歴史はときに、突如一人の人物の中に自らを凝縮し

歴史はときに、突如一人の人物の中に自らを凝縮し、世界はその後、この人の指し示した方向に向かうといったことを好むものである。これらの偉大な個人においては、普遍と特殊、留まるものと動くものとが、一人の人格に集約されている。彼らは、国家や宗教や文化や社会危機を、体現する存在なのである……危機にあっては、既成のものと新しいものとが交ざり合って一つになり、偉大な個人の内において頂点に達する。これら偉人たちの存在は、世界史の謎である。――ブルクハルト”世界史についての諸考察”



 いやはや、自分の為に催される送別会に面倒臭いから行きたくないとか、お前にお世話になった人への感謝や挨拶の言葉は無いのか、と。せっかく準備してくれた皆の気持ちに報いないで悪く思わないのか、と。本当に世の中には非常識な、信じられない人、否、人間の皮を被った畜生もいるものなのですね。

 いや、ちゃんと出席しましたけどね…。お前か!
 早く人間になりたい。いや、別にそんなでもないです。そのままで良いです。

 そう、今は遠くになりにけり、思い返すも懐かしき高校時代の体育祭で、男子生徒全員参加の棒倒しで皆が砂と汗と少々の血にまみれて、熱い戦いを繰り広げている最中に、ふらふらとコンビニにアイス(最近見かけない檸檬のすっぱいヤツ)を買いに行って、競技が終わった頃に知人らの前に何食わぬ顔(まるで死線を共にした戦友の様にいやぁー良い勝負だったな。とか抜かしながら)で戻ってくるという人倫に悖る事甚だしい振る舞いをしてもその心に寸毫の痛痒すら覚えなかったかつてと比べれば、ちゃんと出席してるだけ幾分かはマシですかね。そう思いたい。そういう事にしよう。うん。

 練習の時は結構楽しくて欠かさず参加していたのです。むしろ積極果敢にあの危険で暑苦しい群れに飛び込んで、ただ棒を引き倒すという無益だが何か神話的、象徴的な競技に熱中していたのですが。当日急にやる気をなくして、あれ?これ別に人数数えてないし、一人くらいいなくても分かんなくね?という悪魔的な発見をしてしまい…さらにはそもそも何故、一体何の為に我々は棒を倒さねばならないのだ、棒だってたまには倒されたくない日もあるだろうに、などという重篤な中二病思考の末に勝手に結論を出し…なにしてんだこの人。運悪く選抜されてしまったリレー競技(授業の時にもっと手を抜いて走れば選ばれる事もなかったろうに)の方は一人欠けたらすぐにばれるのでちゃんと走りました。
 一瞬だけもしかして自分は結構責任感があるんじゃないか、と思いましたがもう一歩考察を進めれば、後でぐちゃぐちゃと言われるのが面倒臭いから、と言う消極的理由によるものであるのは明らかで何ら褒められるべきところは無いですな。

 なんで十数年前の体育祭の事など思い出してるんだろう…しかも結構克明に。
 あぁ、文化祭とか送別会とか打ち上げとかそういう節目の催事や会や式が嫌でしょうがないのは昔からずっと変わらないって話ですね。今は流石にそういうものの必要性もある程度理解できるようにはなりましたが、相変わらず頭で理解しても体がアレルギー反応を起こしてます。
 白洲次郎氏もプリンシプルを持て、貫け、とか言ってましたしそっちの方向に美化・粉飾していくか。まるで何か譲れない主義を貫いているからそうするのだ、みたいな格好良い感じに。いや国旗国歌で揉めるどこぞの先生みたいに確固たる理由なんぞなく、ただ早く済ませて自由になりたい、帰りたい、めんどいから、なのですが。


 今週も揺るがぬ失格人間ぶりでしたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
 私は東京ローズと枢軸サリーを皮切りに世界のプロパガンダについて調べていたら休日が終わってしまいました…。ヤック・デカルチャー…。


・ヒャッハァ!

 そんな訳で飲み会やらなにやらがあったり、サボったりしてたので少し間が開きましたが今回はこんな感じで。

バイエルン銃兵、胸甲騎兵
 
 前も似た様な絵を描いた様な…。アラトリステと同年代ですね。
 時は1619年、三十年戦争中のバイエルン公マクシミリアン1世の軍勢です。
 哲学者ルネ・デカルトがナッサウ伯マウリッツ(オランダ)の軍隊の次に従軍した事でも知られております。
 というかデカルト先生の若き日の冒険が面白かったので、以前ソクラテスを描いた時と同様にお仲間も描くことにしました。本人が歩兵だったか騎兵だったかはよく分かりませんが、貴族でもないし飛び入りではマスケット銃兵とか長槍兵とかでしょうね。

 神聖ローマ帝国を構成する諸邦で活躍したトーテンコップ(ドイツ語で骸骨)と呼ばれた兜を被って膝丈までの甲冑を装備した騎兵が非常に格好良いのです。この手の腿や腕まで覆う鎧と兜を被って、重くて長い騎槍を持った騎兵はこの辺の時代が最後ですかね。騎槍はスペインは17世紀半ば、オランダはマウリッツの先見性か、1597年には廃止しているようです。このタイプの槍騎兵が1620年代までドイツでも運用されていたのか、はたまた鉄騎隊のようにピストルとサーベルの騎兵になっていたのか。武器甲冑図鑑だと確かに存在したようですが、詳しくは分かりません。
 ウィーン包囲の頃もそのままな“もっとも美しい乗り手”フサリアは規格外ですかね。槍騎兵はのちに鎧を捨てたとはいえ、ナポレオンの時代には再びその強力な攻撃力を買われて戦場の花に返り咲くのです。ポーランド騎兵をまた描きたくなってきました。

 30年戦争は面白い人物が他にも沢山いるので今後もゆっくり描いていきたいものです。いや、その面白い連中のせいでドイツという地方は荒廃し、神聖ローマ帝国は死に至るダメージを負ったのでしたっけ…。その前から瀕死みたいなものだったかもしれませんけれど。

 と、また後先考えず余白恐怖症なのかこいつは、という具合に描いてしまいましたが…いつ完成するやら。もはや空間を密集隊形と長槍で埋める事が目的と化してるような。 

 そもそもこのフランスの哲学者はどうしてこんな妙な戦歴を…。
 それはまた次回書くことにしましょう。

・ローマ軍団映画

 第9軍団のワシ、日本公開キマシタワー
http://movie.walkerplus.com/mv49491/trailer/

 3月24日公開、帰国して最初の映画はこれに決定と言う事で。海外では去年3月公開で評価は芳しくなかったようですが…ローマ軍団が見られるだけでも素晴らしいことなのであります。まさに我が凱旋を飾るに相応しい!とりあえずテストゥードは見られるようで。ピルムの一斉投擲はあるのでしょうか。原作通りなら大規模な組織的戦闘シーンは序盤だけの筈ですが、どうでしょうね。
 たぶん見た後何か書くでしょうけれど、それなりに時代考証されたローマ軍団が活躍すれば良しという輩なので読むに値するレビューは書けないと思われます。

・最近読んだ本

 虐殺器官 伊藤計劃著

 随分前から気になっていたのですが、ようやく読み終わりました。分類としてはSF小説です。そう遠くない未来、米国の同時多発テロの様な事件を未然に防ぐ為に高度なセキュリティーとID認証及び履歴管理のネットワークが張り巡らされた世界が舞台だそうで。主人公は米軍特殊部隊所属の要人暗殺等を目的としたチームの戦闘員となっております。彼と同僚らの職場は世界の紛争地帯で、その仕事内容は政府の指定したターゲットを処理・拘束する事にあるのですが、彼らの装備や組織の成り立ち等が細かなディテールと共に登場し、当たり前でありますがSFを読んでいるのだな、という久しぶりの感慨を味あわせてくれます。
 無人兵器、人工筋肉を用いた機材や装備群、高度に情報化された作戦を円滑に進めるための数々のガジェット、薬物や脳医学や精神分析の先端技術を用いた隊員の精神状態の調整(作戦行動中の殺人行為への抵抗感の排除を主眼としている)など、それぞれあまりに荒唐無稽な技術などは登場せず、その政治的情勢と相まって現代の技術の延長線上にいつか登場するのではないかと思わせるような道具の数々は読む者をわくわくさせてくれます。例えるなら攻殻機動隊みたいな雰囲気です。

 話の筋としては、任務を重ねていくうちに各地で頻発する紛争・虐殺事件の中心に必ず名を連ねている人物が発覚し、その人物が用いる技術(作中のキーワード“虐殺の文法”が抽象的でもっと具体事例を見せて欲しかったです。ドラえもんに道具の仕組みを説明しろと言う様な無粋かもしれませんけど)が各々の事件の原因である事が判明し。彼の身柄を拘束する為に世界を股にかけた追跡が始まるというものです。もちろん追跡劇は舞台装置としてあるだけで、一読した限りでは主題は人間とは何か、といった哲学的・根源的なものにあるようです。科学技術の劇的な発達に比して人間と言う存在やその精神の定義が立ち遅れ、主人公はその狭間で懊悩するという場面がしばしば登場します。SFの王道かもしれませんね。

 そういう形而上の難しい話(本書末尾の解説で著者本人の言及していない参考文献推測で触れられているし)は手に余るので本作品の舞台背景に登場する要素を、恐らく著者が参考文献にしたであろう、あるいは関連すると思われるノンフィクションの書物を紹介しようかと。それら血生臭く、泥臭い20世紀から21世紀初頭の現実を予備知識としていれば、本書をより一層楽しめると思われます。どんな小説であれ何らかのモチーフはあるのですから。

 作品を通じて登場するPMFあるいはPMCこと民間軍事会社については多くの書籍で語られていますが、PWシンガーの“戦争請負会社”などがその誕生の歴史的・政治的経緯から実際の派遣予算獲得の方法や法規の抜け穴、業務受注、具体的な展開方法まで仔細に渡り説明してくれることでしょう。現場レベルでの冒険的業務や社員達の痛快なあるいは悲劇的な経歴や内面、末路に迫りたければ、スティーブ・ファイナル著“戦場の掟”、ロバート・ヤング ペルトン著“現代の傭兵達”などがお勧めです。

 本作の敵役が所属するPR会社のモデルは当ページで何度も言及している高木 徹氏の“ドキュメント戦争広告代理店 情報操作とボスニア紛争”に登場する政治的なPRを商品とした代理店ルーダー・フィン社がそれではないかと。もっとも実際のそれは虐殺の萌芽の形成に関与するのではなく、紛争当事者のどちらか一方、つまり顧客となったほうに有利な国際世論を形成し、先進諸国に腰を上げさせ有利な情勢を招くのが業務内容でした。印象操作を用いたり、メディアの有力者やロビイストに働きかけてボスニア・ヘルツェゴビナの紛争においてセルビアとミロシェビッチ大統領が一方的に悪の権化の様に仕立て上げられていく様など、まさに小説の様な筋書きでした。
 民族浄化という単語の登場の経緯とその理由なども分かり易く説明され、背筋も凍るような国際政治の裏舞台が露になる現代人必読の書であります。

 現実の特殊部隊の任務に関しては“SAS特殊任務”、“ブラヴォー・ツー・ゼロ”、“SAS戦闘員”などSAS関連書籍がお勧めです。全世界に展開し、時に政府が関与を否認する事を前提とした作戦などに従事したアンディ・マクナブやギャズ・ハンターの回想録がその実態を生々しく物語ってくれます。本作に登場する特殊部隊という存在の描写とその技術についても幾つか言及されているんじゃないかと。
 
 内紛や紛争の構造、人道危機、少年兵については伊勢崎賢治氏の“武装解除”(紛争地域での武装解除、少年兵を含む動員解除、そして社会の再構築に携わる者の記録)や松本仁一氏の“カラシニコフ”(カラシニコフことAK47の生産流通、そしてそれが世界各地にもたらした結果を追う秀逸なドキュメント)、デクスター・フィルキンス著の“そして戦争は終わらない”、とかアンナ・ポリトコフスカヤ(2006年に自宅アパートで射殺。おそらく政治的理由により暗殺された)著の“チェチェン、やめられない戦争”ビング・ウェストの“ファルージャ、栄光なき死闘“あたりが非常に参考になります。

 なお、以上にあげた書籍はどれも残虐かつ無残な描写(文章による描写、写真)が含まれていた様な気がするのでそういうのが苦手な人はよしたほうが良いです。が、どれも一読の価値はあることを保証いたします。

 作中で言及される虐殺を引き起こす為に最も効率的な情報の発信源、のくだり等はグアテマラやエル・サルバドルなどの20世紀の事件がモデルと思われます。
 あとはルワンダの虐殺でラジオ・ルワンダなどのメディアが果たした役割なども作中に現れる情報の発信源のモチーフかと。メディア・プロパガンダの項を参照。まさにそのまんまですね。

“虐殺の文法”はいわゆるヘイトスピーチに近いものかもしれません。もっとも本作のそれは言葉の意味すらを超越して聴く者に働きかける言語の根底にある何か、より洗練された高度な法則を持つ学問的にも体系だった技術のようですけれど。かつての第三世界に対して先進国の道徳教育と環境下にあったという差こそあれ主人公達がカウンセリングと薬物投与を受けなければならない壁を易々と越えてしまう虐殺の当事者たちにいかなる術を用いたのか、その具体的用例が作中にいつ示されるのだろうと期待していたのですがそれは登場しませんでした。

 第三世界や中南米の暗部への米国の介入、教育に関与する組織・方法としてはこの辺がモデルですかね。
 あとはベトナム戦争中のCIA主導のフェニックス計画とかもモチーフになってそうですね。そういや攻殻機動隊10話、密林航路云々のサンセット計画の元ネタもこの辺でしたっけ。

 何だか書き連ねてみて改めて自分がこんな本ばかり読んでる事に気付きました。他の蔵書の傾向も自ずと知れるというものですね。いや、たまには文学的作品も読むのですよ。たまにですけど。例えば…ええと…エルンスト・ユンガーとかもっと日本語訳の本でないですかね。…だめだこいつ、早く何とかしないと。

 本作を読んではっきり自覚したのは、やはり自分はノンフィクションか歴史(無論、両者とも多分にフィクション的要素を含むが)が一番好きなのだ、と言うことでしょうか。どんなに緻密に構築された世界設定も、やはりどこかしら隙がある様なふわふわとしたものに感じられ、どこかしら漫画やアニメ的なもの(どちらも好きですけれど)の様に”作られたもの”と感じずにはいられません。事実は小説よりも奇なり、という言葉がまさに当てはまる様です。いや、現実世界を対象にした傍観者としての一種の露悪的な覗き見趣味かもしれませんけれど。

 とはいえ極めて完成度の高い物語なので時間を忘れて読み進める事が出来ました。SFが好きな方なら読んで損はないかと。著者は僅か数冊のみを残し、癌により若くして亡くなってしまったそうで新作を読めないのが非常に残念です。
 
 最後にこんな事を書くのはどうかと思わないでもないですが、重箱の隅をつつく無粋が許されるなら当ページとして本作品において、断じて看過できぬ一文を挙げざるを得ません。

 ――文庫版369ページ
 みんなのために戦う。国民国家の誕生までは、その動機は買い物行列の最後尾だった。それまで戦争は、利益のため、金儲けのために行われる一部の専門家の仕事だったから、利益集団に対する忠誠心はあっても、「お国のみんなのために」なんていうスケールのでかいことは誰も考えなかった。市民も戦争に行くことはあったが、それは傭兵として自分の戦闘力を貸し出すためだ。国民の軍が登場するまでは、愛国心なんてものは存在しなかった。そもそも常に待機している軍隊、つまり常備軍というやつそのものが存在しなかったのだから、無理もない。無敵艦隊を破ったイギリス艦隊は、その半分以上が武装した商船だったという。戦争は昔から、その時々で必要に応じ雇われた傭兵のものだった。
 つまり、自分の国を守るために自らを犠牲にするという精神自体は、つい最近発生したものにすぎない。
 ――引用終わり
 
 これは、われらがローマ市民とその傘下にある属州民や異邦人、奴隷を含む運命共同体たる共和国そして帝国を数百年に渡り守護せし、正市民による30個軍団にも達する常備軍団と同数の属州民によるアウクシリアは黙殺されるべき取るに足らぬ存在であったという事でありましょうか。確かにパトロヌスとクリエンテスと言った利害関係、給与の保障や待遇、戦利品に略奪、軍閥化に反乱と内紛など純粋な意味での”愛国心”には程遠い動機や魅力や結果が当時の兵役にあったという事実は認めざるを得ない所だとは思いますが、近世に至るまで常備軍が存在しなかったという点が歴史的事実に反する事はもとより、国家体制や共同体を護持する為に存在したのではなかった、と組織の主目的を否定されるのはローマの戦歴と軍団、その士卒の成し遂げた事を思うに遺憾の極みであります。

 敵の迎撃に怯んだ戦友を激励する為にブリタンニアの浜辺に単身飛び込んだ第10軍団のアクィリフェル(鷲の旗手)、ファルサルスでその命を混迷と血に塗れた共和国に捧げた百人隊長たち、ゲルマニアのリメスやハドリアヌスの防壁で二度と故郷を見る事無く、自身の懐に何ら益することの無い戦いの末に、土に還った軍団兵達は傭兵だったであろうか…。

 我らの同胞、諸君らが愛してくれた司令官プブリウス・クインクティリウス・ウァルスは死んだ!
 なぜだッ?!
 坊やだったからアルミニウスを信じすぎたからさ…。
 
 などと思わず一ローマ人として突っ込みたくなる様な点はおくとして。
 
 本当にこの作家が早くに失われたことは残念であります。もっと長生きしてたくさんの作品を残して欲しかった、とそう思わずにはいられません。引き続き同著者の作品”ハーモニー”を読みます。




 今回はこの辺で。
 マスケット銃兵前へ!友軍騎兵突撃前に一斉射!構え、狙え、撃て!



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良識とは、受身に立たされた側が口にする言葉

良識とは、受身に立たされた側が口にする言葉であり、行動の主導権を握った側は、常に非良識的に行動するものである。――ヴェネツィア共和国外交官の書簡より

 こんばんは。今日も今日とてさっさと帰宅して延々と飲んでおります。
 一人で部屋で飲むのの何が楽しいのか、とよく聞かれますが、本を読んでゲームをしてネットを徘徊し、音楽を聴きながら絵を描いて次第に酩酊し、風呂(お湯は蛇口を捻ってから2分で尽きるので素早さと効率的な洗浄が肝要。ローマの偉大さを痛感)に入ってそのまま寝床に倒れ込む、これほど素晴らしい事があろうか!と説明しても毎度今一つ伝わりません。難点は己の世界を完璧に構築し(スタンド名パーフェクト・ワールド。破壊力A、スピードE、射程距離E、持続力A、精密動作性A、成長性E。能力:一人部屋でしか発現しない。破壊力はAだが破壊するのはスタンド保持者の社会性。人畜無害=使えない)そこに耽溺するあまり、極めて没交渉的な人格へと傾倒し社会一般の常識や習慣から乖離していく、という点でしょうか。
 もちろん気の合う仲間と飲むのは良いですが、そうでもない付き合いで趣味や話題があまりに隔たっていると1時間くらいで帰りたくなってきます。その辺で歩み寄りを見せて共通の話題を探ったり他愛の無い話を振って場の雰囲気を楽しむのが大人というものなのでしょうけれど、見た目は大人、中身は子供、という大変残念な輩であるところの私には至難の業なのであります。

 あっという間に一年が経ち帰国の日が迫ってきたわけですが、
 和を尊ぶ国、日本に帰ってやっていけるのでしょうかね、この人は…。駄目な気がするわ、凄く…。


・和平協定

 今回はこんな具合ですかね。

 以下pixivより
フリードリヒ2世とアル・カーミル

1229年3月“破門十字軍”

“私はエルサレムでムスリムの祈りに耳を傾けるのを楽しみにしていたのだ”
――フリードリヒ2世、皇帝のエルサレム入城に配慮し定時の祈りを止めたムスリムに対し無用の配慮であるとして

――プロイセンの大王ことフリードリヒ2世も興味深い人物ですが、13世紀に活躍した神聖ローマ帝国のフリードリヒ2世も驚嘆すべき人物と言えましょう。
 キリスト教が欧州における揺ぎ無き精神的支柱だった当時、多民族と文化の混在するシチリア(ギリシア人の植民地化を経てローマの支配下に。中世ではイスラム勢力による侵入・支配等を受けた後、ノルマン人の征服を経た)で育った彼は諸外国の思想、哲学、科学、文化に親しみ、イスラム教など異教も受け入れ、9ヶ国語を話して詩文を編んだとされています。
 帝位に就いた後も異文化の共存に配慮し実践に移した稀有なる皇帝とされており、その思想は彼による極めて特異な十字軍とその結果に顕著に現れております。異教に寛容な皇帝に業を煮やした教皇がとうとう聖地奪還を命じるのですが、何と皇帝(破門済み)は宿敵アイユーブ朝のスルタン、アル・カーミルと戦争を開始するのではなくアラビア語で書簡を取り交わし、文化的交流を図ったのです。
 二人は政治に関する話題だけではなく、知識人として科学や哲学、芸術に関する意見交換を経て意気投合し、やがて両者が戦いを望まぬ事、それが得策では無い(共に内憂外患を抱えていた)という共通認識に至ります。こうして5ヶ月に渡る外交交渉の末に和平協定が結ばれ、聖地はかつての様に夥しい流血を伴う事無く皇帝のもとに統治される事となりました。
 その結果エルサレムでは軍事行動が禁じられ、キリスト教徒の巡礼もイスラム教徒の生活も保障されると言う当時としては驚異的な政治的解決が達成されたのです。しかし、当時その結果は両者共に弱腰、妥協と非難され、評価される事はありませんでした。一方で二人の交流は1238年にスルタンが世を去るまで続けられました。歴史家ブルクハルトはフリードリヒ2世を“玉座の上の最初の近代人”と評しております。異名は数知れず、異端者、反キリスト者、世界の驚異、そして破門皇帝。この様な皇帝を育てたシチリアの来歴もまたとても興味惹かれるものがあります。

――” 友よ、寛大なる者よ、誠実なる者よ、知恵に富める者よ、勝利者よ”
皇帝が己のイスラム風の死装束に刻ませたアル・カーミルに宛てたとされる言葉

 以上


 こういう変な人がいるから歴史を巡るのはやめられませんな。
 さて、この事件を取り巻く要素を幾つかに分けて適当に書いてみることにしましょう。
 もちろん構成も何も考えていないので重要な要素の欠落や脈絡の無さはいつも通りです。

イタリア生まれ、シチリア育ち、悪そなヤツはだいたい友達♪皇帝とシチリア

 HIPHOP育ちじゃないのかよ…。阿呆はここまでにしときましょう。
 シチリアにイスラム教とその文化が入っているのはスペインや北アフリカと同じくイスラム教徒による征服時代の聖戦(初期のイスラム教徒にとってイスラム世界の拡大は重要な使命だった)によって占領されていたからだそうです。勝利したとはいえ圧倒的少数である征服者は征服前と打って変わり、キリスト教徒であるシチリア住民に対し、中世の勝者にしては寛容に振る舞い(人頭税や宗教差別など2級市民扱いではあったが)、その共存体制はノルマン人がやってくるまで継続されました。
 そうした体制の中200年が過ぎて、さらに数少ないノルマン人によるシチリア征服が成功し、シチリア島元来の住民、イスラム教徒、そして支配階級であるノルマン人という多民族が混在する島となる訳です。その結果ノルマン人はイスラム教徒の支配体制をより平等に近い方向へ一歩進め、11世紀という時代においては稀有な異教・異文化を許容する社会が成立したのでした。宮廷ではアラブ人やギリシア人、現地シチリアの官僚などが能力次第で民族や信仰を問わず採用されていたそうです。
 もちろん、ノルマン人がフランス革命のお題目の様な自由、平等、博愛を目指してそういう支配体制を築いたのではなく、少数支配者による効率的な支配体制とは何か、と考えた結果そうした現実路線がとられたのでしょう。武力があるとはいえ、いつも反乱を起こされたり、治安が不安定だったりしていては統治もままなりませんし、旨みが無いというのが実のところだったのではないでしょうか。商業活動や農作物の生産活動は先が読みやすい安定した社会、つまり平和が持続する社会でこそ利益・収穫を最大化できる筈ですし、尚武のノルマン人もそのほうが良いという事は重々承知していたはずです。

 と、こんな歴史的経緯と社会情勢が連綿と続いた地で皇帝フリードリヒ2世は育ったのであります。陛下は幼い頃より町を探検するのが好きだったそうで、至る所から聞こえる異国の言葉や祈りの声、肌の色の違う人々が混在した市井の営みや異国風の意匠が入り混じった町並みなどを目にして複数の言葉と文化を理解する指導者としての素養を積んだのでしょう。こうした経験があった為に、キリスト教俗界の物理力を行使する代表者たるべき神聖ローマ帝国皇帝であるところのフリードリヒ2世はイスラム教徒とキリスト教徒双方に寛容さを求め、またそのように振舞ったようです。イスラム教徒の海賊行為、征服、そしてノルマン人の再征服という極めて血生臭い過去がそうした人物を育む環境を生んだというのは実に興味深い現象ですね。
 彼の真意が近代的な思想に近いものだったのか、それともかつてのシチリアの統治者たちと同様に支配の効率上その様な選択をしたのか、あるいはその両者、または彼の残した言葉、アウレリウス帝の自省録にも通ずる様に思われる”ありのままに見よ”に表される様な合理的思考から自然と導き出された考え方だったのか本人に聞いてみたいものです。

 フリードリヒ2世は破門されまくったせいでお友達がいなくなってしまったのか、エルサレム入城時のエルサレム王としての戴冠式にもテンプル騎士団、聖ヨハネ騎士団が共に欠席(キリスト教を守護する騎士修道会という立場、存在理由からしたら反キリスト者の聖地における戴冠などというパンク極まりない素敵イベントには立ち会えないというのは当然とも言えますが)し、ドイツ騎士団しか参加しなかったそうです(彼らもカトリック教会公認の騎士修道会の筈なんですけどね…)。ドイツ騎士団だけが義理を果たしたのは皇帝が総長と個人的なお友達だったことに加え、リミニ金印勅書(偽造説もある)により彼らにプロイセンでの活動(征服、領有)を保証した事に代表される様に支援していたからでしょう。知らないうちに悲劇的な運命が確定していた現地の人たちはとんだとばっちりですが、よくあることです。えぇ。
 皇帝は個人としてのエピソードも面白いものが多いので詳しくはwikiなどをどうぞ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%922%E4%B8%96_(%E7%A5%9E%E8%81%96%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E7%9A%87%E5%B8%9D)
 それからフリードリヒと言う名の由来は古代ゲルマン語における”平和の君主”という言葉にあるそうです。が、フリードリヒ2世もイタリアで戦ったり、他にも同名で戦争をしまくる王様が何人かいるので、名前と行動はそんなに関係ないという事かもしれませんね。

②神聖ローマ帝国

 神聖ローマ帝国という呼称が正式に登場するのは国家成立当初からではなく、最初は単にローマ帝国、12世紀に神聖帝国、13世紀に神聖ローマ帝国、15世紀にドイツ国民の神聖ローマ帝国と公文書に現れる名前も時代によって異なります。これらはローマの後継者という立場を重視していた時代、キリスト教世界の盟主としてその神聖を誇った時代、そして共通・近似の文化・言語を持つドイツと言う領域に住む人々の国家を意識し始めた時代、と刻々と変わっていく情勢と帝国の存在意義に合わせてその名称が変化したのではないかと。
 さてこの帝国は大空位時代の不安定さから、”神聖でもなければ、ローマ的でもなく、そもそも帝国ですらない”などとヴォルテール先生に評されている事でも有名ですが、中世を通じて無視できぬ大勢力であったことを思えば、世界史の教科書における今ひとつぼやけた存在としての帝国はその実像とは違うものなのではないかと思われます。
 確かにそもそも国の起こりがカール大帝からなのか、オットー1世からなのか、とか帝国という名称から想起される強力な中央集権国家のイメージとは異なる姿、選挙で選ばれる皇帝と諸侯の関係や駆け引き(皇帝は権限の維持強化を求め、諸侯はそれを阻止する)、無数の領邦など複雑な体制や構造を限られた紙面で把握理解し、この国の概要を掴める様に説明するのは酷く難しい事だとは思います。しかしながら中世から近世にかけての西欧世界を理解するには外す事のできない国家である上に、どういう国であるか概観を掴むと非常に面白い国なので…えぇと…
この捉えどころの無い国を解する導入としては薄い上に文章も平易な菊池良生氏の神聖ローマ帝国という本がおすすめです。

 丸投げかよ…。

 自分には分かりやすく簡潔に説明する事は到底出来ないと気付いたのであります。最近思考能力がスツーカみたいに急降下している上に、物忘れが激しい気がするので自分にはとても無理なのです。この調子では40前にはスパゲティ症候群みたいになってるんじゃないでしょうか。

 あ、神聖ローマ帝国の話でしたね。

③神が遣わせしドイツの騎士

 ホッホマイスター、あるいはグランドマスターこと第四代総長ヘルマン・フォン・ザルツァは1165年生まれなのでこの時60代半ば(皇帝は30代、スルタンは40代後半)の筈なのですが、皇帝と教皇の間で綱渡りをして中東に出張ってそれから東欧で騎士団の勢力圏拡大の礎を築くとは、13世紀のビスマルクとまで呼ばれるほどの外交センスと抜け目無さ、その比類なき活躍ぶり、当時の寿命を考えると元気過ぎですね…少し分けてほしいものですな。
 
 その構成員もさることながら、ドイツ騎士団(正式名称はイェルサレムにおけるドイツ人の聖母マリア病院兄弟団)という組織自体も物凄く面白いです。修道騎士会という一組織でありながら布教とキリスト教世界の防衛という大義のもとにプロイセンに征服の権利を得て(現地人にとってはとんだ迷惑ですが)やがては事実上の独立国家の様な存在となるなど、同時代の他の国家の形成過程と比するに極めて特異な存在と言えましょう。また御同輩とも言えるテンプル騎士団や聖ヨハネ騎士団の聖地失陥後の行く末と比較してもその隆盛と末路は大いに好奇心を掻き立ててくれます。彼らの存在理由(キリスト教世界の防衛、異教徒への布教と征服)と利用価値(教皇・皇帝両者にとって都合の良い軍事力だった)がその栄枯盛衰両面での鍵(隆盛を支えた強みが致命的弱点でもあった)となっているという点も実にグッと来ます。
 聖地におけるドイツ人互助組織としての騎士団、ドイツで燻っていたミニステリアーレ達の不自由な身分からの脱出手段としての騎士団、洗練された官僚組織をもって支配領域を効率的に統治した先進的国家としての騎士団、かつての病院兄弟団としての公共への奉仕と征服地における野蛮で残酷な振る舞いと支配、多様な側面を見せるこの組織はテンプル、聖ヨハネ両騎士団にも劣らぬ魅力に満ちております。

④完全なる王

 アル・マリク・アル・カーミル(アラビア語でマリクは王、カーミルは完全なる者、の意)はサラディンの弟の息子、つまり甥です。優秀な叔父と父の才を受け継いだのか自身も傑物だった様で、父の死により劣勢にあったアイユーブ朝を率い第5回十字軍を跳ね返しております。また知識人としても知られ、薬学者にして医者のイブン・アルバイタールを登用するなど科学への理解も相当なものだったと思われます。エルサレムの明け渡しは、無論、フリードリヒ2世との書簡における親密なやり取りだけが理由では無く、十字軍との戦闘を回避する事で戦力を集中し、内憂(一族や総督の反乱が発生していた)を収拾するという最優先課題を片付ける為に選んだ苦汁の選択肢だったのでしょう。異教徒相手にそうした大胆な決断が出来ると言う点は有能な統治者としての証左ではないかと。

⑤十字軍とイスラム教徒による征服時代

 昨今の十字軍に対する評価の大勢を占めているのは、キリスト教徒による身勝手かつ狂信的な征服活動であったというもののようです。もちろんそうした面があったのは事実です。しかしながら、実際の経緯を辿れば平和に暮らしていたイスラム教徒を狂信と欲に目がくらみ、血に飢えたキリスト教徒の軍勢が一方的に襲ったと単純に解釈するのは早計であると思われます。
 そもそも十字軍が本格的に起こされる前も、その後も地中海世界において主導権を握っていた期間が長いのはイスラム勢力です。ローマ滅亡後の混沌から抜け出すことの出来ぬまま互いに争っていた西欧を横目にウマイヤ朝は北アフリカ、イベリア半島(スペイン)と征服行を進め、その拡大戦略が一旦停止するのは718年のコンスタンティノポリス包囲戦の失敗やトゥール・ポワティエの戦いでフランク王国が勝利を収める732年を待たねばなりません(全イベリア半島の奪還にいたっては15世紀末)。この敗北の後、イスラム勢力による西欧への攻撃が止んだかといえば全くそんなことは無く、地中海に面する南フランス、イタリア半島などの沿岸部や付近を航行する船舶は常に北アフリカを根拠地とするイスラムの海賊達に襲われていました。地理的に制海権を得るのが困難な東地中海だけでなく西地中海もイスラム勢力による攻撃の前に危機に瀕していたのです。
 
 これら海賊は財物を略奪するだけでなく、そこに住む人々の拉致を目的の一つとしており、戦利品と奴隷の売買は当時の北アフリカの主力産業の一つでした。西地中海各地からさらわれたキリスト教徒の男性は”浴場”と呼ばれる収容所で死ぬまで過酷な強制労働に駆り出されるか、イスラム勢力の艦船で漕ぎ手としてガレーの船底で鎖に繋がれていたのです。女性はムスリムへの改宗を強制(異教徒との性交渉は教義上望ましくない、つまり多くの場合、性的搾取の対象となった)され、家内奴隷として家事や雑事に使役されていました。
 こうした奴隷を救出するために武力を用いず己の命すら顧みずに献身的に人質や奴隷解放の身代金交渉をする救出修道会、救出騎士団などの組織も存在しましたが、当然根本的解決にはならず、これら襲撃による略奪と拉致は近世に至るまで止むことはありませんでした。さらに海賊たちの攻撃は大胆にもカトリックの総本山であるローマにまで及んでおり、一時期はその城壁にまで迫り、近隣の港湾占拠、教会の聖堂を含む城壁外における略奪等が行われるという事件も発生しています。
 また、第一回十字軍の大義の一つに当時セルジューク朝に押されていたビザンツ帝国の支援要請という要素(同じキリスト教圏とはいえ、正教のもとにあるビザンツの要請を西欧の君主や聖職者、人民が名目以外に利用する事は無かったが)もあり、何の非も無いイスラム勢力が十字軍により一方的に攻撃を受けたという認識は難があるものと思われます。結局のところ、どちらも良からぬ事に手を染めていたのには間違いなく、どちらかがより邪悪で加害者であるとか被害者であり正義であるという様に歴史を二色で染め抜くのは危険なのではないかと考える次第であります。 無論、両勢力共に最も被害を被ったのは市井の民だったわけですが…。

 大分話が飛びますが、イスラム世界が攻勢から守勢に回り、主導権がはっきりと西欧勢力に移るのは代表的な事件では1683年のオスマン帝国による第2次ウィーン包囲の失敗に象徴される17世紀末、軍事、産業、政治の面で明らかに西欧に遅れをとり始める18世紀という近世に入ってからです。

⑥平和を貪る為には

 上にも書いた通り、この和平を単純に異文化を超えた相互理解が達成した平和的外交の勝利と捉えるのは短絡というものであります。当然、無数の利害の一致がその根源にあるのです。しかしながら憎悪と流血、狂信の度合いがより色濃かったであろう13世紀にこの成果を成し遂げたのはまさに驚異ではないかと。
 もちろん現実のパワーバランスや利害関係、政治力学を無視して平和的な対話さえすれば戦争がなくなる、とか話せば分かる、等と主張する夢見がちな御仁などにも見習って欲しいものですね。相手を交渉のテーブルにつかせるには自分にそれだけの力があるか、相手がそうせざるを得ない状況にあるか、魅力的な餌があるか、など必ず何らかの理由があるのですから。
 国内法という規範と国家権力という明白な執行力によって統制された国内とは異なる弱肉強食の国際政治の場において初っ端から相手の良識と善意に期待するのはまさに自殺行為と言えましょう。歴史を振り返っても、良識や善意を主張するのは大抵受身となった弱者であり、何らかの策略の大義名分とする場合を除いて能動的に動く強者がそういうものに左右される局面はあまり見当たらないですし。今回のタイトルであるところのヴェネツィア共和国の外交官が残した言葉のように。
 そういう点では舌に乗せるも麗しき”友愛”なる言葉を呪文の様に常々引き合いに出すかの御仁を与党の外交政策担当最高顧問に据えてしまうという、常軌を逸した常識にとらわれぬ、ずば抜けた人事センス、適材適所を見抜く我等が偉大なる指導者の慧眼とその人的資源の豊富さには度肝を抜かれるばかりです。……大丈夫なんですかね、この国…一朝一夕で土台が緩む様な柔な国ではありませんが、莫大な時間と労力と費用の空費、そして統計には表れない犠牲を思うと頭が痛くなりますね。

 
 長い…。


・U・S・A! U・S・A!!

 米軍公式PV…。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm16942839?via=thumb_watch

 現役の米兵によるバンド演奏をBGMにしたPV。映像があざといとかその歌詞はどうなのよ、とか色々突っ込みを入れたいところですが、そんな事より何より良いシャウトですね。日本で似たようなことをしたら組織内外から物凄い怒られそう…。仮に出来ても日本の役所の広報センスでは突き抜けっぷりが足りない半端なものになりそうですね。
いや、こんだけ開き直ってるのもどうかとは思いますけど。でも面白いからいいや…。

・地震

 2011年に日本で起きた地震
 http://www.youtube.com/watch?v=eKp5cA2sM28&feature=player_embedded 
 同年の世界の様子
 http://www.youtube.com/watch?v=cwWn_W6ZbT4&feature=player_embedded#!
 ヨーロッパとかアフリカは本当に地震が無いのですね。
 


 さて、久しぶりに長々とやりましたが今回はこの辺で。
 次はどうしましょうね。また変な人を引っ張ってきましょうか。
 何か出来ましたらまた。

 皆様が善き一週間を過ごされますよう。

敵が最も予想していないことは全て、最も効果的だろう。

敵が最も予想していないことは全て、最も効果的だろう。
――フリードリヒ2世、プロイセン国王

 こんばんは。
 記録に残すことが何も無い、と言われたアントニヌス・ピウス帝の治世なみに平穏な一週間だったので特に書くことがありません。ずっとこうだと良いのですが、そうはならんのでしょうな。
 

・歴史に興味のある人にはすごく便利なソフト

 http://x768.com/w/whis.ja
 世界史を逍遥する人必須の素晴らしいソフト。年表上のカーソルを動かすと地図上で年代ごとに勢力圏が変化します。
 ぐりぐり動かして帝国の興亡をその手に!大規模戦闘発生地点や交易路、主要道路などに印がついたら面白そうですね。履歴が残ったらどこが古今を問わず戦略上重要な場所か一目瞭然になるでしょう。


・皇帝、スルタン、ドイツ騎士団

破門十字軍

 タイトルがプロイセンのフリードリヒ2世なのに描いている絵は神聖ローマ帝国のフリードリヒ2世という…。
 皇帝が破門されたまま十字軍を起こし、さらにほとんど戦闘も行わず和平交渉によりエルサレムを奪還した驚くべき十字軍、第6回十字軍の皆様とアイユーブ朝の方々、それから13世紀のビスマルクとも呼ばれる敏腕政治家ドイツ騎士団総長ヘルマン・フォン・ザルツァなどを。

 この事件に登場する人物と組織は非常に興味惹かれるものがありますので、完成しましたらだらだらと書いて行こうかと。

 では、今回はこの辺で。
 また次回。

 
 聖戦に身を捧げる神の戦士に、主の恩寵と加護があらん事を!

生まれながらの勇者はいない

生まれながらの勇者はいない。勇者は訓練と軍紀によって育てられる
――ウェゲティウス


 こんばんは。
 週末に休みをもらったのでバリ島でごろごろ。せっかくのリゾートなのに、ほとんどホテルの敷地でプールに入ったり光合成したりしながら飲んだくれてるという筋金入りの引き篭もり体質を披露しておりました。
バリにて

 この島は国内線で首都から2時間ほどの距離にあります。ビーチや特異な文化が売りのリゾート地として有名で、言葉が少し違うのとヒンドゥー教が盛んである事、そして2002年と2005年に自爆テロがあった場所であるという事くらいの知識しかありません。
 ホテルの住所を見たら例の現場の近くでした…。2002年、自動車爆弾で200人以上が命を落とした現場となったクラブの様な類の騒々しい場所は自分から行く事はまずありませんが、レストランは避けようがないですね。大半がムスリムの占める国でヒンドゥー教徒が多いと言う事と外国人観光客の集まる場所という事で格好の標的だったのでしょう。非常に美しく風土も面白い土地ですが“2度あることは”という言葉もありますしね…。知らないところに行く際は治安や政治情勢などもあわせてよく調べてからにしましょう。
 貧富の差が激しい国、宗教・文化対立のある国、独立運動など政情不安定な国、ここは概ねその全ての条件を満たした国ですが、おそらく世界中どこの同様の国においても、富裕な外国人が夜な夜な集まって派手に飲んだり踊ったり騒いだりする場所というのは標的として優先度が高く、リスクが大きい場所だと思います。君子危きに近寄らず、という有難い言葉を今一度思い起こさねば。でも、どちらの事件も現地人の被害者が多いのです。2002年はオーストラリア人の次に多く、2005年は最多数の犠牲者を出しています。どんな思想を掲げようと一般人を巻き込んでしまえば大勢の支持は得られないのだ、という事くらい少し歴史を齧れば分かりそうなものですがね…。
 何らかの思想や主張を世に浸透させたいなら、もっと何というかこう誰も気付かないくらい狡猾で嫌らしい感じの用意周到な方策でやった方が良いですよね。人々の潜在的な意識を抉り、擽る様な奴を。最初はビアホールで吼えてるだけだったのに、気付いたときにはもう誰も後戻り出来ない、みたいな感じので一つ。

 近年は派手な事件も減ったせいか警備体制もすっかりゆるゆるです(それでもショッピングモールやホテル等には警備ゲートと自動車爆弾チェックのミラーをもった警備員に金属探知機がありますけれど)。大抵の大型公共施設には警備施設やそれなりの手順が備わっていますが、どれも形骸化しています。ある意味で平和の証ではあるのでしょうが、ジャワ島だけでも去年1年で2件か3件ほど自爆テロがあったので根本的解決には至っていないという点は留意しておくべきかと。掃討作戦によりジェマ・イスラミアの様な大規模組織が壊滅したことで小細胞化したローカル組織は行動が読みづらいそうですし。

 それはおくとして、何もしなくていいというのは最高ですね。何の指示も、達成せねばならない目標も無く、ただ欲望の赴くままに快楽を貪る。具体的にはプールに飛び込んで日の光を浴びて読書に耽り、酒を飲んで昼まで惰眠を貪る、なんですけど。そういう無為が耐えられないという人もいるのでしょうね。いや、だからこそ世の中が回っているのでしょう。まさに賞賛されるべき人々ですね。私もそうあったなら毎週月曜に特殊メイクなしでゾンビみたいな風体で動く事はないのでしょうが、そんな姿は想像もつきません。


 はっ、こんな事をしていたら現実に戻るのがさらにつらくなる…。こういうのは終わった後の落差が厳しいですね。泡沫の夢は忘れやう…。
 曖昧な表情と緩慢な応答の向こうに脆弱な心を閉ざし、鋼と氷の奥に仕舞い込むのだ、精神をより鈍化させ嵐をやり過ごす…といういつも通りのあれで。外に出ざるを得ない引き篭もりは精神的に引き篭もることによって自己を防衛しているのだとはっきりと気付いた次第。

 さて今日も今日とて適当にやっていきましょうか。


・絵

第二軍団パッケージ
ローマ帝国第二軍団第一大隊

 復元完了!

 以下pixivより

 紀元105年”訓練が勇者を作る”

 百人隊長「…俺の仕事は愛すべき軍団に巣食う無能なウジ虫を摘み出し、幸運にも入隊審査を通過した貴様らを栄えある軍団の一員として、満期除隊かヤヌス神殿の扉が閉じるその日まで神々と帝国に勝利を捧げ続ける世界最強の戦士として鍛え上げる事だ。…だが一つ覚えておけ、俺の隊に英雄気取りの馬鹿はいらん。その帽子掛けにもならん頭を廻らして見ろ。ここにお前の尻を拭くお袋はいない!右と左の”お友達”それがお前のヘソの緒だ。もし永遠を生きる神々が、やがては死すべき貴様らの頭に例えオリーブの種ほどでもクソ以外の何かを詰め込む慈悲をお持ちだったなら分かる筈だ。死をも恐れぬ長身屈強のゲルマン人や人馬一体のサルマタイ人に如何にして我々が勝利し得たか。結束と連携、それが我々の取り柄だ。もう一度言う、俺の隊にアキレスやヘラクレスは無用だ。そんな奴ぁ闘技場でご婦人方に尻でも振ってりゃいい。興奮して突出、あるいは怯んで後退し戦列を乱した奴、隊の仲間を危険に晒した奴は先祖と軍団のゲニウスに懸けて、俺と女房達(オプティオ、副長)がこの世に生まれ落ちた事をきっちり後悔させてやる。カストルとポルックスの様に息を合わせて前進し、ユピテルの様に素早くピルムを投げつける、盾で敵の鼻面を殴りつけ、右腰の恋人で1ウンキア(2.5cm)でも深く腹を抉り、温かい臓腑に達したら柄を捻って素早く引き抜く…それを世界で一番上手にやり遂げる。それがマルスの子、ローマ軍団兵たるお前達の仕事だ!言ってみろ、ローマ軍団はぁッ!」

新兵達「無敵なり!」

百「気合を入れろ!寝起きのウェスタの巫女の方が百倍はマシだ。ローマ軍団は!」

新「無敵なり!!」

百「良し!訓練再開、亀甲隊形で練兵場50周!!」

――同郷の娘達に良い所を見せようと若気の至りで第2軍団に志願したルキウスとマルクス、員数調整で精鋭第一大隊配属となった2人が直面したのはときに実戦をも凌駕する過酷な訓練であった。未だあどけなさを残す2人は如何にしてハデスの申し子へと変貌するのか。次回、IRBCドラマ「Saeculum Aureum」第7話"補充兵"来週も黄金の世紀が貴方を誘う。――肋骨で保護された胸部より臓器が無防備な腹部を狙うなど実に合理的でローマ人らしく思われます。グラディウスは刺突だけでなく切れ味も相当なものだった様で、そのあまりに惨たらしい傷口はかのマケドニア兵をも怯ませたのだとか。

 以上

 やはり正規軍団は馴染む、実に!馴染むぞ!
 ETWにこんなMODあったんですね
http://www.youtube.com/watch?v=_8lW0OMvWmQ&feature=related

 あとM2TWのこのMODもすばらしいですね。
http://www.youtube.com/watch?v=hpozzpMxl0o&feature=related

 ハートマン軍曹やら何やらが混ざってますな…。実際こんな事を言ってたかは分かりませんが、人間そうそう変わらないので言ってたかもしれません。ただ、首席百人隊長は高級将校に限りなく近いのでこんな訓練にいちいち顔を出したかはわかりませんね。訓辞はしたかもしれませんけど。こういうのはもっと下位の百人隊長の仕事かもしれません。
 最近気合が入らない(もともと大概ですけど)ので絵だけでも気合を入れようかと。そう、気合が入ってるのは絵だけなんですけどね。

 文中にあるゲニウスとはローマ人が万物万象に宿ると考えていた神性、精霊などと訳される概念です。文字通りあらゆるものに宿るので、家とか通りと言った建物や場所、皇帝や軍団など人物や組織にも存在するものとされていました。日本だとよろずの神みたいなものでしょうか。あるいは今も使われる○○魂のようなもの?司令官や隊長が軍団や部隊のゲニウスに捧げた碑などは各地の軍団基地や駐屯地で発見されております。もちろん軍や公共物だけでなく私的な生活の場にも浸透したものの考え方だったようで、人々は壁画や彫像など様々な方法でゲニウスを表現していたのだとか。

 投槍投擲後の集団戦闘において軍団兵は刺突を推奨されていた様なので、グラディウスは刺す事に優れる武器のようです。が、その切れ味もけっして他の刀剣に劣るものではなかったようで、マケドニア戦役では、その切れ味と切り口のあまりのおぞましさにマケドニア兵がひるんだという記録が残っています。
 西洋全般の刀剣は切れ味が劣る(打撃武器としての性質を併せ持つ)という考え方も少なからずあるようですが、少なくとも良く訓練された軍団兵が手入れの行き届いたグラディウスを装備した場合、それは当てはまらないように思えます。他民族のものだろうが性能の良い武器防具は採用し、敗北する度に戦術を練り直す様な周到な連中が刺突しか出来ない鈍らを装備して戦争に行くとは思えませんし。そもそも古代は鈍器が必要になるようなまともな甲冑を着ている戦士自体が少ないので、当時の刀剣にとって切れ味と言うのは重要不可欠な要素だったのではないでしょうか。のちに冶金技術と甲冑の発達によって剣では対処困難な相手が増加するにつれて、打撃武器としての機能も備えた刀剣やそれを主眼とした鈍器が現れたのでしょう。もちろん銃火器の発達により甲冑が廃れると再び斬る道具としての刀剣が騎兵を中心に復活していくという点も忘れてはならないですね。
 そんな流れを見るに洗練された日本刀ほどの切れ味はないにしても斬ることにおいても十分な性能を備えていた、と私は考えております。そもそも古代ローマのグラディウスと日本刀では製造年代に差がありすぎて比較対象としてどうかと思いますけれど…。

 グラディウスは一般的には軟鉄と鋼の合金だったそうで現代の加工技術で再現されたものが全く同じ性能かは謎ですが、youtubeなどにある動画を見る限り、巻いたゴザやマットをそれなりに切断しているので、よく訓練された軍団兵が使えば骨があっても手足などは落とせたんじゃないでしょうか。でしょうか、って何を不穏なことを言ってるんでしょうね…このページは。タイヤへのぶっ刺さりっぷりなどから察するに腹に捻じ込まれたら一巻の終わりですね。一撃で屠ってくれる事を神々に祈りましょう。

http://www.youtube.com/watch?v=AP17wbB62_s&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=n7X2KhsmASM
http://www.youtube.com/watch?v=qb_WEZ9AJTQ&feature=related

 しかし、この人達はいったい…日本でやったら漏れなくお縄を頂戴しそうですね。米国かどうかはわかりませんが、かの国だと武装権が憲法上で認められているから刀剣の類も問題ないということでしょうか。
 関連動画のノルマン人の剣の試し切りとか楽しそう…。刃を落とした剣でよく練習してからじゃないとうっかり自分の手足を切り落としそうですけど。


・君の名は

 先日とある名簿を処理していたら俗に言う暴走万葉仮名とかキラキラネームとか呼ばれる類の素敵な名前が…oh…。フリガナがなかったら直接電話して本人か親御に必要以上に何度もくっきりはっきり発音してもらってゆっくりじっくり確認すると言う残虐非道なトラウマ量産マシーンとしての本性を露にしてしまう所でした。
 とりあえず、子供に変な名前をつけるのは如何なものかと。人の名前を変だ、などと申し上げるのは大変失礼な事だとは承知しておりますが…しかし変としかいい様がない。主観の多様性などと言う輩は自分がその名前だったとして学校や病院で大声で呼ばれたり、読みを何度も確認されたりする光景を想像する事すらできないのではないかと…。
 横文字に無理やり漢字をあてたような名前などペットではあるまいし、ただその時好きな単語だからつけたとしか思えない名前や乳幼児期の印象だけを考慮してつけた名前など、そのご子息、ご令嬢が20歳、30歳、40歳と年経る存在である事を一顧だにしていない様に思えてなりません。あぁ、もしや幼名というやつですか、元服したら名前変えるんですかね、などと無理やり納得しそうに…。こういう名前をつけてしまう人は子供を一人格としてではなく、アクセサリーか何かと勘違いしているのでは…。

 いや、人様の家の事なのでどうでもいいと言えばどうでも言いですが、何故こうも御節介にも語るかと言えば、読みづらいのは作業の障害なので勘弁して欲しいとか、漢字変換を探すのが面倒臭い事この上ないとかいう身勝手な理由によるものなのですがね。
 とりあえずオーソドックスな漢字や古風な名前でも雅やかな表現や格好いい由来は幾らでもあるので、無理に新たなる地平を切り開くパイオニア精神を発揮しないで、国語の勉強をしたほうが良いと思うのであります。

徒然草の第百十六段にも

  寺院の号(ガウ)、さらぬ万(ヨロヅ)の物にも、名を付くる事、昔の人は、少しも求めず、たゞ、ありのまゝに、やすく付けけるなり。この比(コロ)は、深く案じ、才覚(サイカク)をあらはさんとしたるやうに聞ゆる、いとむつかし。人の名も、目慣れぬ文字を付かんとする、益(エキ)なき事なり。
 何事も、珍しき事を求め、異説(イセツ)を好むは、浅才(センザイ)の人の必ずある事なりとぞ。


 ローマ人による意訳: 奇を衒ってわざわざ見慣れない字を使ったり珍しい名前にするのは、むしろダセぇ!

 と書いてあるそうですし。
 でも昔からそういう事をする人はいたって事ですね。
 言葉が時代によって変化するように人の名前の変化もまた同様であることは、昔の人の名前と現代人のそれを比べれば明らかな事では御座いますが、何事にも限度と言うものがありましょう…それと気付かぬくらい緩やかに変わっていくのが自然と言うものなのではないでしょうか…。
 何よりこれって一種の虐待ですよね。そう思わせないくらいの信念とか理由があるなら良いですけど大抵適当ですよね。

 花の名前とか果物でも梅とか桃などは分からないでも無いですが、苺とか檸檬は年喰ったらきつそうですね…。
 結局は見慣れているか否かの違いでしょうか。いや、大きなお世話なんでしょうな。
 

・弾幕射撃

 http://www.youtube.com/watch?v=1o9RGnujlkI 
 これは死ぬ…昔の弓と材質も性能も違うので簡単に比較はできませんが…。
 だいたい一秒に一発撃ってますね。こんなのが数百人集まって弾幕射撃したらカルラエとかアザンクールみたいなことに…こわやこわや。


 ちょっとした事故もありましたが、概ねいつもどおり完遂できましたね。
 次回も誰も描かなそうな絵を描くので暇な方はどうぞ。


兄弟よ!
勇敢なる者に永遠の栄光を!
ローマに勝利を!軍団よ永遠なれ!!

軍団兵履歴

Legionarius

Author:Legionarius
主に世界史・戦史(東西問わず)の絵を描いております。

形式:Legionarius
状態:製造年月日から30年以上経過
使用燃料:Laphroaig,Bowmore,
Ballantine(12年が好ましいが財布が薄いのでfinest)
エンジン形式:惰性型酒冷4ストロークバルブ108気筒
始動形式:諦念あるいは深い溜息
搭乗機:CBR600RR07白→CBR1000RR2012に機種転換(乗り手に過ぎる良い機体ですがハイオクは財政が……)

音楽:(Bill Evans, Miles Davis, Dvořák, Linkin Park, Rammstein, Killswitch Engage, Enigma外)気に入れば何でも。

書物:ノンフィクション、歴史(ローマ史、古代ギリシャ,WW2外)、SF(ホーガン、ハインライン外)、最近はOsprey社の本ばかり。主にマクブライド先生のやつばかり。

漫画:(大陸軍は世界最強とかアララララーイとか)雑食。

ゲーム:ROME TOTAL WAR、MEDIEVAL TOTAL WAR
     CALL OF DUTY、S.T.A.L.K.E.R、SILENT HUNTER外

好きな陛下:Marcus Aurelius Antoninus、Flavius Claudius Julianus
好きな甲冑:ロリカ・セグメンタータ
好きなヴァンツァー:フロスト
好きなマクナブ:受領通知!!、カチカチ、カチカチ、続刊はいつですか。
以下、好きなギボン、サトクリフ、パウルカレル、スティーブンハンター、フォーサイス、ルカレ、エルロイなどと八万行に渡って続くので割愛。

辺境報告
往復書簡
オスティア港
記録抹殺刑を免れしもの
軍団基地施設案内
忠誠宣誓をした軍団兵の人数
神託を得る
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