無能な連隊などない。無能な連隊長が居るだけだ

無能な連隊などない。無能な連隊長が居るだけだ。
――ナポレオン・ボナパルト

 勇将の下に弱卒無し!
 つまりこれは私に何らかの長とか幹事とかまとめ役とかをさせてはならない、という極めて重大な世界の理を示唆した皇帝陛下の至言なのであります。2個軍団以上じゃないと引き受けないっていつも言ってるじゃないですか(言ってる事が変わってる。しかも随分大きく出たな…)。何の話やら。

 こんばんは。
 結構、間が空きましたが、決してボロブドゥール寺院の石段でよそ見して足を踏み外して死にそうになったり、地味に夜の道でトラックに轢かれて身元不明の煎餅になりそうになったり、酒飲みながらBF3とかMW3に現を抜かしてサボっていたわけではありません。
 うへぇラグが酷くてゲームにならん、とか呻いたりしてません。本当です、信じてくだせぇ、お代官様。
 あぁ!蓑踊りだけは勘弁して下せぇ。

 前回書いた半強制合コンやら遺跡周辺の行軍やらに駆り出されてそれなりに活動してました。引き篭もりにあるまじき所業ですな。


・あらまほしきことなり


嗚呼、私は貴方と出会う為に生まれたのだ。
その黒曜石の様に妖しく煌く瞳、
しっとりと輝くぬばたまの黒髪、
南国暮らしを窺わせぬ白い肌、
見る者を癒し、日常を忘れさせる優しげな微笑み、
聴く者を捕らえて離さぬ機知と諧謔に富んだ豊かな語り、
共にある者は誰しも1時間が1分に感じられ、やがては永遠を希うであろう。
常は運命など微塵も顧みぬ私にも、こう確信させるものがあった。
この人が、この人こそが、と。


 とか、全身が痒くなって水疱が出来そうな文句が浮かぶような面白い事は全然無く。例のご紹介のお話ですが。
 普通に自己紹介して食事をして、世間話、現地生活の話、時事の話などをしてました。日本人が大好きな血液型性格診断の話が出たときは、またか…お前の親戚は吸血鬼か何かか、銀の杭でもぶち込んでくれというモテカワ眷族アピールか?などとブツブツ言いそうになるのを必死に堪えつつ、おうちに帰りたそうな心底うんざりした顔で”そんな事よりご当地PKIとかムルバ党とかタン・マラカとかアスリアとかプムダラヤットとかゲルワニとかもっと超絶真っ赤な話でもして国軍にマークされましょう!アカがだめなら、シリワンギ師団とか、アチェとかパプア、それかオーストラリアとこの国と日本が織り成す現代に至るまで政治経済に多大な影響を及ぼしている近現代の歴史的経緯とか三角関係とか…”などとTPOとか言う奴を微塵も弁えぬ話題に口を滑らしそうになりましたが我慢しました。この辺の経緯は21世紀の東南アジアとオセアニアで資源の乏しいわが国が命脈を保つために頭に入れておかなければならない必修事項なんじゃないかと思われるのですけれど、東アジアばかり見てると好機を逃すのでは(あれ、いつのまに投資詐欺の手先みたいなトークを…目指せ大神会長!!)…。そんな話をそういう場でするとか…は駄目なんでしょうね。
 それからほんのりと潜在的ニート臭漂う普段の生活の話(そういや、わが国の新卒採用が現時点で60%とか聞いたのですが…)などをして良い感じに駄目さをアピールしつつ互いの連絡先を交換し、まっすぐ帰りました。あれ…?
 普通は二次会としてどこかで軽く飲んでもう少し親睦を深めたり、どこぞの暗がりで懇ろ(はえーよ)になったりするんでしょうけれど…鐘が鳴ったらおうちに帰る良い子の私はそんな事は知らぬ。というかBF3のマップを覚えたかったのです。有利な射撃位置や突入経路の研究などを…あと装備の特性とか。
 いわゆるリア充諸氏はこんな事を毎週、あるいは毎日やってるんでしょうか。凄い体力・精神力ですね。私がそんな事をしたらライフゲージがなくなって三日と経ずして死んでしまいます。“もう止めて、Legionariusのライフは0よ”であります。 普段、喰ってるものでも違うのだろうか…。


・格差

 仕事の都合でアングル族だかサクソン人だか、どこに出しても恥ずかしくない蛮族の子孫達に”ジャップ、お前もついて来い”的なことを言われ拉致されて海沿いのスラム?に行く事になりまして。ろくに地区の地図も無いので1時間ほど彷徨ってました。私が鈍感すぎるのかもしれませんが、強盗だとかいった危険の匂いはなく、むしろ道を教えてくれたり、となかなか親切な人が多く良い経験になりました。親切なのは結構なんですが…とりあえず、まぁ、その何だ…間違った道を教えるのは勘弁してください。分からない時は分からないって言えと先生に言われなかったのか…。
見知らぬ町を行く

 こういうところの戸籍とか住所の管理はどうなってるんでしょうね。郵便とか届くんでしょうか。そもそも手紙なんてだしゃあしねえよ、と言われそうですな。
海沿いの町

 夕景と言う事もあり遠目にはなかなか味のある景観なのですが、実際はゴミとヘドロの臭いで壮絶な住環境となっております。舗装などない上に軟弱な地盤もあって、雨が降ると地面はぐちゃぐちゃで良い感じに富栄養化された海水とゴミや糞尿のミックスされた香ばしい匂いが漂い、思わず食欲が刺激されてしまいます。駄目な方に。
 潔癖症の人は2秒で卒倒すること請け合いで御座います。
水の都…?

 適当な店でコーク(皆大好きコカコーラ、栓開けて中身入れ換えたりしてないだろうな…)をやってハイになったり…。屋台で着任前より多少強化された胃腸を無駄に試すという愚かな振る舞いに走ってみたり。
売店

 海岸沿いはゴミの不法投棄やら漂流物やらで地の果てが如き凄まじい有様となっており、いわゆるスカベンジャーと呼ばれる人々が再利用可能な物資を拾い集めたりしています。死ぬほど大変そうですが、1日頑張っても数百円もらえるかどうかの仕事です。
 ガラスやら注射器なども落ちており、市街北部で流行っているとか言う薬物などを回し打ちした連中の使用済み針でも刺さろうものなら漏れなく現代医学をもってしても治らない類の例の病気になってしまうと思います。
ゴミだらけ

 日本人の法定最低賃金は12万強(時間あたり約700円)だったと記憶しておりますが、この国の最低賃金は現在の換算値にて月額法定1万円ちょっとです。前述のが概ね高卒基準で、大卒でも2万強、海外留学して語学や何らかの専門技術に秀でていても5万強で、おまけに就職先も狭き門となっております。無論、外資などの法や規則を遵守しているか比較的厳しくチェックされる企業を除けば、雇用者が法規を守る訳がありませんので、経営者達はそれを限界まで搾取します。というわけで実際の最低値はもっと低いものと思われます。
 近年の経済成長で中産階級が増加しているとはいえ、一人当たりのGDPは日本の10分の1近くで、コネや学歴、職業技術などが無い場合、中高を卒業するかしないか(大抵世帯の学費が尽きる)あたりで、特にこの手の地区では凄まじい労働環境に放り込まれることとなります。路上の物売りなどは良い方でスラムでは十代前半のうちに夜の街に身売りする少女や、負傷や疾病、死の危険満々の劣悪な労働環境で働く男性などが数え切れないほどいるようです。

 その一方で目と鼻の先にある高層マンションの最上階を何フロアも占有し、高級車を乗り回して夜毎美女をはべらしパーティーを開くと言う絵に描いたようなお金持ちもいます。そういった格差は人命の取扱にも顕著に現れ、十分な医療サービスを受ける事が出来るのはお金次第なのは勿論の事、交通事故の死亡見舞金や保険金も数十万も出れば奇跡的なもので、車両保険の方が高いようです。かつての我が国にも農村部の破滅的貧困に端を発する子女の身売りや工場での過酷な労働などに代表されるように貧しい時代もありましたが、こういった地域ではそういった状況がいまなお展開しているようです。首都でこの様ですから地方はもっと悲惨かもしれません。

 わが国の何が素晴らしいって、私のような引き篭もり一歩手前、いや半歩手前の無気力な人間もどきが生存はおろか、それなりの生活を許されている辺りですね。この国に生まれていたらとうにくたばっている自信があります。聞けば、日本には働かなくてもお金がもらえる制度まであるというじゃないですか。まさに黄金の国ジパングですね。マルコさんは嘘つきじゃなかったんや!!
 というわけでもう少し真面目に頑張ろう、と決意を新たに1965年の屈辱的敗北を思い起こし、かくも凄絶なる島に再び真っ赤な革命軍を組織して汚職と腐敗に塗れた官僚組織と政府を打倒し、公正公平なる利益再分配の下、万民が健やかかつ幸せに暮らせる地上の楽園(そういやこっちにも北の国系列のレストランがあるのです…その名もも平壌館)の建設を目指すという革命への揺ぎ無い意思が積乱雲の様に我が胸中に沸き起こったのですが、晩ごはんを食べてお腹一杯になって酒を呷ったらすっかり忘れてました。揺らぎ易い事、柳の如し…。独立の志士達も草葉の陰で(以下略。

 それから、道に迷って真っ暗な町を、物凄い勢いで行き交う20年物とか30年物の年季の入ったトレーラーとかトラックにはねられそうになりながらとぼとぼ出発地点に歩いて帰るのはなかなか高難度の試練でした。
歩道など無い

 ブラックベリーの地図がなかったらこの地に骨を埋めていたと思います。電波なかったら家に帰れないんじゃないか、この人?結構良い島なのでそれも悪くはなさそうですが、渋滞と低速回線がネックだな…あと酒が高い。お前の選択基準はそんなレベルか…。


・BF3とかMW3とかゲームの話

 BF3は現地時間で12時、日本時間で2時くらいにならないとアジア、オセアニア近辺のサーバにすら接続すら出来なかったり、接続できてもラグが激しくて一発も放てぬまま死ぬことも。立地がよろしくないんでしょうな。おかげでキルレシオは目も当てられないザマに…。マップを覚えてきたら最初よりはマシになりましたが酷いスコアです。最近は仕方が無いのでまともに動ける時間以外は地球の裏側はカレドニアに潜伏中の弟とCOOPなぞをしてお茶を濁しております(大陸を隔てて遊べるとは子供の頃からは想像もつかぬ便利な時代になりましたな)。こちらはラグがほとんど無いですし、これはこれで結構楽しいです。
 ランク鯖では大抵衛生兵で救急箱ばらまいたり、除細動器でピクリとも動かぬ死にそうな人を黄泉の国から呼び戻すと言う大変おせっかいなプレイに走っております。たまに思い出したようにアサルトライフルで敵を撃ってみたり…あれ?衛生兵が積極的に戦闘に参加するとか・・・ジュネーブ第一条約、第22条柱書き及び1号に抵触してるいるんじゃ…。そんな事をしているととっ捕まったときに世にも恐ろしい電気ドリルを使用した例の拷問(イラク戦争関連書籍参照)を喰らうんじゃ…いや戦闘中は混沌としていてしょうがないんですよ、自己と負傷者を守るという義務と権利を遂行・行使するには”潜在的”脅威を排除するのは仕方がない事なのです!拡大解釈って便利ですね。

 64人鯖はいつも満員でなかなか入れませんが、都市部や地下鉄、鉱山などの過密なマップが楽しいです。あまり広いマップは散漫としすぎてどうも好みではありません。乗り物の操縦が下手糞なだけかもしれませんけど。Legionarius_jpとかいう奴を見つけたら遠慮なく頭部を撃ち抜くなりナイフで喉を裂くなりしてやって下さい。ラグって壁に引っかかってたら生暖かい憐憫の目で遠巻きにしつつ、そっとしておいてやってください。
 
 MW3はグラフィックの割りに軽くて実に良いです。ノート(Galleriaを多少いじってますけど)でもぬるぬる動きます。FPSが好きなら一度手に取る価値があるかと。対戦人数が少ないとかオートマッチングだとか不満はありますが家庭用ゲーム機と並列化の流れなんですかね…。
 ただ、相変わらずの派手な映画的演出で面白いと言えば面白いし、やってる間は夢中になれるのでゲームとしてはこれで良いのでしょうけれど、もう少しリアリティーの匙加減を何とかして欲しいところです。室内でもない上に、現代の小火器を装備しているのに交戦距離が相手の顔が見えるような10m前後だったりする局面がしばしばあるのはゲームだから我慢するとして、シナリオ上展開する情勢が色々無茶なんじゃないかと。
 軽装の空挺師団ならまだしも主力戦車や戦闘ヘリまで擁した大規模な軍隊が先進国の主要都市に突然現れて(哨戒網とかどうなってるんでしょうか)第三次世界大戦もかくやという正面対決を繰り広げるってのは移動速度や物資輸送、兵站などを考えても無理があるのではないかと…ミサイル攻撃の報復合戦の虞もありますし。仮に目的地に到達できても物資が無ければあとが続かないし…。そもそも今時政治的経済的にも莫大なリスクとコストと損失をかけて世界を敵に回した上で戦争吹っかけて覇権国家となるって…それだけの人的物的資源があるなら、もっと賢明なやり様があるような気が…。英語版で日本語字幕も無いのでそれら軍事上・政治上の問題を解決するトンデモテクノロジー(四次元ポケット的な?あるいはジオン公国による大気圏外からの支援が…)の説明を見落としてしまったのかもしれないですけど。
 
 そういう突っ込みをゲームにしてもしょうがないのでやめにしますが、せめてCODの売りであった大軍の中の一人というコンセプトに立ち返って頂きたいものです。もう最後のほうのステージはエースコンバット(4までは全ステージランクSを取得するほど好きだったのですけれど、だんだんと…)や三国無双みたいな俺Tueee状態というか万夫不当というか、どうなんだろこれ、という…。スカッとして面白いですけど回を重ねるごとに進化するグラフィックと演出に対し、話の筋が乱暴になってるような気がします。非対称戦争が多く、総力戦や正規戦の再現しにくい現代を舞台にしたゲームで、ゲーム的な派手さや痛快さを求めるとこういうものにせざるをえないのかもしれないですが、もう少し何とかならないのかな、と素人ながら思うのであります。
 実際のSASの任務がどんなものかを己の経験をもって、読んでるだけでうんざりするほど教えてくれるマクナブ先生ギャズ先生の著書(糞みたいな環境に設置した前哨偵察ポイントで何日も監視活動に従事したり、砂漠で凍死しそうになったり、捕虜になって延々殴られたり、戦闘ヘリに見つかって一方的に肉塊にされたり…)をゲームで再現しても広く多くの人に受けないってのは分かりますけど。実際の記録に目を通してからゲームや映画に登場する特殊部隊の姿を見ると荒唐無稽過ぎて何とも…。あまりに”ゲームらしい”内容の筋書きに緻密なグラフィックが合わさると何だかギャグみたいな事になりやしませんか、とこのジャンルのゲームをこよなく愛するものとして勝手ながら危惧しております。初期のゴーストリコン(あれもロシアが世界を云々ってやつでしたっけ?)との折衷くらいが楽しそう…いや、十分面白いからいいんですけどね。

 どちらもノートパソコンのグラボを酷使しているらしく、ファンから熱風が吹き出し、Radeonの5730が今にも断末魔をあげそうなあたりがなかなかスリングで南国の暑気を払ってくれ…たりはしません。普通にやばそうです。本当に壊れてしまったらたぶん色々吹っ切れて異国の地で円高に物を言わせて最新パーツを買いあさり、タワー型PCをもりもり組むので覚悟しておいてください。誰がだ…。

 それから、Mount and Blade 2来てた…。何か生きる希望が湧いてきた。
 良し、あとはS.T.A.L.K.E.R.の続編だな。何が“良し”なんだか…。故郷がばっちり放射能汚染下にあり、ニュースで連日汚染濃度を報じると言う一昔前のSFみたいな事態に陥っているというのに、よりにもよってあのチェルノブイリ探索ゲームの続編を心待ちにするなんて、本当に度し難い不謹慎野郎よ…。

 ストロングホールド3も出たらしいですが、やる時間が無い…。地球のみんなオラに時間を(以下略。
 評価は芳しくないようですな…。

・ボロブドゥール、プランバナン、イモギリ

 古都ジョグジャカルタを治めしスルタンことハメンクブウォノ10世陛下とパンバユン王女殿下にお目にかかったのち(同伴者達と写真を撮ってたら、何だかえらい気さくな人に握手されて誰だろうな、と思ってたら王家の方々も現地スタッフと同じTシャツ着てて気付かなかった…言われて後で気付くとか…)、王女御自らが主催された行事に参加し、近辺を20kmほど歩きました。

 と言うわけで遺跡やら渓谷やらあちこち巡ってきました。日差しが強くなかなかに疲弊し、ぐったりでしたが色々見られたので良しとします。こういう疲労感は心地よくていいのですよね。風呂などに入ると最高です。で、ビール飲んで飯を貪り食らう。

 古都の田園地帯
畑と寺院

 プランバナン寺院

 9世紀末から10世紀初頭に建立された古マタラム王国の建造物です。私のカメラと技量ではこの迫力は伝え切れません。とにかくOh…とか唸ってました。
プランバナン遠景
プランバナン①
プランバナン②
プランバナン③
プランバナン④
 隙間無く積まれた石に圧倒されます。よくもまあ、こんなパズルみたいな石積みを…。
プランバナン⑤
プランバナン⑥

 イモギリ地区の渓谷
イモギリの渓谷へ
いい観測地点
イモギリの渓谷へ②

 Black Opsにこんな渓谷が出てきましたね。

 2次大戦中のドイツやソ連みたいに車輛に飢えてるのは分からないでもないが、そんなタンクデサントみたいなことやってると事故ったとき損害甚大やで!
過積載

 ボロブドゥール遺跡

 8世紀末、シャイレーンドラ朝による建造物です。下部から上部に向かってレリーフで覆われており、世俗的な彫刻で覆われた下層から上に向かうにつれ煩悩や肉体、物質を超越すると言う仏教思想そのものを建物全体で表現しております。西欧の大聖堂建築よりも数百年前にこの様な繊細かつ壮大な建造物を建てる文明があったということが驚異です。
ボロブドゥール遺跡遠景

 ボロブドゥールに到着した途端雷雨が…日ごろの行いの良さがここでも遺憾なく発揮されてしまいました。
 とはいえ雨に煙る遺跡と遠くに霞む山々というのも、いとおかし。
ボロブドゥール遺跡登頂作戦開始
ボロブドゥール遺跡様々な煩悩を表す壁画
ストゥーパ
ストゥーパ②
 アジアの遺跡も良いですね。大陸の遺跡も回ってみたいものです。
 こんな凄まじい文化、文明を誇っていたのにいずれは西欧の軍門に下るとは、などと歴史の複雑な一面をかみ締める思いでありました。銃・病原菌・鉄などをもう一度読み返したくなります。

 こっちの絵も描いてみたいのですがいま一つ武装などのイメージが掴めないのですよね。おそらくインド、イスラム圏の影響を色濃く受けている筈なのですが…軍事博物館とか歴史博物館を巡れば何か見つかるかもしれません。今度探してみます。

・鉄騎隊

鉄騎隊、ネイズビーの戦い


以下pixivより

1645年6月14日午前10時”朽葉色の精兵”

おいぼれの召使いや給仕、そんな連中が国王軍と戦い続ける事は難しい、信者の軍を編成しなければならない
――オリバー・クロムウェル

――絶対王政の打倒と王権の制限を達成した事で、英国近代化の一歩とされる清教徒革命において、議会派のNew_Model_Armyの核として国王軍と戦った鉄騎隊です。私費でこの部隊を編成したクロムウェルの言葉通り、この連隊は信仰心のある者なら誰でも歓迎し、実力さえあれば大貴族の子弟でなくとも士官になる事ができるという異色の部隊でした。
 戦闘においては詩篇を唱えながら突撃するなど信仰を拠り所とした熱狂的な攻撃精神で知られる一方、不利な形勢でも粘り強く士気を保ち戦い続けるなど、極めて優秀な騎兵隊だったようです。装備は朽葉色の制服に甲冑、短銃に騎兵銃、ウォーピックに手斧、サーベル。
 この時代の騎兵も好きです。しかし非常に規律を重視した為、飲酒などは禁じられていたそうです。酒を燃料とする私は入隊できないようで…。

――1645年6月14日午前10時、国王軍は議会軍7,000強に倍する戦力をもって優勢に戦いを進めていた。国王軍の強力な突撃を受けた議会軍左翼指揮官アイアトンは捕縛、部隊は敗走、中央部隊指揮官スキッポンも被弾し負傷、議会軍は後退を始めた。だが右翼のクロムウェル率いる鉄騎隊は旺盛な士気を維持し、国王軍左翼を駆逐するばかりか、国王チャールズ1世本隊に迫らんとしていた…。

――私は己が何の為に戦っているかを自覚し、自分が知るところのものを愛する粗末な朽葉色の服を着た隊長を大事に思う。ただ紳士と称するだけで、それ以上の何ものでもない輩よりも――クロムウェル

以上
 
 そんな感じで御座いました。中世が終わりを告げルネサンス期を経て16世紀が終わり、戦術や装備も過渡期を迎える時代の騎兵です。いや、むしろ過渡期じゃない時代なんて無いのかもしれませんけど。
 オスプレイだとPike&Shot TacticsとかSoldiers of the English Civil Warあたりが参考資料です。持って来てないので手元に無いですが…。マスケットはテルシオでやったのでパイクを背景に入れました。実際はパイクだけでなく銃兵も隊列を成していたと思われます。
 17世紀初頭だと外にはスウェーデンとかスペイン、フランス、神聖ローマ帝国の騎兵なども良い味出ておりますね。ついこの間も同じような事を言ってたような気がするのですが、我ながら良く飽きないものだ。
 資料として写真や絵画を英語でググってたら大量にリエナクトメントの写真が出てきて、その装備の気合の入りっぷりや実際に騎馬突撃したりパイクの密集方陣を組んだりしている様を眺めてさすがだな、と唸ることしきりでした。ちょっと混ぜてほしい。

 ネイズビーを取り上げた英国の番組
http://www.youtube.com/watch?v=uAoE0hsyASA
 このシリーズ良いですね。アルマダとかも在るし。
 日本もこの手のやってくれないものか。白村江とか元寇とか、有名だけれどあまり細部が知られていない戦史を。で、ちょっとずつマニアックな方向にシフトして洗脳していくと言う罠。たまにNHKでもやってますけどヴィジュアル的に弱いのが多いですよね。この番組みたいに実際にサーベル振り回して切れ味確かめたりする様なはっちゃけっぷりも足りないですし。予算もアイディアも負けてそうです。唯一タイムスクープハンターが気になってるのですがこっちじゃ見られないという…。

 そういや来年のNHK大河“平清盛”は写真を見るだけだと面白そうです。人も風景も何だか薄汚れていてそれらしく見えます。あまり期待すると駄目だったときの衝撃がでかいから危険ですけど。…いや、帰国しないと見られないんですけどね。

 さて、次は何を描きましょう。


・軍団兵イタリアを行く、第10回 帝都ローマ②

 いざ、皇帝の丘、パラティヌスへ!!

 コロッセウムを出て凱旋門から通りへ進み、2分ほど歩くとパラティヌスの丘の入り口が右手にあります。皇帝達の丘です。
水道橋の終点
 クラウディア水道橋はここに接続されております。
 
 ドムス・セヴェリアーナ、ドムス・アウグスターナへ。ラテン語だとセヴェリア、アウグスタですかね。

宮殿の丘へ
 パラティヌスの丘の宮殿。当然屋根は落ちてしまって当時の姿を想像するのは難しいですが、ところどころドームやアーチの残っている場所もあり、建築技術の高さが窺われます。
宮殿跡
 
 パンテオンと同じような格間で覆われた天井が素晴らしい状態で残っております。
アーチの天井

 ギリシアやローマを舞台とした映画にも良く登場する円柱ですが、お金持ちでないと全て大理石で作ることはできず、中身は煉瓦で外に大理石を貼るといった工夫がなされていたようです。柱の様子から帝国の経済状況を知る事もできるのだとか。
羅馬流節約術

 こちらは全部大理石で出来た柱。当時は金があったのでしょう。
大理石の柱

 ドムス・セヴェリアーナの壮大な建造物群。ICOの世界を彷彿とさせます。参考にしたのかもしれませんね。
階段跡
宮殿跡②
宮殿跡③
宮殿跡④


 中庭の競技場と皇帝の観覧席
宮殿内の競技場
競技場と観覧席
観覧席

 ドムス・アウグスターナ
ドムス・アウグスターナ

 この先にドミティアヌス帝のドムス・フラウィアなどがあります。
 
入植初期の遺跡
 ローマ人入植最初期の遺跡、ロムルスがやって来た頃のものでしょうか。
 そばにあるアウグストゥス邸では素晴らしい壁画がみられるそうですが、この日は入れませんでした。

 ティベリウス帝の宮殿は今は庭園になっており市街を眺める事ができます。
公園

 パラティヌスよりフォルムロマヌムを見下ろす。帝国の中枢を眼下に!
フォルムロマヌムの眺め
 
 見下ろして一際目立つのがマクセンティウスのバジリカです。
丘から眺めるマクセンティウスのバジリカ


 さて、帝国の中心へと下りていきましょう。
聖なる道
 ここがフォルム・ロマヌム、帝国の中枢です。フォルムの名の通り広場ですが、神殿や元老院議事堂(復元されたものです。私は絵画や映画に出てくる丸い議場が好きです)市場などが設置され、100万人が住まうローマ、そして最盛期に世界人口の4分の一を支配した帝国の枢要を担っておりました。あ、でも帝政期に入ってからは皇帝の宮殿・宮廷とか別荘とかがその中心ですかね。遠くに引き篭もって指示出してた人とかずっと前線に張り付いて戦争してる人とかいましたし。

 ティトゥスの凱旋門、ユダヤ戦役に勝利した功績が彫り込まれております。ユダヤ最後の抵抗拠点マサダではこの戦いの悲劇的末路を繰り返してはならぬ、と現在もイスラエル国防軍の入隊式と国家への忠誠宣誓が行われているそうです。
ティトゥス帝の凱旋門
ティトゥス帝の凱旋門アーチ部

 燭台はその象徴的戦利品です。ローマ軍団は地上最強なのであります。
戦利品

 ウィア・サクラ、聖なる道、中央通の石畳です。修復されたものかオリジナルか?
聖なる道の石畳

 マクセンティウスのバジリカ
マクセンティウスのバジリカ①
アーチ装飾
側廊アーチ
マクセンティウスのバジリカ②

 とにかく巨大な建物です。写真ではその圧倒的存在感を表現できません。かつては裁判や集会、商取引などが行われていたのでしょう。現在残っている部分は中央の空間を左右から挟み込む、北側側廊、建物の末端部分に過ぎません。かつてはこの三倍以上の大きさを誇っていたはずです。もっと勉強したらポンペイの様にかつての姿を復元しようと思います。

 フォルム・ロマヌムからさきほどのパラティヌスの丘を仰ぐ。
パラティヌスを振り返る
パラティヌスの丘を振り返る②

 マクセンティウス帝の息子、ロムルスに捧げられた神殿
ロムルスに捧げられた神殿
神殿内部の壁画
 入り口に赤色の大理石を用いています。特殊な色の大理石は東方から運んでいたようです。
色大理石の柱

 今回はここらにしましょう。
 次回も聖なる道をさらに進み、帝国の中心を歩む名誉を共に分かち合いましょう。


 先週が酷かったので今週はせめて勤務後はFPSしたり、絵を描いたりしてゆったり過ごしたい…。
 でも12月は最近橋が崩落して死人が出た某島に出張の可能性が…。近所にも今にも崩落しそうな橋が結構ありますが、慣れって恐ろしいですね。こういうのは日本のほうが得意なのだから日本に仕事を回してくれればよいのですけど。安い方が良いってのは分かりますが、壊れたら安物買いの銭失いどころか命までとられるのですから…。パラオでもどこかの半島の国の人が作った橋がばっちり崩壊してましたけど、大統領閣下がこれを機に大陸系企業に任せるのは止めてくれると良いのですが…。真相はわかりませんが、もしリベートや資材費用のピンはねの結果強度に問題のある橋が出来たのだとしたら、巻き込まれた人はたまったもんじゃありませんな。日本も鉄筋が少ないマンションを造るのが大得意な人などがいましたからあまり他人事でもないですけど。

 ではまた何か出来ましたら。
 帝国市民の皆様が良き一週間を過ごされん事を。ローマよ永遠なれ!
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電球を交換するのに必要な人数は?


NAVY SEALs教官「電球を交換するのに必要な人数は?答えられたら腕立ては無しだ」
訓練生「0です!地球はSEALsを中心に回るからです」
教官「その通りだ!」
――特殊部隊SEALs 訓練学校BUDs step4

 0…?地球が俺等を中心に回るから電球が勝手に嵌るって言う素晴らしい理屈は分からんでもないですけれど、少なくとも電球持つ係りの人が一人は必要なんじゃ…。気にしたら負けか。

 こんばんは。
 戯れに二日ほど酒を断ってみたら何だか体の調子が悪く、だるい、いつも以上に常に眠い、力が入らないと謎の症状が。あれ?普通は逆では…。いや、休日にSealsの基礎訓練などをぶっ続けで全部見たのが原因では…見てるだけで疲れるってのが何とも…。映画のUボートもその類ですかね。こういうのを見てると大抵の出来事は大した事ではない様に思えて耐えられる気がしますが、多分気のせいです。
 SEALsはパキスタンでビン・ラディン氏の殺害作戦に従事しておりますが、外国の領土内で急襲作戦って具体的にどういう法的手続きをとってるんでしょうね。政府が否認する非公式作戦とは趣が異なるようですけれど。


・悪い冗談みてぇだ

 人民の太陽にして偉大なる領導者(ほんのり北の国風味)、国家首脳たる第一の市民、総理大臣閣下ともあろうお方が、国際法と国内法のどちらに優越があるかご存じなかったって事はないですよね…ハハ…。そう、これは莫大な税金と時間と労力を費やした素敵かつ壮大な冗談ですよね…そうに違いありません。きっと太平の世に緩みきった無知蒙昧にして知慮浅薄なる民草に喝を入れるべく、きつい一発をかまそうという慈雨が如きお心配りなのでございましょう。不肖Legionariusその尽きせぬ慈悲と心意気に胸が熱くなる思いです。

 無論、余人は与り知らぬ深謀遠慮がおありで、いつの日か悲嘆に暮れる市民をあっと言わせる神風が如き秘策が控えているのでしょう。見よ!国会における一分の淀みも無い威風堂々たる答弁を!その雄姿を!↓。
http://www.youtube.com/watch?v=NL97kik6S_4 
 前後のやり取りを見てから判断しないと危険だとは思いますが…。
 
 国際法の授業は昼食後でいつも眠かった(いや、眠くない授業のほうが少なかった。というか起きている時間で眠くない時の方が少ない)とはいえ、私のおぼろげな記憶では一番最初に先生が大前提として説明してたような…。
 今後数十年に渡り国家に多大な影響を及ぼすであろうルール、それに参加するか否かという重大な決断を下す者が、その根本を理解していない可能性が濃厚とか…さすが月給200万超のプロフェッショナルが繰り出すブラックジョークはきっついで。どれほどの国益を生み出すのか、あるいは損失が生まれるのか、何万人が豊かになり、幸福となり、あるいは路頭に迷い、首を括るのか、そんな些細なことは芸人魂の前には如何ほどの価値も意味もなさぬのだ、という巌の如く揺ぎ無き信念とそのスケールの大なるを垣間見、我が心も打ち震え、身が引き締まる思いです。私も見習わなければなりませんな。え、芸人じゃないの…?
 前世紀において幾百万もの屍を積み上げ、ついに確立した民主政治、戦後70年近くを経て、その果てに選び抜かれし指導者、国民の代表者がこの様に傑出した才幹の持ち主とは…。ローマ帝国より謹んでお慶び申し上げます。(あ、逃げた…)

 おふざけは置くとして、大丈夫なんですか、これ?誰か物知りな人教えて下さい…。
 大丈夫じゃなかった場合はもれなく義憤に駆られ、南方属州駐留全軍団の推薦を受け、帝国再興の為に立ち上がります。で、陛下をお救いすべく道中ばったばったと並み居る奸賊を蹴散らし、数千里を北上するも丸子橋最終決戦(脳内ではミルウィウス橋的位置づけ)を前に多摩川渡河作戦で落馬して溺死するというマクセンティウス帝とか赤髭王こと某神聖ローマ帝国皇帝に比肩する劇的なまでにあっけない死にっぷりでお願いします。

 さっきから話がぶっ飛びまくってますが、ラテン語wikiで日本の項目を見てると何かこうローマ人的にグッと来るのですがこれが中二病ってやつですか。菊の紋がSigillum Imperialeとか…。

 あれ?何の話してましたっけ。


・こだわり

 そろそろ、創作物の騎士とか戦士とか称する登場人物が、一様にアメフト選手のプロテクターの様な造形の面妖な板金鎧しか装備していないのはどうにかしたほうが良いのでは…。デザインは機能や構造、使用武器や戦術・目的、製造技術、産出する資源や素材などと表裏一体なのだから時代背景に溶け込まないのは問題があるのではなかろうかと。 せっかく小道具として登場させるなら、もう少し慎重に取り扱えばもっと雰囲気が出るのになぁ、と思う事しばしばです。中世初期の風景や社会にルネサンス期の様な全身を覆う類の板金鎧が登場するのはおかしいし、その逆もまた然り。武器の形状、細い、太い、長い、短い、重い、軽い、鋭い、鈍い、なども時代や地域により千差万別なのに、大抵バスタードソードを平たく伸ばしてみました、みたいな汎用性の欠片もなさそうな持ち運ぶのもだるそうな大きな剣ばかり。とはいえ、こんな偏屈なことを言ってるから楽しめる対象がどんどん少なくなっていくのでしょうな。でもちょっとググれば一杯資料あるのに、その労を惜しむのはもったいないと思うのであります。


・川とか公園の石の裏にいるアレ

 取引先の担当者の方が「え、彼女いないの?じゃあ今度、うちの女性紹介しますよ」とか…。仕事関係のこういうのは本当にどうしたら良いんでしょうな。どこの馬の骨とも知れぬ私をそこまで信用して頂けるのは大変有難いお話ですが…婚活とやらをしている訳でもなく、下手打ったら世話になってる出向先にも迷惑がかかるし、正直申し上げて面倒臭い…。しかし、関係上、無下にするのも悪い様な。もう少し人を見る目を鍛えて頂きたいものです。つまり私が絶望的なまでにそういう話を持ちかけるべき相手ではない事を見極めるべきだと思います。いやもちろんBF3のマップを覚えたくて早く帰りたいわけじゃないんですよ、本当ですよ。うへぇ、めんどうくせぇ、なぜわがはいがそんなことをしなければならないのだ。おぉ、思わず全部ひらがなになってしまいました。
 
 世の中には日の光に溢れた爽やかな野原や花畑が好きな虫もいれば、薄暗くひんやりじめじめした日陰の石の裏が好きな虫もいるのです。誰も彼もが赤い色が好きというわけではないように…。皆さんはこんな輩に騙されないよう、どうかお気をつけ下さい。もういっその事あれか、中世の盗人とか前科者みたいに一目で分かるように焼印とか刺青入れとくか…失格とか不合格とか駄とか分かりやすい感じの奴を。そしたらもう誰も絡んでこないだろう。…それだけは勘弁してください、ビジュアル的に。見極めるコツは顔が笑顔なのに目が死んでる奴に注意することです。

 小学生の頃、ある先生が”面倒臭い”という言葉はぐっとこらえ、口にしてはいけない、と仰っていたのを最近とみに思い出します。一度そう口にすれば本当にそういう風にしか考えられなくなり、感じられなくなるのだ、と。今にして思えば先生の至言は真でありました。私が生き証人であります。
 そう、今こそ、その御言葉を心に銘記し、腑抜けた言葉を口にするより先に行動に移るときではないでしょうか。

 とりあえず、二度とこいつに紹介すべきではない、と先方にやんわり理解させつつ、仕事に支障がでない様に上手くやり過ごさねばなりませんな。羅馬流忍法一子相伝の秘奥義“すみません、風邪をひいてしまったようで…”以外の策を講じねば。あ、最初に自分もういますから、とかいつもの調子で法螺吹いておけばよかった…何と言う頭の血の巡りの悪さ。いつもはあんなに軽やかかつ滑らかに法螺が口をついて出るのに。ぼやいても仕方あるまい…何か策を捻り出さねば、唸れッ、我が桃色の脳細胞!!

 そっち方向に頑張るのかよ…もっと真っ直ぐお天道様に顔向けできるような前向きな方向に頭を使えよ、という声が聞こえてきそうですが。いや、だって、めんどいものはめんどいんですもの。先生の素晴らしい言葉も腐敗したフィルターを通しては台無しだな…。


作戦計画案A

 戦闘には幾つかの局面が存在し、それらは流動的かつ不安定であり、繰り返し、あるいは交互に訪れる。各局面は隔絶した要素ではなく、相互に作用し、その相乗効果は戦果に計り知れぬ影響を及ぼす。古来より戦機と戦局の見極めこそが勝敗を分かつ最重要事項であったのだ。


 ①シュタージばりの勢いで話を聞く。

 単純に対象の話を聞くのではなく、効果的に反応を示さねばならない。それも肯定的な反応を。カーネギー教官はその著名な言葉の一つとして“あなたが明日会う人々の四分の三は、「自分と同じ意見の者はいないか」と必死になって探している。この望みをかなえてやるのが、人に好かれる秘訣である。”と述べている。大概の人間は同胞を探している、そしてよほど特殊な趣味・性癖の持ち主でもない限り、気持ちよく肯定されたいのである。
 如何にそれが得意で容易だとしても判で押したような生返事や慇懃無礼な返答は黙っているほうがマシなほどに失礼な印象を与える。理想的には対象の好む話題を引き出すのが望ましい、それを対象の話したい様に、深くも無く浅くも無く、しつこくもなく展開させる。またこう質問されたい、と考えるであろう時機を計り忠実かつ的確に尋ねる。無論それら全ては誘導していることを悟られないように行わねばならない。気持ちよく話せるようお膳立てする事こそ肝要なのである。間違っても話の最中に携帯電話をいじり始めて、著名な棋士達の珍妙な振る舞いや破天荒な私生活のエピソードをググってニヤニヤしてはならない。退屈だからといって眠そうに欠伸を噛み殺すなどもってのほかである。
 無論、話を聞くといっても、全く暖かみを感じさせない笑みを浮かべて”明日も美味い飯にありついて、愛する家族の顔を拝みたいのなら、お前の知っている事を全部話せ”などと優しく問い質すのはご法度である。


 ②ペリクレスの如く雄弁に、それでいてラケダイモンのように明瞭簡潔に話す。

 自分好みの話題に固執せず、様々な話題に興味や理解を示し、そして話を展開せねばならない。橋頭堡を確保する海兵隊に撤退は許されないのだ。また、沈黙は戦闘放棄も同然である。逃亡は軍事法廷における裁判により、銃殺刑となるであろう。つまりエルンスト・フォン・アイゼナッハ上級大将のように”ヤー”と”ナイン”しか言わない、とか会計時に”チェック・メイト”などと抜かすのは厳禁である。もちろん無言で指を二回ならしてウィスキーを要求するのは論外。如何に沈黙が望ましくないとはいえ、ローマ帝国の比類なき偉大さとローマ軍団の畏怖すべき強大さについて小一時間熱弁を振るう事などあってはならない。相互の話題に踏み込むとはいえ、彼我の攻勢限界点を把握し、かつてマンシュタイン将軍が第三次ハリコフ攻防戦で鮮やかに実践して見せた教訓に学び、深入りによる危険を避けねばならない。そしてあたかも労農赤軍が防衛線の弱小箇所を炙り出す為に随所で攻勢を仕掛けるかのように、幾つかの質問をさりげなく振り、相手に相応しい話題を速やかに探り出し、勝利を活かす事のできなかったハンニバルの教訓を胸に、精密誘導弾が如くピンポイントかつ強力な一打を抉りこむ様に打つべし。誤爆は許されない。


 ③街頭演説における候補者応援演説ばりに褒める。

 当該作戦行動は必要時にのみ行うこと。度を越えた多用は戦果を低減させるばかりか、作戦全体の成否に悪影響を及ぼす可能性がある。
 具体的には衣服や外見、性格や知性、品性、趣味などを褒める。服装や外見などは下手をすると下品な印象を与えかねないため、対象の性質及び環境を見極め、使用火器が通用するかをよく考量し厳選すべし。性格、教養や知性など内面に対する発言は十分な分析をせぬまま適当に行った場合、極めて深刻な戦況を招く虞がある。BC兵器の様に細心の注意を払って取り扱うべし。多くの人間は付和雷同し、徒に目立つ事を忌避する傾向を持つ一方で、他者に優越し、特異である事を誇る、あるいはそう認識される事を望む性質を持つ矛盾した一面もある為、当項目は極めて強力ではあるが、単純なだけに高度な配慮と注意力を要する事を常に意識する事。

 以上


作戦計画案B

 あぁ?ねぇよ、んなもん!!

 以上


作戦計画案C

 本作戦計画案の目標は対象を迎撃し、双方の損害を可能な限り軽微に抑え、かつ戦闘継続意思を極力減衰せしめる事で、再戦の可能性を徹底的に排除する事にある。

 ①作戦参加要員は作戦計画案Aを通読し、完全に把握すること。その後、戦況に応じ慎重に調整した上で、望ましいとされている作戦行動において故意に全て失敗する。

 以上


作戦計画案D

 会話中、語尾に頻繁に”マジで”をつける、二回つけるとなお良し。何かに感心したときは”マジパネェっす”を連呼。感謝の念を感じたときは”あざーっす”。会話の随所に賭博癖と借金癖などの浪費癖、過度の色好みを匂わせる様なキーワードを挿入すると効果大。必読参考資料:闇金ウシジマ君。マジで。

 以上


作戦計画案E

 酷く深刻な顔をして、開口一番、「実は…家内が画面から出てこないんです…」「え…?」みたいな思わず心がときめいてしまう様な素敵な会話を、情け容赦なく韋駄天ハインツばりの迅速さで電撃的に展開する。マジノ線は迂回。もちろん嫁が別居中のノートパソコンを持参すること。

 以上



 まさに智謀湧くが如し、これぞ今孔明、今信玄。

 …
 ……

 思わず頑丈な梁と切れないロープを探しそうになりましたが、気を取り直して。作戦計画案Aは一見良さそうですが、全部実践すると超絶薄っぺらい人に見えそうです。そんなことより、これ書いた人はかなり性格が悪そうですな、HAHA…。初対面の人との交流の導入としては良いのかもしれませんけれど。とりあえず全部逆の事をすれば二度と呼ばれないでしょう。きっとお互い少なからぬトラウマになること請け合いなので、豊かな人間関係を育む事で円滑で健全な社会生活をおくりたい方にはお勧めできません。

 こういう子供地味たことを考たり、鬱陶しい、と断じて捨て置くから私は社会に適応できないのでしょう。でもせっかく日本から数千マイル離れた場所にいるのに、業務時間外に細やかな気配りをするなんて、正規軍団兵を名乗っておきながら傭兵根性丸出しな自分にはとてもやってられないので、作戦計画案Cを採用しようか…。
 計画案Dは簡単で良さそうですが、仮にも動物界後生動物亜界脊索動物門羊膜亜門哺乳綱真獣亜綱正獣下綱霊長目真猿亜目狭鼻猿下目ヒト上科ヒト科ヒト下科ホモ属サピエンス種サピエンス亜種の端くれとして流石にちょっと恥ずかしいし…それにEをやると今後にばっちり支障が出そうですな。

 人はよく自然体で振舞えば良いんだよ、なんて無責任な事を言いますが、そもそも自然体でいいなら私は極自然に家に帰って、7.62mm弾を人様の頭部に送り込む大切な使命を果たしますし…。出席した上で自然体が許されたら極自然に、酷い拷問を喰らってようやく解放された戦争捕虜みたいな輝きを失ったドロっとした目であらぬ方向をじっと見つめながら、酒のおかわりを頼む時と質問された時以外は終始無言(あぁ、とかうん、とか唸り声ともつかぬ返答をする)で濃厚な酒を投与し続けるという、一般的に見てちょっと、いやかなり残念な人と化すでしょう。一体何をどうしたらここまで他者に対する気遣いと労りの心が絶無な悪魔超人が完成してしまうんでしょうな…。まさに現代社会の病理!げに恐ろしきかな、個人主義・無関心社会!!
 
 いい大人が都合の悪いことの責任をすぐに人様や社会に転嫁するのはやめましょう。
 世はなべて因果応報であります。

 と、これだけ書いておいて次回、真実の愛に目覚めた、とか、皆さんもこんなしょうもないページを見て一度しかない人生を浪費していないで愛する人のもとへ羽ばたくべきとか、早く恋人を作った方がいいですよ、とか抜かしてたら、なかなか笑えますね。…ふぅ、前振りはこのくらいでいいか…。


・NO・RI・MO・NO、集まれーいろんなくるーまー、どんどん出て来い、戦うくるっま~♪

 とうとう壊れてしまったのかって? ハハ、いやだなぁ、前からですよ。えぇ。
 こういう風に歌詞を無造作に書いてるとJASRACの人に始末されてしまうんでしたっけ?

 最新テクニカル図鑑
http://dailynewsagency.com/2011/06/17/libyan-diy-weapons/
http://news.2chblog.jp/archives/51614708.html 
 pixivでブックマークした衝撃的なイラストをもとに検索してたら砲塔が無造作についてるTOYOTAで腹筋が崩壊しそうになりました。やっつけにもほどがあるだろ…。いや、むしろドイツや日本はそういうところで職人気質にこだわって生産性や整備性を低下させ、前線での配備数や稼働率をも低下させる事となり、戦況の不利を招いたのではなかろうか…そう今こそ、この日曜大工魂を発揮して一億総員(以下略。前回から大日本帝国脳が抜け切っていない様です。
 第三世界(この表現も古過ぎるか…)でテクニカル(乗用車やピックアップトラックに火器を搭載したもの)が活躍してるのは知ってましたが、最近のはここまで重武装化してたんですね。戦闘攻撃ヘリのロケットポッドとか、歩兵戦闘車の砲塔とか…あんま無茶するともげるで…。
 日本から中古車輸入して、元の会社名や団体名などが入ったままだと物凄い殺伐とした情景に○○興業株式会社とか書いてあったりして、そのアンバランスさが何とも言えぬおかしみを…。以前ソマリアだかどっかで○○幼稚園とか描かれた可愛らしい幼稚園送迎バスを前にAKとかRPGとか雑多な火器で武装した民兵達がポーズを取ってる写真を見た様な記憶が…。数え切れぬほどの町が廃墟になったり人が死んでいるので笑い事ではないですが、何でしょうねこれ…。えぇと、メタルマックス?久しぶりにぬめぬめ細胞を肴に酒を飲みたくなってきました。


・その名はアイアンサイド

鉄騎隊 Ironside


 主が与えし使命によりて英国は清教徒革命の議会派、鉄騎隊(鉄騎は最高のゲームですよね、同志!違…新作は専用コントローラが無い時点で魅力半減…)の狂信、真の信仰に身を捧げしラウンドヘッド(円頭、議会派の兵隊、レッドコートといい、このネーミングセンスはアレですな)の精鋭共を描いております。渋いにもほどがある黄朽葉色のコートを颯爽と翻らせ、黒の甲冑に身を固め、傲慢なる国王軍をサーベルと騎兵銃でぶちのめし、蹄にかける、圧倒的練度と旺盛な士気、議会軍の要とされた騎兵達です。ついでに同時代のパイク兵戦列も。ネイズビーで右翼を務め、その数、倍する国王軍との極めて不利な戦況を気合で覆した時のイメージで。
 マケドニアもローマもスイス傭兵もテルシオも、時空を超えてどの時代のどの地域であれ、密集方陣を描くのは最高に楽しいのですが、ちまちまやってると頭が壊れそうになってきますな。これ以上壊れようもない気もしないでもないですけれど。対騎兵戦闘用意の掛け声とともに肩を並べた戦友とともに勇ましく長槍を構えるも、第一槍列でカービン喰らってあっさりくたばったり、サーベルで一突きにされたり、転倒した騎兵の馬体によって圧死したり、敵のパイク兵に串刺しにされたり、はたまた間合いへの接近を許し短剣で喉を掻き切られたり、懐で零距離射撃を喰らったりする様な、17世紀初頭の歩兵風味な酷い夢を見られそうです。


・軍団兵、イタリアを行く。第9回 帝都ローマその①

 ローマ

 さて、我等が帝国の首都、世界の中心にして首都、カプトゥ・ムンディことローマですが、このページにいらっしゃる良く訓練されたローマ市民諸氏に語るは釈迦に説法というものでございましょう。とはいえ属州民の方もいらっしゃる事と思われますので、一応概要を書いておく事にしましょう。
 ローマはローマ人による伝説によれば、紀元前753年4月21日に建国されたことになっています。さらにその起源はトロイア戦争にまで遡り、トロイアの武将アイネイアースがイタリアへ逃れたという逸話に端を発しております。

 アイネイアースが現地の女王ラウィーニアと結婚し、築いた町がラウィニウムと名づけられ、代々彼らの子孫により統治されておりました。二人の息子から12代目の王ヌミトルの王位を次男アムーリウスが簒奪した事によりローマの歴史が動き始めます。アムーリウスは王位につくと兄の血を絶やすためにその娘シルウィアにウェスタの巫女(純潔を守らねばならない。守らねば生き埋め)の役目を与えたのでした。
 が、ここで我らが軍神マルスが不覚にもシルウィアに萌えて、さくっと手篭めにした挙句、ロムルスとレムスという双子が生まれたのでございます。ローマ人がマルスの子を自負するのはここに起源があるのでしょう。
 で、当然アムーリウス王はそんな怪しげな子供達に王位を脅かされるわけにはいきませんので、二人の処刑を命じます。”俺、そんな汚れ仕事は嫌だよ”と言ったかどうかは知りませんが、王の部下は二人を処刑する代わりにテヴェレ川に流します。どこぞの聖なる河じゃないんだから勘弁して欲しいですね。
 さて、桃太郎もかくやとばかりに、どんぶらこ、と流れる二人を救ったのは、川の精霊ティベリーヌスで、御仁は拾ったはいいが、世話は面倒だったのか、そこらの雌狼に預けるという暴挙に出ます。気持ちは分かりますが拾ったら責任を持って世話をしましょう(あまり関係ないですが、日本では年間30~40万匹の犬猫が殺処分されているそうです。日本人の責任感の強さが窺える素晴らしいデータですね)。ローマの随所に狼の乳を吸う二人の赤子の像があるのはこの辺が由来です。

 で、あやうく狼少女だか狼少年だかジャングルブックだかになりかけて、ディズニーからオファーが来るのを待つ羽目になりかけていた彼らを羊飼いが救い、やがて二人は立派な若者へと成長したのでありました。
 紆余曲折に主人公補正やらを受けて二人はアムーリウス王をめでたく始末し、幽閉されていたヌミトルに王位を譲ると彼らの王国を起こすべく祖国を去ったのであります。

 二人が目指した地、そこにローマ七つの丘が登場します。アウェンティヌス、カピトリウム、カエリウス、エスクウィリアエ、パラティヌス(のちに皇帝や貴族の邸宅が占めたため、宮殿を意味する言葉の語源となります。英語のパレスなど)、クウィリナリス、ウィミナリスの七つです。ロムルスはパラティヌスを、レムスはアウェンティヌスを推しますが、結局意見はまとまらず、紆余曲折(また適当な)を経て二人は決闘(とんだ脳筋ですね)をする事になります。結果、弟はさっくり死んでしまい、ロムルスによる都、彼の名を冠したローマ、我らの故郷が誕生したのであります。ロムルスは建国にあたりローマの歴史において重要な要素、当時の大貴族による元老院と3000名の歩兵と300名の騎兵からなる軍団、つまりLegioこと我らがローマ軍団を設立したのであります。こうして王政、共和政、帝政を経た1000年の都が、あるいはコンスタンティノポリスにまで至る、2000年を超えるローマの歴史が始まったのです。

 と、王政開始までの神話やら伝説やらを適当にまとめましたが、何しろ2,700年以上も前のことなのでよく覚えてません(何歳だよ…)。皆さんで誤りを確かめてください。
 このあとは後代の王による専制や傲慢な振る舞いなどにより王政は廃され、共和政となるのですが、それも銀河英雄伝説の自由惑星同盟ばりに腐敗、硬直化してしまい、カエサルによる帝政への大転換が図られることとなるのであります。何と言う適当な説明…。

 さて、これ以上はきりがないので、見たもの、思ったことなどをそのまま書いていくことに致しましょう。


 ローマ入城
サン・パオロ門

 入城はオスティエンシス街道よりアウレリアヌス城壁のオスティア門(サン・パオロ門)から。正面写真はボケてたというね…。さすが、ここぞと言うところでしくじる私!
ガイウス・ケスティウスのピラミッド

 俺の墓になんて事を、と冥府で嘆いているかは定かではありませんが、ガイウス・ケスティウスのピラミッド型をした墓が城壁の一部として有効利用されています。必要なら人の墓も防衛施設に使ってしまうその合理的な思考、さすが。いや、コロッセオなども後世に分解されて再利用されてますけれど…。


 バチカンの中心、サン・ピエトロ大聖堂
サン・ピエトロ大聖堂

 使徒ペテロの墓所に立てられた世界最大級の教会建築、1506年着工1626年完成。今あるのは二代目だそうです。最初の建物は15世紀に老朽化しており、アレクサンドル6世(チェーザレ・ボルジアの父ロドリーゴ)が“そろそろやばくね?誰か何とかしろよ”的な事を言ったらしく、のちのユリウス2世によって建設が決定されたのだとか。
 建築にあたってはここでもやはりドームの強度が問題になったようで、ブラマンテ、ラファエロ、ミケランジェロと名だたる建築家・芸術家の指導のもと、幾度もその設計を変更し、現在の尖頭型ドームへと至りました。
サン・ピエトロ大聖堂前の広場

 広場を囲む列柱 良い空間
サン・ピエトロ大聖堂 列柱

 とはいえ、ローマ有数の名所も真のローマ人的には主役足り得ないので次の場所に行きましょう。

 サンタンジェロ城
サンタンジェロ城

 元はハドリアヌス帝の霊廟として建築された建物です。のちに何でも取り込んでしまうアウレリアヌス防壁の一部となり防御施設となりました。そのまま歴代教皇により要塞化が進み、16世紀のサッコ・ディ・ローマにおいてはランツクネヒトの攻撃を避けるためクレメンス7世が引き篭もってた事でも有名です。ハドリアヌス帝も冥府でさぞお怒りの事でしょう。

 コロッセウム

コロッセオ
 
 定番過ぎてわざわざ書く事もなさそうですが、コロッセウムへ。その名は場外に巨大なネロ帝の像(コロッスス)が設置されていたことに由来します。正式にはフラウィウス朝による建築(紀元75年開始)の為、フラウィウス競技場と呼ばれていたそうです。私の好きな皇帝の一人、死に際まで皮肉を吐いたウェスパシアヌス帝の時代の建造物であります。剣闘士の絵を描いたときに当時の外観と構造を調べたので、ガイドの方の話を聞かずとも大体どこに何があって何を行っていたかイメージをつかんでおりました。
コロッセオ外壁

 映画グラディエーターでは登場人物達が”人間の作った建物には思えない”と言う台詞を口にしますが、確かに高層ビルを知らない古代人の感覚で辺境属州から剣闘奴隷として引っ張ってこられて、こんな構造物を見せ付けられたらそう言いたくなる気持ちも分かります。抵抗する意思すら喪失しそうです。もしスパルタクス(紀元前1世紀没)がこれを見たら何とコメントするか尋ねてみたいですね。

 100万トンのローマンコンクリートを用い、5万人を収容し、最盛期には連日連夜剣闘試合や動物狩り、そして犯罪者の処刑なども行い、娯楽施設としてだけではなく、政治的な作用も持っていたそうで、皇帝から奴隷までが一堂に会するローマ帝国の社会階級の縮図とも言える場所だったのではないかと。およそ現代人の道徳観念からすればここで繰り広げられていた出し物は直視できないほどむごたらしいもの(剣闘試合はもとより罪人を生きたまま熊や獅子に喰わせたり)だったそうですが、自分が当時の人間だったなら、配給のパンと出し物がただで楽しめるなら毎日でも通ってしまうんじゃないかとも思います。
 ただ、思うに現代でも、映画や小説でもっぱら好まれるのは平穏平和な物語ではなく、悲劇や衝突や摩擦、苦難、戦争や殺人、暴力といった内容を含んだものが多いことを考えると、人類が安全な場所から傍観者として危険や悲劇を、その克服や挫折や失敗、そして死を覗き見ることを決して止めようとしない点で本質的に大差ないんじゃないかと常々思います。サイヤ人も青褪めて死ぬくらい血の気の多い戦闘種族っぷりはホモ・サピエンスの宿命で、そう易々とはその性向は変わらぬ、といったところでしょうか。
コロッセオ外壁②
コロッセオ外壁③

 建物の外観は無数のアーチにより構成され、1階からドーリア、イオニア、コリントと柱の様式が変えられており、当時はそれぞれのアーチのなかに彫像が置かれていました。数十ある出入り口と内部に張り巡らされた階段は火災など緊急時に競技場のどの座席にいようとも数分で外に出られるように設計されていたそうです。5階層ある客席は下から元老院階級、軍人、役人、男性市民、女性市民、奴隷など社会身分・階級などによって区別されておりました。また、日差しを避けるために天幕が張られローマ海軍の水兵がその開閉を担当しました。

 地下は空洞で昇降装置、控え室や猛獣の檻などがあったようです。地下施設ができる前はアリーナに水をためて、船を浮かべて模擬海戦などを行う事も可能だったとか。 
コロッセオ地下施設
昇降装置模型

 モザイク画、柱頭の彫刻
モザイク画
柱頭

 映画だと最下層のアリーナから配給のパンを投げたりするシーンがありますが下部の観客席は施しなど必要としない元老院階級や富裕層なので不思議ですね。パンを必要とする上の席の人に届いたのでしょうか?あるいは実際は客席の間を歩いて配っていた?

 この壮大で複雑な建物(無数の階段や柱廊、地下施設など内部構造も含めて)を実際見て、設計者の頭の中身はコンピューターか何かだったのだろうか、という驚愕がまず沸き起こりました。3次元のCGや複雑な計算の出来る機械が無い時代によくこんなものを作る事が出来たな・・・と
コロッセオ一階通路部分
コロッセオ内部②

 しかも工事開始が75年で80年には使用が開始されているとか…。1,000年以上のちの大聖堂建築にかかった百年から数百年という時間を思うと驚異的な早さではないかと思われます。
 
 残念ながら地下部分には入れず上から眺めるだけでした。それでもエレベーターや傾斜路が設けられたであろう位置はなんとなくわかるので当時の姿が十分想像できました。
アリーナを見下ろして
観客席
コロッセオ内部

 せり上がる昇降装置、舞い散る花弁、吹き鳴らされる喇叭に水圧オルガン、連打されるドラムの音に包まれて眩い白砂のアリーナに姿を現す剣闘士、そして建物を揺さぶり、反響し、頭と腹に響く熱狂的な歓声!
 往時は凄まじい熱気が場内を包んでいたのでしょうね。
軍団兵らしき何か

 闘技場付近にはローマ軍団兵を模したと思しき装束の人々がいるのですが、これがどうにも安っぽくかつて地中海世界を制した誉れ高きローマ軍団の一員には見えないのです。装備の不徹底さもさることながらその中身の方も何だかフニャフニャ(肉体的にも、姿勢や態度も)していて、とても訓練を受けた軍団兵としての振る舞いには見えませんでした。とりあえず有料で観光客と写真を撮るならもう少し鍛えたほうがいいんじゃないかと。いつ鬼の形相の百人隊長が現れて懲罰棒を奮ってお前ら基礎訓練からやり直しだ、と気合を入れなおすかハラハラしつつ期待してましたが、いつまでたっても現れませんでした。しょうがないので私自ら10分の1刑を食らわそうかと思ったのですが、まだろくに見学もしてないのに市内をカラビニエリに追い掛け回されるのもどうかと思い、諦めました。ローマ人の尚武の気風は失われたのでありますな・・。
 確かにほのぼのした家族連れとかカップルで賑わう観光スポットに過酷な従軍生活で荒みきった目つきの高地ゲルマニア帰りの軍団兵が凱旋してきたら雰囲気ぶち壊しですね。私は凄く見たいですが。捕虜とか戦利品で山盛りの荷車と一緒に。

 コンスタンティヌスの凱旋門
コンスタンティヌスの凱旋門

 コロッセオのすぐ目の前にあるのが、4世紀初頭にマクセンティウス帝を撃破したコンスタンティヌス帝に捧げられた凱旋門です。この凱旋門の装飾は過去のあちこちの凱旋門や広場など(トラヤヌス帝のフォルム、アウレリウス帝の凱旋門など)から引っぺがしてきたレリーフの切り張りといっても良い状態です。帝国の国力衰退と技術力の低下、あるいは大慌てで凱旋門を造ることで、コンスタンティヌス帝の宿敵だったマクセンティウス帝を支持した過去を払拭したかった元老院の立場とローマの混乱を示す記念碑と言えるのではないかと。
コンスタンティヌスの凱旋門装飾②
コンスタンティヌスの凱旋門装飾③
 丸い装飾はハドリアヌス帝時代のもの
コンスタンティヌスの凱旋門装飾①
 コンスタンティヌス帝の事績をたたえる文言の左右と四角いレリーフの両脇にある像はトラヤヌス帝時代のものを失敬して貼り付けたらしいです。 
コンスタンティヌスの凱旋門装飾④
 四角い装飾部は我らが哲人皇帝、マルクス・アウレリウス・アントニヌス帝の装飾を引っぺがして貼りました。 軍団兵の装備を見ればコンスタンティヌス帝時代、4世紀のローマ軍団のものとは違う事がすぐ分かります。
コンスタンティヌスの凱旋門装飾⑤
コンスタンティヌスの凱旋門装飾⑥

 
 今回はこの辺で。次回は凱旋門正面右手に広がる皇帝の丘、パラティヌスの丘に参りましょう。


 相変わらず長いですね。

 そういや前回貼りましたミラノで発見した変なビルはヴェラスカの塔という1950年代の建築だそうで。まだ使われてるらしいです。巨大な廃墟かと思ってた…失礼な…。ミラノの伝統に則った復古主義的なデザインなのだそうで。

 今週は前述の珍事が控えているのに加え、週末にジョグジャカルタへ足を伸ばし、ボロブドゥールやらプランバナンやらを訪問してローマ帝国全権大使(いつからそんな重職に…)としてジョグジャカルタ王家の人に挨拶したり、一緒に密林やら遺跡やらを練り歩くと言う謎のイベントがあるので、完成は来週か再来週ですかね。
 塗れたらまたお会いしましょう。


 真の信仰の持ち主、神が使わせし精強なる騎兵、鉄騎隊諸君に勝利を!汝らの敵に逃れ得ぬ亡びを!

栄は共に、共にす希望

黎明を、破りて鐘は
朝を告げぬ、満蒙の野に
栄は共に、共にす希望
知れ、高粱の波溢るる如く
満ちたるを
曠野、曠野、日は昇る、曠野に

――南満州鉄道株式会社社歌2番


どうもこんばんは。

 大手企業の会長閣下が100億円をカジノで使ってしまったり、国際的にも有名な企業がわけのわからない会社の買収に到底考えられないほどの手数料を払ったり、一体何してんでしょうな。今に始まった事ではないですが、さっぱりニュースについていけてません。前者は素で賭博ですってしまったんでしょうか。それとも損失や出所の不明瞭な資金を洗浄・隠蔽する意図などがあったのでしょうか。後者は一体どういう目的でこの様な事態に?どなたか詳しい方、ご教示下さい。
 それから携帯電話のゲームやらコミュニティーサイトやらの課金制度やシステムが問題になってるそうですが、子供向けの注意喚起とか教育はそれらの飛躍的発達に追いついているのでしょうか。親御がきちんと教えていれば無用ですが、伝え聞くトラブルから察するにノーガード戦法なんじゃなかろうかと。いや、大きなお世話ですかね。人が何に金を使おうと自由ですし、何に充足感を覚えるかなんて夫々ですし。

 とはいえ、どなた様も唸るほどお金をお持ちの様で羨ましい限りです。金を払って肝臓を破壊してる自分も大概と言えば大概ですけれど。

 あぁ、なるほど、一時期騒がれていた埋蔵金ってのは国民の懐の事だったんですね…。


・万朶の桜か襟の色

 昭和初期の絵を描くついでに、しばらく聴いていなかった日本の軍歌やら何やら昔の歌をyoutubeで聴いてみたら、なかなか良い歌が多く、歌詞などを調べて当時の時代背景などに思いを馳せておりました。

 代表的な軍歌の一つ、”歩兵の本領”10番までありますが、何だか悉く旧軍の悲劇的末路を暗示しているようで何とも…。2番の大和魂は物質・物量をも凌駕する的なくだりや、4番の海上輸送に触れている箇所など実際の海上輸送戦が如何に悲惨であったかを思うと目頭が熱くなりますな。7番の携帯口糧あるならば…はニューギニアとか“世界戦史上にその名を轟かす”牟田口閣下のビルマにおける稀有なる作戦とその比類なき結果を彷彿とさせます…。8番9番は言わずもがな、ですね。どこの国も軍歌はこれくらい威勢が良いものですし、そうでないとやってられないでしょうけれど、勇ましければ勇ましいほど、その結果を思って悲しくなるやうな…。
 そんな勝手きわまる解釈と感傷的な感想はおくとして、子供の頃はこの手の日本の歌の歌詞は古臭いなぁ、と思ってましたが、最近こういうのが結構好きになってきました。万朶なんて物凄く雅でよいですね。次にカラオケに強制徴募された際には拳を握って熱唱しようと思います。どうでもいい合コンとかで全力で歌うとすぐ帰れそうで良いですね。

 それから満州と言えば有名どころでは”戦友”なども歌詞が良いですね。あまりの素晴らしさに兵士の間に里心や厭戦気分が広まりそうな歌ですけれど、軍部はどんな反応だったんでしょうな。と思って調べたらやはり表向きは禁止されてたそうで、現場では見逃されてたみたいですけれど。

 しかし、日本の歌は聞いていても歌詞がすんなり理解できて、情景が頭に浮かぶのが良いですね。なかなかグッと来ます。とりあえず祖父とその同年代の人々が過ごした過酷にしてあまりに無惨な青春に思いを馳せ、員数調整で呼ばれた飲み会などで気合を入れて歌うと(以下略。

 さっきから軍歌ばっかりじゃねーか…。という至極もっともなご意見もあると思われますので南満州鉄道株式会社社歌を。社歌かよ…。そんなんばっかりだな。
 程よいプロパガンダ臭と言い、雄大なる大地に立ち上がった新興国家を先駆ける企業としての自負心の漲りっぷりと言い、燃へる歌ですね。
 
 そういや全然別の話ですが、電波ゆんゆん、な歌を作ったかの人は映画の”ビッグウェンズデー”に出てくる若者みたいに狂人のふりをして徴兵逃れを図ったそうですが、やはり伝統的な回避手段の一つなんですかね。あ、私はわざわざ偽る必要は無いですか、何しろ既にして天然ものの…。


・あじあにのりて

 今回はここらで完成と言うことで。

あじあにのりて


 以下pixivより

 昭和十年八月三日十時零分”新京駅” 

 女給A「先輩…昼前に(新京発大連行き10:00発)お弁当3つは如何なものかと…」
 女給B「だって昼は忙しいし…何ならおやつも探そうか」
 A「先週お饅頭を二箱抱えて奉天駅を全力疾走した挙句、冒険活劇ばりに客車に飛び乗って怒られたのはどなたでしたっけ?」
 B「ま、まぁ、腹ごなしにはいい運動だったよね…あ、出発してる…」
 A「何だか、帰りたくなってきました…」

――最高時速130km/h、運行区間は大連から哈爾濱(ハルビン)駅(1935年9月に延長開通、線路規格によりパシナ型は入線不能)までの940km。同時代の他国の特急と比べ、ずば抜けて速い訳ではないですが、豪華な客車や食堂車を備えた満鉄の顔とも言える特急だったそうです。一回りして未来っぽいデザインの機関車も格好良いですが、テンイ8形一等展望車の最後尾も凄く好きです。で、満州国が掲げた政策の一つ、五族協和のアピールの一環か、日本人だけでなく白系ロシア人(ロシア内戦で赤軍に敗れ各地へ亡命。五族ではない)女性の給仕も働いていたそうで。ついカッとなって車掌とか運転士じゃなくて女給を。今も反省していない。写真や映像ごとに服装が微妙に違う様な…気づいたらメイド風に。如何なる経緯で日本の特急で働くこととなったのか、そしてその後の行方を考えると興味が尽きません。ロシア内戦における白軍の劣勢で樺太経由にて日本へ亡命、満州建国時に移住した夫婦の娘とか…?その後は哈爾濱で知り合った夫(浅野部隊所属)と終戦時に内地へ脱出、あるいは不運にもスターリンの帰国の誘いを受けてもろとも粛清に…とか。祖母が引き揚げ前に満州にいたそうで、話を聞くに頭では理解できるのですが、いまだ具体的にイメージするのは難しいです。馬賊に軍閥、関東軍、ロシアに中国、大陸浪人、政商、危い均衡の中、繁栄を謳歌する新興国家。薄もやの向こうに物凄く活発で濃密な世界を垣間見るような不思議な気分です。彼女らも休日はキタイスカヤ通りやときわデパートのお洒落な店でもひやかしてたのでしょうか。

――嗚呼、忍び寄るいくさの影、乙女を待つは楽土か地獄か。次回、昭和極東浪漫譚「まぼろしの国」第6話“哈爾濱に消ゆ”ご期待下さい。

――灯火管制仕様も描きたい。あと展望車で特製カクテルを飲みたい。でも乗車賃は1等車が約31円(当時の大卒初任給が70~90円と換算すると切符一枚7~9万円?)。

 以上

 おい、新入り!午後ティー買って来いや、レモンの奴、あと外側がカリカリで中がもふもふしてるメロンパンな!の図。いじめダメゼッタイ。

 動画見てたら、食堂車の映像がありました。写真と服が少し違う…一体…ホワイトブリムつけてたりつけてなかったり。前掛けが長かったり短かったり…分からん。
http://www.youtube.com/watch?v=rXIegkXLs3Y
http://www.youtube.com/watch?v=LBtouyPNnm4

 あと車体の色は本当は濃藍らしいですが藍色を使いこなす技量がないので明るくなってしまいました。すまぬ、川崎車輛とか満鉄の中の人…。写真が豊富にあるのは良いけれど正確な色が分からないのは困りますな…。
 前回も書きましたがあじあ号、フォルムが凄く好きです。スチームパンク風味ですね。この時代の機関車はこういう形のが少なくないみたいですけれど。

 鮮明ではない写真や後姿の写真などは見つけられたのですが、制服の仕様が良く分からないのでメイドと混じってるやもしれません。とはいえ秋葉原に出没するみだりに手足を露出させた破廉恥なメイドは好みではない(我が屋敷では絶対領域をあざとくアピールするような使用人など2秒で解雇です)ので、長袖、裾は脛あたり、というのを再現してみたつもりです。杜撰にもほどがある管理体制にて露天に放置された硝安爆薬の箱に座ってるのはあまり気にしないで下さい。もっとお洒落な靴を履いていた筈ですが、何故かブーツになってるのはプラットホームを疾走する為だと思われます。…ヒールじゃ意味ないですな。

 この特急もそうですが、満州国という国自体も非常に興味深い国です。王道楽土と五族協和のスローガンの下、多民族国家を建設し、終戦と共に消滅した儚い国…。
 祖母一家は引き揚げ時の混乱でアルバムや本や文書やらは皆、置いていかざるをえなかったそうで、きっと物凄い貴重な写真などもあったのだろうな、と思うと少し残念ですが。そんなものを惜しんで、とろとろやってたら命が無い、と言うような状況だったのでしょうね。ビルマに行った祖父と満州にいた祖母、どちらも紙一重な修羅場に放り込まれておりますが、少し運が悪ければ自分が存在しなかった、と思うと不思議な感じがします。とはいえ血縁を辿っていけば、今いる日本人には総じて同様の可能性があったのであろうし、日本に限らず世界の歴史を紐解けば、今地上にある人間が生まれるまでの先祖の系譜にはそういった危機と運命の変転は絶え間なく訪れるものだったのでしょう。嗚呼、この世界とそこに住まう人々の存在こそ、まさに奇跡…。
 などと柄にも無く壮大な歴史の潮流と人々の運命、その禍福に思いを馳せ、感慨にふけるも、心を入れ替えるわけでもなく、今後も自堕落に過ごす気満々なわけでありますが…。


・軍団兵イタリアを行く、第8回ミラノ

 北部イタリア最大の都市にして商工業、金融の中心都市。
 ローマ人的にはメディオラヌム(平原の真中の意)という街の名で通っておりますね。ケルト人の町に起源があるそうで紀元前390年のローマ屈辱的大敗の際もここを拠点にガリア人は出撃したそうです。ローマはアッリアの戦いの教訓から、当時の地中海諸国にて一般的かつ伝統的だったファランクス隊形と装備の見直しを始め、さらに第二次サムニウム戦争の苦い記憶を経て、より機動性のある中隊規模での軍団運用、マニプルス制に移行、装備も投槍、短剣、盾とのちのローマ軍団兵へと近づいていきます。
 前3世紀末にローマに征服された後はイタリア本土防衛の要となり、ローマ帝国末期には皇帝の宮殿を備えた首都になりました。帝国崩壊後はかつて蛮族と呼ばれた人々の王国や東ローマの支配下に入るも次第に富裕な都市となり、それに応じて自治都市としての権限も拡大していきました。独立は11世紀です。中世からルネサンス期にかけては前回も登場したヴィスコンティ家、そして傭兵隊長からミラノ公になったフランチェスコ・スフォルツァによる統治が有名です。その後はフランス、オーストリア、スペイン、そしてナポレオンとほかのイタリアの都市と同様に次々と主を変えたのでした。

 お勧めのイーグルダイブポイントはドゥオーモの尖塔にあるマリア像あたりです。なんて罰当たりな…。

 さて、極めて適当な都市概要・履歴はこの辺までにして、市内をぶらりと巡ることと致しましょう。



 イタリア経済の中心地、ローマに次ぐ主要都市であるため、町は非常に整っております。

ミラノの町並み


 こちらはスフォルツェスコ城
 15世紀にフランチェスコ・スフォルツァに改築されたヴィスコンティ家の城塞です。門の上は高さ100m以上あるフィレーテの塔です。

スフォルツェスコ城


円錐の屋根を持つ太く重厚な円形防御塔が堪らぬ雰囲気です。

スフォルツェスコ城・円形防御塔


 良い城壁…

スフォルツェスコ城・城壁


 石造りの町並み

スカラ座付近


 イタリアオペラにおける最も栄えある劇場、スカラ座
 外から見る分にはライトアップされてる夜のほうが綺麗かもしれませんな。

スカラ座


 素晴らしいデザインの路面電車

ミラノ・路面電車


 ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア 入り口


 初代イタリア国王の名を冠した建造物。
 建物本体も荘厳なものですが、鉄骨とガラスで覆われた天井が明るく開放的な空間を演出すると同時に、壁画や彫刻が荘重さを添えております。こんなところで買い物が出来るミラノ市民が実に羨ましいです。

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア
ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア・天井
ガラスのドーム


 レストラン、バー、カフェ、書店、高級ブランド品店などが並んでます。要するに超高級商店街です。

マクドナルド・ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア支店


 でもマクドナルドもあります。世界のどこに行こうとも奴らから逃れることは(以下略。

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア・壁画


 二本の大通りが交差する設計で中央の四つ角にはそれぞれ四つの大陸を象徴した壁画があります。何と世界の中心はミラノだったのです…知らなかった。でも四大陸…さりげなく省略されたのはどこの大陸なんでしょうな。



 ドゥオモ、1386年着工、1813年完成のゴシック様式建造物の王者。確かにそれだけかかるのも頷ける壮大な建物でした。
ミラノのドゥオモ

 ヴォールト(穹窿天井)と列柱、アーチの連続が織り成す圧倒的空間…。嗚呼、主の栄光と慈悲が今まさに顕現しているのだ、などと転向しそうになりましたが、バッコスとマルスへの狂信はそう易々とは覆らぬのであります。
身廊


 ステンドグラス内部と外部から。
ステンドグラス
ステンドグラス 外から


 皮剥ぎの刑で殉教した聖バルトロメオ像、マルコ・ダグラーテ作。

聖バルトロメオ

 ジョットの鐘楼でもサン・マルコの鐘楼でも証明したように、すぐ高い所に昇りたがるアレなので、とりあえず聖堂の屋根に上ってみることに。
聖堂の屋根へ

聖堂の屋根

 身廊の天井を支える為に飛び梁が聖堂の左右に飛び出しているのですが、全面が繊細な彫刻で覆われています。
飛び梁の連続

 
 135本の尖塔の頂点には聖人が乗っており、一番高い塔にマリア像が。聖母マリアに捧げられた聖堂なので。
尖塔群


 こりゃあ400年以上かかるわけだ…。まさに教会建築技術の粋ってやつですね。ケン・フォレットの小説、大聖堂を読んでから訪れると、教会建築の技術的発展など背景が見えてきてより面白いかもしれません。
尖塔と飛び梁


 屋上から市街を眺めていたら何だか私好みのそそられる形状の建物が…。
謎の建物

 何これ…。とりあえず後から載せておきましたよ!みたいな…。


 それからレストランで酒飲んでリゾットやらマカロニやら鳥やらを喰らい、眠りについたのでした。ファッションでも有名らしいですが、良く分からないので巨大建築物ばかり見てました。壮大な石造建築物が好きな方は是非。


 次回からは我らローマ市民の故郷、永遠の都にして世界の中心、幾千幾万もの部族を従えし史上空前の帝国の心臓、帝都ローマに凱旋し、その遺跡の数々を巡りましょう。



 さて、また何かできたらお会いしましょう。
 
 志半ばで散った大日本帝国臣民の安らかなる眠りとその子孫のさらなる繁栄を祈念しつつ…。
 

諸君は総力戦を望むか?

 
 イギリス人共は、ドイツ国民が勝利への信念を失ってしまったと主張する。しかし、私は諸君に尋ねる、諸君はドイツの最終的な、完全なる勝利を総統とともに、我らとともに信じているか?
 イギリス人共は、ドイツ国民がますます過酷となる戦時労働に嫌気が差していると主張する。ならば私は諸君に尋ねる、諸君らドイツ国民はもし総統が非常事態に命じるならば、10時間、12時間、必要とするならば14時間働く決意があるか?
 諸君は総力戦を望むか?諸君は必要とされるならば、我々が今、想像する以上の全面的で徹底的な戦争を望むか?

 ――1943年ゲッベルスによるドイツ国民に総力戦への注力を求める演説の一部。

 ドイツがスターリングラードでやっちまった(第六軍を喪失)後、戦争の雲行きが怪しくなってきた頃の演説です。

 戦時でもないし、宣伝相閣下が演説してもいないのに、12時間くらいは平気で働く日本人は凄いですね…。ハッ…もしやこの怠慢癖…自分は日本人ではないのかもしれない…。私はいったい…と、ローマ人設定などすっかり忘れ、己のルーツとアイデンティティーを揺らがせつつも、そんな腹の足しにもならないものはどうでもいいや、とすっかり腑抜けている昨今いかがお過ごしでしょうか。
 過酷な時代や社会を生き抜き、必死の思いで子孫を残してきたであろう、ご先祖諸氏が聞いたら草葉の陰で号泣しそうな挨拶はおくとして、西欧にかぶれ、ざんぎり頭にするだけでは飽き足らず、大変嘆かわしい事に近年さっぱり忘れつつある日本史を改めて勉強し、大東亜に冠たる我が民族(すぐ極端に走るのは仕様です)、豊葦原あるいは大日本豊秋津洲に住まいし比類なき人々の起源を思い起こそうと目論んでおるのですが、ちょろっと仕事をしたり、大幅に酔っ払ったり、長々とゲームしたり、だらだらと絵を描いたり、で忙しく(後ろ三つは…配分おかしいだろ、と)、おまけにろくな本も手に入らないので、ネットで復習してます。
 黒田先生の歴史講座などは時代区分ごとに短く分かりやすく纏められており、非常に面白いです。ほかにおすすめが御座いましたらご教示下さい。とはいえせっかく読んでもすぐ忘れてしまう残念な脳みそも何とかしたいものです。HDDみたいに最適化したり、CPUみたいに買い換えたり出来ればいいのに。操作を誤って全ドライブをフォーマットしたり、外付けしてどっかに置き忘れたり、規格が合わなくて枕を涙で濡らしたり…実に楽しそうですね。

 今日も今日とてばっちり爽壊かつ壊調であります!


・Battle Field 3

 一日千秋の思いで待っていたアレが発売されたのでOriginのダウンロード販売で買いました。Steamにあれば二つもアカウント使わなくていいから楽なのに。で……買いましたが、ダウンロード中です。容量12GBでダウンロード完了まであと240時間……遅ぇぇぇ!!今月分の回線容量を既に使用してしまったので10kbpsくらいしか出ないと言うね…発狂ものの遅さです。
 高速かつ無制限の日本の光回線だったら数時間もかからず落とせるんでしょうな、うらやましい。嗚呼、これがホームシック(都合の良いときに発症する病)か!何だかHDDを検索するとかネット閲覧履歴を探るとかいうスパイウェアが混入してるとかで騒いでるし、最初はバランス調整やエラーのパッチ当てまくりだろうし、本稼動までには出撃できれば良いか…と酸っぱい葡萄的な諦めの境地に。大人しく酒飲みながら絵を描いて時間を潰す事にします。
 ダウンロード完了の暁にはHAHAHA Noob!とか言いながら、ハーグ陸戦協定に抵触しそうな勢いでもりもり非人道的行為に走ろうと思います。
 いや、むしろ回線速度的に一方的に狩り殺されるばかりか、そもそもHIGH PINGで対戦サーバーに接続できない可能性もあるのですけれど…。このネットがどうしようもない国にIT革命(懐かしい言葉…森元総理お元気ですか)を巻き起こすべく血も涙も無い革命戦士(不要だからと加入を拒むご家庭に無理やり光ファイバーを接続して法外な料金を請求する無慈悲な販促戦士)になろうかと思いましたが面倒臭そうなので待つ事にします。


・満蒙は日本の生命線!

 我らが帝国のレーベンスラウムは西方にあり!満蒙の地こそ(以下略。

 第三帝国と大日本帝国がごった煮になるという非常に頭の具合が心配な感じですけれど…。
 こんな絵を描いております。ローマ軍補助軍団→フランス胸甲騎兵→満鉄…まさに気まぐれ。

特急あじあ 新京駅


 今回は1930年代、南満州鉄道株式会社が運行していた特急あじあと食堂車のウェイトレスです。
 鉄道の事はさっぱり分からないのですが、この列車が好きです。デザインがグッと来ます。巨大で力強さと優美さを兼ね備えた流線型のボディー、そして豪華な客車、一等展望車のデザインも非常に洗練されており一度でいいから乗ってみたひ…。
 
 そう、あじあに乗るためなら再び植民地獲得友邦たるアジア諸国を西欧列強の魔手から救い出さんが為、八紘一宇の御旗の下、大東亜共栄圏確立を目指し、大陸進出に立ち上がるも吝かではありません!決して鉄鉱石とか石炭とか石油とか土地とか新規市場が欲しい訳ではありません。この目を見てください、嘘をついている人間の目に見えますか!!(ギラギラと欲望の光を放つ狂信的な目を大きく見開き、両手の指をわきわき動かしつつ)。
 えぇと資源とか豪華な列車とかはあれです。ちょっとしたおまけです。頑張った自分へのご褒美です。本当です。えぇ。
 …この時勢にそういう事を言ってると市民の良識を代表する立派な団体の皆様に怒られそうなのでこの辺にしておきます。そもそも植民地経営や傀儡国家の管理なんて想像するだに面倒臭そうなので無理です。何かの間違いで自分が軍国主義国家の独裁的指導者になって即時引退(光の速さで引き篭もる)が許されない状況だったら、フランコ将軍みたいにのらりくらりと枢軸や連合の要請を交わしつつ、どっちにも本格的に味方しないで最初の領土に引き篭もってそうです。青師団出したのに凄いなぁ…。拙者その手腕に感服する次第。いや、それはそれで胃に穴が開きそうなほど気を使うし大変なんでしょうけれど。それかポルトガルのアントニオ・サラザールみたいに虚構新聞読んでひっそり死ぬのが具合が良さそうです。案外、悪くない末路ですよね。結局、本人が幸福と感じるか否かが肝なのですから。

 あれ、何の話でしたっけ…。そう、一等展望車で特製カクテル飲んで、満州の雄大な大地に沈み行く夕日を眺めながら酩酊したり、食堂車で美味そうな料理をつまみながらロシア(諸事情により日本人乗務員等と共に働いていた)からやってきたウェイトレスがどんな格好だったのか見てみたいだけなんです。一気に志が低くなったなぁ…。

 絵を描くにあたり色々探してみましたが、比較的写真の豊富な機関車はいいとしても、制服がはっきり写っている写真が見つからず、小さなものや、後姿だけのものなどを参考に勝手に復元中であります。毎度の如く文書も図画もググって手に入る類の資料しか持ってないので正確性には欠くと思われますが、なかなか楽しいので撃ちてしやまむ!

 
 ・軍団兵イタリアを行く第7回
 
 ヴェローナ
ヴェローナの路地

 ベローナと書くと別の町の名前かローマ神話の戦争の女神、軍神マルスの妻にして彼の戦車の御者の名前になってしまうので要注意です。
 このイタリア北部の町は中世からルネサンス期にかけて、町の支配階級が苛烈な闘争をしたことで、シェークスピアのかの有名な戯曲ロミオとジュリエットの題材にもなっておりますが、当ページはローマ軍団兵による真の尚武の民、いかなる逆境をも乗り越え、運命を切り開く不屈のローマ人のための不滅の橋頭堡たらんと心掛けている(初耳だ…)ので悲劇とか悲恋とか、めそめそした女々しい問題は漢らしくクロアカ・マクシマかテヴェレ川に流しておくことにしましょう。…なんだかいつものかったるげな態度と毛色が違う様な事を言ってますが、無理すると具合が悪くなりそうですね。
 
 都市としては共和制ローマとも関係が長く、前3世紀頃からすでに同盟関係にあったそうです。カルタゴ人、ゲルマン人との戦いにおいても戦列を同じくし、紀元前一世紀にローマ本国の領土に編入され、名実共に偉大なるローマの一部となりました。
 その後も交通の要衝として帝国の歴史の転換点にその名を刻み、四皇帝の年(ローマ内戦、68-70年にかけて、特に69年は皇帝が次々と擁立され殺された為こう呼ぶ)にはウィテリウスとウェスパシアヌスの軍勢が、3世紀にはフィリップス・アラブスとデキウス(帝国史上初めて外敵と交戦中に戦死した皇帝)、4世紀初頭にはコンスタンティヌス1世とルリキウスが激突し、ローマと地中海世界の運命を変えた事で知られております。最終的にはローマが滅亡しオドアケル、テオドリックがその支配者となるまで運命を共にしました。
 
 その後は蛮族の争いに巻き込まれたり、カール大帝がやってきて、ついうっかりランゴバルド王国を滅亡させたり、と他の都市と同じくらい穏やかならぬ時代をすごしました。中世からルネサンス期にかけてはイタリアの諸都市同様に教皇派(ゲルフ)と皇帝派(ギベリン)の争いに巻き込まれ、ヴェローナは概ね皇帝派に組していたようです。
城壁①

 特徴的な形状の胸壁は皇帝派であることを象徴しているらしく、同派閥の他の都市でも同様のものが見られるそうです。
 
 皇帝派のヴェローナはダンテ先生を匿った事(デッラ・スカラ家に客として)でも知られております。しかしフィレンツェ出身の氏は教皇派としてカンパルディーノの戦いに騎兵として参戦し、さらにゲルフ内部の白党(富裕層によるフィレンツェの自立を重視するのが白党、教皇従属を重視するのが黒党)として活動しておりました。何かおかしい気もしますが、黒党の政権獲得によりフィレンツェから追放、二度と故郷に帰る事が出来なかった彼や白党の者にとって敵の敵は味方だったようです。良くある話ではありますね。とはいえダンテ先生は白党やら黒党やらに辟易したのか党の活動から離れ、一人一党という主義を掲げて、北イタリアの諸都市を巡り、神曲をはじめとした数々の作品を残したのであります。
 そんなわけで、すっかり政治から離れたかと思いきや、ハインリヒ7世がイタリアに遠征するや、すかさず皇帝にフィレンツェへの無条件降伏勧告や市民の殺戮と都市の破壊をお勧めしてるあたりに、先生のお茶目さが感じられニヤリとさせられます。心底から皇帝を支持したのか、己を放逐した祖国に復讐するに都合が良いと思ったのか…。
 前述二派の争いに加え、都市内部でも、冒頭シェークスピアについて触れたとおり、デッラ・スカラ、ヴィスコンティ(傭兵隊長であるフランチェスコ・スフォルツァがミラノ公になるまでミラノ公国を統治)、カッラーラ家と争いが絶えず、最後はヴェネツィア共和国に吸収という具合の歴史を持っているようです。

 そんな細々した事はどうでもいいのです。そう、気をつけなければならない事はたった一つ、くれぐれもランベルティの塔から(以下略。さて街を巡りましょう。
ランベルティの塔

 
 ブラ広場、市庁舎のある広場です。地下鉄入り口みたいなところから下りる改札付(小銭を入れないと入れない)のトイレが何だかヨーロッパらしかったです。
ブラ広場の入り口
ブラ広場

 ヴェローナの円形闘技場、収容人員2万人強、保存状態はイタリアでも最も良いものだそうです。
ヴェローナの闘技場

 ローマ統治時代のレオーニ門の跡、円形防御塔の基礎部が通りの下に露出しております。格好良すぎる…。
レオー二門跡①

レオーニ門跡②

 ジュリエットの家
ジュリエットの家

 のモデルになったとされる家。バルコニー付です。このバルコニーで強襲隊員ロミオさんが特殊閃光音響手榴弾を投擲してダイナミックエントリーしたり懸垂下降したり、と数々の突入技術を披露して…。違うんですか。
写真が小さいですが中庭にジュリエット像があります。公然と像の胸部を撫で回す変態行為を完遂すると幸せになれるとか。巣鴨ですか…?

 エルベ広場
エルベ広場
ランベルティの塔②

 奥の円柱に獅子、ここにもヴェネツィア支配の足跡が。
ヴェネツィアのくびき

 商人集会所です。色使いが良いですね。
商人集会所


 良い城壁
城壁②
 
 中世と古代の史跡が良く保存された非常に綺麗な町です。色々勉強していればもっと面白いのでしょうがヴェローナについてはあまり詳しく知らないので表面的な説明に終始してしまいますね。次は北部イタリアの中心的都市、ミラノを彷徨いましょう。


 今回はこの辺で。
 五族協和の王道楽土が完成したらまたお会いしましょう。頑張れ、無敵皇軍!

 ――嗚呼、忍び寄るいくさの影、乙女を待つは楽土か地獄か。
 次回、昭和極東浪漫譚「まぼろしの国」第2話“十時零分、新京発大連行き”
 
軍団兵履歴

Legionarius

Author:Legionarius
主に世界史・戦史(東西問わず)の絵を描いております。

形式:Legionarius
状態:製造年月日から30年以上経過
使用燃料:Laphroaig,Bowmore,
Ballantine(12年が好ましいが財布が薄いのでfinest)
エンジン形式:惰性型酒冷4ストロークバルブ108気筒
始動形式:諦念あるいは深い溜息
搭乗機:CBR600RR07白→CBR1000RR2012に機種転換(乗り手に過ぎる良い機体ですがハイオクは財政が……)

音楽:(Bill Evans, Miles Davis, Dvořák, Linkin Park, Rammstein, Killswitch Engage, Enigma外)気に入れば何でも。

書物:ノンフィクション、歴史(ローマ史、古代ギリシャ,WW2外)、SF(ホーガン、ハインライン外)、最近はOsprey社の本ばかり。主にマクブライド先生のやつばかり。

漫画:(大陸軍は世界最強とかアララララーイとか)雑食。

ゲーム:ROME TOTAL WAR、MEDIEVAL TOTAL WAR
     CALL OF DUTY、S.T.A.L.K.E.R、SILENT HUNTER外

好きな陛下:Marcus Aurelius Antoninus、Flavius Claudius Julianus
好きな甲冑:ロリカ・セグメンタータ
好きなヴァンツァー:フロスト
好きなマクナブ:受領通知!!、カチカチ、カチカチ、続刊はいつですか。
以下、好きなギボン、サトクリフ、パウルカレル、スティーブンハンター、フォーサイス、ルカレ、エルロイなどと八万行に渡って続くので割愛。

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