外観は古代ローマの時代にほぼ整っていたようです。2,000年前だというのに3-4階、6-7階の巨大な集合住宅(インスラ)が立ち並び、市外を埋め尽くす様は地方出身者には驚くべき光景に見えた事でしょう。
 
 ある程度の規模の都市ならば水洗式の公衆便所が設置され、水源まで行かなくても、井戸を掘らなくても一階や表通りの水槽まで水道橋や水道管で生活用水が供給され、公衆浴場などが完備されていました。都市住民は畑で収穫したり、森や海で獲物を捕まえなくても、市場や商店に行けば何でも揃い、近所の食堂やパン屋に行けば完成品の惣菜や焼き立てのパンを買う事ができました。

 富裕層は自前の水道管を設置したり、自宅に風呂を持っていたそうです。メインの水道管に勝手に枝の管を繋げて自分の家で水が出るようにする狡猾な人もいたそうですが、あまり増えると水圧が下がってばれたでしょうね。
 
 そうした高度な施設はローマが滅亡した後はどれも久しく失われてしまいました。維持する予算もなく、また知識も技術も衰退したのでしょう。

 我が国を見るに史上稀に見る便利な生活を手にし、少なくとも疫病や飢饉で生命を脅かされる事もそうそうなく、かつ世界でも有数の平和な国だというのに、すべての人が人生に快哉を叫んでいるかと言うとそうでもないのですよね。いじめとか格差社会とかブラック企業とか色々あるのでしょうけど。それは古代ローマの遺跡に残された落書きにおいても喜びと怨嗟の声が入り混じっていることからしても同じの様ですが。

 どれほど豊かで便利になっても人間の境遇は偏り、その欲求は満たされる事無く、際限なく渇きを覚えるのでしょう。そのおかげで、様々な技術が発展し、知識や情報が世に溢れる様になったのでしょうけれど。一方で社会に流布する過剰な消費を煽る広告の洪水、本質を見失った衒示的・誇示的消費など…。キラキラと輝くもの、あるいは輝いているかのように見せかけているもの、まるで尊い価値があるかのように陳列され、掲げられているもの、欲する様に教唆されたもの、そうしたものを延々と追い続ける限り、鼻先の餌を追う駄馬の様に馭者の思うがまま、使役されるのではないでしょうか。自覚的であれ、無自覚であれ、どちらにしても。永遠に、底抜けの甕に水を注いでも満ちる事は無い様に。

とはいえそうした消費が現在の経済を回しているのも確かなのでしょう。そして大量消費と生産の片棒を担ぐ私もその利益を享受している事になるのでしょう。一方で、その手の消費をほとんど放棄せんとする人間にとっては、必需品が安価に供給される今の消費社会こそ住み心地が良いのかもしれません。

 底抜けの甕を捨ててしまうか、あるいは己の力量に相応の深さに底を宛がい修理するか、どこかで自分の最も望むものを見極め、それには何が必要なのか、何が必要でないのか、自分はそれに至る道にあるのかを考えないと死ぬまで良い様に賢い人達の商売につき合わされ、踊らされるのではないか、と最近はそう思います。知らず、時間と資産と労力を搾り取られて。

 そういう賑やかなお祭り騒ぎを遠くから眺めるのは嫌いではないですが、お祭りに身を委ね、進んで巻き込まれるのが好きだという人もいるのでしょう。どちらかと言えば、私はどこで誰と、あるいは一人でいつ、そして踊るか踊らないかは自分で選び、静かに自由に暮らしたいものです。
  
 何の話でしたっけ。脱線も甚だしいですが、次回は古代ローマ人の生と死、寿命などの統計データに触れ、引き続き古代世界を巡る事と致しましょう。脳みそがあればどこにだって行けるのです。

 
 今回はこの辺で。続きが描けたらまたお会いしましょう。
 ローマ市民ならびに元老院議員、そして軍団兵諸君にマルスとユピテルの助力あれ。
軍団兵履歴

Legionarius

Author:Legionarius
主に世界史・戦史(東西問わず)の絵を描いております。

形式:Legionarius
状態:製造年月日から30年以上経過
使用燃料:Laphroaig,Bowmore,
Ballantine(12年が好ましいが財布が薄いのでfinest)
エンジン形式:惰性型酒冷4ストロークバルブ108気筒
始動形式:諦念あるいは深い溜息
搭乗機:CBR600RR07白→CBR1000RR2012に機種転換(乗り手に過ぎる良い機体ですがハイオクは財政が……)

音楽:(Bill Evans, Miles Davis, Dvořák, Linkin Park, Rammstein, Killswitch Engage, Enigma外)気に入れば何でも。

書物:ノンフィクション、歴史(ローマ史、古代ギリシャ,WW2外)、SF(ホーガン、ハインライン外)、最近はOsprey社の本ばかり。主にマクブライド先生のやつばかり。

漫画:(大陸軍は世界最強とかアララララーイとか)雑食。

ゲーム:ROME TOTAL WAR、MEDIEVAL TOTAL WAR
     CALL OF DUTY、S.T.A.L.K.E.R、SILENT HUNTER外

好きな陛下:Marcus Aurelius Antoninus、Flavius Claudius Julianus
好きな甲冑:ロリカ・セグメンタータ
好きなヴァンツァー:フロスト
好きなマクナブ:受領通知!!、カチカチ、カチカチ、続刊はいつですか。
以下、好きなギボン、サトクリフ、パウルカレル、スティーブンハンター、フォーサイス、ルカレ、エルロイなどと八万行に渡って続くので割愛。

辺境報告
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忠誠宣誓をした軍団兵の人数
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