老人になって耐えがたいのは、肉体や精神の衰えではなく

老人になって耐えがたいのは、肉体や精神の衰えではなくて、記憶の重さに耐えかねるのである
――サマセット・モーム
 
 増大する記憶によって相対的に受け皿が耐え切れなくなるって事でしょうか。揮発脳な私には無用の心配ですね。しかし偉大なる文豪にしてMI6の諜報員たるモーム先生が晩年に認知症を患ったのはまさに悲劇…。
 
 こんばんは。
 長年愛用していたAudio TechnicaのATH-A900が酷使の末に逝ってしまわれた(どんだけだよ、そのうち聴覚がぶっ壊れるぞ…)ので後継機らしきATH1000Xに機種転換。客人も内地へ去り、なかなか悪くない塩梅ではないか!などと一人ニヤニヤしながらTHREE DAYS GRACEあたりを大音量で聴きながら焼酎をもりもり呷るといういつも通りの日々を取り戻す事が出来ました。

 日本は今頃、秋も深まって気温がグッと下がり、皆美味しい食べ物やら何やら季節の移り変わりを楽しんでいるところなのでしょうか。こっちは油っこい食べ物が多いので、さっぱりしたうどんなどがたまに夢に出ます。
 ついでに”まるで19世紀の戦列艦に強制徴募された陸者みたいだな…”とか呟きながらスープや飯に混じった蝿やら蚊やらの虫の類を取り除くスキルを要しない清潔な奴が食いたいですな。ただ、抗生物質やら何やらの薬物を打ちまくったおいしいお肉や農薬や防腐剤たっぷりのみずみずしい野菜を食べるのとどっちが良いかって話かもしれませんけれど。いや、おそらく食品や健康に関する法整備や規制が日本よりも遅れているだろうこっちの方が”それ”関連はやばいかもしれませんな。それとレストラン(事務所の半径5kmに一つしかないもっともマシな店)のトイレに当然の如く紙がなかったり(ウォッシュレットが欲しいとは言わないが…手桶とバケツの水のみ、後はわかるな…)、洗面所に石鹸がない時点で店員に衛生面での期待をする事自体が愚かしいという…。調理場で彼らが左手を使ってる様を想像すると米軍のレーションより食欲が失せますが、一々気にしてるとノイローゼになります。ダイエットしたい人にはおすすめ。異なる文化も異なる宗教も尊重しますが、尻を紙で拭かない方とは分かり合えない気がします…。H・G・ウェルズの火星人がこの国に来てもあっという間に腹を下して死滅しそうですな。

 そして四季巡る日本の美しく涼しい秋に対するに、こちらは雨季と乾季しかなく、気温は年間通して高いままです。昼にクーラーの壊れた車の中にいたりすると拷問の様相を呈し、ぐったりです。たまに買い物だかパチンコだかで車に置き去りにされた憐れな子供などが死に至る事がありますが、きっとこんな感じなのでしょう…。
 おかげで未だに休みの日はTシャツとジーンズにサンダルという海水浴客みたいな格好です。楽でいいですけれど。雨季なのでシャンプーで頭が洗えそうなほどの勢いで物凄く大粒の雨が結構な頻度で降り、ショーシャンクの空に、のパッケージみたいな格好で雨を浴びたくなります。モーム先生の作品”雨”ではありませんが、日本ではなかなか見られないほどに激しい振り方をします(十数m先が雨で煙って見えなくなったり…)。一方でいつも短時間の雨が上がると、地面から蒸発する水分がぶわっと熱気をはらみ、得も言われぬ土の匂いが。なかなか趣深いですがもう少しお湿りが欲しいところです。油断すると街や道が水没するで…タイみたいに…。

 話が変わりますが、この国に限らず、外地に出張、あるいは単身長期滞在している既婚男性諸氏がゴルフ以外に余暇に何処で何をしているかを”善意”から配偶者の皆様にご報告差し上げたら、一体何割の家庭が崩壊し、夫婦の信頼が揺らぐか、あるいは持ち堪えるか、なかなか興味深いところです。が、自称“比較的空気が読める輩”の私としましては、その様な悪魔的な実験を行い、統計として纏めんとする抗い難い真理への探究心を抑える事と致しましょう。ジョン・エドガー・フーヴァーごっこもほどほどに。
 時代は変われど人の所業や本質は大差なし、というところなのかもしれません。いや、本件については男性側だけでなく逆もまた然り、だとは思いますけれど。最前線の兵士に届く別れの手紙、とか…。そんな悪質かつ取り止めのない事を考えてまどろんでいる最中、例年通り自分の誕生日を人に教えられて思い出すという大分アレな日々を過ごしている昨今、皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。

 挨拶長ッ。
 今日も今日とて目も当てられない具合に壊れております。

・任務、経年、疲弊

 仕事のつき合いで散々酒を飲み(4日連続で深夜まで客と一緒とか何かの拷問だろうか…ジュネーヴ条約で引き篭もり志願者への拷問は禁じられていた筈…。私の左手が炸裂弾装填済みのラインメタル製MK30だったら今頃大惨事ですよ。自分、制圧射撃させたらちょっとしたもんすよ)、客人と彼がお持ち帰りされた“偶然知り合って、瞬く間に恋に落ちた(等と容疑者は意味不明な供述を繰り返しており…)”女性(仮にもムスリムなのにビール飲んで、締めに豚骨ラーメンと餃子を美味い美味いと屈託なく貪り食う様には力なく笑うしかありませんでした。良いのかそれ、と尋ねたらエヘヘーて誤魔化しよる…全能にして全知であらせられるアッラーにどやされるで…導師にちくったろか)の御両名をホテルに送迎してようやく解放され、心身両面での疲労感に屈し、タクシーの後部座席でまどろみ僅かな睡眠時間を稼ごう(途上国など、治安の宜しくない国では極めて危険な行為なので絶対に真似しないで下さい)としていたら、接待中に知人から着信があった事を思いだし、話してみれば前述の通り…。そう言えばまた一年経ったのか、などとあまりに趣き深すぎる状況で冥途の旅の一里塚をまた一つ越えた事を自覚したのでありました。そういや運転手の方が世界で最もビッグなお世話な台詞の一つ、ドラクエ1のラダトーム城の宿の主人みたいな事を言ってた様な気がするのですが、日本語でも英語でもない上に早口かつスラング混じりだったので大意しか掴めず、そもそも翌日5時出動だったのでこっちは”お楽しみ”どころじゃないのですよ、などと投げやりに答え眠りに落ちたという…。ひどいな。

 かつて、未だ世の片鱗すら知らぬ幼少の砌には齢30を目前にしたならば、誰しも年齢相応の人間になっているのであろう、子曰く三十而立、という言葉もあるのだから、などと無邪気に考えておりました。が、全くそのようなことはありませんでした。あと1年で飛躍的成長を遂げるとも、また遂げたいとも思わないのできっとこのままでしょう。年々口にするブラックユーモアからユーモア含有量が大幅に低下し、着実にノワール(フィルム・ノワールとかジェイムズ・エルロイ的な意味で)に近づいているほか、疲弊と諦観の相が板についてきただけで、精神的成長はあまり見られません。おそらく意識して行動せねば何も変わらないのでしょうが、そんなつもりは毛頭無いらしいので、40になっても同じ事を言っていると思われます。あと何年この記録が続くか(あるいは明日終わるか)皆目見当もつきませんが、11年後も同じ事を書いていたら、かなり笑えるので続行しようと思います。その頃にはワロスとかワロタとか、どの様なへうげた表記へと変貌を遂げているのか、それだけが気がかりです。あ、落ちは無いです、もちろん。早く引き篭もりたいのう…それがまた一年を越した正直な所感です。


・重騎兵友の会 第3452回定例会議事録

 時間が無くてなかなか進みませんでしたが、今回はこの辺で。

胸甲騎兵連隊


 以下pixivより 

 第一聯隊、前へ!!

 ♪嗚呼、胸甲騎兵連隊。
  突撃喇叭も高らかに。
  大陸軍のとどめの一撃。
  砲撃弾雨何するものぞ、
  我ら皇帝に仕えし死の配達人なり。
  抜刀命令下りたなら、
  あとに残すは蹄の轟き、無惨な骸。
  主よ敵を憐れみ給え、我らに慈悲の一片も無し。

 ――流行歌「胸甲騎兵連隊」
 
 ――いや、そこはかとなく旧軍臭のする法螺ですけれど。アンケートで胸甲騎兵が人気だったのと突撃原理主義の同志への突撃分補充を兼ねて。文字通り胸部を重装甲で覆った騎兵です。
 堅固な陣地に突撃するのはリスクが大きかった様ですが、戦局を打開すべく切り札として投入されたり、砲撃や歩兵同士の戦闘で乱れた戦列に飛び込んで止めを刺したり、その威容で恐慌を誘ったりするのが得意な任務だったようです。気になる甲冑の防弾性能は重いだけに優秀だったらしく、よほどの至近距離でなければ、しばしば弾丸を弾いたそうです。ただ、仮に弾いたとしても衝撃が消える訳ではないので、骨折や内臓の圧迫など被弾が危険な事には変わりありません。さらに馬に装甲が無いことに加え、落馬や姿勢を崩す可能性もあり、無傷のままとはいかなかったようです。
 とはいえ、重装備を支える為に選抜された屈強な軍馬も相まって、その質量と速度による圧倒的かつ致命的な突破力、被弾の恐怖を一定量減殺出来る事等から、他の騎兵が怯むような局面でも突撃を敢行する可能性を持つ連中が存在するというのは、ただ戦場に控えているだけでも待ち受ける歩兵にとって相当な脅威だったと思われます。 驚くべき事に仏軍胸甲騎兵は第一次大戦の最初の数週までこの姿を留めていた様です。http://en.wikipedia.org/wiki/File:French_heavy_cavalry_Paris_August_1914.jpgまるで成長していない…パレード、ですよね…。
 数々の激戦でその機動力と打撃力を証明した栄えある連隊名は現在も仏軍に継承されており、1635年に結成された第一連隊は戦車連隊1e-11e regiment de cuirassiersとして現代に至るまで実に400年近くその名を歴史に刻み続けています。
 ――抜き放たれる直刀、煌く甲冑、鳴り渡る突撃喇叭、翻る連隊旗に地を揺るがす蹄の轟き、突撃最高。グランダルメは~!!世界最強ォォー!!!
 ――総員抜刀、吶喊! Vive la France! Vive l' Empereur!!

 以上

 WW1の仏軍胸甲騎兵連隊……まるで成長していない……。気持ちは分かるけれど、毒ガスと機銃、戦車や飛行機や潜水艦が登場するような時代には流石に厳しい。
http://en.wikipedia.org/wiki/File:French_heavy_cavalry_Paris_August_1914.jpg

 というわけでナポレオンの第一帝政下における第一胸甲騎兵連隊でございました。描くのが楽だからついつい冬景色にしてしまいましたが、アイラウの突撃あたりでしょうかね。そうすると連隊旗や制帽の考証が史実と少し異なってるかもしれませんけれど。

 18世紀や19世紀の歩兵や騎兵は、銃火器の発達によりもはや無用の長物となった甲冑(もはや着ようが着まいが大抵の銃弾や砲弾は貫通する。それでもなお実用性のある防弾性能を求めるとかなりの重量となってしまう)を捨てて華麗な色彩(威嚇色、イギリス軍伝統の赤い軍服などが代表的)や意匠の制服を纏い、砲火に身をさらして戦っておりました。そういった時代の中でも胸甲騎兵は特異な存在でした。彼らは19世紀になってなお兜と胸甲をつけて戦っておりました。これら装備は弾丸に耐えうる性能を保持させる為に、装甲の厚みを胸部(馬体と言う遮蔽物の存在、投影面積などの理由から死傷者の負傷箇所の統計は右腕、胸部、頭部に集中していた)に集中させる事により解決を図りました。そのため、非常に分厚く重い反面、突撃時に極めて優秀な効果を発揮し、騎兵の集団突撃という古風な戦闘形態の末期を飾る事が可能となったのです。
 
 やがて銃砲の装填方式(銃口・砲口から弾と装薬を込めるのが前装式、銃尾の薬室を開いて弾を込めるのが後装式、速射性に大きな影響を与える)やライフリング(銃身内に螺旋の溝を施す事で発射時に弾丸を回転させ、ジャイロ効果により弾道を延伸、安定させる事により射程と命中性能が向上する。溝を施した銃あるいは砲をライフルと呼び、無いものは滑腔砲と呼ぶ。日本の90式戦車などは後者)、弾丸の形状など銃砲の技術が進歩すると胸甲はその重装甲をもってしても防弾性を発揮する事が難しくなり、ただ機動性を低下させる無用の長物となっていったのでありました。

 彼らの主な装備は騎兵銃(カービン、銃身を切り詰め、馬上での取り回しを向上させたもの)や短銃、そして曲刀を振るった軽騎兵とは異なり、直身のサーベルを下げていました。突撃時の姿勢も真っ直ぐ前に腕を突き出す独特のものでした。

 こんな連中が突撃してきたら堅固な防御陣地にでもいない限り、木の葉みたいに吹き散らされてしまいそうですね。防衛側の有効射程距離(英軍のBrown Bessマスケット銃は歩兵への有効射程で91m前後、熟練者でも一発に15秒、一方100m走の世界記録は9秒半、全速力の馬は…)とギャロップで突撃する騎兵の移動速度から推察するに、初弾を外したら銃剣を構えるしかない前装式のマスケットで迎え撃つのは相当な勇気を必要としたのではないかと思われます。
 
 いや、そんな御託はどうでも良いのです。突撃さえあれば。ヒャッハー!!
 下のはアイラウ、ミュラの突撃です。そのうち皇帝近衛騎馬擲弾兵連隊も描きます。
http://www.youtube.com/watch?v=ghLAZcSI4XU&feature=player_embedded#!

 ふぅ…次に描くとしたら16世紀とか17世紀のフランスか神聖ローマ帝国の胸甲騎兵が良いですね。映画アラトリステの最後に登場するフランスの胸甲騎兵が好みです。巨大な百合紋の旗を掲げ、疾駆し、ピストルを撃ち、切り込んでました。あるいは鉄騎隊とかも良いですね、色合いが好きです。

 以下、革命戦争から第一帝政における第一連隊の戦歴。

1792: Jemmapes, Anderlecht, and Tienen.
1793: Maestricht, La Roer, Nerwinden, and Maubeuge.
1794: Mouscron, Pont-a-Chin, Roeselare, and the Capture of Mechelen.
1796: Rivoli and Tagliamento.
1799: Le Trebbia, La Secchia, Novi, and Genola.
1800: Mozambano.
1801: San-Massiano and Verone.
1805: Wertingen, Ulm, Hollabrunn, Raussnitz, and Austerlitz.
1806: Jena and the Capture of Lubeck.
1807: Hoff and Eylau.
1809: Eckmuhl, Ratisbonne, Essling, Wagram, Hollabrunn, and Znaim.
1812: La Moskowa and Winkowo.
1813: La Katzbach, Leipzig, Hanau, and the defense of Hamburg.
1814: La Chausee, Vauchamps, Bar-sur-Aube, Sezanne, and Valcourt.
1815: Ligny, Genappe, and Waterloo.

 主要な会戦は欠かさず出撃してますね。


・軍団兵イタリアを行く、第6回 地中海の覇者ヴェネツィア共和国

 船着場


 ヴェネツィア…
 
 恥ずかしいセリフ禁止!!

 ・・・

 ・・・・・・

 あのアニメはまったりとした雰囲気がなかなか良い塩梅で、嫌いではないのですが、見てるとむずがゆくなったり、眠くなったりするので未だかつて二話以上連続で見た事がありません。たしかテレビで放送してた奴とOVAと色々あるのですよね。とか言ってたらヨコハマ買出し紀行も読みたくなってきました…。眠る前に読みたい、特に日曜の夜とかに。

 さて、もはや書く必要が無いくらい有名な都市なので良いですね。飛ばしましょう、ここは。
 8月に行ったのに、こいつは何時になったらローマに凱旋するんでしょうな…まったく。


 いや、冗談です。いつも通りだらだら行きましょう。

 古代はウェネティ族という人々が住んでいたそうで、それがそのまま都市の名前になったそうです。
 町はヴェネツィア湾の潟にある島に作られ、町を二分するカナル・グランデこと大運河をはじめとし、150以上の運河が大小の島々を結んでいます。これら運河は他の地方や国家において物流を効率化するために掘削されたものとは異なり、主に円滑な水流を維持する為に護岸、整備されてきました。
 全土を埋め立てて島とすれば建築や生活には便利かもしれませんが、水の滞留による伝染病や排泄物の処理といった衛生面での問題が発生する一方、元が干潟の為、洪水が発生してしまうといった問題などを回避する為に無数の運河が張り巡らされているそうです。

 何故わざわざこんな面倒くさそうな場所に住んでいるのかといえば、ローマ帝国が衰退した5世紀に、フン族などをはじめとした蛮族のイタリア侵入を恐れた人々の避難先が湾内の島だったからだそうです。
 島と書いてしまいましたが厳密には干潟であるため、人が住むには、建物を建てるには基礎工事に工夫が要ります。寸土も余さず、ひしめき合う様に建っている建造物は大量の杭によって支えられており、ヴェネツィアをひっくり返せば森が現れるとも、いわれています。
 工事の方法は真のローマ人たる皆様ならば帝国が橋を架ける際に行った橋脚工事の杭打ちを思い起こして頂ければ分かりやすいかと思います。
 まず地面の表層部ではなく圧力により固まった粘土層に杭をそれこそ隙間なく打ち込みます。その上に板を渡し、さらにセメントと石材で建物の土台を積んでいきます。腐敗を避けるため、木材は潮汐を計算し水面から顔を出さないよう設計(木材腐朽菌の繁殖条件は水分、温度、酸素、栄養分で常水面下では酸素条件が欠缺する)され、水面より上は石材が土台となります。このように現在海上に浮かんでいる石造りの都市は木材で支えられております。近年は地盤沈下が激しいようで、いつかまた古代や中世のような補修工事が必要となることでしょう。莫大な費用を投じて土台を補修する事が出来るかどうか…。随分前のNHK世界ふれあい街歩きによれば、最近は観光地化による弊害か、物価が高くて地元の人がどんどん引っ越して過疎が進んでるのだとか。寂しい話ではありますな。

 さて、ヴェネツィアは西ローマが滅亡した後も名義上は東ローマに属しておりましたが、実際は自治がなされ、7世紀末には初代の元首(ドージェ)を選出し、共和国としての長い歴史を刻むこととなります。
 共和制と一口に言ってもヴェネツィアのそれは、元首の世襲による弊害や一定の有力家門による専制を避ける為、極めて緻密かつ特殊で摩訶不思議な興味深いものなのですが、説明するのが難しい(面倒)のでヴェネツィア共和国の項をご参照ください。
 そんな経緯で誕生した共和国ですが、現在の観光地然とした小奇麗な都市とは違って、往時は極めて強大な海軍力と経済力を誇る地中海の一大海洋国家でした。何も知らずに行けば風光明媚な御洒落都市ですが、十字軍に参戦したり、ピサ・ジェノヴァ・アマルフィといったライバルの海洋国家を蹴落としたり、オスマン帝国と全力で殴りあったり、クレタ島に立て篭もって25年間も攻防戦を繰り広げたり、となかなかすさまじい歴史を経ております。かつては国営造船所からT型フォードばりの勢いでガレー船が進水して艦隊を組んで地中海に乗り出す様などが見られたのでしょう、実にグッと来ます。プレヴェザレパントでは、それら大艦隊の衝角で敵艦の横腹をど突いたり、石弓や大砲が一斉に火を噴いたのでありましょう。
 
 そんなヴェネツィアですが、やがてオスマン帝国の勃興に押され、さらに大航海時代の新航路開拓による貿易上の地位の低下(良くも悪くも地中海の覇者で、大航海時代の様に外洋、遠洋、新大陸やインドとの貿易や交流、地球規模のものとなった時代の流れにはついていけなかったようです)などにより次第に衰退、最後はナポレオンの前に屈し、7世紀末から18世紀末にまで渡る千年以上を永らえた、史上最も伝統ある共和国の歴史は幕を閉じたのです。

 それからお勧めのイーグルダイブスポットはサン・マルコの鐘楼とかサン・ジョルジョ・マッジョーレの鐘楼あたりです。何度も言いますが、エツィオさんは特殊な訓練を受けているので決して真似しないで下さい。


 では前置きはここまでにして“世界ふれあわない街歩き”を続行する事と致しましょう。 

 海よりドゥカーレ宮とサン・マルコの鐘楼を眺める。

海よりヴェネツィアを眺める

 到着時は満潮だったらしくサン・マルコ広場が水没してました。で、1時間後くらいにはすっかり渇いてました。こういう激しい干満の差を利用する事で810年のフランク王国の軍勢も撃退(侵攻前に水路標識である杭をヴェネツィア人が引っこ抜いて、知らず浅瀬に乗り上げたフランクの艦船をヴェネツィア人の小舟艇が一斉に襲い撃退)されたのでしょうね。

サン・マルコ広場水没

ビザンツ土産

 サン・マルコ寺院の正面にある装飾の一部、四頭の馬は確か第四次十字軍で陥落したコンスタンティノープル(何でキリスト教国が攻撃対象に…)の混乱に乗じてパクって来たやつのレプリカ(本物は内部の博物館収蔵)です。いやぁ酷いことをするなぁ。…でもコンスタンティノープルの建築物を飾っていた装飾の多くも、創建時にローマから剥ぎ取ってきた奴でしたね。彫刻とか壁画とか。まさに因果応報、歴史は繰り返す、ですね。
ヴェネツィアの象徴

 翼の生えた金の獅子はサン・マルコの象徴、ひいてはヴェネツィアの印です。828年に、福音記者マルコ氏の聖遺物(聖人の遺体)をアッバース朝のアレキサンドリアからヴェネツィア商人がどさくさに紛れてパクって来たので大聖堂があるのです。そんなんばっかりですねこの国…。英国然り、海洋国家はそういう宿命なのでしょうか。日本にはそういう類のほかの国から失敬した記念品はありましたっけ?どうせ奪うなら表面上友好的かつ人道的な顔をして、相手が気づかないくらい狡猾に、構造的に複雑で回避不能な周到さを用いて生かさず殺さずもりもり搾取するのが現代のトレンドですよね!日本がずっと貿易黒字国だと良いなぁ、HAHA。今も昔もおっかねぇ話だ。
サン・マルコ聖堂

 サン・マルコ聖堂内部
サン・マルコ聖堂内部
サン・マルコ聖堂正面

 内部はクロスドーム、黄金の壁画など、典型的なビザンティン様式です。最初の建物は9世紀に、その後幾度か破壊と再建を繰り返し、900年以上建て増しと改修を受けて現在の形になったようです。
 
 ヴェネツィアの国旗 
ヴェネツィア国旗

 国旗、商船旗と違って軍艦旗は獅子が剣を握っているそうで。商船旗の獅子が開いている本にはラテン語で、福音記者マルコよ、汝に平和あれ、の文句が刻まれております。

 サン・マルコ広場にはカフェやバーがありますがその中でもフローリアンというカフェが300年近い歴史を持ち、名所となっております。
フローリアン

 野外の演奏も。
フローリアンの前で

 フローリアンはえらく高いらしい(コーヒー一杯で1,000円くらい?)ので、私は近くのバーでビール飲んでワイン飲んでピザをムシャムシャしてやりました。フフッ、最高だ。
 折角こんなところまで来たのに度し難い吝嗇癖が…。

 修復中の溜息橋(ドゥカーレ宮と隣接する鉛の監獄を接続する橋。罪人が収監前に橋の窓から最後の景色を惜しむ為にその名がついたのだとか)には広告が…。修復中だから広告貼って賢く稼ぐってのは合理的だと思いますが景観がぶち壊しですな…。もう少しこの色はなんとかならんのでしょうか。
溜息橋…あれ?
溜息橋②

 ヴェネツィアが生みし希代の女たらし、カサノヴァ先生も1755年にこの橋を通って牢獄に閉じ込められたのでしょうか。彼以外に、脱獄に成功したものはいないってのもなかなか痛快な逸話であります。脱獄後に件のフローリアンでコーヒーを飲んでから船出したのだとか…その余裕、そのふてぶてしさ、見習いたいものです(人の悪いところはスポンジみたいに良く吸収するのであります)。

 良い運河…。水が淀んで臭うところもあり、運河による水流確保の重要性を再確認。
小運河

小運河②

 
 イカ墨パスタ
イカ娘謹製イカ墨パスタ
 
 パスタばっかり食ってるとパスタ野郎(北アフリカ戦線で貴重な水を使ってパスタを茹でる様な輩。あれはジョークでしたっけ)になっちまうぞ…。

 リアルト橋
リアルト橋
カナル・グランデの風景

 カナル・グランデこと大運河にかかる橋、かつてのヴェネツィアの商業の中心地、銀行や商品取引所、両替商などがあったそうです。

 世界のどこへ行っても奴の手から逃れる術はないのだ!!
マクドナルド・ヴェネツィア支店


 ドゥカーレ宮、共和国統領公邸兼政庁舎
ドゥカーレ宮
ドゥカーレ宮のアーチ

 地中海各地の建築様式を取り入れたであろう外観が非常に美しい建物です。アーチの連続が素晴らしいです。

 サン・マルコの鐘楼より市内を望む。エレベーター付だったので楽でした。
サン・マルコの鐘楼

サン・マルコの鐘楼から
サン・マルコの鐘楼から②

 ゴンドラで運河巡り
ゴンドラ
小運河③


 サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂
サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂
サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂②

 サン・ジョルジョ・マッジョーレ島、その後ろがヴェネツィア映画祭などで知られるリド島です。
サン・ジョルジョ・マッジョーレ島
サン・ジョルジョ・マッジョーレ島②

 狭くて薄暗い路地

 15、16世紀にタイムスリップしたかのような堪らない雰囲気です。今にも暗がりから共和国十人委員会の密命を帯びた暗殺者が現れて、短剣でズブリとやられそうで乙なものですな。良いのか…?
ヴェネツィア路地裏紀行

 海の都は大体そんな具合の街でございました。とても美しく、また面白い場所なので、またいつかぶらぶらしてみたいものです。名所ばかり見て周ったので、街のさりげない光景などを楽しむにはもう一日過ごすのが良さそうです。二輪に乗れないので住むのは無理ですな…そんな基準か…。

 次回、軍団兵イタリアを行く第7回は、ヴェローナです。
 中世都市と古代都市の名残を堪能する事と致しましょう。

 さて、次は何を描くか考えつつ眠る事にします。
 突撃分の充鎮が完了したので少し毛色の違うのも面白そうですね。
 
 
 大陸軍最強の重騎兵諸君に勝利の誉れあれ!その武運の久しからん事を!
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今こそ神が私に25年の余生をお与えになった理由が分かった。

今こそ神が私に25年の余生をお与えになった理由が分かった。
――ジャック・ノースロップ 死を間近に、悲願であった全翼機実用化に向けて開発中であったB2爆撃機の模型を軍事機密であるにも拘らずプレゼントされ、感極まって。

 B2はどうして飛べるのか、いまいちよくわからない形状が好きです。あと見るからに破滅を象徴する不吉な色(ステルス性能上必要な形状と塗料なんでしょうけれど)。機体から滲み出る、これが飛んできたらもう終わりだな…という雰囲気も。

 こんばんは、相変わらず特に意味の無い導入です。先月長い休みをとっておきながら言うのもなんですが、休みが欲しいです…安西先生。一度知った甘露の味を忘れるは難く、人間の欲望は留まる所を知らぬ、という事を今一度思い起こしている昨今、ローマ帝国市民の皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。

・蹄の轟きと共に

 全日本騎馬突撃愛好会ならびに重装騎兵友の会の皆様におかれましては、時下益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。また、平素より格別の御高配を賜り厚く御礼申し上げます。

 さて、各界におきまして八面六臂のご活躍をされている皆様におかれましても、そろそろ突撃分が不足し、補充をお考えの事と思われます。そんなわけで”萌え?豚にでも喰わせておくがいい”、と言わんばかりの勢いで胸甲騎兵を描いておりました。どんなに疲れていても騎兵をもりもり描いていればすっきり…するわけではないですが、色々忘却の彼方においてくる事が出来るので良いです、本当に良いのか知らないですけれど。平和で和やかな絵を描いた反動か、全てを蹄で踏み躙る様な絵に…。

 ナポレオンの大陸軍より第一胸甲騎兵連隊を。

第一胸甲騎兵連隊、突撃

 うへぇ、これ塗るのか…。
 などと他人事の様に呟きそうになりましたが、毎度の如くローマ軍団の名誉にかけてこれしきの事で怯んではならぬ、と言うわけで少しずつ進めることと致します。


・人生設計?何それ美味しいの?

 ここのところ再びニュースとなっている年金支給開始年齢でございますが、これが仮に70歳となった場合、男性の平均寿命が76歳とすると受給は平均6年…。定年が60歳だと10年間無収入で暮らす貯金(現在の物価でかなりひっそり暮らすとしても2,000-3,000万以上?)があるか、あるいは定年延長か、または老体に鞭打って10年間別の仕事を探して働かなくてはならないのでしょうか。経験豊富なベテランが長く働くのは良い事かもしれませんが、反面若年層の雇用を圧迫したり、組織が高齢化・硬直化するという影響もあるのでは。何より若い人が年金を払えなくなれば制度は悪循環の一途を辿るでしょうし。それにそんなに働きたくないよ、と言う人も沢山いるでしょうし。
 
 左様、拙者は、出来る事なら今すぐにも“不働(はたらかず)の誓い”を立てたい類の輩(重要参考資料:るろうに剣心)なのでござるが、おろろー、この流れでは搾りかすすら出なくなるまで、骨と皮になりても死ぬまでこき使われる可能性大でござるな…。働くのが三度の飯より好き、死ぬ時は前のめり、という方には夢の様な話なのでしょうけれど。そういう色々充実した立派な人が沢山いらっしゃるということは社会にとり、あるいは経営者にとり誠に素晴らしい事だと思います。
 
 で、民草が血涙を流し、己が骨身を削ぐ思いで納めた年金の資金と言えば、記憶が確かならば、グリーンピアとかいう収支見込の甘い施設を各地に作って結局破綻して二束三文で売ったり、豪華な廃墟にしてみたり、はたまた株式投資に投じて損失を出したり、となかなか常人には思いもよらぬ天晴れな運用をしていた様な気がするのですが、まさか少子化高齢化で弱ってるのに加えてまだあの様な国家規模のブラックジョークを継続中だったりしないですよね。何で大人しく貯金する事すら出来ないんだろう…制度上リスクをおかして運用益を上げないとならない仕組みになってるのでしょうか。あるいは管理者が生粋の博徒で投資してないと息苦しくて死んでしまうとか?腕が悪いのが致命的でしたな…。
 
 とはいえ自分の酒の消費量から鑑みるに不慮の事故や事件に巻き込まれずとも、平均寿命マイナス20~30年くらいでくたばりそうな気もしないでもないですな。ついでに煙草も吸えば飛躍的にお迎えが早まりそうですが、あれはどうにも好きになれません。特に人が飯食ってる時や匂いを楽しんでる時に隣でぷかぷか煙を吐かれると手近な鈍器で昏倒させたあと、存分に煙を味わえるよう呼吸器官に閉鎖型紫煙循環装置(吸った煙が永遠に滞留し続けるLegionarius謹製の呪われたアイテム。無理に外そうとすると爆発する)でも強制的に移植してあげたくなりますけれど。いや、広い所やご本人の部屋で勝手に吸われるのは構わないんですけどね。私が自室で浴びるように酒を飲むように。
 でも、何かの間違いで長生きしてしまったらしんどそうですね…私にはどうにも“逃げ水”みたいな儚く朧げな制度に見えます。あ、ゼノンのパラドクスってこの事だったんですね(違)…。
 しかしこれでは近代年金制度創始者のビスマルク師匠も皮肉を零しそうですな。飴がこの様で、日本人は一体どの様な鞭に耐えているのだ、とか?


・世界で継承される伝統的技能

 北海道じゃないほうの”北の国”の工作員が脱北者暗殺のために携帯していたボールペン型毒針が公開されたそうで。ボールペンに毒針とか…冷戦時代みたいな事をまだやってるんですね。旧共産圏は傘の先っぽに毒入り金属球でしたっけ。今回も仕込んだのはリシンとかでしょうか?検死しても心臓発作にしか見えないガスだとか、カクテルに混ぜる毒薬だとか、何だかレトロな諜報戦を思い出しました。今更こんな事してもたいした見せしめにならないから亡命は止まらないだろうし、内情は既に世界に知れてるし、費用とか労力の多大な浪費かと…。あるいは、これ以上下がりようの無い評判をさらに下げる、世界記録に挑戦的なアレでしょうか。そういうのはおうちで一人でやって欲しいものです。

・次期愛馬選定

 ぼんやりしてたら何時の間にか各社の2012年モデルが来てました。エンジンの鼓動や加速を想像するだに薄気味の悪いにやにやが止まりませぬ。

YZFR1
http://www.yamaha-motor.com/sport/products/modelgallerylib/6/1/0/gallery.aspx

ZX10R
http://www.kawasaki1ban.com/news_topics/4544

CBR1000RR
http://www.contramanillar.com/honda-cbr1000rr-2012-primeras-imagenes-y-video/

GSXR
http://www.twowheelsblog.com/post/6717/2012-suzuki-gsx-r-1000

 次はどれに乗りますかね。CB400SF→W650→600RRときたら次は1000RRかな、と思ってはいるのですがヤマハも良いですね。 迷う…。一年ブランク空けてちゃんとSSに乗れるか少し不安がないでもないですが、乗りたくて堪らない…。
 
 朝方の誰もいない道路、冷たい空気を吸ってフルフェイスメットのシールドをコチッと閉め、ただ沿岸や丘陵、山岳の風景を目指し、何も計画を立てず空腹になるまで走り、適当に入ったラーメン屋や定食屋、漁港の飯屋で食べる昼食。クタクタになった体を旅館の温泉に沈め、酒を飲んでぬくぬくした布団に潜り込む。想像するだけでイグニッションスイッチを押したくなります。あぁどうしよう。

・ゲームばかりしてるから…

 喜べ軍団兵、貴様に現地女性と飲む機会を設けた、と我が敬愛すべき現地駐留軍指揮官殿が仰るので私のあずかり知らぬ所で勝手に話を進めて巻き込まないで下さい、と申し上げたら、まぁ話を聞け、とのたまうので話を聞かぬまま年長者を無碍にするのも流石に悪かろうと傾聴しましたところ、夫が全然働かない可愛そうな(この辺は声が小さい)”20歳の女性“(この辺をやたらに強調)がお前に相談に乗って欲しいと言っているのだぞ、とか…。 
 え、ちょっと待って下さい、一番最初に危険なキーワードが聞こえたのですが、などと思わず二回ほど聞きなおしてしまいました。そもそも何故私がご指名を?どこから情報が漏洩したんだ、情報部は何をやっている!などと安っぽい映画風に呻きそうに…。“ムスリム”の“人妻”に“個人的相談”を受けて一緒に“酒”を飲むとか複数の戒律に抵触して死亡フラグな気がするのですが…。もちろんローマ人たる私は宗教や人種、民族で差別する事などありません。ハートマン軍曹も“全て平等に価値が無い!!”と有難い言葉を残されております。そう、言葉が通じて美人で気立てが良ければ…(さりげなく、どこぞの銀河皇帝をも軽々と上回る贅沢な条件を提示。少年よ大志を抱け!)。…ですが、場所と時代のどちらかを一つでも間違えたら、お互い石打やら何やら、勇午に頻出する類の”なかなか死ねなそうな方法”で屠られかねない不穏な条件を満たした話に人を巻き込むとは…何と油断ならない奴。ソロ焼肉(週末の焼肉屋で楽しげなカップルや家族連れを横目に本を読みつつ、ビールやマッコリを大量に投与しながら一人黙々と肉を焼く競技。最初は生ビールと葱タン塩で開始するのがWSYAこと世界ソロ焼肉協会公式ルール)やソロ観覧車(一人で観覧車に乗り込み、周回軌道の頂点に達した時、我に返って地上へ身投げしたくなる抗い難い欲求と戦う極めて危険なエクストリームスポーツ。しばしば死傷者を出す為、人道的見地から近年大変な問題となっている。お一人様ですか、と係員に聞かれたら競技スタート)の強化選手に選抜された事もある孤高のトップアスリートたる私もそれはご免被りたいものです。
 
 それに私は弱きを助け、強きをくじく正義の味方じゃなくて、戦勝により得た捕虜を鼻唄混じりに奴隷商人にダース単位で売っぱらってその足で浮き浮きとスキップしながら居酒屋に行ってしまう様な、あるいは帝国の命令とあらば無辜なる村落を火の海に沈めるも吝かではないローマ軍団兵の残忍非情な一面を煮詰めて濃縮(蠱毒か!)した様な、薄情にして人倫に悖る事甚だしい、まさに人間の皮を被った野獣なので人助けとか、人生相談とかは無理です。北方謙三先生ばりにシンプルでありながら、そこから情熱と機知と有用性を除去したような極めて無価値な回答しかできそうにありません。別れれば良いと思うよ(CV:緒方恵美)。いや、文化的にも経済的にも、そういう風に簡単にはいかない複雑な事情があるんでしょうな…子供の有無とか、一族のしがらみとか…。大変そうだ…。
 
 それにしても嫁を働かせてゴロゴロしてるなんて…オスライオンの生態みたいな、全く羨ましいや、けしからん話だ。日本では妻が働いて夫が家事全般をこなす主夫とかいう新しい家族形態を表す言葉もあるそうですが、この国じゃ、そんな気の利いた、目新しいものはないでしょうし。文字通り家でゴロゴロして妻にたかるだけで何の役にもたたないんじゃないかと…。病気でもない上に五体満足なら放り出して頑張ってもらうしかないのでは、と思わないでもないですが。勿論、自棄になって外で暴れ、世間に迷惑をかけた時に関係者だと思われない様に縁を切って引っ越しておきましょう。物理的撤収だけでなく情報上でも撤収を図り、電気ガス水道といった公共料金の登録情報、クレジット(この国では数%の人しか持ってませんが)、車に保険など自らの痕跡を辿ることの出来そうなものを全て途絶させておくのもお忘れなく。でも優しい人が多いのかもしれませんね。あるいは愛と惰性の混交がなせる業か。そういう仮初の優しさが破綻を招いてるのかもしれませんが、社会性皆無の私には話が高度過ぎて、いまいち理解できません。
 
 皆さんもどうか人情の機微など微塵も解さぬ冷酷無比な人間には絶対に相談を持ちかけぬようご注意下さい。でも逆に訳知り顔で親身になって話を聞いてくれる方も要注意ですな。
 結局、上官殿のお誘いは断りました。菩薩みたいな顔をしながら”そりゃあ、いかんですよ。奥さんと旦那さん自身が仲睦まじくしなければなりませんて、ハッハッハ(棒読み)”などと抜けぬけとほざきつつ。本当の理由は太陽が眩しかったから、ではなく道徳的にどうこうよりも超面倒臭そう(これぞ我が人生におけるほぼあらゆる指令を優越する最優先コマンド。USSTRATCOMことアメリカ戦略軍の指令をも超越する)だから。
 それにぼくは、はやくおうちにかえってRED ORCHESTRA2DEAD ISLANDのつづきをしたかったのです(左手をキーボードのWASDに、右手の人差し指をクリックする鬱陶しい仕草をしつつ)。真意を問いただせば、そんな理由か…我ながら人としてどうかと思わないでもない。

 で、我が灰色の人生においても五指に入りそうな地雷臭ぷんぷんたるフラグをベッコベコ(良く訓練された国家一級フラグ解体士にはこの程度の餌は通用しないのです!いえにかえるんだな、おまえにもかぞくがいるだろう)にへし折ったところで前述のゲーム紹介に入りましょう。人様のかったるそうな身の上話もそれの前振り扱いという…何だかこの国に来てから日本ではありえない事態がしばしば発生するので、色々対応が酷くなってますな…。我が内なるカスタマーサポートセンターは常に全員バカンス中です。帰国する頃にはどれくらい日本から乖離してるか実に楽しみであります。

 さて、RED ORCHESTRA 2は二次大戦時の独軍兵士あるいは赤軍兵士と化して”煮え滾る魔女の鍋”あるいは”犬も逃げ出す地獄の釜”ことスターリングラードの戦いに放り込まれるFPS(一人称視点のシューター)ゲームです。このゲームの非常に特徴的なポイントは他のFPSにあるようなヒロイックな活躍やシナリオが影を潜め、ひたすら一兵士として出来ることをこなしていくという地味さとリアリティーに集約されているのではないかと思われます。副題にヒーローなどとついておりますが、ランボーをはじめとするハリウッドの戦争アクション映画のような大活躍をしようとすると二秒くらいで死ぬので(難易度によっては出来ないこともないが)、WW2でソ連人とドイツ人が一体何人冥府送りになったかをよく思い出してからゲームをスタートしましょう。
 
 遮蔽物から不用意に体を投影する間抜け野郎には問答無用で音速の2~3倍位の速さの死神が舞い降ります。先陣を切り、一人で部下を引っ張る事もできますが、小銃班、機銃班、突入班など分隊規模の部下に命令を出して自分は指揮に回る事も出来るようです。トラクター工場や穀物倉庫などおなじみの建物を舞台に、瓦礫を這いずり、耐え難い犠牲を投じてファシストの犬共に代償を支払わせたり、または往生際の悪いアカ共に引導を渡したり、そんなひたすら泥まみれで報われない濃厚な第三帝国臭あるいは労農赤軍臭漂うゲームです。ぬるいFPSに辟易し、ヒーローがたった一人で大活躍して世界を救うとか言うリアリティーの欠如した脳みそがお花畑なゲーム(脳みそが東部戦線なのも如何なものか)に飽き飽きした方にお勧めです。あとソ連国防人民委員令第227号とか勘弁して欲しい類の指令が跋扈する東部戦線に放り込まれたい気の毒な殊勝な方にも。

 さらりと書きましたがドイツ軍シナリオがあるのが素晴らしいですね。一般的なゲームでは戦勝国たる連合軍しかシングルプレイがないゲームが大半を占めている中で敵味方両方あるってのは実に良いと思います。それから戦車に乗り込むことも出来るのですが、車長や砲手だけでなく機銃や操縦手など配置も選ぶ事が出来てなかなか良い出来です。車内の設備や乗員の動作なども細かく作りこまれており、操縦手がギアチェンジしたり左右の動力を切り替えて超信地旋回するさまなど、たまらぬ光景を手元に見ることができます。パンツァーフロントがお好きな方は車長になって砲塔を掠める徹甲弾の衝撃に神経を削られて、冷や汗をかきながらさっさと弾を込めろ、と今にもへばりそうな装填手を罵ったり、操縦手になって正面装甲板をノックする砲弾に発狂しそうになったりするがいいと思います。字幕は英語で音声はドイツ語だとなお良いのですが…英語音声だなんて…Scheisse!。COD初期の作品の雰囲気とこのゲームを足して2で割ったら凄く自分好みのWunderbarな作品になりそうです。とりあえず知ってるドイツ語を書いてみるという…。出典、MOH,RTCW,COD,Panzer frontなど…これは酷い。パウル・カレルを片手にやるとグッときそうです。

パンツァーフロントと言えば、
何この偏差射撃…予知能力者?って前も貼りましたっけ。記憶中枢が…。
http://www.youtube.com/watch?v=dXxMtKGW4s8


 DEAD ISLANDは美しいビーチのあるリゾートの島、架空のバノイ島を舞台にしたゾンビゲーです。高級ホテルや水上コテージなど常夏の島の観光地に何故かゾンビが…という設定で、えぇとこれ以上説明する必要があるんでしょうか、これ。
 殴ったり刺したりするので厳密にFPSかどうかは良く分かりませんが、一人称視点です。登場人物は交通事故で同乗者を死なせ、酒と薬に溺れて落ちぶれたNFLの元花形選手ローガンさん(登場時から酔っ払ってたので親近感が湧き一片の迷いもなく選択…おい)だとかホテル従業員(訳あり)だとか一発屋のラッパーとか容疑者を撃った経歴のある元刑事だとか、どいつもこいつも癖のある経歴の持ち主です。それら四人から選択可能で、それぞれ膂力や瞬発力など能力に特性がありますが、やる事はたぶん同じです。憐れな生ける屍を、改造したり修理した鈍器や刃物や飛び道具でぶちのめして危険からの脱出を目指し、アイテムを集めたり、助けを求める人を助けたり、見捨てたりしつつひたすら生存への道を切り開くのです。ショッピングモールに立てこもってゾンビと戦ったり、窮地を脱したり、という類のゾンビ映画が好きな方で所要スペックを満たしたPCをお持ちなら、やらない手はないかと。
 内容が内容なだけにグロテスクな、血や臓物や欠損などのゴア表現が多いので苦手な方はやめたほうがいいと思います。いや、題名とあらすじ見ればどういう人向けかはすぐ分かるか…。そんなゲームです。鈍器愛好家なら是非。とか言いつつローガンさんの黄金の右足をひたすら鍛え、あらゆる敵をアーネスト・ホーストばりのキックで倒すプレイに走っております。1対1で一撃目で相手がダウンすれば、あとは連打するだけで楽ですし、武器が損耗しなくて便利なんですもの。ただ、遠目にはどう見ても弱者をいたぶるチンピラにしか見えないのが悲しいところですが…。落とした財布から金を抜いてるし…。真面目にやらないと後半はしんどい事になりそうですな。

 はぁ…我ながら清清しいまでに暴力的かつ破壊的なゲームばかりですね。文化のかほりや知性の光が全く感じられない。世界に冠たるローマ人がこの様に時を過ごし、恥ずかしくないのか、などと己が身を振り返るも10分もすれば、いつものゾンビ並みにやる気のなさそうな緩慢な動作とは打って変わり機敏なマウス捌きで筆舌に尽くし難い残虐行為に走ってる訳ですが…。でもたまにシムシティとかしたくなります(ゲーム以外にする事はないのか…)。新作はでないのでしょうか。ゴッサムシティーみたいなろくでもない街を作りたいです。どんなだよ、と。RAGEも気になるので手に入れたらまただらだら書きます。


・巻き添え

 月に4日しかない休みに先方出張者の航空券予約ミスによって送迎と会食対応にでなければならないとか…急速に上昇する引き篭もり欲求値(一定値を超えると社会的に死ぬ)に抗いつつ、普段は温厚な私も、そんな無体な仕打ちをする輩はこの先、生かしておいても世の為になるまい、ならばいっその事唯一神たる我が、先んじて世の安寧を叶えるべく、と又吉先生ばりに地獄の炎に投げ込みたくなりましたが、給料日の事を考えて我慢しました。こういう時もっと適当な国の人ならば“HAHA、何言ってんだ。その日はファミリーとディナーがあるから無理さ。自分でタクシーでも拾うか、一昨日来やがれ”とか言うのでしょうか。良いなぁ、それ。今度はそうしようかな。私の場合は“HAHA、何言ってんだ。その日は○○の発売日で終わるまで部屋から出ないよ。とりあえず通常難度を終えてから来い”とか、そんな感じで。


・軍団兵イタリアを行く。第5回フィレンツェ

フィレンツェ 

 道中の丘陵上に構築された街。防衛上の理由によりイタリアの小さな町はしばしば丘の上にあります。
丘の上の都市


フィレンツェ


 古代ではフロレンティア(花の神の町)と呼ばれエトルリア人、そしてカエサルの軍団兵退職後の植民都市に端を発し、長じては毛織物業(たしか教科書ではチョンピの乱などが取り上げられてますね)や金融業で広く知られる共和制国家となった町です。
 フィレンツェ鋳造のフロリン金貨(13世紀半ばから16世紀初頭まで金の含有量が安定し、欧州各地のフィレンツェ資本の銀行の各支店で扱われた)などは当時のヨーロッパの貿易・商業の基準通貨となり経済的な面で力を持っていた一方で、文化の面でもダヴィンチやラファエロなどの芸術家、メディチ家が活躍したルネサンス期における隆盛が良く知られております。
 そういうガイドブックに載ってそうなことはすぐ忘れてしまう私は、アサシンズ・クリードでエツィオさんはこういう風景の中をぶらぶら歩いたり、悪党を暗がりに引きずり込んでもりもり抹殺してたのか…と感心しておりました。人の家の壁をよじ登りたくて仕方が無かったのは極秘です。

 さてまずは丘の上にあるミケランジェロ広場からフィレンツェ市内を見下ろす事にしましょう。ここにはゴリアテを撃破するという世界一有名な投石エピソードの保持者ことダビデ氏のミケランジェロの手になる彫像のブロンズ製レプリカ像があります。
 ダビデ レプリカ

 眺めは非常に素晴らしくアルノ川の向こうに市内を一望する事が出来ます。それから昔の市壁の厚みや構造などを確認する事が出来ます。
アルノ川より
防壁

 素晴らしい場所でしたが、言葉から察するに中国か韓国の方が団体で訪れ、ウェディングドレスを着た新婚夫婦を囲んで広場の横で大騒ぎを始め、巨大なクラッカーやら紙吹雪を使用した挙句、地面に散らばる大量のゴミを片付けもしないで次の場所に向かうと言う残念な光景が見られました。私が人の非常識をどうこう言えるかかなり怪しいところですが、流石にアレはどうかと…。恥ずかしくないのか、あるいはそういう羞恥プレイなのでしょうか。変態行為は結構ですが、おうちでしめやかに執り行って頂きたいものです。とはいえ、こういう人間にだけはならない様にしよう、と改めて思い起こさせてくれた事には感謝しています。善良な人間である事は難しいですが、少なくともこの様に積極的に悪逆非道を働く迷惑千万な様な輩とは一線を画した存在でありたいものです。

 サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂
外壁①
外壁②

 フィレンツェのシンボルとも言えるゴシック様式とルネサンス様式の建造物。高さ107m、とにかく巨大です。外壁は赤、緑、白と色様々な大理石で覆われ、往時のフィレンツェの強大な経済力を実感させてくれます。建造に百年以上かかったのも頷ける壮大な建物です。
 内部は外壁とは打って変わって地味な内装となっております。それでも広大かつ効果的に配慮設計されたその空間は信仰心の無いものにも厳粛な気持ちを抱かせ、建築家達の空間演出技術の高さにうならされるばかりです。
大聖堂入り口
大聖堂内部



 ジョットの鐘楼
ジョットの鐘楼

 高さ84m、大聖堂に併設されたゴシック様式の鐘楼です。馬鹿と煙は高い所に上りたがるそうですが、私も吸い込まれるように登ってました。エレベーターが無いので歩きです。狭い階段が城砦の防御塔内部を思わせニヤニヤしていたので疲れは感じませんでした。そういうときだけは非常に元気なのであります。
鐘楼の階段
鐘楼からの眺め①
格子が開いたら死亡
 格子を開けたら地面まで真っ逆さま。

鐘楼からの眺め②
鐘楼からの眺め③
鐘楼からの眺め④

 鐘楼の眺めが良いからといって訓練を受けていない人がイーグルダイブをすると死ぬので気をつけてください。エツィオさんは特殊な訓練を受けているのです。私が昇ったときは金網があって飛べなかったんですけどね。あと干草の積まれた荷車もなかったです。これがゲーム脳か…。


 馬鹿は置くとして、そういう風に思えるほどに書籍資料や絵画やゲーム中に見ることの出来る15、16世紀ごろの町並みと変わっていない(当然昔の姿は見たことが無いのでそう思うだけですが、えぇと…糞尿を道路に撒き散らしたり、酔っ払いが倒れてたりすればもっと中世都市のリアリティーが出ると思います)のが素晴らしいですね。
広場の町並み
きのこパスタ
フィレンツェの路地

 それを維持する為に大変な労力と費用を投入し、かつ不便に耐えているのだとは思いますが、その価値はあると思います。日本も要所要所にそういう町並みや景観を保存して維持している美しい場所がありますがこれほど広大な都市全体が取り組んでいるところはあまり無いような…。発展と引き換えですかね。

 ヴェッキオ橋
ヴェッキオ橋
ヴェッキオ橋より

 14世紀の建造でアルノ川に架かってます。橋の上に家がくっついているのが特徴で、商店街のアーケードの様になっており、今も営業しております。

 サンタ・クローチェ聖堂

 13世紀末に建造開始されたゴシック様式のフランシスコ会の教会ですが、ファサード(教会正面部分)は19世紀のネオゴシック様式だそうです。看板だけ色大理石で装飾されてるってことですな。ミケランジェロやガリレオ、マキャヴェッリなども埋葬されており、別名イタリアの栄光のパンテオンというのだとか。目の前が広場になっておりカフェでビールを飲みつつしばしぼんやりしておりました。んまい!
サンタ・クローチェ教会
またビール飲んでる

 市内散歩

 アルノ川に出たり街に入ったりしつつその景観を楽しみました。途中でヨーグルト味のシャーベットとレモン味のシャーベットを食したり。
市内散歩②
市内散歩①


フィレンツェの路地②

 薄暗い小道。こういうところを名だたる芸術家達や、メディチの密偵とかバチカンのスパイ、こっそり潜入したコンドッティエーレの隊長やらが行き来したのでしょうか。たまらぬ雰囲気です。

 シニョーリア広場

 サヴォナローラが処刑されたのはこの広場です。サヴォナローラ師匠リスペクトの方も火の試練に挑戦しようとするとカラビニエリやら何やらにこんこんと説教を喰らうと思うので止めておいたほうがいいです。
シニョーリア広場とヴェッキオ宮殿

 ヴェッキオ宮
ヴェッキオ宮殿内部

 広場に向けて建てられた威圧感のある大きな建物がヴェッキオ宮で市政庁舎として使われたこともある建物です。1478年にメディチ家のロレンツォをサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂におけるミサの最中に暗殺しようとしたパッツィ家の皆様ならびに関係者ご一同が窓から吊るされたのもここです。内部はこんな感じです。装飾がなかなか凝っています。
 奥には500人大広間などがあり、X線調査によりレオナルド・ダ・ヴィンチの幻の壁画アンギアーリの戦い(1440年、フィレンツェとミラノが交戦)が東壁面の二重壁の奥に隠されているらしい事が判明したそうで、実に見てみたいですね。でもそうするとジョルジョ・ヴァザーリのシエナ攻防戦の絵をどうやって外すのかが難しそうです。ルーベンスの模写

 ロッジア・ディ・ランツィ

 三つのアーチが連なる野外彫像展示場。待ち合わせとか休憩に使われているようです。
ロッジア・ディ・ランツィ

 
 コジモ・デ・メディチの彫像 なんとも良い甲冑ぶりで。
コジモ一世



 そういや少し前にここの大聖堂に自分の名前を落書きした学生が批判・処分されてましたが、マジックで書くなんてしょぼい事はやめて、次からは己の名や一族の名を冠した壮大な公共建造物を私費で随所に建てたローマ人を見習って頑張ってほしいものです。街道とか浴場とか競技場とか広場とか。
 
 と、そんな具合でございました。あれですな…物価がもっと安くて高速回線があってアマゾンが来るなら住みたいです。世界有数の古都を訪れた感想がそれか…。

 次回第6回は水の都、あるいは海の都こと地中海最強の海軍大国ヴェネツィア共和国です。

 長い、長すぎる。怪文書か、何かの嫌がらせかってくらい長いですね。瑣末な事を可能な限り誇張し、無為に肥大化させる癖が。フランシスコ・デ・ケベード先生にゴンゴラの手先かお前は、となじられる事必至です。理系の人が書いたら3行で始末できそうですね。でも、もう少し頑張れば、ある意味で様式美になりそうです。デマゴーグとかプロパガンダ的な意味で。
 目指せ、宣伝省(Reichsministerium für Volksaufklärung und Propaganda)!

 
 さて来週は内地より来る偉い人の随員を務めなければならないので、猫を被ったり、頷きマシーンと化したり忙しいらしく、次がいつだかさっぱり分かりませんが完成したらまたお会いしましょう。
 
 総員抜刀、吶喊! Vive la France! Vive l'Empereur!!

失われし都

 
 どうも、こんばんは。
 公式サイトでダウンロードできるS.T.A.L.K.E.R.のサントラを聞きながらウクライナの原野に思いを馳せ蒸留酒を飲むのが、最近の帰宅後の日課です。新作はいつ出るのでしょう。

 今週も何事もなく、と言うわけには行きませんでしたが、何とかくたばらない程度には過ごす事が出来ました。

 どうにも抽象的な表現になりますが、常識的判断と言うものから逸脱しつつある様で、またしばしば自身がそうなっている事に気づかないため、世間一般の常識や良識に照らし合わせてあまりにも”素晴らしい”行状が多々ある模様。主因の一つとして大概のことは大した事ではない、などと切り捨てる傾向がよろしく無い様で、これは気をつけなければなりませんな。お約束の様に宣言を履行するつもりは全くないのですけれど…。本当に不真面目なやつですなぁ…。


・犠牲獣

 題名と全然関係ないですが、寄生獣を読み返したくなりました。そして岩明先生と言えば、そろそろヒストリエの最新巻が出るのでしたっけ?また記念の絵を描きたいです。次は大王とその騎兵達が良さそうですね。砂塵を巻き上げ、長槍を手挟み、先陣を切る王の背を追うヘタイロイ達、想像するだにグッときます。

 さて、土曜に仕事の都合で現地イスラム教徒主催の地鎮祭に参加することに。私は毎週土曜は午前の会議と仕事を終えたらインターコンチネンタルの免税店に直行して一週間分の命の水(酒)を買って帰るのですが…唯一無二の休みである日曜日は店が休業で、土曜も四時に閉まってしまうので早く帰りたかったのに、付き合いで仕方なく…。で、会場のだだっ広い建設予定地に小さな穴が掘られておりまして、その周りにご馳走や飲み物(チッ、やっぱり酒はねぇのか…)を置いたテントとテーブル、来賓用の沢山の椅子が並んでいると…。やがて居並ぶ参列者の前にイスラムの聖職者と小刀を持ったその御伴が縄で繋がれた山羊(その場の誰よりも何が起こるかを理解して諦観の境地に達した様な、あるいは悟りに満ちた様な目をこちらに向けている)を引っ張ってきて・・・。

*ここまで読んで賢明なお客様は何が始まるか大体想像がつくと思いますが、ここから先は血や臓物を想像するのも苦手だ、という方は読まないほうが良いと思われます。
 
 案の定、穴の前で祈りの言葉を唱え始めた聖職者の脇で、係りの方が山羊の首根っこを抑えて穴の縁に引き倒し、諦めきった彼あるいは彼女(山羊)の首を喉からギッコギコと…。そういう儀式をやるなら最初に言おうよ、呼んだ奴が血を見ただけで倒れる様な輩だったらどうするのよ、と私を招待した方に忠告しようかと思いましたが、英語や現地語でそれを説明するのが面倒臭かった(語彙が決定的に足りない)のでやめました。

 粛々と進む血みどろにして神聖な儀式のさなか私は目の前で屠られる山羊を横目に嗚呼、もう閉店時間に間に合わない、今週はウィスキーとワインはお預けだ…クソッ、酒神バッコスは我を見放したのだ、などと多神教の神に呪詛の言葉を呟くと言う、いつも通り我ながら最低な不信心者っぷりを発揮しておりました。
 間に合わないのなら仕方が無い、ムスリムよ、それならば異教徒としての見地からとっくりとこの儀式を見せてもらおうじゃないか、と最前列まで近づき、犠牲獣の首がゆっくり掻き切られ、鮮血が迸り、溢れ、やがて地に染み込んでいく様を見守ることにしたのでした。
 学生時代の解剖の授業や通学の道中見かけた事故の死骸などを除けば、生き物が屠られる様を間近でじっくり観察するのは初めてでしたが、その瞳から光が消え、手足が小刻みに痙攣し、皮を裂かれ、肉を破られ、僅かに開閉する気管や脊髄、筋肉、血管などが露出してやがて死に至る様を見て、嫌悪感や気持ちが悪いだとか、憐れだとか思うよりも中身はこうなっているんだな、と幼い頃に生物図鑑や百科事典で見たものを思い出しておりました。それから執行人の如才ない技、左手で頭を抱え込み、右手を前後させる動作などを勉強になるなぁ(何の!!)と感心しながら眺めておりました。
 その後、喉から半分以上切れ込みを入れられて、既に事切れ力なく垂れ下がった山羊の首は淀みない所作で骨ごと捻じ切られ、穴の中へ埋められたのでした、脇でコンクリートがこねられて関係各者がブロックを積むと生贄の儀式は終了しました。それからさきほどの聖職者が再び祈りを捧げ、私には聞き取れない速さの現地語でスピーチ、周囲の人が笑っていたのでおそらくはジョークを交えつつ、会場を沸かせ、食事会が始まったのでした。儀式はそれで終わりです。ローマ人的には残った胴体のほうは食べないのかな・・・とちょっと期待したのですが、どこかへ持ってかれてしまいました。香草や岩塩をすり込んで焼くと美味しいのではないかと思います。
 
 日本の伝統的な斬首(竹鋸引きみたいな特殊例はおくとして)の様に一撃の下にスパッと切断するのではなく、ゆっくり裂くのは地面に血を染み込ませるためなのかもしれません。それから、ふとイラクなどで武装勢力の人質になった人々の無惨な最期の過程とその一連の流れを思い出し、歴史・慣習・宗教的なルーツはこの辺にあるのだろうか、などと思い返しておりました。

 我ながらいまいち何が言いたいのかわかりませんが、端的に結論を申し上げると儀式は結構だが、通常の業務時間内にやってくれ、と。週一回しか命の水を買いに行けないのだから…。相変わらず全くぶれない、いつも通りの愚痴と言う…きっとこういう目先の事しか考えない私の様な輩がグローバル化だとか文化の相互理解だとかいった交流や平和を希求する尊い試みを阻害するのですね…ひでぇ感想だな…。


・軍団兵イタリアを行く、えぇと第4回でしたか?

 さて、予告どおりポンペイへと参りましょう。

 最盛期に2万人の人口を誇り、79年8月のヴェスビオ火山噴火によりあっという間に火山灰の下に埋もれてしまったがゆえに、当時の姿を現在も留めているタイムカプセルのような都市です。
 都市としての起源は古代イタリアのオスク族が建設した町に発し、ギリシア人やエトルリア人、サムニウム族の拡張を受けて最盛期を迎える事となりました。

 巨大な闘技場や荘厳な神殿だけではなく当時の町並み、庶民の人々の身近な暮らしを知ることが出来る貴重な遺跡です。ローマ人が、その一般市民が住んでいた住居を見学することが出来るのは何とも不思議な気分です。風呂屋のロッカールーム、飲み屋のカウンターやメニューの金額、壁のフレスコ画、そして落書きに床のモザイク画、両替所のレート表、売春宿のコースなど興味の尽きぬ遺物が無造作に。もう少ししっかり保存しなくて良いのでしょうか…。つい最近も黄金宮だか、どこかが崩落してたような。大丈夫かイタリア・・・。ああ、でも日本も金閣寺とか燃えてましたっけ。最近もどっかの古い寺が盛大に焼失してたような…。何処も同じか。

 さて、御託はおくとして、街を彷徨うことに致しましょう。

 その前に腹ごしらえ。
ツナとトマトのパスタ


 今回はポンペイの西門、マリーナ門(その名の通り海に向かっており、海上輸送を経る物資の輸出入に使われました)より市内へ入ることに。
マリーナ門
 右が車道、左が歩道で、周りは物資の倉庫です。

舗装道路
 よく整備された道を東に進んでいくと右手に大きな建物が。
バジリカ
バジリカ、裁判や商取引を司ったローマの典型的な公共施設の一つです。
化粧張り
側面には当時の化粧張りが残っております。コンクリートや煉瓦の塀を大理石の装飾板で覆っていたという訳です。
フォルム、ユピテル神殿
 道に戻り、そのまま進むとポンペイの中心、フォルム(広場)に出ます。
 左手の北を見ればユピテル神殿とヴェスヴィオ山。
フォルムの列柱
 右手を見れば政庁跡を仰ぎ見ることが出来ます。
政庁跡

ティベリウス門
 こちらは北市街への入り口ティベリウス門です。

両替所
 地中海各地の物資をアッピア街道から帝都ローマへ循環させるのがこの都市の役目であったため、取引に用いられた各国の通貨はここで両替されました。両替所の右脇がグルメ御用達、食料品市場の入り口です。

食品市場のフレスコ画
 食品市場の壁面は魚や肉など食品の絵や装飾のフレスコ画で覆われています。

保存状態の良いアーチ
 市場で買い物を済ませたら汗を流しに行きましょう。
わき道

 公衆浴場の中は運動場なども完備され、とても過ごしやすい場所となっております。
公衆浴場の回廊

 こちらは冷水浴場
冷水浴場
冷水浴場の装飾

 温水浴場でのぼせたら水盤のそばで涼みましょう。
温水浴場の水盤
 天窓からは今も昔も日光が燦燦と降り注いでおります。
天窓
天窓2
天井装飾
 
 一風呂浴びたら軽食堂へ。フォカッチャにオリーブや魚でもつまんでワインを。カウンターのくぼみに料理などが入っておりました。カウンターの内側には大抵看板娘がおり、客の目を引いていたそうです。また、交渉次第でウェイトレスと二階や店の奥で愉快な時間を過ごす事も可能だったようで。ワイン小瓶一本分(8アス、通貨単位については後述)がしばしばその対価として支払われたそうです。
軽食堂
 食事をしたら水道で口を漱いで、18才未満禁止の場所へ向かいましょう。大人には大人の楽しみがあるのです。
井戸
 寄り道して人の家の装飾を堪能。
室内装飾
わき道2
 それから、ついでに明日のためにパン屋でパンを買っておきましょう。ここには石臼が残っており、炭化したパンなども発掘されたそうです。
パン焼き釜

 ポンペイにも格差社会(奴隷の供給が前提の都市なので当たり前ですけれど)が…。こんな素晴らしい中庭を持つ邸宅に住むとは…。
嗚呼、格差社会
アトリウム
 アトリウムの水盤には水を張るだけでなく魚を飼ったり、花びらを散らしたり列柱にカーテンを垂らすなど家主や奥方のセンスが問われたそうです。

 さて、娼館に到着です。ゲルマニア、ガリア、シリアにエジプトの娘達、世界の美女がお望みのままに!
売春宿へ
 どの様なコースに致しましょう、と言う具合に色々な体位のフレスコ画があります。外国のお客様など言葉が通じなくてもOKです。
お客様、どのようなコースをお望みで?

 ウェヌスの恵みを十分に楽しんだ後は神々への感謝をお忘れなく。街路のあちこちにあるくぼみは小さな祠、神棚みたいなものだそうです。かつては小さな神の像が置かれていたそうで。
祠
 
 ポンペイ市民の快楽は尽きるところを知りません。今日は観劇を致しましょう!
劇場
劇場座席
 劇場裏の広場を囲う列柱回廊を抜けたら、ポンペイの外縁へ。
列柱回廊
ポンペイ外縁

 またのお越しをお待ちしております。ポンペイ市観光局一同。

 おまけ、土産物屋の猛犬注意のモザイク画レプリカ。オリジナルは別の場所です。
猛犬注意、レプリカ


 非常に見所が多い場所なので全てを周ることは出来ませんでした。またいつか訪れたいと思います。
ポンペイでこの有様、もっと沢山写真を撮ったローマ市内はどうなる事やら…。FC2の中の人に容量の事で怒られないと良いですね。

 さて、今回の訪問先の一部を復元致しましたのでよろしければご覧下さい。

ポンペイ復元完了

以下pixivより

ポンペイの四辻にて

 今日は算数とぎりしあご語のべんきょうをしました。むずかしかったけどがんばりました。近所のまるくすがいねむりをして先生にたくさんぶたれていました。おべんきょうの後はお父さんと市場に行って神さまにささげる鳥を買いました。ひよこがほしかったのに買ってもらえなくてざんねんでした。でもおやつのあげぱんが甘くておいしかったです。小さな犬に分けてあげたらよろこんでいました。それからお父さんがいやらしい目で知らない女の人を見ていた事をお母さんに言おうかと思ったら、なぜかあげぱんをもう一つ買ってもらえました。かえった後はどれいのるふすとけんとうしごっこをしました。お母さんはいつもお人形であそびなさいと言うけどいんすらのかいだんからふざけてころげおちるるふすがおもしろかったです。その後みんなで食事をしてたくさんお話をしました。明日もおもしろい一日になりますように。
――アッボンダンツァ通り第四区画、“赤い壁の家”出土の日記

――法螺ですが。先日ポンペイを訪れて感ずるものがあったので。ポンペイ(現ナポリ近郊)は79年8月25日ヴェスヴィオ火山噴火の際、火砕流で住民もろとも一瞬にして灰に埋没し、永らく忘れ去られていた都市です。悲劇的な最後を遂げた一方、埋没した事により破壊や盗難を免れ、当時の都市の姿をよく止めており、裁判所、役所、劇場、浴場、商店街、広場、酒場に娼館、大邸宅に集合住宅、落書や食堂のメニュー等が、2,000年前の人々が今の人間同様、人生に苦しみ、そして大いに楽しんでいた事を雄弁に物語っております。アッボンダンツァ通りの復元図を参考に、撮った写真をほぞ穴など考慮せず想像で勝手に復元したものです。やはり平和が一番ですね!和みます。(何と言う説得力の無さ…)

――本日のIRBC"古代ふれあい街歩き"は帝国本土第1行政区ラティウム・エト・カンパニアはポンペイよりガイウス・プリニウス・セクンドゥスさんの語りでお送りします。また、次回放送予定の"属州キリキア州都、東西の交差点、魅惑の街タルソス"はネロ帝ソロライブ生中継により急遽延期となりました。堅忍不抜の帝国市民の皆様におかれましては何卒ご了承下さい。

――”狩をして、風呂に入り、ゲームをして、友と笑う、それが人生だ”パルティア人ローマ支援軍退役兵を中心に建設された植民都市ティムガッド(現アルジェリア、バトナ近郊)のフォルムで発見された落書より

以上

 人生とはゲームをして笑うこと(都合よく端折り過ぎだろ…おい)、と2000年前の先達も仰っているので間違いありません。パルティアの古強者の折り紙つきです。
 つまりWith Fire and Swordで「HAHA、残念!外れだったな!!二発目はあの世で込めろ!」などと抜かしながら初弾を外した憐れなマスケット兵の頭を物凄く切れ味の悪そうな重いサーベルでかち割ったり、ギャロップで駆ける馬上から逃げ惑う敗残兵を5mはあるんじゃなかろうかという馬鹿長い騎兵槍で無慈悲にも串刺しにしてゲハハなどと微塵の憚りも無く下品きわまる哄笑を放つのは何らおかしな事ではなく、人生なのであります!Fateは文学、クラナドは以下略(どちらもやった事ないのですけどね…)なのであります。
 
 ここまで、読み返してみて、あぁこれがゲーム脳ってやつか、マジでおっかねぇな、などと他人事の様に呟きそうになりましたが、ゲームが脳に悪影響を与えるとか、残虐なゲームが子供の情操教育に良くないなどと唱える方は決定的な間違いを犯しているので御座います。そんなものに染まる他愛の無い脳みそ及び経験値の持ち主は“もともと”そういう輩だったのであって、どちらにせよそうなるべく生まれ、そして育った、あるいは育てられた、のです。私が言うのだから間違いありません。えぇ。あれ…?、何だろう目から汗が…。
 故に単なる戯れであるところのゲームを規制するなど、何らの意味も持ちません。むしろガス抜きを失った危険人物を野に放つようなものです。よって保護者各位におかれましてはその様なものに骨抜きにされる様なつまらぬ人間を育てるのではなく、所詮遊戯と解した上で、鼻で笑いつつ楽しめるくらいの余裕を持った、確固たる揺ぎ無い豊かな人間性の持ち主を教育すべきなのであります。それが出来なかった責任はゲームのせいではなく、当人と然るべき免疫を与えることの出来なかった保護者の無能と怠慢に帰するべきであり、声高にゲームの悪影響を訴えることはつまるところ自らの教育能力の低さを殊更に強調することに他ならないのです。
 
 さておよそ信じ難いほどに偉そうな事を力説して結局、何が言いたいかというと、ゲームがあろうがなかろうが、駄目なやつは駄目だし、立派なやつは立派に生きていくだろう、と言うことです。切り裂きジャックや都井睦雄が活躍した時代にXBOXやPS3、GTAやPOSTALがあったでしょうか…つまり、私については諦めてください。
 Oh....。 

 でも例の妹が365人登場するとか言うゲームは色んな意味でどうかと。
 嗚呼、日本は行き着くところまで行ってしまったのだ。わが祖国、遥かなり、などと遠い目をしそうに…。
 何かの冗談だと思って検索してビールを噴きそうになりました。今年は相当酷い目にあってる割に日本は平和で良いですね。
  
 えぇと何の話でしたっけ。あぁポンペイでしたね。凄い脱線っぷりです。

 とはいえ大体、書きたいこと(描きたいものも)はやったような気がするので枝葉末節の情報、いつも通り現代社会を生きるうえで全く役に立たない情報を垂れ流すことと致しましょう。

 前回のローマ支援軍兵士の年間の最低賃金が1,000セステルティウス(戦果により加算があったと思います)というのを念頭に休暇の兵隊がポンペイなどのローマの都市でどんな休日を過ごせるか考えて見ましょう。*参考資料:古代ローマ人の24時間P294から。
  
 1セステルティウス青銅貨=2ドゥポンディウス青銅貨=4アス銅貨=8セミス銅貨=16クアドランス青銅貨というのが、アウグストゥス指定の貨幣制度でした。
 公務や高級品などにしばしば使われた高額貨幣は1アウレウス=25デナリウス=100セステルティウスとなっておりました。
これら通貨単位はローマが征服を通じて繁栄を謳歌していた時代には大きな変動は無かった様で、2世紀初頭の五賢帝時代までこのままだったそうです。そのあとは社会の混乱や経済状況の悪化により、銀や金の含有率が下がり、貨幣価値は大きく変動しました。

 さて、
 休みといったら酒です。普通のワインは1Lで1セステルティウスだったそうで高級なものはその二倍だったようです。
 パンは1kgで0.5セステルティウス(2アス)。
 野菜スープが0.25セステルティウス(1アス)
 風呂の入場が0.25セステルティウス。(トラヤヌス浴場が1クアドランスとの記述もあり)
 ウェイトレスのお姉さんと遊ぶと2セステルティウス(8アス)

 5セステルティウスもあれば末端の兵隊であろうともかなり楽しむことが出来そうです。たまの休みにそれくらい使うなら生活に支障はなさそうですね。
 そういや宿代などはどれくらいだったのでしょうね。宿営地に帰るだとか、どこかで軒先を借りるなどしない限りもう少しかかるかもしれません。

 pixivの文中にある、いんすら→インスラは当時の集合住宅で今で言うアパートとかマンションの事です。現代と違うのは電気、ガス、水道(稀に1階のお金持ちだけ。個人水道は特権階級のもの)、ネットがない事くらいですかね。現代のお金持ちは見晴らしの良いビルの最上層に居を構えますが、インスラは水の汲み上げ、中庭や居住性、火災などの安全性、といった様々な理由から最下層に大家や富裕層が住んでおり、上層に行くにつれ部屋の質は低下し、貧困層の住まいとなっておりました。ローマ市内の集合住宅はしばしば5階や6階を超え、常に倒壊や火災の危険を孕んでおりました。ときの皇帝が何度も高度制限の布告を出したそうですが家賃収入増加の魅力に抗える大家は少なかったようです。

 それから市場への買い物は一家の財布を握る家長である父や夫の仕事だったそうです。一方の女性は寡婦など外で働かなければならない人を除いて家やその付近で過ごしていた模様。
 平民の初等教育は街中の列柱回廊などを借りて蝋字版などに書き込んで行われたそうです。内容は読み書きそろばんで、富裕層の師弟はギリシア語や哲学、弁論術、修辞学などを家庭教師を招き修めたようです。一般市民向けの教育はごく基本的なものに過ぎなかったようですが、一説には基礎的な計算と識字能力を備えた人間がイタリアにこれほど多く存在した時代は近世、近代に至るまでなかったようで、ローマと言う国の底力を実感できます。
 教師は大抵ギリシア人あるいはギリシア人奴隷、それらに教育を受けた者などが司り、街頭授業の給料はあまり良くない為、代筆などをして身を立てていたそうです。

 さて、今回はこの辺で。
 次回は軍団兵イタリアを行く第五回「花の都フィレンツェ」をお送りしようと思います。

 何だかまた面倒臭そうな仕事の話が入っているのでいつになるか分かりませんが、何ぞ出来ましたらお会いしましょう。

 ローマ帝国市民の皆様に良き一週間あれ。
軍団兵履歴

Legionarius

Author:Legionarius
主に世界史・戦史(東西問わず)の絵を描いております。

形式:Legionarius
状態:製造年月日から30年以上経過
使用燃料:Laphroaig,Bowmore,
Ballantine(12年が好ましいが財布が薄いのでfinest)
エンジン形式:惰性型酒冷4ストロークバルブ108気筒
始動形式:諦念あるいは深い溜息
搭乗機:CBR600RR07白→CBR1000RR2012に機種転換(乗り手に過ぎる良い機体ですがハイオクは財政が……)

音楽:(Bill Evans, Miles Davis, Dvořák, Linkin Park, Rammstein, Killswitch Engage, Enigma外)気に入れば何でも。

書物:ノンフィクション、歴史(ローマ史、古代ギリシャ,WW2外)、SF(ホーガン、ハインライン外)、最近はOsprey社の本ばかり。主にマクブライド先生のやつばかり。

漫画:(大陸軍は世界最強とかアララララーイとか)雑食。

ゲーム:ROME TOTAL WAR、MEDIEVAL TOTAL WAR
     CALL OF DUTY、S.T.A.L.K.E.R、SILENT HUNTER外

好きな陛下:Marcus Aurelius Antoninus、Flavius Claudius Julianus
好きな甲冑:ロリカ・セグメンタータ
好きなヴァンツァー:フロスト
好きなマクナブ:受領通知!!、カチカチ、カチカチ、続刊はいつですか。
以下、好きなギボン、サトクリフ、パウルカレル、スティーブンハンター、フォーサイス、ルカレ、エルロイなどと八万行に渡って続くので割愛。

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