現在を享楽せよ


現在を享楽せよ。明日のことはあまり信ずるなかれ
――クィントゥス・ホラティウス・フラックス

あまりに刹那的というのもまずいのでしょうけど。
過去を悔やんでも現在は変わらぬし、未来は朧の中。
要はバランスですな。

どうもご無沙汰しております。
国内出張やら、珍しく海外旅行に行ったりしておりまして、大分間が空きました。

全然関係ないですけど焼きカレーっておいしいですね。
ジジ・セラーノ
自由が丘のジジ・セラーノにて。


・銀河帝国の提督とドイツ、オーストリアを行く

という訳で、我が同志Moff Taka氏の有難き提案によりドイツ、オーストリアに行って参りました。
旅程は羽田発→フランクフルトで乗り換え→フリードリヒスハーフェン→鉄道にてウルム、ミュンヘンを経て軍事都市ウィンドボナことウィーンへ。私の仕事の都合で短期間となってしまい、スケジュールの調整など大変手数をおかけし、申し訳ございませんでした。

旅の主要目的は
①Moff Taka氏の長年の夢であった飛行船に乗る事
②カルヌントゥムを訪問し、第ⅩⅣ軍団ゲミナの基地を視察する事
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%8C%E3%83%B3%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%A0
③バッコスに誘われるままにビールや葡萄酒を飲み、そして喰う
などの実績を解除することであります。
まったく、世界のどこへ行ってもやりたい放題ですな。
人の子らよ、今ぞ見よ、地球の随所にて自由飲酒主義を貫くこの気高き姿勢を!
この調子で自侭に生き、放蕩の限りを尽くし、酔生夢死の方向で行く所存であります。

しかし日本語もまともに読み書きできるか怪しい私が英語圏ですらなくドイツ語圏とは……。
知っているドイツ語と言えばヤー、ナイン、グート、ウンダバー、バウムクーヘン、ゲマインシャフト、パンツァーカイル、ネーベルヴェルファーくらいのものです。あとはザニテイター!!とか。
己のあまりの語彙の豊富さに眩暈がしますね。
それでどうやって会話せよというのか。
戦友が負傷した時に衛生兵を呼ぶくらいしか出来ないという……。

そもそも日本でも勤務時間以外そんなに話すかと言われれば……酒とか弁当を買う時にポイントカードあります?とか箸は?とか聞かれて、はい、いいえ、いらんです、くらいしか喋らないのでどの国に行っても実は同じなのではないか……。
1日の人間との会話がそれだけというのも中々シャープな感じで大変アレですな。
たまに業務の受け答え以外の話し方を忘れて普通はどうやって人間と会話するんだっけ、などとグルグルと考え込む事があったり。別にそれで困りはしないので良いですけど。そういう脳に刺激の無い生活をしていると早々にボケるでしょうな。

全然関係ない話に……いや、Moff Takaさん色々とご手配ありがとうございました。
私は特に何をするでもなく氏の手配に従って金魚のフンみたいにほいほい後にくっついて行っただけで、大変楽でございました。種々雑多な準備差配、重ね重ねですが誠にありがとうございました。
ニヤニヤゲラゲラしつつ、ゲルマニアとダヌビウスを巡るのは実に愉快でした。

初日は飛行機で移動するだけなので国際線11時間、ドイツの国内線で1時間弱、缶詰でありました。
残念ながら私は石油王ではないので私物のジェット機は持ってないし、ファーストクラスだか何だかの広い席にも座れぬのです。エコノミークラスで延々と酒を飲みつつ映画を見たり本を読んだりしておりました。
白鯨とオデッセイとレヴェナントあたりを見ましたが、どれも面白かったです。

で、最初はフリードリヒスハーフェンな訳ですが、あまり大きな街ではありません。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%92%E3%82%B9%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%B3
人口6万前後、ボーデン湖に面した静かな町です。
フリードリヒスハーフェン①

ドイツ入国手続きの際に日本からわざわざフリードリヒスハーフェンに何しに行くんだと尋ねられるくらいですから、観光地としてはマイナーなのですかね……。飛行船に乗りに来たと答えたら、わざわざ日本から?と再度聞かれるという……そうなんですよ、いるんですよ、わざわざ日本から飛行船目当てに行く様な珍奇な輩が……本当に信じられない話ですよね……いや私達なんですけども。確かに現地にはアジア人自体があまりおらず、物珍しそうに見られたり、自分が“外国人”なのだな、と再認識しました。

ボーデン湖と言えば一般的にはレヌスことライン川と接続し、我がローマ海軍の河川艦隊が拠点を置いていた事でも広く知られておりますな(どの辺が一般的なのか!)。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%B3%E6%B9%96

wikiにもあるようにこの町はツェッペリンのもと航空機産業によって栄えたそうで、街中で彼の銅像や飛行船のオブジェや
ポスターなどが見られます。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%84%E3%82%A7%E3%83%83%E3%83%9A%E3%83%AA%E3%83%B3

到着した時は既に夜でしたので、珍しく酒も飲まずにそのまま眠り……。
そして朝早く起きて街を散策する事に。
地理がよく分からないのでとりあえず歩くという(原始的)実践的な発想が我々らしいと言えばらしいですが。

街の北部に位置する宿から30分とかからずに湖に出る事が出来ました。
フリードリヒスハーフェン②
太陽が眩しい、湖畔はいかにも観光地然としたカフェやレストランが並んでおり、観光客で賑わい、遊覧船などが着離桟しておりました。馬鹿と煙がどうこうとかいう法則に違わぬ私は展望台に吸い込まれる様に接近し、勝手に昇っていいのだろうかと思案する
同志を横目に“とりあえず昇って、怒られたら降りれば良い”などと大層不遜な行動基準を露わにしたのであります。
フリードリヒスハーフェン③
わぁい高い所、Legionarius高い所大好き。
大層綺麗な景色でした。
フリードリヒスハーフェン④
で、湖まで出たら今度は北に引き換えしローマ帝国空中艦隊基地飛行船の格納庫へ。
バスの路線などがよく分からんので、てくてく歩くという……歩兵だからね、仕方ないね。

格納庫、でかい、飛行船、でかい、格好良い!
飛行船①
いや、感想が小学生並みなのはあれです、本当に美しいものや凄いものに出会うと人は言葉を失うとか云々、そんな感じのアレです。決して私が見た目は大人、頭脳は子供、な残念無念な人間であるとかそういう事ではないのです。

格納庫に併設された受付でフライトのチェックインを済ませ、安全に関する説明を受け、飛行船のイメージ動画などを見ると、いよいよ飛行場に出る事が出来ます。飛行船の発着場は実に独特な形をしておりますが、これは地上に着陸する飛行機と違って飛行船は僅かに浮遊し、機体(船体?)前部のみ地上に繋ぐ為、風を受けるとそこを中心にぐるぐると機体が回転する(鯉のぼりの様に尾を振るというべきか)為です。
飛行船②
飛行船④
乗り降りは機体重量やトリムを一定に保つ為に2人降りたら2人乗るという具合に前のフライトに参加した客と順番に入れ替わっていくという方式を取ります。

グロスで10.69t、載貨重量は1.9t、ほか性能諸元はこちらを
https://en.wikipedia.org/wiki/Zeppelin_NT
グローブマスターみたいに沢山積んで飛ぶって訳にはいかぬようですけど、航空機の運用や設計は皆どれも重量との戦いなのでしょうな。
https://ja.wikipedia.org/wiki/C-17_(%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F)#.E4.BB.95.E6.A7.98
昔はもっと巨大な飛行船が世界の空を飛んでいたようです。
https://en.wikipedia.org/wiki/LZ_127_Graf_Zeppelin

出発、ボーデン湖を中心に1時間ほどの遊覧飛行。
ボーデン湖上空①
ボーデン湖上空②
ボーデン湖上空③

リンダウ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%80%E3%82%A6
快晴!素晴らしい……やはり日頃の行いが良いので神々もそれに報いてくれたのでしょう!(匂い立つこの嘘臭さよ!)
翼を用いる飛行機とは飛行の原理が違うので、エンジンは推進や旋回に使用されます。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8F%9A%E5%8A%9B
そのせいか思ったより静かで快適な乗り物です。投影面積がでかいので強風の日は危ないでしょうけど。
飛行船③
着陸時にその立体的な機動性の高さをまざまざと見せつけられ驚きました。最新のジェット戦闘機がノズルをぐりぐり動かす様にプロペラの方向を自在に変える事で上下左右にスイスイと移動できるようです。

ボーデン湖上空④
ボーデン湖に注ぐレヌス(ライン)

ヨットが沢山おりました。青い空、碧に輝く湖、湖畔の街並み、何と素晴らしき景色哉。
降りた後は乗客の皆とプロセッコで乾杯。
フライト全体で一人450ユーロとお安い遊びではありませんが、海外自体が5年ぶりですし、一生に一回出来るかどうかという経験なのでたまには良いでしょう。同志Moff Taka氏はまた乗りに来ると堅く決意しているようでありましたが。

その後は格納庫でビールを飲み、湖畔のツェッペリン博物館(入館9ユーロ)へ。
飛行船の歴史、技術的経緯、資料、再現コーナーなどを楽しむ事が出来ます。
飛行船⑤
エンジンテレグラフですかね。
飛行船⑥
ヒンデンブルク号のラウンジ。窓から地上を見下ろすことができたのでしょう。
飛行船⑦
超格好いい…
ツェッペリン

夕には湖畔のレストランで食事。
ボーデン湖 レストラン①
ボーデン湖 レストラン②
そして外で酒や茶を飲みながら葉巻を吸う。やりたい放題ここに極まるという感じですな。
頽廃が過ぎたのか、ユピテル神の機嫌を損ね、空模様があっという間に怪しく……。
強風に雨と荒天に見舞われ、駅で何とかタクシーを拾って宿へ。
翌日は鉄道で長距離移動なので酒をちょろりと飲んで(少しとは言ってない)寝ました。

フリードリヒスハーフェンの駅からウルムへ
フリードリヒスハーフェン駅
南ドイツの眺め

ウルムからミュンヘンへ、ミュンヘンからウイーンへ。
自由飲酒主義とは
ミュンヘン乗り換え
欧州の車窓から
車中でもビールを開けたり、ポテチを食ったり、愉快に過ごしました。
自由飲酒主義者は時間・空間に囚われぬのだ!
自由飲酒主義貫徹

そこかしこで目にする駅名や地名が戦史に登場する場所でなかなか不思議な感覚です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%83%A0%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84

車窓からの景色はゲルマニアの深い森、そしてWindowsXPの壁紙みたいな草原と丘陵地帯。
一等車とか二等車とか区分があるのですが、座席が特段豪華という訳でもなく。列車によっては個室があったりするのですけど。
あと乗車券と指定席のシステムが今一つ分からず……適当に座ってたのですけど大丈夫なんですかね。
車掌が切符をチェックする時に特に何も言われなかったので問題なかったのでしょうけど。
“とりあえず空いてるところに座って、怒られたらどけばいい”またそれかよ。

で、ウィーン着。
ウィーン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2
ウィンドボナ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%9C%E3%83%8A

ウィーンについたらとりあえずシュテファン大聖堂付近の地区を巡り……
シュテファン大聖堂
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%86%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E5%A4%A7%E8%81%96%E5%A0%82
ところどころ黒い所があるのは空襲を受けた際に周囲の火事が延焼したためだとか。
ウィーン市街①

そしてアウガルテンの高射砲塔へ。
当ページをご覧の方は大体ご存じでしょうけど、高射砲塔とは何ぞやという方はこちらを御参照下さい。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%B0%84%E7%A0%B2%E5%A1%94
でかい、禍々しい、格好良い!
高射砲塔①
高射砲塔②
高射砲塔③
写真ではその迫力を伝えきれませんが視界を塞ぐほど巨大で、物凄い質量と体積、重厚さが迫ってくる様な感じであります。
津波のおそれがある地域にこういうのを建てたら良いのではないかと常々思うのですが駄目なんですかね。
波の寄せ返しに対応できるよう塔の山側と海側を流線型の壁面にして衝撃を受け流し、内部の階段と大型エレベーターで住民を上部階層に収容し、避難・居住区画と備蓄倉庫を兼ねるという。堤防の方が費用対効果が良いのでしょうか?
景観は壊すかもしれませんけど、海沿いの街にこういうのがニョキニョキ生えてたらちょっとSFっぽいですね。

そんな感じでブラブラ歩いてウィーンの一日目は終わったのでした。
お前達は音楽やら芸術やらの都的な雅な楽しみ方は出来ないのか、と問われそうですが……。
ウィーンの路面電車
格好いい路面電車。色彩感覚、工業デザインは向こうの方が好みかもしれません。
ウィーン市街②

さて翌日は我がローマの最前線カルヌントゥム視察であります。
ウィーン中央駅からRennweg駅へそこからS7線の下りでカルヌントゥム駅へ、1時間弱でしたかね。
カルヌントゥム駅
カルヌントゥム行きの列車
何といいましょうか……端的に表現するなら田舎、ですね。
カルヌントゥムの町
無人駅でのどかな住宅街が少しだけ広がっていて後は畑か平原か森という。
私はそういう所の方が落ち着くと言えば落ち着くのですけど。

駅の北側の道を進み、突き当りを左に向かって進み5-6分ほどでカルヌントゥムの遺跡に到着します。
カルヌントゥム博物館
入場料は11ユーロ、館内には石碑や軍団の軍旗が並び古代の生活や軍団の再現動画が展示されてます。
カルヌントゥム 石碑
軍旗01
軍旗02
軍旗03
栄光の銀鷲旗をこの手にする時が来るとは……ローマ軍団兵としてもはやこの世に思い残す事は無い……。

外にはカルヌントゥムの全景を把握出来る模型が鎮座しており、区画やその内容を確認する事が出来ます。
カルヌントゥム模型01
カルヌントゥム模型02
カルヌントゥムは市民の居住区と軍団基地に大きく分かれており、それぞれ浴場や病院などを備えていたようです。
闘技場も二つ確認出来ました。ここを本拠とした主な軍団は第ⅩⅣ軍団ゲミナであります。

この施設は遺跡と当時の建物を再現した区画とに分かれており、両方を楽しむ事が出来ます。
古代ローマの住居や邸宅、商店、浴場の中を歩き回ったり、椅子や便所に座ったりと中に入り込んで、触って、その身を以て体験する事が出来る様になっております。
床下の遺構
邸宅の屋内再現
民家の屋内再現
Before
カルヌントゥムBefore
After
カルヌントゥムAfter
建築物の再現01
建築物の再現02
商店のカウンター
商店の内部
実に良い。概ね絵で描いたり、文章で書いたりとイメージしていた通りでしたので尚更楽しむ事が出来ました。

つまらん話はやめて、とりあえず一杯やらんかね。
自由飲酒主義者は時空を超越する
という様な遊びが出来ます。

再現施設を堪能したら来た道を戻り、東へ。
博物館と闘技場がもう一つあるのです。
有名な四面門、ハイデントーアは時間の都合で諦めました。
車窓から写真は撮りましたがググった方が良い写真があるでしょう。

ここでもう一つの博物館まで歩いて行くか迷ったのですが、時間と労力と費用を頭の中で秤に載せて、道中のカフェレストランで昼食を摂ってタクシーを呼んでもらう事に。caffè e vino il centroという店でお勧めです。
グラーシュズッペ(ハンガリー風シチューのスープ版)にふかふかのパン、ビール。
グラーシュズッペ
オスプレイにカルヌントゥムの図面があるのです。
Ospreyと地図
で、食後に葉巻。またかよ。町の人は実に親切に色々教えてくれました。

東の闘技場跡は台座の痕跡をみることができます。
基地自体はすっかり無くなり、道路と畑の下に埋もれている様です。
博物館の展示は3-5世紀が中心でした。係りの人が展示は時期で変わる事、カルヌントゥムではローマ祭り(軍団などの再現)が行われる事を教えてくれましたが、そう何回も来られる場所ではないのが残念ですな……。

帰りの電車のホームでMoff Taka氏と土産屋で買ったタブラエ(蝋引きの書字板)をいじりながら雑談をしていたら危うく列車を逃しそうに……次は1時間後だぜ……。

ウィーンではMoff Taka氏に見つけて頂いたイタリア料理屋に。
再びウィーンへ
イタリア料理も良い
ハムが美味い、仔牛が美味い、葡萄酒が美味い!

最終日はウィーンの軍事博物館へ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%B3%E8%BB%8D%E4%BA%8B%E5%8F%B2%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8
近世から第二次大戦の膨大な史料が展示されてます。
ウィーン軍事史博物館

書類、勲章、絵画、銃火器、刀剣、飛行機、大砲、軍服、甲冑……あまりにも沢山あるので全部はご紹介できません。
ライフルと銃剣
勲章好きに
ピッケルハウベ
1次大戦の引金となった例のあれ。
サラエボ事件
血痕も生々しい
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%A9%E3%82%A8%E3%83%9C%E4%BA%8B%E4%BB%B6

入館料6ユーロ+2ユーロ払うと写真撮り放題です。
先祖返りな兜
飛行機は良いぞ
飛行機は良いぞ
火炎放射器
火炎放射器
塹壕といえば鈍器とショベル
鈍器だ

ウィーン包囲の時に大活躍したフサリアの甲冑が展示されてないかなと思ったのですが残念ながら見当たりませんでした。
それでも擲弾兵の帽子や装備、大陸軍の連隊旗、銀河英雄伝説の憂国騎士団みたいな兜だとか、いろいろ面白いものが一杯。
シュトルヒ
シュトルヒ
ケッテンクラート
ケッテンクラート
みんな大好き88㎜
88
海軍
海軍展示①
海軍展示②

館内構成は一階の入って右手が一次大戦、左が二次大戦と海軍、二階の右手が17-18世紀、左が19世紀がテーマでした。
内陸国のオーストリアに海軍?と思われる方もおられるかもしれませんけど。こういう事です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%EF%BC%9D%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%BC%E5%B8%9D%E5%9B%BD%E6%B5%B7%E8%BB%8D

もっと古い方が好きです。
甲冑
マスケット銃兵
胸甲展示
グレネード
擲弾、グレネード
帽子の装飾
擲弾兵の装飾
マスケット展示
大陸軍連隊旗
この連隊かな
https://fr.wikipedia.org/wiki/5e_r%C3%A9giment_d%27infanterie_(France)

土産コーナーに信号ラッパがあったのですが134ユーロだし、荷物になるし、と諦めました。
突撃ラッパを吹きたい……。
https://www.youtube.com/watch?v=czHqZFL7rKY

ローマ博物館(7ユーロ)ではウィーンの地下にある古代の痕跡を見て回る事が出来ます。
かつての家屋の敷地跡や現在と過去のウィンドボナの設計を確認できます。
古代ローマの馬車
古代ローマ 馬車
土産物屋でバッコスのランプと古代の貨幣のレプリカを。
貨幣とプギオを並べると暗殺者への前金みたいに見えますね……。
ローマ土産

ドイツでもオーストリアでもそこかしこにケバブ屋とピザ屋があるのが面白いです。
帰りはウィーン・ミッテ駅からCAT(City Airport Train)に乗り16分(毎時06分と36分に出発、11ユーロだったかな)で空港へ。
それ以外の路線は24、48、72時間と区切られたチケットを買えば乗り放題です。
さらば欧州①
さらば欧州③
さらば欧州②

実に良い旅行でありました。
この様な機会をお与え下さったMoff Taka氏に深甚の感謝を。
またどこぞで自由飲酒主義同志達と集い、本遠征について語らいましょう。


・お絵かき

今回はこんな感じで。
我ながら長々とやってますな。

Ancient roman commissioned officer


さて今回はこの辺で。
ローマと軍団に無敵のマルスと全能なるユピテルの助力あれ!
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古き良き時代

古き良き時代――全ての時代は古くなると良いと言われるものである。
ジョージ・ゴードン・バイロン

そう信じたいものですな。
いや、これから先がもっと悪くなるって事ですかね。それは困るな…。


・一文字にするとすれば"責任"ですかね

 急に今年を表す漢字は一文字で何か、とか聞かれても困りそうですけど…こういうので笑っていられた頃は良かったですね。あぁ、これが”全ての時代は古くなると良いと言われるものである”ってやつでしょうか。
 今年の漢字とやらが“絆”だったそうで。今年は概ね南海の島でぼっちという生活だったので具体的に何故その漢字なのか正直申し上げてよくわかりません。どちらかというと巷間を賑わせていた“嘘”とか“欺”とかの方がすんなり納得できるのですが、本当に状況がまずくなると今回みたいな言葉が復権するのかもしれませんね、大戦末期みたいな。…性根がひねくれすぎですかね。
 でも困った時の神頼み、みたいに困ったときだけ引っ張り出される“絆”ってのも少し考えものですな。
あるいは“困難な情勢になってはじめて誰が敵か、誰が味方顔をしていたか、そして誰が本当の味方だったかわかるものだ” (小林多喜二)みたいなのを皆が感じたってことでしょうか。

 それと“がんばろう、日本”は、いま一つ気合が入らないのでもっと勇ましく

進め一億火の玉だ!
皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ
家は焼けても 貯金は焼けぬ
電力は戦力!
神州不滅
日の丸で 埋めよ倫敦 紐育

 とかにしましょう。最後のはあまり関係ないですね…。とりあえず”神州不滅”がわが国の歴史と伝統を感じさせてくれると同時に”無敵皇軍”に通ずるアレっぽさを醸し出してて、なんだかお気に入りなので、それで行きましょう。
 家は焼けても貯金は焼けぬ、もなかなかの不撓不屈っぷりが良いですが、よく考えてみれば、わが国は敗戦直後に国そのものが国民の貯金を”焼いた”(敗戦による財政赤字補填のため預金封鎖を行い、第一封鎖預金・第二封鎖預金というトリックで国民の預貯金を喰いつくした。お前のものは俺のもの!!)という惚れ惚れする様な実績があるのでいまいちですな。やはり昔の遊牧民族みたいに全財産を貴金属に変えて衣服の装飾品として常時体中にくっつけてるのが良いですかね。夜道でさらわれるぞ…。
 …何の話でしたっけ?

 そう、沢山の標語をでっかいポスターとか垂れ幕にして日章旗とか旭日旗と一緒に街中を埋め尽くしましょう。俄かに戦時体制臭くなって皆緊張感を維持できると思います。君が代を聞くと気分が悪くなって倒れそうになるとか仰ったどこぞの先生もばっちり昇天ですね。

*当ページには決して右翼だとか国粋主義だとか民族主義だとか軍国主義だとか全体主義といった主義思想をどうこうするという意図は御座いません。ただただ、世界の光明にして全ての偉大なるものの顕現、神々の助力を受けしマルスの御子たるローマの民と地上の真の支配者たるその国家を中心とした帝国主義、覇権主義を臆面も無く標榜し、権力と策謀が渦巻く血も涙も情け容赦も無い(以下略。


・かいしんのいちげき

 http://www.4gamer.net/games/041/G004132/20111213080/ 
 Oh…私はいったいこれから何を心の支えにして生きていけば…。

 http://blog.ascian.me/2011/12/leaked-screenshots-concept-art-and.html 
 コンセプトアートだけでこんなにグッと来るのに。

 とりあえず、年末実家に帰った時に、もりもり酒を投与しながら古本屋から取り寄せた”ヨム・キプール戦争全史”と”ル・グラン・デューク”を貪り読みつつ、アンチャーテッドをやるのを当面の目標にしよう。
 何となく勢いで年末年始帰省の航空券を予約してしまったが、冷静に考えてみると帰っても読書とゲームくらいしかやりたい事が無いという…。何という残念かつもったいない奴。
 いや酒が安いのはメリットですね。バッコスよ我に力を!
 嗚呼、航空機搭乗と帝都滞在のコンボで無駄に高まる被爆量!!
 去年からは全く想像のつかぬ怒涛の一年だな…。


・奴ら、今さら名誉ある降伏が許されると思っていますぜ!

 良し、本当の攻城戦を教育してやる。情け無用、フォイアー!!

 文字なし
 トレビュシェット文字なし


 捏造パッケージ
 トレビュシェットパッケージ版

以下pixivより

攻囲技師の朝は早い

 記者「貴方にとってこの仕事のやり甲斐は?」
 
 攻囲技師「いやぁ、何が嬉しいって弾道計算通り目標に砲弾が吸い込まれていく時や、往生際の悪い防御塔が吹っ飛んだ時、坑道が完成して火を放ち、散々手を焼かせた分厚い防壁が成す術も無く崩壊する瞬間ですよ。感無量って奴ですね(笑)」
 
 記「では最後に、これから技師を目指す若者達にメッセージをお願いします」
 
 攻「そうですね…この世に落とせない城はない、崩せない壁は無い、困難はあっても不可能は無いんです。決して諦めず、常に挑戦する気概を忘れないで欲しいですね。これは仕事にも私生活にも言えることですよ。それが、攻囲技師魂です!」

 ――欧州攻囲技術オリンピックメダリストにして攻囲技師組合親方のジャコモさん(42)投射兵器、坑道掘削、攻城塔組立、突入傾斜路敷設、攻城陣地建設の五競技において前人未踏の五冠獲得を成し遂げて

 ――オリエント、ギリシア、ローマ、攻城戦術が誕生した瞬間から世界中の戦場で活躍してきた技師達。今回の“突撃!職人魂“は欧州、中東と国境を越えて第一線を駆け抜ける攻城職人達の仕事ぶりを追う。第2865回、「我ら攻囲技師」は金曜22:00より放送予定。
 
 ――攻囲技師は適当な言葉が見つからなかったので造語?です。攻城技術者?錘の落下エネルギーを利用して弾丸を投擲するという、一見単純な仕組みながらも高度な技術を必要としたこの手の投石機は11世紀から12世紀にかけて登場し、欧州、中東、モンゴル、中国など世界各地で活躍しました。
 石弾の他に、城内の士気低下や疫病を引き起こす為に家畜や人間の死体を投擲する事もあり、大きな投石機は100kg以上の物体を300m先に飛ばす事が出来たそうです。それら巨大攻城兵器達は15世紀を境に築城技術や火砲の発達により次第に兵器としての地位を失い、その役目を大砲に引き継ぐまでGod's_Stone_ThrowerだとかWarwolfなどの素敵な名称を各国の王侯諸将に賜り、世界中の城や要塞の主達を脅かしました。
 ――弾着、今! 近近近遠、夾叉!!各班、基準諸元に従い砲撃開始!!違…
 ――再現動画http://www.youtube.com/watch?v=ApwIGvUjZoE


以上

 ヒャッハー!! ぶちかませ!! 降伏の使者? そいつからやれ!!

 おっと失礼、ついうっかり本性が露出取り乱してしまいました。
 投石機とかバリスタとか古臭い砲撃兵器がもりもり動いてると興奮して仕方がないという変態的同志に。攻城兵器という文字を見るだけで胸躍ってしまう孫武先生が見たら呆れて言葉を失ってしまう様な類のお仲間に捧ぐ絵を。トレビュシェットってやつです。こういうキットが欲しいですが、1/35だと大きすぎて置き場所に困りそうです。それに城のセットも欲しくなりますね。レゴの城が高くて買えなかった悲しい思ひ出が蘇る…。

 比較的最近、といってももうすぐ十年前になってしまいますが、映画キングダムオブへブンとかロードオブザリングの攻城戦に登場してましたね。
 名前付の投石機といえばスターリング城攻略戦のWarwolfが有名ですが、特に地域や年号を指定しないで14世紀初頭頃としてみました。西欧における大砲の登場がその頃のようなので、火砲とこの手の伝統的な攻城兵器がコンバットプルーフ的なものを競っていたのでしょう。
 さぁ”いかがです、わが社の最新型平衡錘式遠投投石機は?大砲?HAHA、あんな玩具、戦場では役に立ちませんよ”的なセールストークで各国の君主に売り込むのです!!
 15世紀にはいると次第に技術的に洗練された大砲がその座を奪うわけですが…。ウルバン砲とかあかんて、反則やで…。
 騎士や石弓兵はオスプレイのMedieval german armyとかMedieval French armyあたりを参考にしてます。毎度の通り、本を置いてきてしまったので記憶を頼りにでっち上げてますが。脳みそにHDDくっつけられたら良いのに。 
 で、14世紀前後のドイツ騎士の甲冑イラストにしばしばある短剣や剣を戦場で落とさないように柄などに繋いである鎖、いつも短か過ぎる気がするのですが、なにか具合のいい秘密の仕組みでもあるのでしょうか。びょーんて伸びるとか?戦闘に支障がでるような…。
 投石機はグーグルスケッチのトレビュシェットをモデルに外観を研究したのち、ググって出てきた設計図やスケッチ、写真などでデティールを調整しました。
 こんな玩具を手に入れたらそりゃエドワード一世も使ってみたくなるわけだ…。
 降伏の使者? 一昨日来やがれ!的な。

 -妄想の産物登場人物達-

 マエストロ ジャコモさん

 ジェノヴァ人の親方、若かりし日に航海士として大海原に繰り出すも東方貿易への往路(補給中継地の酒場で)にうっかりバルバリア海賊の捕虜となり、奴隷として売却の憂き目に。飲み込みの早さを買われバフリー・マムルーク朝の貴族の下で会計奴隷として働くことに。やがて第8代スルタンであるマンスール・カラーウーンにその傑出した才を見出され、アレクサンドリアで最新の科学と数学を学び、自由身分を買い戻した後は諸侯の子弟に家庭教師として仕え、流れ流れてイングランドへ。弾道学などを活かし、投石機技師としてブリテン島と大陸を股にかけ、数えきれぬほどの城塞を陥落させた攻城職人として引く手数多となる。金次第でキリスト教徒だろうが異教徒だろうが異端だろうが顧客を問わぬため、金貨を積めばヴァチカンすら落とすとの噂が立ち一時破門を喰らう。最近はウェールズ人の嫁をもらってよろしくやってるのだとか。めでたしめでたし。

 辺境伯閣下

 神聖某帝国皇帝の頭を悩ませ、その胃にぼこぼこと穴を開けるほど扱い難い有力諸侯の一人。文武両道において人並み外れた才能の持ち主だが、病的なまでの戦争中毒者で切先や鏃が鼻先をかすめる様な局面で最も活き活きとする困った人。所領では敵に見せる悪鬼が如き振る舞いとは別人の様な二面性を見せ、聖人が如き善政を敷くが、豊かになると途端に遠征を始めるため、民草の生活水準は今ひとつ良くならない。かなりろくでもない領主だが、豪放磊落な性格と私腹など省みぬ気前の良さで領民の評判はそれほど悪くないという不思議な人物。無自覚な詐欺師ともいう。残念ながら名誉の戦死を遂げることは出来ず、次なる遠征計画を練っている最中に酒の飲みすぎ、肉と葡萄の食い過ぎというそれなりに幸せな感じで死亡。しかも戦争にかまけて子孫は残していないのでお家断絶。おそらく本人はそんな事は屁とも思っていない。ヴァルハラ上等な人。

 石弓兵さん

 水兵時代以前からの親方の幼馴染だが、残念ながら屈強な戦士なので、”おはよう、今日も良い天気だね”とか抜かしながら不法侵入毎朝起こしに来てくれたりはしない。同じ船に乗り組んだ為、奴隷時代の苦楽も共にし、自由身分も共に手にし帰国した。出世に都合が良かったのでイスラム教に改宗しているが、酒は飲むし、豚も食う。親方とは異なり思索を巡らすのはあまり得意ではない模様。マムルーク朝滞在時、富豪の護衛として使われた際に、鈍器、両刃、片刃など仕様を問わずあらゆる武器を使いこなす術を修得したが、水兵時代に熟練した石弓と手斧の扱いを除けば器用貧乏か、どれも傑出した技能の持主ではない。それでも優秀な兵士ではある為、敵の多い親方の護衛として各地を共に渡り歩いている。石弓の鏃には毒や糞便などを混合した”緑の悪魔”なる薬品が塗布してあり、かすっただけで高い確率で何らかの病にかかり死に至る。波の砕ける音を聞き、潮風を嗅ぐだけでニヤニヤする生粋の水兵で陸戦ばかりの仕事に飽き飽きしているのだとか。まとまった金を作ってアレクサンドリアで待つ妻子のもとに帰るのが当面の目標らしい。


…という法螺。そういう感じの何だか俗っぽい人が出てくる歴史映画が見たい…。登場人物達が哲学者や聖職者でもないのに時代にそぐわぬ”自由””博愛””正義””平等”などの近代的な、あまりお腹いっぱいになれなそうなお題目を叫んだりしないやつが良いです。終始何かが解決するわけでもなく、ただその時代を生々しく生き抜く連中の出てくる様なやつが。


・軍団兵イタリアを行く 最終回 帝都ローマ④

 酒を飲んで食事をしたらパンテオンへ向かって街を歩きましょう。
ローマ路地

 街中のそこかしこに遺跡がにょきっと生えております。
街中の遺跡

 パンテオン

 万神殿、あらゆる神のための神殿です。
 裏側から接近。
パンテオンの裏

 ローマ時代の地面は今よりずっと下にあります。
パンテオン、当時の地面

 正面に到着
パンテオン、正面

 建造したのは我等が尊厳者ことアウグストゥスの右腕、アグリッパです。紀元前一世紀後半に完成した一代目パンテオンは燃えてしまった(石造りの神殿も肋材などには木材が使われております)ので、今見られるのは2世紀初頭にハドリアヌス帝が再建したものです。
パンテオン 列柱
 正面に名前が書いてあるので分かりやすいですね。たぶん自分の持ち物をなくさない様にお母さんにしっかり躾
けられたのでしょう。さすがですね…違…。

 正面入り口で上を見上げると一見石造りの神殿が何故燃えるかが分かります。
パンテオンの梁
 屋根は木材の梁で支えられているのです。

 柱はコリント式オーダー
パンテオン コリント式オーダー
パンテオン正面入り口の支柱

 内部は格間で覆われたドーム状の屋根を持つ神殿で、天頂の開口部から条となった光が差し込むという、信仰心の無い人間にも名状し難い感動を呼び起こす神々しい光景を目にすることができます。
パンテオン ドームの光

 帝国崩壊後に破壊や魔改造大規模改修を免れる事が出来なかった数々の多神教の神殿と異なり、ほぼ当時の姿を留めております。一説には構造上改築が困難であったこと、独特の空間演出からなる荘厳な神殿をキリスト教徒もお気に召したことなどが重なり、7世紀初頭にそのままの外観でキリスト教の教会へと役目を変える事が出来たのだとか。まさにかわいいは正義美は力なり…いや知は力なりでしたな…一つも合っちゃいねえ。

 ラファエロの墓などもここにあります。
ラファエロの墓

 さて、天井から差し込む神々しい光を堪能したらカラカラ浴場へ向かいましょう。
 あちこち歩いたらローマ人たるもの風呂に入らねば。

 カラカラ浴場

 3世紀初頭、カラカラ帝により建設された浴場です。

カラカラ浴場 敷地外から

 敷地外からカメラに収めようとするも大きすぎて全体が入らない…。
カラカラ浴場巨大也!

 世界最大級の風呂屋復元図です。冷水・温浴・サウナ・スポーツ競技場・図書館に軽食屋などを備えたローマ人の健康ランド的アレです。トラヤヌス浴場が1クアドランスだったと記憶しておりますので入浴料はとても安かった筈です。
カラカラ浴場 復元図①
カラカラ浴場 復元図②


 ただひたすらでかい…。これが風呂だなんてあらかじめ説明されなければ分からないですね…。
カラカラ浴場 外観①
カラカラ浴場 外観②

 いつかテルマエ・ロマエで詳細に紹介してくれないでしょうか…。
カラカラ浴場 内部①
カラカラ浴場 内部②
カラカラ浴場 内部③
カラカラ浴場 内部④
カラカラ浴場 内部⑤
カラカラ浴場 内部⑥
カラカラ浴場 内部⑦
カラカラ浴場 内部⑧
カラカラ浴場 内部⑨

 
 配管跡
配管跡
 地下で奴隷が釜を焚き、これら配管を熱やお湯が通っていたのでしょう。ところどころの痕跡がローマ人の驚異的な技術力を垣間見せてくれます。

 床のタイルは部屋ごとに模様のパターンが異なります。
カラカラ浴場 タイル①
カラカラ浴場 タイル②
カラカラ浴場 タイル③
カラカラ浴場 タイル④

 当時の装飾も少しだけ残っています。
カラカラ浴場 装飾①
カラカラ浴場 装飾②

 この日は凄まじい暑さで眩暈がしそうでしたが、こんな大きな風呂屋で冷浴室やらに入ったらさぞ気持ちよいのでしょうな。対するに現代人の入る洗濯桶みたいな小さな風呂ときたらもう…。思わず人類の進歩と発展とは何なのか、と唸ってしまいそうです。個人用風呂が世帯ごとにあるってのは凄いですけれどね。

 これにてローマ市内巡りは終わりです。さらば帝都!永遠の都よ!

 アウレリアヌス帝の城壁より再び都の外へ
アウレリアヌスの城壁から再び外へ

 マクセンティウス帝の競技場跡
マクセンティウスの競技場
 まさに”つはものどもがゆめのあと”ですな。

 アッピア街道を進み再び水道橋へ。
水道橋

 そして辺境へ…帝国の版図を拡大する遠征に赴く事と致しましょう。さらばローマ、しばしの別れを!
帝国各地へ
 
 まだまだ訪れていない場所が沢山ありますが、今回の旅はここまでです。普通は最後に何らかの結論や総括を述べるところなのでしょうが、ここまで読んで頂いた方には私が何を感じ、何を思ったかは言わずとも分かると思います。十二分に、冗長なまでに書きましたし。というわけでローマ帝国本土旅行記はこれにて仕舞となります。お付き合い頂き誠にありがとう御座いました。機会があれば蛮族共の国か、ビザンツことロマイオイの地を巡ってみたいものです。
 
 


 次回からは通常通り、酒に溺れたり、ゲームで馬鹿げたプレイに走ったり、血生臭い絵を描いたり、といつも通りの当ページに戻ります。 


 軍団兵諸君にマルスとユピテルの助力があらんことを!

城を攻むるの法は已むを得ざる為なり


城を攻むるの法は已むを得ざる為なり
――孫子 第三巻 謀攻

 
 こんばんは。
 いかに下策と言われようと、やはり攻城兵器がきりきり動いてる様はグッと来ますよね。もちろん、篭城側からそれを見るのは勘弁して欲しいですけど。
 今日も今日とて、いきなり無茶な事を言ってますが…最初から飛ばしすぎだろ、と。

 坂の上の雲は今期で完結か…見たかったなぁ…。そして一年経つの早…。
 

・第1304回 攻城兵器同好会開催のお知らせ

 トレビュシェット

 …夜が明けると見たことも無い巨獣が包囲陣地に鎮座していた。Warwolfと名づけられた"それ"の周りでは大勢の男達が額に汗し、一心不乱に作業を進めていた。呻き声ともつかぬ必死の掛け声と共に少しずつ縄を絡め取る巻き上げ機、油臭い歯車と爪のこすれる規則的で無機質な音、軋みを上げて反り返る腕木、ゆっくりと持ち上がっていくカウンターウェイト。大の男が数人がかりで砲弾を装填し、指揮官の腕がゆっくりと振り下ろされる。留め金を外された投石機は生命を与えられたようにその破滅的なエネルギーを解放し、基部の軌道からいとも容易く砲弾が引きずり出される。天高く放り上げられた石弾は空中で投げ放たれ、放物線を描き目標へ吸い込まれていく。ほどなくして城壁と防御塔に反響する鈍く重い音、砕け散る外壁、飛び散る瓦にへし折れる木材。主よ、スコットランド人に憐れみを!陥落は時間の問題だ…。――1304年スターリング城攻防戦における従軍司祭の記録

 そんな感じで。上のは法螺ですが。…ミス発見、錘の金具が騙し絵みたいな事に…要修正ですね。

 何と言うかこう、たまに投石機をぶちかましたくなりませんか。
 私はたまにどころか、しょっちゅうですけど。


・赤いナポレオン

 トゥハチェフスキーじゃないほうのです。

 ベトナム産FPSだと…。
 http://gs.inside-games.jp/news/309/30942.html

 さすがに最新のグラフィックとはいきませんが、昔のCODのようで面白そう。ディエンビエンフーでヴォー・グエン・ザップ(100歳で存命!)指揮下の四個師団と亡命したSS残党やら何やら素性の濃過ぎる連中の混じったフランス外人部隊が激突したりするのでしょうか…。東南アジアにこだまするドイツ軍歌とか経緯を想像するだに目頭が熱くなりますね…。自国の、しかも20世紀半ばの歴史を題材にこういうものを作れるのは凄いことだと思います。

 日本で同じような事をしようものなら、善良なる市民の良識を代表した高潔無比なる諸団体に軍靴の音が云々とか、隣国への配慮が、謝罪と賠償が、とか言われて発売禁止ですかね。いや、例えば18日間で日露60万人が参戦した史上最大規模の会戦、奉天会戦とかとても良い題材だと思うのですけど、騎兵もいるし。
 駄目ですか、そうですか。そもそも、4,5km歩いたらへばってそうなどこぞのホストみたいな殿方や、痴女が如き水着風の衣装や甲冑着たご婦人が、メロドラマみたいな話と血の一滴も流さぬ不自然な清く正しく美しい戦いを展開するゲームが代表的作品の一つとされている様な国では売れないですよね。残念。

 アサシン・クリードの続編はオスマン朝の支配下となったイスタンブールことコンスタンティノポリスが舞台として登場するらしいですが、エツィオさんは何歳になってるんでしょうな。彼が1459年生まれで、リベレーションの設定年代がチェーザレボルジアの死(1507年)から数年後ってことは50~60歳くらいってとこでしょうか。また壁登ったり、飛んだり、跳ねたり、壮年、老年になろうと落ち着く暇もなさそうですね。凄い体力だ。
 コンスタンティノポリスは1453年の陥落以前に、既にビザンツ帝国の国力の衰退に伴い帝都の面影もないほど過疎化が進んでいたそうですが、それからオスマン朝の統治下60年を経てどの様な変貌を遂げたのか、実際にあちこち訪ねる事が出来るのだと思うと実に楽しそうです。
 

・軍団兵イタリアを行く 第11回 帝都ローマ③

 
 さて、前回に引き続き帝都の中心フォルム・ロマヌムを進むことと致しましょう。

工事中
 アントニウス・ピウス帝と皇后ファウスティーナの神殿、ちゃっかり教会がくっついてます。神格化された皇帝の神殿や多神教の神殿は西欧のあちこちでキリスト教の教会に再利用されております。
工事中②


 前回触れたウェスタの神殿
ウェスタの神殿、カストルとポルックスの神殿

 火の巫女が詰めていた神殿です。

巫女達の家、中庭
ウェスタの巫女の彫像
巫女達の家
 その脇が10歳くらいから巫女を務め、次代に引き継ぐまで貞節を守り、40歳までひたすら神に仕えなければならない(修行10年、1人前が10年、後継者教育が10年)という、しんどそうなお役目を担った方々の屋敷と中庭。在任中に姦通すると生き埋めの刑なので気をつけてください。軍神マルスの真似をして常人がうっかり巫女に萌えようものなら惨たらしい死を迎えることになるので、巫女に並々ならぬ愛情を覚える人は命がけで頑張ってください。
巫女の家、中庭②
ウェスタの神殿
ウェスタの神殿②

 
隣はギリシア神話のカストルとポルックスの神殿です。伝説ではローマの古の戦いに加勢したこともあるのだとか…またよその神話の登場人物を勝手に…ローマの十八番ですな。
カストルとポルックスの神殿
 そういや、イザナギの黄泉比良坂の話とオルフェウスと冥界の話は妻が死ぬとか振り返ってはならないとか逸話がかなり被ってるのですが、大陸経由で何がしかの影響があったのでしょうか。それとも自然信仰由来で各自独立して発生成立した神話なのでしょうか。何か関係があったら面白いですね。何も関係ないのに同じような神話が各自伝わってるというのもそれはそれで面白いですけど。

 
フォカスの円柱 東ローマ帝国皇帝フォカスに捧げられた記念柱です。柱自体は2世紀のものらしいですが建設は601年だそうで。また、どこかから失敬してきたのでしょうな。
フォカスの記念柱

 
サトゥルヌスの神殿 紀元前5世紀ごろに建てられた農耕神のための神殿です。国庫としての役目も帯びており、金銀財宝がしまわれていたのだとか。またクリスマスに贈答をするのは12月に行われていたサトゥルヌスの祭儀に由来するそうです。そもそも12月24日だとか25日だとかいう日取りも太陽神信仰のパクリのようですが…。
サトゥルヌスの神殿
サトゥルヌスの神殿③

 
 ウェスパシアヌスとティトゥスの神殿
サトゥルヌス神殿、ウェスパシアヌスとティトゥスの神殿、ユリウスのバジリカ
ウェスパシアヌスとティトゥスの神殿
 コリント式オーダーの柱が三本のみ。

 
 神君カエサルの墓、ではなく火葬場兼神殿。遺灰は雨で流れて墓はありません。今も花が。
カエサルの火葬祭壇
カエサルの火葬場
  庶民が大枚を払って確保するせせこましい墓など必要ないのです、世界を統べる者には広大無辺なる大地こそ、その墓に相応しい、と言ったかどうかは知りませんが。金は生きている人間が生きている人間の為に使うべきだと考える私も墓やら葬式(遺族の気持ちの整理・切り替えが、とか言うのもあるのやもしれませんが)やらはいらないので、ひょっこり死んだら冥府の河ステュクスの渡し守カロンへの渡し賃と共にさっさと燃やしてくれれば十分だと思います。臓器は飲酒と不摂生で役に立たないでしょうし。灰をどうするかはご随意に。肥料にすれば最後くらいは誰かの役に立つのでいいかもしれませんな。そんな作物を食べたがる人がいるか謎ですけれど(そういやマクロスFにも死体を分解して自然に循環させるような描写がありましたっけ。どうせならソイレントグリーンにしようぜ!)。問題は室内で孤独死して腐敗溶解した場合、特殊清掃業者の方にご迷惑をかける可能性が高そうだ、と言う点ですな…。
装飾の名残

  
 ユリウスのバジリカ
ユリウスのバジリカ 石段
ユリウスのバジリカ 石段の暇つぶし
ユリウスのバジリカ 石段の暇つぶし②
 前169年にセンプロニウス・グラックスが建設したものをカエサルが立て直したそうです。
 石段には暇つぶしのゲームの跡があります。2000年前に携帯ゲームがあったら石段に座ってやってたんでしょうな。で、年長者は言うのです。全く最近の若者はけしからん、と。おそらく人類が言葉を持ったときからあった台詞でしょう。

 
 奥がカピトリヌスの丘、タブラリウム、公文書館です。その上に市庁舎が建ってます。古代の遺跡とその後の建物が融合してるようですね。丘の上にはかつてユピテル、ユノ、ミネルヴァなどローマでも最も重要な神々の神殿がありましたが、帝国崩壊後の混乱で喪失しております。基礎部のみ美術館で見ることが出来るのだとか。
カピトリヌスの積層構造

 
 元老院…の一つ。元老院議場として使われた場所はローマに複数あり、これは復元されたそれらのうちの一つです。なかでは美術品の展示が行われていました。
元老院とセヴェルス帝の凱旋門
元老院

 
 セヴェルス帝の凱旋門
セウェルス帝の凱旋門①
セウェルス帝の凱旋門⑥
 アフリカ出身の皇帝に捧げられた凱旋門です。われらがローマ軍団の給料を上げる(平素より大変お世話になっております!!)と同時に33個軍団にまで増強したことで知られ、兵士を優遇せよ。他の者は無視せよ、との言葉が有名です。それら政策は帝国の安全保障に寄与した一方で当然ながら軍事支出の肥大化を招き、さらには軍団の発言権を強める事で政治への介入を増加させ、のちの軍人皇帝時代の遠因となりました。この凱旋門は陛下が2世紀末のパルティア戦争に勝利した事への記念に建設されました。
 ルキウス・セプティミウス・セウェルス帝陛下万歳!!
セウェルス帝の凱旋門②
セウェルス帝の凱旋門③
セウェルス帝の凱旋門④
セウェルス帝の凱旋門⑤
 凱旋門の脇にはローマのへそがあるのですが工事中で見られませんでした。

 
 ローマ建国の祖、狼とロムルス、レムス
ロムルス、レムス、雌狼

 
 ローマ市庁舎裏からフォルムロマヌムを見下ろす。さらばフォルム・ロマヌム!
カピトリヌスの丘の上からフォルム・ロマヌムを望む
カピトリヌスの丘の上からフォルム・ロマヌムを望む②

 
 ローマ市庁舎正面
セナトリオ宮、ローマ市庁舎
 階段にある三つの彫刻はローマ(ミネルヴァだったか分からなくなってきました。どっちでしたっけ)、テヴェレ川(ロムルスとレムスを拾った人)、ナイル川を表しております。擬人化、お好きなんですね…。
テヴェレ
ローマ、ミネルヴァ?
ナイル


 そして正面広場には我が主、ローマを統べる第一の市民にして戦士、慈悲深く、並ぶもの無き教養と知性の持ち主、マルクス・アウレリウス・アントニヌス帝の騎馬像…のコピー。酸性雨とか不届き者の落書きとかと鳥の糞とかアレですしね。
 正面、横、凛々しいケツ。
マルクス・アウレリウス 正面
マルクス・アウレリウス帝騎馬像 横
マルクス・アウレリウス帝騎馬像 尻
 こっちはレプリカで本物は美術館にあるそうですが、晴れ渡った空の下、堂々と騎乗する陛下のお姿を拝したかったので。当時は金ぴかだったそうですが、やはり間近で見るとグッと来るものがありますね。写真撮ったりずーっと眺めたりしてたらガイドに日本で人気なのか?と聞かれました。帝国と皇帝への忠誠宣誓をした軍団兵として当然払って然るべき敬意個人的な趣味です。

 新しい世界のへその標識、万国共通の中華思想ってやつですな。それ位の矜持がなければ覇権国家など務まりませぬ。
世界のへそ

 
 フォルム・ロマヌムとカピトリヌスの影に埋もれてマイナーな遺跡ですが、市庁舎の階段下にはローマ人の集合住宅であるインスラの遺跡があります。後には教会として使われていたそうでその名残があります。
インスラ①


 ポンペイウス劇場跡、外観だけ残っていて後代の建物と合体しております。
ポンペイウス劇場跡
ポンペイウス劇場②

 
 ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂
ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂
 ヴィットリオ・エマヌエーレ2世は、19世紀半ばにそれまで分裂状態だったイタリアという地域がとうとう統一国家イタリア王国として纏まった際の初代国王です。


 トラヤヌス帝戦勝記念柱
トラヤヌス帝戦勝記念塔①
トラヤヌス帝戦勝記念②
トラヤヌス帝戦勝記念塔③
 帝国の版図を最大のものとした至高の皇帝、トラヤヌス帝陛下のダキア戦役戦勝記念の円柱です。らせん状のレリーフにはダキア戦役における陛下と我らローマ軍団兵の活躍に加え、憐れなるダキア人どもが所狭しと刻まれております。それから帝国の誉れの証、その頂点にあった陛下の像に代わり、勝手にガリラヤ人の像などを置いた輩は絶対に許さぬ、地獄の炎に(以下略。
 全部見てると首が痛くなる上に日が暮れます。どこかの博物館か美術館に型をとったレプリカが並べてあった筈なのでじっくり見るならそっちの方が良いです。

 
 トラヤヌスのマーケット
トラヤヌス帝のマーケット①
トラヤヌス帝のマーケット、大理石の床
トラヤヌス帝のマーケット②
 あの驚嘆すべき橋、トラヤヌス橋を設計した建築家アポロドロスの手になる、トラヤヌスのフォルムに隣接したかつての市場跡です。飲料や生鮮食品など食べ物を中心に扱っていたようです。遺跡の上に現代のイタリア人の住居が建っております。

 
 市場に隣接するトラヤヌスのフォルム
トラヤヌス帝のフォルム①
トラヤヌス帝のフォルム②
 かつては壮麗なストア(柱廊、ストア派の語源)で囲まれ、バジリカ、図書館などが付属した広場でした。


 10万~20万人(最盛期で人口100万人と言う事を思うと凄まじい規模ですね)を収容したローマ最大の競技場、キルクス・マクシムスより皇帝の宮殿を眺める。
パラティヌスの丘とキルクス・マクシムス
 王政期には既にあった(少しずつ改修)と言う事ですからコロッセウムなどとは比べ物にならないほど伝統があり規模の観点からもまさにローマ人最大の娯楽施設と言えるのではないでしょうか。

 競技場に降りる。
大競技場、キルクス・マクシムス②
 クワドリガエ(四頭立ての戦車)の戦車競争などが行われた舞台です。映画ベン・ハーの戦車競争をご存知の方なら当時の姿が思い浮かぶはずです。

 メタエ(折り返し標柱)のあったであろうヘアピンカーブ部分に立ってスピナ(中央分離帯)を見渡し、かつての熱狂と興奮に思いを馳せる。
大競技場、キルクス・マクシムス①
 一体何人の選手がこのコーナーで命を落とし、あるいは皇帝をも凌ぐ栄光(4462勝した御者ディオクレスの様な)を手にしたのでしょう。
 当時の光景や歓声が蘇ってくるようです。とはいえ前描いた絵(絵の保管庫参照)は少し盛り過ぎましたな。


 トッレ・アルジェンティーナ広場、サクラ・アレア(聖域)の神殿A(ユトゥルナの神殿、噴水や井戸の女神)、B(フォルトゥナの神殿、幸運の女神)、C(フェロニアの神殿、豊穣の女神)、D(ラレスの神殿、航海の神)
カエサルはポンペイウス劇場複合施設内の元老院議場、この付近の集会所で暗殺されました。元老院議会開催場所は帝政後半になるまで定まっておらず、カエサルの活躍した時代ではポンペイウス劇場東側の大回廊が会場となっていたのです。

 神殿A
聖域、アレア・サクラ①
 手前から神殿A、B、C
聖域・アレア・サクラ②
 神殿BとCの右端
聖域・アレア・サクラ③
 CとDを撮り忘れました…。
 しょうがないので昼間から酒を煽る事にしましょう。
 
 酒がいっぱい、ここが天国か…。
レストラン兼バー①
レストラン兼バー②


 今回はこの辺で。次回はパンテオンやカラカラ浴場をうろつきましょう。何とか年内には終わるか・・・。
 

 ユピテルとマルス、そしてローマに助力する全ての神々の栄光が市民諸君と共にあらん事を!

無能な連隊などない。無能な連隊長が居るだけだ

無能な連隊などない。無能な連隊長が居るだけだ。
――ナポレオン・ボナパルト

 勇将の下に弱卒無し!
 つまりこれは私に何らかの長とか幹事とかまとめ役とかをさせてはならない、という極めて重大な世界の理を示唆した皇帝陛下の至言なのであります。2個軍団以上じゃないと引き受けないっていつも言ってるじゃないですか(言ってる事が変わってる。しかも随分大きく出たな…)。何の話やら。

 こんばんは。
 結構、間が空きましたが、決してボロブドゥール寺院の石段でよそ見して足を踏み外して死にそうになったり、地味に夜の道でトラックに轢かれて身元不明の煎餅になりそうになったり、酒飲みながらBF3とかMW3に現を抜かしてサボっていたわけではありません。
 うへぇラグが酷くてゲームにならん、とか呻いたりしてません。本当です、信じてくだせぇ、お代官様。
 あぁ!蓑踊りだけは勘弁して下せぇ。

 前回書いた半強制合コンやら遺跡周辺の行軍やらに駆り出されてそれなりに活動してました。引き篭もりにあるまじき所業ですな。


・あらまほしきことなり


嗚呼、私は貴方と出会う為に生まれたのだ。
その黒曜石の様に妖しく煌く瞳、
しっとりと輝くぬばたまの黒髪、
南国暮らしを窺わせぬ白い肌、
見る者を癒し、日常を忘れさせる優しげな微笑み、
聴く者を捕らえて離さぬ機知と諧謔に富んだ豊かな語り、
共にある者は誰しも1時間が1分に感じられ、やがては永遠を希うであろう。
常は運命など微塵も顧みぬ私にも、こう確信させるものがあった。
この人が、この人こそが、と。


 とか、全身が痒くなって水疱が出来そうな文句が浮かぶような面白い事は全然無く。例のご紹介のお話ですが。
 普通に自己紹介して食事をして、世間話、現地生活の話、時事の話などをしてました。日本人が大好きな血液型性格診断の話が出たときは、またか…お前の親戚は吸血鬼か何かか、銀の杭でもぶち込んでくれというモテカワ眷族アピールか?などとブツブツ言いそうになるのを必死に堪えつつ、おうちに帰りたそうな心底うんざりした顔で”そんな事よりご当地PKIとかムルバ党とかタン・マラカとかアスリアとかプムダラヤットとかゲルワニとかもっと超絶真っ赤な話でもして国軍にマークされましょう!アカがだめなら、シリワンギ師団とか、アチェとかパプア、それかオーストラリアとこの国と日本が織り成す現代に至るまで政治経済に多大な影響を及ぼしている近現代の歴史的経緯とか三角関係とか…”などとTPOとか言う奴を微塵も弁えぬ話題に口を滑らしそうになりましたが我慢しました。この辺の経緯は21世紀の東南アジアとオセアニアで資源の乏しいわが国が命脈を保つために頭に入れておかなければならない必修事項なんじゃないかと思われるのですけれど、東アジアばかり見てると好機を逃すのでは(あれ、いつのまに投資詐欺の手先みたいなトークを…目指せ大神会長!!)…。そんな話をそういう場でするとか…は駄目なんでしょうね。
 それからほんのりと潜在的ニート臭漂う普段の生活の話(そういや、わが国の新卒採用が現時点で60%とか聞いたのですが…)などをして良い感じに駄目さをアピールしつつ互いの連絡先を交換し、まっすぐ帰りました。あれ…?
 普通は二次会としてどこかで軽く飲んでもう少し親睦を深めたり、どこぞの暗がりで懇ろ(はえーよ)になったりするんでしょうけれど…鐘が鳴ったらおうちに帰る良い子の私はそんな事は知らぬ。というかBF3のマップを覚えたかったのです。有利な射撃位置や突入経路の研究などを…あと装備の特性とか。
 いわゆるリア充諸氏はこんな事を毎週、あるいは毎日やってるんでしょうか。凄い体力・精神力ですね。私がそんな事をしたらライフゲージがなくなって三日と経ずして死んでしまいます。“もう止めて、Legionariusのライフは0よ”であります。 普段、喰ってるものでも違うのだろうか…。


・格差

 仕事の都合でアングル族だかサクソン人だか、どこに出しても恥ずかしくない蛮族の子孫達に”ジャップ、お前もついて来い”的なことを言われ拉致されて海沿いのスラム?に行く事になりまして。ろくに地区の地図も無いので1時間ほど彷徨ってました。私が鈍感すぎるのかもしれませんが、強盗だとかいった危険の匂いはなく、むしろ道を教えてくれたり、となかなか親切な人が多く良い経験になりました。親切なのは結構なんですが…とりあえず、まぁ、その何だ…間違った道を教えるのは勘弁してください。分からない時は分からないって言えと先生に言われなかったのか…。
見知らぬ町を行く

 こういうところの戸籍とか住所の管理はどうなってるんでしょうね。郵便とか届くんでしょうか。そもそも手紙なんてだしゃあしねえよ、と言われそうですな。
海沿いの町

 夕景と言う事もあり遠目にはなかなか味のある景観なのですが、実際はゴミとヘドロの臭いで壮絶な住環境となっております。舗装などない上に軟弱な地盤もあって、雨が降ると地面はぐちゃぐちゃで良い感じに富栄養化された海水とゴミや糞尿のミックスされた香ばしい匂いが漂い、思わず食欲が刺激されてしまいます。駄目な方に。
 潔癖症の人は2秒で卒倒すること請け合いで御座います。
水の都…?

 適当な店でコーク(皆大好きコカコーラ、栓開けて中身入れ換えたりしてないだろうな…)をやってハイになったり…。屋台で着任前より多少強化された胃腸を無駄に試すという愚かな振る舞いに走ってみたり。
売店

 海岸沿いはゴミの不法投棄やら漂流物やらで地の果てが如き凄まじい有様となっており、いわゆるスカベンジャーと呼ばれる人々が再利用可能な物資を拾い集めたりしています。死ぬほど大変そうですが、1日頑張っても数百円もらえるかどうかの仕事です。
 ガラスやら注射器なども落ちており、市街北部で流行っているとか言う薬物などを回し打ちした連中の使用済み針でも刺さろうものなら漏れなく現代医学をもってしても治らない類の例の病気になってしまうと思います。
ゴミだらけ

 日本人の法定最低賃金は12万強(時間あたり約700円)だったと記憶しておりますが、この国の最低賃金は現在の換算値にて月額法定1万円ちょっとです。前述のが概ね高卒基準で、大卒でも2万強、海外留学して語学や何らかの専門技術に秀でていても5万強で、おまけに就職先も狭き門となっております。無論、外資などの法や規則を遵守しているか比較的厳しくチェックされる企業を除けば、雇用者が法規を守る訳がありませんので、経営者達はそれを限界まで搾取します。というわけで実際の最低値はもっと低いものと思われます。
 近年の経済成長で中産階級が増加しているとはいえ、一人当たりのGDPは日本の10分の1近くで、コネや学歴、職業技術などが無い場合、中高を卒業するかしないか(大抵世帯の学費が尽きる)あたりで、特にこの手の地区では凄まじい労働環境に放り込まれることとなります。路上の物売りなどは良い方でスラムでは十代前半のうちに夜の街に身売りする少女や、負傷や疾病、死の危険満々の劣悪な労働環境で働く男性などが数え切れないほどいるようです。

 その一方で目と鼻の先にある高層マンションの最上階を何フロアも占有し、高級車を乗り回して夜毎美女をはべらしパーティーを開くと言う絵に描いたようなお金持ちもいます。そういった格差は人命の取扱にも顕著に現れ、十分な医療サービスを受ける事が出来るのはお金次第なのは勿論の事、交通事故の死亡見舞金や保険金も数十万も出れば奇跡的なもので、車両保険の方が高いようです。かつての我が国にも農村部の破滅的貧困に端を発する子女の身売りや工場での過酷な労働などに代表されるように貧しい時代もありましたが、こういった地域ではそういった状況がいまなお展開しているようです。首都でこの様ですから地方はもっと悲惨かもしれません。

 わが国の何が素晴らしいって、私のような引き篭もり一歩手前、いや半歩手前の無気力な人間もどきが生存はおろか、それなりの生活を許されている辺りですね。この国に生まれていたらとうにくたばっている自信があります。聞けば、日本には働かなくてもお金がもらえる制度まであるというじゃないですか。まさに黄金の国ジパングですね。マルコさんは嘘つきじゃなかったんや!!
 というわけでもう少し真面目に頑張ろう、と決意を新たに1965年の屈辱的敗北を思い起こし、かくも凄絶なる島に再び真っ赤な革命軍を組織して汚職と腐敗に塗れた官僚組織と政府を打倒し、公正公平なる利益再分配の下、万民が健やかかつ幸せに暮らせる地上の楽園(そういやこっちにも北の国系列のレストランがあるのです…その名もも平壌館)の建設を目指すという革命への揺ぎ無い意思が積乱雲の様に我が胸中に沸き起こったのですが、晩ごはんを食べてお腹一杯になって酒を呷ったらすっかり忘れてました。揺らぎ易い事、柳の如し…。独立の志士達も草葉の陰で(以下略。

 それから、道に迷って真っ暗な町を、物凄い勢いで行き交う20年物とか30年物の年季の入ったトレーラーとかトラックにはねられそうになりながらとぼとぼ出発地点に歩いて帰るのはなかなか高難度の試練でした。
歩道など無い

 ブラックベリーの地図がなかったらこの地に骨を埋めていたと思います。電波なかったら家に帰れないんじゃないか、この人?結構良い島なのでそれも悪くはなさそうですが、渋滞と低速回線がネックだな…あと酒が高い。お前の選択基準はそんなレベルか…。


・BF3とかMW3とかゲームの話

 BF3は現地時間で12時、日本時間で2時くらいにならないとアジア、オセアニア近辺のサーバにすら接続すら出来なかったり、接続できてもラグが激しくて一発も放てぬまま死ぬことも。立地がよろしくないんでしょうな。おかげでキルレシオは目も当てられないザマに…。マップを覚えてきたら最初よりはマシになりましたが酷いスコアです。最近は仕方が無いのでまともに動ける時間以外は地球の裏側はカレドニアに潜伏中の弟とCOOPなぞをしてお茶を濁しております(大陸を隔てて遊べるとは子供の頃からは想像もつかぬ便利な時代になりましたな)。こちらはラグがほとんど無いですし、これはこれで結構楽しいです。
 ランク鯖では大抵衛生兵で救急箱ばらまいたり、除細動器でピクリとも動かぬ死にそうな人を黄泉の国から呼び戻すと言う大変おせっかいなプレイに走っております。たまに思い出したようにアサルトライフルで敵を撃ってみたり…あれ?衛生兵が積極的に戦闘に参加するとか・・・ジュネーブ第一条約、第22条柱書き及び1号に抵触してるいるんじゃ…。そんな事をしているととっ捕まったときに世にも恐ろしい電気ドリルを使用した例の拷問(イラク戦争関連書籍参照)を喰らうんじゃ…いや戦闘中は混沌としていてしょうがないんですよ、自己と負傷者を守るという義務と権利を遂行・行使するには”潜在的”脅威を排除するのは仕方がない事なのです!拡大解釈って便利ですね。

 64人鯖はいつも満員でなかなか入れませんが、都市部や地下鉄、鉱山などの過密なマップが楽しいです。あまり広いマップは散漫としすぎてどうも好みではありません。乗り物の操縦が下手糞なだけかもしれませんけど。Legionarius_jpとかいう奴を見つけたら遠慮なく頭部を撃ち抜くなりナイフで喉を裂くなりしてやって下さい。ラグって壁に引っかかってたら生暖かい憐憫の目で遠巻きにしつつ、そっとしておいてやってください。
 
 MW3はグラフィックの割りに軽くて実に良いです。ノート(Galleriaを多少いじってますけど)でもぬるぬる動きます。FPSが好きなら一度手に取る価値があるかと。対戦人数が少ないとかオートマッチングだとか不満はありますが家庭用ゲーム機と並列化の流れなんですかね…。
 ただ、相変わらずの派手な映画的演出で面白いと言えば面白いし、やってる間は夢中になれるのでゲームとしてはこれで良いのでしょうけれど、もう少しリアリティーの匙加減を何とかして欲しいところです。室内でもない上に、現代の小火器を装備しているのに交戦距離が相手の顔が見えるような10m前後だったりする局面がしばしばあるのはゲームだから我慢するとして、シナリオ上展開する情勢が色々無茶なんじゃないかと。
 軽装の空挺師団ならまだしも主力戦車や戦闘ヘリまで擁した大規模な軍隊が先進国の主要都市に突然現れて(哨戒網とかどうなってるんでしょうか)第三次世界大戦もかくやという正面対決を繰り広げるってのは移動速度や物資輸送、兵站などを考えても無理があるのではないかと…ミサイル攻撃の報復合戦の虞もありますし。仮に目的地に到達できても物資が無ければあとが続かないし…。そもそも今時政治的経済的にも莫大なリスクとコストと損失をかけて世界を敵に回した上で戦争吹っかけて覇権国家となるって…それだけの人的物的資源があるなら、もっと賢明なやり様があるような気が…。英語版で日本語字幕も無いのでそれら軍事上・政治上の問題を解決するトンデモテクノロジー(四次元ポケット的な?あるいはジオン公国による大気圏外からの支援が…)の説明を見落としてしまったのかもしれないですけど。
 
 そういう突っ込みをゲームにしてもしょうがないのでやめにしますが、せめてCODの売りであった大軍の中の一人というコンセプトに立ち返って頂きたいものです。もう最後のほうのステージはエースコンバット(4までは全ステージランクSを取得するほど好きだったのですけれど、だんだんと…)や三国無双みたいな俺Tueee状態というか万夫不当というか、どうなんだろこれ、という…。スカッとして面白いですけど回を重ねるごとに進化するグラフィックと演出に対し、話の筋が乱暴になってるような気がします。非対称戦争が多く、総力戦や正規戦の再現しにくい現代を舞台にしたゲームで、ゲーム的な派手さや痛快さを求めるとこういうものにせざるをえないのかもしれないですが、もう少し何とかならないのかな、と素人ながら思うのであります。
 実際のSASの任務がどんなものかを己の経験をもって、読んでるだけでうんざりするほど教えてくれるマクナブ先生ギャズ先生の著書(糞みたいな環境に設置した前哨偵察ポイントで何日も監視活動に従事したり、砂漠で凍死しそうになったり、捕虜になって延々殴られたり、戦闘ヘリに見つかって一方的に肉塊にされたり…)をゲームで再現しても広く多くの人に受けないってのは分かりますけど。実際の記録に目を通してからゲームや映画に登場する特殊部隊の姿を見ると荒唐無稽過ぎて何とも…。あまりに”ゲームらしい”内容の筋書きに緻密なグラフィックが合わさると何だかギャグみたいな事になりやしませんか、とこのジャンルのゲームをこよなく愛するものとして勝手ながら危惧しております。初期のゴーストリコン(あれもロシアが世界を云々ってやつでしたっけ?)との折衷くらいが楽しそう…いや、十分面白いからいいんですけどね。

 どちらもノートパソコンのグラボを酷使しているらしく、ファンから熱風が吹き出し、Radeonの5730が今にも断末魔をあげそうなあたりがなかなかスリングで南国の暑気を払ってくれ…たりはしません。普通にやばそうです。本当に壊れてしまったらたぶん色々吹っ切れて異国の地で円高に物を言わせて最新パーツを買いあさり、タワー型PCをもりもり組むので覚悟しておいてください。誰がだ…。

 それから、Mount and Blade 2来てた…。何か生きる希望が湧いてきた。
 良し、あとはS.T.A.L.K.E.R.の続編だな。何が“良し”なんだか…。故郷がばっちり放射能汚染下にあり、ニュースで連日汚染濃度を報じると言う一昔前のSFみたいな事態に陥っているというのに、よりにもよってあのチェルノブイリ探索ゲームの続編を心待ちにするなんて、本当に度し難い不謹慎野郎よ…。

 ストロングホールド3も出たらしいですが、やる時間が無い…。地球のみんなオラに時間を(以下略。
 評価は芳しくないようですな…。

・ボロブドゥール、プランバナン、イモギリ

 古都ジョグジャカルタを治めしスルタンことハメンクブウォノ10世陛下とパンバユン王女殿下にお目にかかったのち(同伴者達と写真を撮ってたら、何だかえらい気さくな人に握手されて誰だろうな、と思ってたら王家の方々も現地スタッフと同じTシャツ着てて気付かなかった…言われて後で気付くとか…)、王女御自らが主催された行事に参加し、近辺を20kmほど歩きました。

 と言うわけで遺跡やら渓谷やらあちこち巡ってきました。日差しが強くなかなかに疲弊し、ぐったりでしたが色々見られたので良しとします。こういう疲労感は心地よくていいのですよね。風呂などに入ると最高です。で、ビール飲んで飯を貪り食らう。

 古都の田園地帯
畑と寺院

 プランバナン寺院

 9世紀末から10世紀初頭に建立された古マタラム王国の建造物です。私のカメラと技量ではこの迫力は伝え切れません。とにかくOh…とか唸ってました。
プランバナン遠景
プランバナン①
プランバナン②
プランバナン③
プランバナン④
 隙間無く積まれた石に圧倒されます。よくもまあ、こんなパズルみたいな石積みを…。
プランバナン⑤
プランバナン⑥

 イモギリ地区の渓谷
イモギリの渓谷へ
いい観測地点
イモギリの渓谷へ②

 Black Opsにこんな渓谷が出てきましたね。

 2次大戦中のドイツやソ連みたいに車輛に飢えてるのは分からないでもないが、そんなタンクデサントみたいなことやってると事故ったとき損害甚大やで!
過積載

 ボロブドゥール遺跡

 8世紀末、シャイレーンドラ朝による建造物です。下部から上部に向かってレリーフで覆われており、世俗的な彫刻で覆われた下層から上に向かうにつれ煩悩や肉体、物質を超越すると言う仏教思想そのものを建物全体で表現しております。西欧の大聖堂建築よりも数百年前にこの様な繊細かつ壮大な建造物を建てる文明があったということが驚異です。
ボロブドゥール遺跡遠景

 ボロブドゥールに到着した途端雷雨が…日ごろの行いの良さがここでも遺憾なく発揮されてしまいました。
 とはいえ雨に煙る遺跡と遠くに霞む山々というのも、いとおかし。
ボロブドゥール遺跡登頂作戦開始
ボロブドゥール遺跡様々な煩悩を表す壁画
ストゥーパ
ストゥーパ②
 アジアの遺跡も良いですね。大陸の遺跡も回ってみたいものです。
 こんな凄まじい文化、文明を誇っていたのにいずれは西欧の軍門に下るとは、などと歴史の複雑な一面をかみ締める思いでありました。銃・病原菌・鉄などをもう一度読み返したくなります。

 こっちの絵も描いてみたいのですがいま一つ武装などのイメージが掴めないのですよね。おそらくインド、イスラム圏の影響を色濃く受けている筈なのですが…軍事博物館とか歴史博物館を巡れば何か見つかるかもしれません。今度探してみます。

・鉄騎隊

鉄騎隊、ネイズビーの戦い


以下pixivより

1645年6月14日午前10時”朽葉色の精兵”

おいぼれの召使いや給仕、そんな連中が国王軍と戦い続ける事は難しい、信者の軍を編成しなければならない
――オリバー・クロムウェル

――絶対王政の打倒と王権の制限を達成した事で、英国近代化の一歩とされる清教徒革命において、議会派のNew_Model_Armyの核として国王軍と戦った鉄騎隊です。私費でこの部隊を編成したクロムウェルの言葉通り、この連隊は信仰心のある者なら誰でも歓迎し、実力さえあれば大貴族の子弟でなくとも士官になる事ができるという異色の部隊でした。
 戦闘においては詩篇を唱えながら突撃するなど信仰を拠り所とした熱狂的な攻撃精神で知られる一方、不利な形勢でも粘り強く士気を保ち戦い続けるなど、極めて優秀な騎兵隊だったようです。装備は朽葉色の制服に甲冑、短銃に騎兵銃、ウォーピックに手斧、サーベル。
 この時代の騎兵も好きです。しかし非常に規律を重視した為、飲酒などは禁じられていたそうです。酒を燃料とする私は入隊できないようで…。

――1645年6月14日午前10時、国王軍は議会軍7,000強に倍する戦力をもって優勢に戦いを進めていた。国王軍の強力な突撃を受けた議会軍左翼指揮官アイアトンは捕縛、部隊は敗走、中央部隊指揮官スキッポンも被弾し負傷、議会軍は後退を始めた。だが右翼のクロムウェル率いる鉄騎隊は旺盛な士気を維持し、国王軍左翼を駆逐するばかりか、国王チャールズ1世本隊に迫らんとしていた…。

――私は己が何の為に戦っているかを自覚し、自分が知るところのものを愛する粗末な朽葉色の服を着た隊長を大事に思う。ただ紳士と称するだけで、それ以上の何ものでもない輩よりも――クロムウェル

以上
 
 そんな感じで御座いました。中世が終わりを告げルネサンス期を経て16世紀が終わり、戦術や装備も過渡期を迎える時代の騎兵です。いや、むしろ過渡期じゃない時代なんて無いのかもしれませんけど。
 オスプレイだとPike&Shot TacticsとかSoldiers of the English Civil Warあたりが参考資料です。持って来てないので手元に無いですが…。マスケットはテルシオでやったのでパイクを背景に入れました。実際はパイクだけでなく銃兵も隊列を成していたと思われます。
 17世紀初頭だと外にはスウェーデンとかスペイン、フランス、神聖ローマ帝国の騎兵なども良い味出ておりますね。ついこの間も同じような事を言ってたような気がするのですが、我ながら良く飽きないものだ。
 資料として写真や絵画を英語でググってたら大量にリエナクトメントの写真が出てきて、その装備の気合の入りっぷりや実際に騎馬突撃したりパイクの密集方陣を組んだりしている様を眺めてさすがだな、と唸ることしきりでした。ちょっと混ぜてほしい。

 ネイズビーを取り上げた英国の番組
http://www.youtube.com/watch?v=uAoE0hsyASA
 このシリーズ良いですね。アルマダとかも在るし。
 日本もこの手のやってくれないものか。白村江とか元寇とか、有名だけれどあまり細部が知られていない戦史を。で、ちょっとずつマニアックな方向にシフトして洗脳していくと言う罠。たまにNHKでもやってますけどヴィジュアル的に弱いのが多いですよね。この番組みたいに実際にサーベル振り回して切れ味確かめたりする様なはっちゃけっぷりも足りないですし。予算もアイディアも負けてそうです。唯一タイムスクープハンターが気になってるのですがこっちじゃ見られないという…。

 そういや来年のNHK大河“平清盛”は写真を見るだけだと面白そうです。人も風景も何だか薄汚れていてそれらしく見えます。あまり期待すると駄目だったときの衝撃がでかいから危険ですけど。…いや、帰国しないと見られないんですけどね。

 さて、次は何を描きましょう。


・軍団兵イタリアを行く、第10回 帝都ローマ②

 いざ、皇帝の丘、パラティヌスへ!!

 コロッセウムを出て凱旋門から通りへ進み、2分ほど歩くとパラティヌスの丘の入り口が右手にあります。皇帝達の丘です。
水道橋の終点
 クラウディア水道橋はここに接続されております。
 
 ドムス・セヴェリアーナ、ドムス・アウグスターナへ。ラテン語だとセヴェリア、アウグスタですかね。

宮殿の丘へ
 パラティヌスの丘の宮殿。当然屋根は落ちてしまって当時の姿を想像するのは難しいですが、ところどころドームやアーチの残っている場所もあり、建築技術の高さが窺われます。
宮殿跡
 
 パンテオンと同じような格間で覆われた天井が素晴らしい状態で残っております。
アーチの天井

 ギリシアやローマを舞台とした映画にも良く登場する円柱ですが、お金持ちでないと全て大理石で作ることはできず、中身は煉瓦で外に大理石を貼るといった工夫がなされていたようです。柱の様子から帝国の経済状況を知る事もできるのだとか。
羅馬流節約術

 こちらは全部大理石で出来た柱。当時は金があったのでしょう。
大理石の柱

 ドムス・セヴェリアーナの壮大な建造物群。ICOの世界を彷彿とさせます。参考にしたのかもしれませんね。
階段跡
宮殿跡②
宮殿跡③
宮殿跡④


 中庭の競技場と皇帝の観覧席
宮殿内の競技場
競技場と観覧席
観覧席

 ドムス・アウグスターナ
ドムス・アウグスターナ

 この先にドミティアヌス帝のドムス・フラウィアなどがあります。
 
入植初期の遺跡
 ローマ人入植最初期の遺跡、ロムルスがやって来た頃のものでしょうか。
 そばにあるアウグストゥス邸では素晴らしい壁画がみられるそうですが、この日は入れませんでした。

 ティベリウス帝の宮殿は今は庭園になっており市街を眺める事ができます。
公園

 パラティヌスよりフォルムロマヌムを見下ろす。帝国の中枢を眼下に!
フォルムロマヌムの眺め
 
 見下ろして一際目立つのがマクセンティウスのバジリカです。
丘から眺めるマクセンティウスのバジリカ


 さて、帝国の中心へと下りていきましょう。
聖なる道
 ここがフォルム・ロマヌム、帝国の中枢です。フォルムの名の通り広場ですが、神殿や元老院議事堂(復元されたものです。私は絵画や映画に出てくる丸い議場が好きです)市場などが設置され、100万人が住まうローマ、そして最盛期に世界人口の4分の一を支配した帝国の枢要を担っておりました。あ、でも帝政期に入ってからは皇帝の宮殿・宮廷とか別荘とかがその中心ですかね。遠くに引き篭もって指示出してた人とかずっと前線に張り付いて戦争してる人とかいましたし。

 ティトゥスの凱旋門、ユダヤ戦役に勝利した功績が彫り込まれております。ユダヤ最後の抵抗拠点マサダではこの戦いの悲劇的末路を繰り返してはならぬ、と現在もイスラエル国防軍の入隊式と国家への忠誠宣誓が行われているそうです。
ティトゥス帝の凱旋門
ティトゥス帝の凱旋門アーチ部

 燭台はその象徴的戦利品です。ローマ軍団は地上最強なのであります。
戦利品

 ウィア・サクラ、聖なる道、中央通の石畳です。修復されたものかオリジナルか?
聖なる道の石畳

 マクセンティウスのバジリカ
マクセンティウスのバジリカ①
アーチ装飾
側廊アーチ
マクセンティウスのバジリカ②

 とにかく巨大な建物です。写真ではその圧倒的存在感を表現できません。かつては裁判や集会、商取引などが行われていたのでしょう。現在残っている部分は中央の空間を左右から挟み込む、北側側廊、建物の末端部分に過ぎません。かつてはこの三倍以上の大きさを誇っていたはずです。もっと勉強したらポンペイの様にかつての姿を復元しようと思います。

 フォルム・ロマヌムからさきほどのパラティヌスの丘を仰ぐ。
パラティヌスを振り返る
パラティヌスの丘を振り返る②

 マクセンティウス帝の息子、ロムルスに捧げられた神殿
ロムルスに捧げられた神殿
神殿内部の壁画
 入り口に赤色の大理石を用いています。特殊な色の大理石は東方から運んでいたようです。
色大理石の柱

 今回はここらにしましょう。
 次回も聖なる道をさらに進み、帝国の中心を歩む名誉を共に分かち合いましょう。


 先週が酷かったので今週はせめて勤務後はFPSしたり、絵を描いたりしてゆったり過ごしたい…。
 でも12月は最近橋が崩落して死人が出た某島に出張の可能性が…。近所にも今にも崩落しそうな橋が結構ありますが、慣れって恐ろしいですね。こういうのは日本のほうが得意なのだから日本に仕事を回してくれればよいのですけど。安い方が良いってのは分かりますが、壊れたら安物買いの銭失いどころか命までとられるのですから…。パラオでもどこかの半島の国の人が作った橋がばっちり崩壊してましたけど、大統領閣下がこれを機に大陸系企業に任せるのは止めてくれると良いのですが…。真相はわかりませんが、もしリベートや資材費用のピンはねの結果強度に問題のある橋が出来たのだとしたら、巻き込まれた人はたまったもんじゃありませんな。日本も鉄筋が少ないマンションを造るのが大得意な人などがいましたからあまり他人事でもないですけど。

 ではまた何か出来ましたら。
 帝国市民の皆様が良き一週間を過ごされん事を。ローマよ永遠なれ!

電球を交換するのに必要な人数は?


NAVY SEALs教官「電球を交換するのに必要な人数は?答えられたら腕立ては無しだ」
訓練生「0です!地球はSEALsを中心に回るからです」
教官「その通りだ!」
――特殊部隊SEALs 訓練学校BUDs step4

 0…?地球が俺等を中心に回るから電球が勝手に嵌るって言う素晴らしい理屈は分からんでもないですけれど、少なくとも電球持つ係りの人が一人は必要なんじゃ…。気にしたら負けか。

 こんばんは。
 戯れに二日ほど酒を断ってみたら何だか体の調子が悪く、だるい、いつも以上に常に眠い、力が入らないと謎の症状が。あれ?普通は逆では…。いや、休日にSealsの基礎訓練などをぶっ続けで全部見たのが原因では…見てるだけで疲れるってのが何とも…。映画のUボートもその類ですかね。こういうのを見てると大抵の出来事は大した事ではない様に思えて耐えられる気がしますが、多分気のせいです。
 SEALsはパキスタンでビン・ラディン氏の殺害作戦に従事しておりますが、外国の領土内で急襲作戦って具体的にどういう法的手続きをとってるんでしょうね。政府が否認する非公式作戦とは趣が異なるようですけれど。


・悪い冗談みてぇだ

 人民の太陽にして偉大なる領導者(ほんのり北の国風味)、国家首脳たる第一の市民、総理大臣閣下ともあろうお方が、国際法と国内法のどちらに優越があるかご存じなかったって事はないですよね…ハハ…。そう、これは莫大な税金と時間と労力を費やした素敵かつ壮大な冗談ですよね…そうに違いありません。きっと太平の世に緩みきった無知蒙昧にして知慮浅薄なる民草に喝を入れるべく、きつい一発をかまそうという慈雨が如きお心配りなのでございましょう。不肖Legionariusその尽きせぬ慈悲と心意気に胸が熱くなる思いです。

 無論、余人は与り知らぬ深謀遠慮がおありで、いつの日か悲嘆に暮れる市民をあっと言わせる神風が如き秘策が控えているのでしょう。見よ!国会における一分の淀みも無い威風堂々たる答弁を!その雄姿を!↓。
http://www.youtube.com/watch?v=NL97kik6S_4 
 前後のやり取りを見てから判断しないと危険だとは思いますが…。
 
 国際法の授業は昼食後でいつも眠かった(いや、眠くない授業のほうが少なかった。というか起きている時間で眠くない時の方が少ない)とはいえ、私のおぼろげな記憶では一番最初に先生が大前提として説明してたような…。
 今後数十年に渡り国家に多大な影響を及ぼすであろうルール、それに参加するか否かという重大な決断を下す者が、その根本を理解していない可能性が濃厚とか…さすが月給200万超のプロフェッショナルが繰り出すブラックジョークはきっついで。どれほどの国益を生み出すのか、あるいは損失が生まれるのか、何万人が豊かになり、幸福となり、あるいは路頭に迷い、首を括るのか、そんな些細なことは芸人魂の前には如何ほどの価値も意味もなさぬのだ、という巌の如く揺ぎ無き信念とそのスケールの大なるを垣間見、我が心も打ち震え、身が引き締まる思いです。私も見習わなければなりませんな。え、芸人じゃないの…?
 前世紀において幾百万もの屍を積み上げ、ついに確立した民主政治、戦後70年近くを経て、その果てに選び抜かれし指導者、国民の代表者がこの様に傑出した才幹の持ち主とは…。ローマ帝国より謹んでお慶び申し上げます。(あ、逃げた…)

 おふざけは置くとして、大丈夫なんですか、これ?誰か物知りな人教えて下さい…。
 大丈夫じゃなかった場合はもれなく義憤に駆られ、南方属州駐留全軍団の推薦を受け、帝国再興の為に立ち上がります。で、陛下をお救いすべく道中ばったばったと並み居る奸賊を蹴散らし、数千里を北上するも丸子橋最終決戦(脳内ではミルウィウス橋的位置づけ)を前に多摩川渡河作戦で落馬して溺死するというマクセンティウス帝とか赤髭王こと某神聖ローマ帝国皇帝に比肩する劇的なまでにあっけない死にっぷりでお願いします。

 さっきから話がぶっ飛びまくってますが、ラテン語wikiで日本の項目を見てると何かこうローマ人的にグッと来るのですがこれが中二病ってやつですか。菊の紋がSigillum Imperialeとか…。

 あれ?何の話してましたっけ。


・こだわり

 そろそろ、創作物の騎士とか戦士とか称する登場人物が、一様にアメフト選手のプロテクターの様な造形の面妖な板金鎧しか装備していないのはどうにかしたほうが良いのでは…。デザインは機能や構造、使用武器や戦術・目的、製造技術、産出する資源や素材などと表裏一体なのだから時代背景に溶け込まないのは問題があるのではなかろうかと。 せっかく小道具として登場させるなら、もう少し慎重に取り扱えばもっと雰囲気が出るのになぁ、と思う事しばしばです。中世初期の風景や社会にルネサンス期の様な全身を覆う類の板金鎧が登場するのはおかしいし、その逆もまた然り。武器の形状、細い、太い、長い、短い、重い、軽い、鋭い、鈍い、なども時代や地域により千差万別なのに、大抵バスタードソードを平たく伸ばしてみました、みたいな汎用性の欠片もなさそうな持ち運ぶのもだるそうな大きな剣ばかり。とはいえ、こんな偏屈なことを言ってるから楽しめる対象がどんどん少なくなっていくのでしょうな。でもちょっとググれば一杯資料あるのに、その労を惜しむのはもったいないと思うのであります。


・川とか公園の石の裏にいるアレ

 取引先の担当者の方が「え、彼女いないの?じゃあ今度、うちの女性紹介しますよ」とか…。仕事関係のこういうのは本当にどうしたら良いんでしょうな。どこの馬の骨とも知れぬ私をそこまで信用して頂けるのは大変有難いお話ですが…婚活とやらをしている訳でもなく、下手打ったら世話になってる出向先にも迷惑がかかるし、正直申し上げて面倒臭い…。しかし、関係上、無下にするのも悪い様な。もう少し人を見る目を鍛えて頂きたいものです。つまり私が絶望的なまでにそういう話を持ちかけるべき相手ではない事を見極めるべきだと思います。いやもちろんBF3のマップを覚えたくて早く帰りたいわけじゃないんですよ、本当ですよ。うへぇ、めんどうくせぇ、なぜわがはいがそんなことをしなければならないのだ。おぉ、思わず全部ひらがなになってしまいました。
 
 世の中には日の光に溢れた爽やかな野原や花畑が好きな虫もいれば、薄暗くひんやりじめじめした日陰の石の裏が好きな虫もいるのです。誰も彼もが赤い色が好きというわけではないように…。皆さんはこんな輩に騙されないよう、どうかお気をつけ下さい。もういっその事あれか、中世の盗人とか前科者みたいに一目で分かるように焼印とか刺青入れとくか…失格とか不合格とか駄とか分かりやすい感じの奴を。そしたらもう誰も絡んでこないだろう。…それだけは勘弁してください、ビジュアル的に。見極めるコツは顔が笑顔なのに目が死んでる奴に注意することです。

 小学生の頃、ある先生が”面倒臭い”という言葉はぐっとこらえ、口にしてはいけない、と仰っていたのを最近とみに思い出します。一度そう口にすれば本当にそういう風にしか考えられなくなり、感じられなくなるのだ、と。今にして思えば先生の至言は真でありました。私が生き証人であります。
 そう、今こそ、その御言葉を心に銘記し、腑抜けた言葉を口にするより先に行動に移るときではないでしょうか。

 とりあえず、二度とこいつに紹介すべきではない、と先方にやんわり理解させつつ、仕事に支障がでない様に上手くやり過ごさねばなりませんな。羅馬流忍法一子相伝の秘奥義“すみません、風邪をひいてしまったようで…”以外の策を講じねば。あ、最初に自分もういますから、とかいつもの調子で法螺吹いておけばよかった…何と言う頭の血の巡りの悪さ。いつもはあんなに軽やかかつ滑らかに法螺が口をついて出るのに。ぼやいても仕方あるまい…何か策を捻り出さねば、唸れッ、我が桃色の脳細胞!!

 そっち方向に頑張るのかよ…もっと真っ直ぐお天道様に顔向けできるような前向きな方向に頭を使えよ、という声が聞こえてきそうですが。いや、だって、めんどいものはめんどいんですもの。先生の素晴らしい言葉も腐敗したフィルターを通しては台無しだな…。


作戦計画案A

 戦闘には幾つかの局面が存在し、それらは流動的かつ不安定であり、繰り返し、あるいは交互に訪れる。各局面は隔絶した要素ではなく、相互に作用し、その相乗効果は戦果に計り知れぬ影響を及ぼす。古来より戦機と戦局の見極めこそが勝敗を分かつ最重要事項であったのだ。


 ①シュタージばりの勢いで話を聞く。

 単純に対象の話を聞くのではなく、効果的に反応を示さねばならない。それも肯定的な反応を。カーネギー教官はその著名な言葉の一つとして“あなたが明日会う人々の四分の三は、「自分と同じ意見の者はいないか」と必死になって探している。この望みをかなえてやるのが、人に好かれる秘訣である。”と述べている。大概の人間は同胞を探している、そしてよほど特殊な趣味・性癖の持ち主でもない限り、気持ちよく肯定されたいのである。
 如何にそれが得意で容易だとしても判で押したような生返事や慇懃無礼な返答は黙っているほうがマシなほどに失礼な印象を与える。理想的には対象の好む話題を引き出すのが望ましい、それを対象の話したい様に、深くも無く浅くも無く、しつこくもなく展開させる。またこう質問されたい、と考えるであろう時機を計り忠実かつ的確に尋ねる。無論それら全ては誘導していることを悟られないように行わねばならない。気持ちよく話せるようお膳立てする事こそ肝要なのである。間違っても話の最中に携帯電話をいじり始めて、著名な棋士達の珍妙な振る舞いや破天荒な私生活のエピソードをググってニヤニヤしてはならない。退屈だからといって眠そうに欠伸を噛み殺すなどもってのほかである。
 無論、話を聞くといっても、全く暖かみを感じさせない笑みを浮かべて”明日も美味い飯にありついて、愛する家族の顔を拝みたいのなら、お前の知っている事を全部話せ”などと優しく問い質すのはご法度である。


 ②ペリクレスの如く雄弁に、それでいてラケダイモンのように明瞭簡潔に話す。

 自分好みの話題に固執せず、様々な話題に興味や理解を示し、そして話を展開せねばならない。橋頭堡を確保する海兵隊に撤退は許されないのだ。また、沈黙は戦闘放棄も同然である。逃亡は軍事法廷における裁判により、銃殺刑となるであろう。つまりエルンスト・フォン・アイゼナッハ上級大将のように”ヤー”と”ナイン”しか言わない、とか会計時に”チェック・メイト”などと抜かすのは厳禁である。もちろん無言で指を二回ならしてウィスキーを要求するのは論外。如何に沈黙が望ましくないとはいえ、ローマ帝国の比類なき偉大さとローマ軍団の畏怖すべき強大さについて小一時間熱弁を振るう事などあってはならない。相互の話題に踏み込むとはいえ、彼我の攻勢限界点を把握し、かつてマンシュタイン将軍が第三次ハリコフ攻防戦で鮮やかに実践して見せた教訓に学び、深入りによる危険を避けねばならない。そしてあたかも労農赤軍が防衛線の弱小箇所を炙り出す為に随所で攻勢を仕掛けるかのように、幾つかの質問をさりげなく振り、相手に相応しい話題を速やかに探り出し、勝利を活かす事のできなかったハンニバルの教訓を胸に、精密誘導弾が如くピンポイントかつ強力な一打を抉りこむ様に打つべし。誤爆は許されない。


 ③街頭演説における候補者応援演説ばりに褒める。

 当該作戦行動は必要時にのみ行うこと。度を越えた多用は戦果を低減させるばかりか、作戦全体の成否に悪影響を及ぼす可能性がある。
 具体的には衣服や外見、性格や知性、品性、趣味などを褒める。服装や外見などは下手をすると下品な印象を与えかねないため、対象の性質及び環境を見極め、使用火器が通用するかをよく考量し厳選すべし。性格、教養や知性など内面に対する発言は十分な分析をせぬまま適当に行った場合、極めて深刻な戦況を招く虞がある。BC兵器の様に細心の注意を払って取り扱うべし。多くの人間は付和雷同し、徒に目立つ事を忌避する傾向を持つ一方で、他者に優越し、特異である事を誇る、あるいはそう認識される事を望む性質を持つ矛盾した一面もある為、当項目は極めて強力ではあるが、単純なだけに高度な配慮と注意力を要する事を常に意識する事。

 以上


作戦計画案B

 あぁ?ねぇよ、んなもん!!

 以上


作戦計画案C

 本作戦計画案の目標は対象を迎撃し、双方の損害を可能な限り軽微に抑え、かつ戦闘継続意思を極力減衰せしめる事で、再戦の可能性を徹底的に排除する事にある。

 ①作戦参加要員は作戦計画案Aを通読し、完全に把握すること。その後、戦況に応じ慎重に調整した上で、望ましいとされている作戦行動において故意に全て失敗する。

 以上


作戦計画案D

 会話中、語尾に頻繁に”マジで”をつける、二回つけるとなお良し。何かに感心したときは”マジパネェっす”を連呼。感謝の念を感じたときは”あざーっす”。会話の随所に賭博癖と借金癖などの浪費癖、過度の色好みを匂わせる様なキーワードを挿入すると効果大。必読参考資料:闇金ウシジマ君。マジで。

 以上


作戦計画案E

 酷く深刻な顔をして、開口一番、「実は…家内が画面から出てこないんです…」「え…?」みたいな思わず心がときめいてしまう様な素敵な会話を、情け容赦なく韋駄天ハインツばりの迅速さで電撃的に展開する。マジノ線は迂回。もちろん嫁が別居中のノートパソコンを持参すること。

 以上



 まさに智謀湧くが如し、これぞ今孔明、今信玄。

 …
 ……

 思わず頑丈な梁と切れないロープを探しそうになりましたが、気を取り直して。作戦計画案Aは一見良さそうですが、全部実践すると超絶薄っぺらい人に見えそうです。そんなことより、これ書いた人はかなり性格が悪そうですな、HAHA…。初対面の人との交流の導入としては良いのかもしれませんけれど。とりあえず全部逆の事をすれば二度と呼ばれないでしょう。きっとお互い少なからぬトラウマになること請け合いなので、豊かな人間関係を育む事で円滑で健全な社会生活をおくりたい方にはお勧めできません。

 こういう子供地味たことを考たり、鬱陶しい、と断じて捨て置くから私は社会に適応できないのでしょう。でもせっかく日本から数千マイル離れた場所にいるのに、業務時間外に細やかな気配りをするなんて、正規軍団兵を名乗っておきながら傭兵根性丸出しな自分にはとてもやってられないので、作戦計画案Cを採用しようか…。
 計画案Dは簡単で良さそうですが、仮にも動物界後生動物亜界脊索動物門羊膜亜門哺乳綱真獣亜綱正獣下綱霊長目真猿亜目狭鼻猿下目ヒト上科ヒト科ヒト下科ホモ属サピエンス種サピエンス亜種の端くれとして流石にちょっと恥ずかしいし…それにEをやると今後にばっちり支障が出そうですな。

 人はよく自然体で振舞えば良いんだよ、なんて無責任な事を言いますが、そもそも自然体でいいなら私は極自然に家に帰って、7.62mm弾を人様の頭部に送り込む大切な使命を果たしますし…。出席した上で自然体が許されたら極自然に、酷い拷問を喰らってようやく解放された戦争捕虜みたいな輝きを失ったドロっとした目であらぬ方向をじっと見つめながら、酒のおかわりを頼む時と質問された時以外は終始無言(あぁ、とかうん、とか唸り声ともつかぬ返答をする)で濃厚な酒を投与し続けるという、一般的に見てちょっと、いやかなり残念な人と化すでしょう。一体何をどうしたらここまで他者に対する気遣いと労りの心が絶無な悪魔超人が完成してしまうんでしょうな…。まさに現代社会の病理!げに恐ろしきかな、個人主義・無関心社会!!
 
 いい大人が都合の悪いことの責任をすぐに人様や社会に転嫁するのはやめましょう。
 世はなべて因果応報であります。

 と、これだけ書いておいて次回、真実の愛に目覚めた、とか、皆さんもこんなしょうもないページを見て一度しかない人生を浪費していないで愛する人のもとへ羽ばたくべきとか、早く恋人を作った方がいいですよ、とか抜かしてたら、なかなか笑えますね。…ふぅ、前振りはこのくらいでいいか…。


・NO・RI・MO・NO、集まれーいろんなくるーまー、どんどん出て来い、戦うくるっま~♪

 とうとう壊れてしまったのかって? ハハ、いやだなぁ、前からですよ。えぇ。
 こういう風に歌詞を無造作に書いてるとJASRACの人に始末されてしまうんでしたっけ?

 最新テクニカル図鑑
http://dailynewsagency.com/2011/06/17/libyan-diy-weapons/
http://news.2chblog.jp/archives/51614708.html 
 pixivでブックマークした衝撃的なイラストをもとに検索してたら砲塔が無造作についてるTOYOTAで腹筋が崩壊しそうになりました。やっつけにもほどがあるだろ…。いや、むしろドイツや日本はそういうところで職人気質にこだわって生産性や整備性を低下させ、前線での配備数や稼働率をも低下させる事となり、戦況の不利を招いたのではなかろうか…そう今こそ、この日曜大工魂を発揮して一億総員(以下略。前回から大日本帝国脳が抜け切っていない様です。
 第三世界(この表現も古過ぎるか…)でテクニカル(乗用車やピックアップトラックに火器を搭載したもの)が活躍してるのは知ってましたが、最近のはここまで重武装化してたんですね。戦闘攻撃ヘリのロケットポッドとか、歩兵戦闘車の砲塔とか…あんま無茶するともげるで…。
 日本から中古車輸入して、元の会社名や団体名などが入ったままだと物凄い殺伐とした情景に○○興業株式会社とか書いてあったりして、そのアンバランスさが何とも言えぬおかしみを…。以前ソマリアだかどっかで○○幼稚園とか描かれた可愛らしい幼稚園送迎バスを前にAKとかRPGとか雑多な火器で武装した民兵達がポーズを取ってる写真を見た様な記憶が…。数え切れぬほどの町が廃墟になったり人が死んでいるので笑い事ではないですが、何でしょうねこれ…。えぇと、メタルマックス?久しぶりにぬめぬめ細胞を肴に酒を飲みたくなってきました。


・その名はアイアンサイド

鉄騎隊 Ironside


 主が与えし使命によりて英国は清教徒革命の議会派、鉄騎隊(鉄騎は最高のゲームですよね、同志!違…新作は専用コントローラが無い時点で魅力半減…)の狂信、真の信仰に身を捧げしラウンドヘッド(円頭、議会派の兵隊、レッドコートといい、このネーミングセンスはアレですな)の精鋭共を描いております。渋いにもほどがある黄朽葉色のコートを颯爽と翻らせ、黒の甲冑に身を固め、傲慢なる国王軍をサーベルと騎兵銃でぶちのめし、蹄にかける、圧倒的練度と旺盛な士気、議会軍の要とされた騎兵達です。ついでに同時代のパイク兵戦列も。ネイズビーで右翼を務め、その数、倍する国王軍との極めて不利な戦況を気合で覆した時のイメージで。
 マケドニアもローマもスイス傭兵もテルシオも、時空を超えてどの時代のどの地域であれ、密集方陣を描くのは最高に楽しいのですが、ちまちまやってると頭が壊れそうになってきますな。これ以上壊れようもない気もしないでもないですけれど。対騎兵戦闘用意の掛け声とともに肩を並べた戦友とともに勇ましく長槍を構えるも、第一槍列でカービン喰らってあっさりくたばったり、サーベルで一突きにされたり、転倒した騎兵の馬体によって圧死したり、敵のパイク兵に串刺しにされたり、はたまた間合いへの接近を許し短剣で喉を掻き切られたり、懐で零距離射撃を喰らったりする様な、17世紀初頭の歩兵風味な酷い夢を見られそうです。


・軍団兵、イタリアを行く。第9回 帝都ローマその①

 ローマ

 さて、我等が帝国の首都、世界の中心にして首都、カプトゥ・ムンディことローマですが、このページにいらっしゃる良く訓練されたローマ市民諸氏に語るは釈迦に説法というものでございましょう。とはいえ属州民の方もいらっしゃる事と思われますので、一応概要を書いておく事にしましょう。
 ローマはローマ人による伝説によれば、紀元前753年4月21日に建国されたことになっています。さらにその起源はトロイア戦争にまで遡り、トロイアの武将アイネイアースがイタリアへ逃れたという逸話に端を発しております。

 アイネイアースが現地の女王ラウィーニアと結婚し、築いた町がラウィニウムと名づけられ、代々彼らの子孫により統治されておりました。二人の息子から12代目の王ヌミトルの王位を次男アムーリウスが簒奪した事によりローマの歴史が動き始めます。アムーリウスは王位につくと兄の血を絶やすためにその娘シルウィアにウェスタの巫女(純潔を守らねばならない。守らねば生き埋め)の役目を与えたのでした。
 が、ここで我らが軍神マルスが不覚にもシルウィアに萌えて、さくっと手篭めにした挙句、ロムルスとレムスという双子が生まれたのでございます。ローマ人がマルスの子を自負するのはここに起源があるのでしょう。
 で、当然アムーリウス王はそんな怪しげな子供達に王位を脅かされるわけにはいきませんので、二人の処刑を命じます。”俺、そんな汚れ仕事は嫌だよ”と言ったかどうかは知りませんが、王の部下は二人を処刑する代わりにテヴェレ川に流します。どこぞの聖なる河じゃないんだから勘弁して欲しいですね。
 さて、桃太郎もかくやとばかりに、どんぶらこ、と流れる二人を救ったのは、川の精霊ティベリーヌスで、御仁は拾ったはいいが、世話は面倒だったのか、そこらの雌狼に預けるという暴挙に出ます。気持ちは分かりますが拾ったら責任を持って世話をしましょう(あまり関係ないですが、日本では年間30~40万匹の犬猫が殺処分されているそうです。日本人の責任感の強さが窺える素晴らしいデータですね)。ローマの随所に狼の乳を吸う二人の赤子の像があるのはこの辺が由来です。

 で、あやうく狼少女だか狼少年だかジャングルブックだかになりかけて、ディズニーからオファーが来るのを待つ羽目になりかけていた彼らを羊飼いが救い、やがて二人は立派な若者へと成長したのでありました。
 紆余曲折に主人公補正やらを受けて二人はアムーリウス王をめでたく始末し、幽閉されていたヌミトルに王位を譲ると彼らの王国を起こすべく祖国を去ったのであります。

 二人が目指した地、そこにローマ七つの丘が登場します。アウェンティヌス、カピトリウム、カエリウス、エスクウィリアエ、パラティヌス(のちに皇帝や貴族の邸宅が占めたため、宮殿を意味する言葉の語源となります。英語のパレスなど)、クウィリナリス、ウィミナリスの七つです。ロムルスはパラティヌスを、レムスはアウェンティヌスを推しますが、結局意見はまとまらず、紆余曲折(また適当な)を経て二人は決闘(とんだ脳筋ですね)をする事になります。結果、弟はさっくり死んでしまい、ロムルスによる都、彼の名を冠したローマ、我らの故郷が誕生したのであります。ロムルスは建国にあたりローマの歴史において重要な要素、当時の大貴族による元老院と3000名の歩兵と300名の騎兵からなる軍団、つまりLegioこと我らがローマ軍団を設立したのであります。こうして王政、共和政、帝政を経た1000年の都が、あるいはコンスタンティノポリスにまで至る、2000年を超えるローマの歴史が始まったのです。

 と、王政開始までの神話やら伝説やらを適当にまとめましたが、何しろ2,700年以上も前のことなのでよく覚えてません(何歳だよ…)。皆さんで誤りを確かめてください。
 このあとは後代の王による専制や傲慢な振る舞いなどにより王政は廃され、共和政となるのですが、それも銀河英雄伝説の自由惑星同盟ばりに腐敗、硬直化してしまい、カエサルによる帝政への大転換が図られることとなるのであります。何と言う適当な説明…。

 さて、これ以上はきりがないので、見たもの、思ったことなどをそのまま書いていくことに致しましょう。


 ローマ入城
サン・パオロ門

 入城はオスティエンシス街道よりアウレリアヌス城壁のオスティア門(サン・パオロ門)から。正面写真はボケてたというね…。さすが、ここぞと言うところでしくじる私!
ガイウス・ケスティウスのピラミッド

 俺の墓になんて事を、と冥府で嘆いているかは定かではありませんが、ガイウス・ケスティウスのピラミッド型をした墓が城壁の一部として有効利用されています。必要なら人の墓も防衛施設に使ってしまうその合理的な思考、さすが。いや、コロッセオなども後世に分解されて再利用されてますけれど…。


 バチカンの中心、サン・ピエトロ大聖堂
サン・ピエトロ大聖堂

 使徒ペテロの墓所に立てられた世界最大級の教会建築、1506年着工1626年完成。今あるのは二代目だそうです。最初の建物は15世紀に老朽化しており、アレクサンドル6世(チェーザレ・ボルジアの父ロドリーゴ)が“そろそろやばくね?誰か何とかしろよ”的な事を言ったらしく、のちのユリウス2世によって建設が決定されたのだとか。
 建築にあたってはここでもやはりドームの強度が問題になったようで、ブラマンテ、ラファエロ、ミケランジェロと名だたる建築家・芸術家の指導のもと、幾度もその設計を変更し、現在の尖頭型ドームへと至りました。
サン・ピエトロ大聖堂前の広場

 広場を囲む列柱 良い空間
サン・ピエトロ大聖堂 列柱

 とはいえ、ローマ有数の名所も真のローマ人的には主役足り得ないので次の場所に行きましょう。

 サンタンジェロ城
サンタンジェロ城

 元はハドリアヌス帝の霊廟として建築された建物です。のちに何でも取り込んでしまうアウレリアヌス防壁の一部となり防御施設となりました。そのまま歴代教皇により要塞化が進み、16世紀のサッコ・ディ・ローマにおいてはランツクネヒトの攻撃を避けるためクレメンス7世が引き篭もってた事でも有名です。ハドリアヌス帝も冥府でさぞお怒りの事でしょう。

 コロッセウム

コロッセオ
 
 定番過ぎてわざわざ書く事もなさそうですが、コロッセウムへ。その名は場外に巨大なネロ帝の像(コロッスス)が設置されていたことに由来します。正式にはフラウィウス朝による建築(紀元75年開始)の為、フラウィウス競技場と呼ばれていたそうです。私の好きな皇帝の一人、死に際まで皮肉を吐いたウェスパシアヌス帝の時代の建造物であります。剣闘士の絵を描いたときに当時の外観と構造を調べたので、ガイドの方の話を聞かずとも大体どこに何があって何を行っていたかイメージをつかんでおりました。
コロッセオ外壁

 映画グラディエーターでは登場人物達が”人間の作った建物には思えない”と言う台詞を口にしますが、確かに高層ビルを知らない古代人の感覚で辺境属州から剣闘奴隷として引っ張ってこられて、こんな構造物を見せ付けられたらそう言いたくなる気持ちも分かります。抵抗する意思すら喪失しそうです。もしスパルタクス(紀元前1世紀没)がこれを見たら何とコメントするか尋ねてみたいですね。

 100万トンのローマンコンクリートを用い、5万人を収容し、最盛期には連日連夜剣闘試合や動物狩り、そして犯罪者の処刑なども行い、娯楽施設としてだけではなく、政治的な作用も持っていたそうで、皇帝から奴隷までが一堂に会するローマ帝国の社会階級の縮図とも言える場所だったのではないかと。およそ現代人の道徳観念からすればここで繰り広げられていた出し物は直視できないほどむごたらしいもの(剣闘試合はもとより罪人を生きたまま熊や獅子に喰わせたり)だったそうですが、自分が当時の人間だったなら、配給のパンと出し物がただで楽しめるなら毎日でも通ってしまうんじゃないかとも思います。
 ただ、思うに現代でも、映画や小説でもっぱら好まれるのは平穏平和な物語ではなく、悲劇や衝突や摩擦、苦難、戦争や殺人、暴力といった内容を含んだものが多いことを考えると、人類が安全な場所から傍観者として危険や悲劇を、その克服や挫折や失敗、そして死を覗き見ることを決して止めようとしない点で本質的に大差ないんじゃないかと常々思います。サイヤ人も青褪めて死ぬくらい血の気の多い戦闘種族っぷりはホモ・サピエンスの宿命で、そう易々とはその性向は変わらぬ、といったところでしょうか。
コロッセオ外壁②
コロッセオ外壁③

 建物の外観は無数のアーチにより構成され、1階からドーリア、イオニア、コリントと柱の様式が変えられており、当時はそれぞれのアーチのなかに彫像が置かれていました。数十ある出入り口と内部に張り巡らされた階段は火災など緊急時に競技場のどの座席にいようとも数分で外に出られるように設計されていたそうです。5階層ある客席は下から元老院階級、軍人、役人、男性市民、女性市民、奴隷など社会身分・階級などによって区別されておりました。また、日差しを避けるために天幕が張られローマ海軍の水兵がその開閉を担当しました。

 地下は空洞で昇降装置、控え室や猛獣の檻などがあったようです。地下施設ができる前はアリーナに水をためて、船を浮かべて模擬海戦などを行う事も可能だったとか。 
コロッセオ地下施設
昇降装置模型

 モザイク画、柱頭の彫刻
モザイク画
柱頭

 映画だと最下層のアリーナから配給のパンを投げたりするシーンがありますが下部の観客席は施しなど必要としない元老院階級や富裕層なので不思議ですね。パンを必要とする上の席の人に届いたのでしょうか?あるいは実際は客席の間を歩いて配っていた?

 この壮大で複雑な建物(無数の階段や柱廊、地下施設など内部構造も含めて)を実際見て、設計者の頭の中身はコンピューターか何かだったのだろうか、という驚愕がまず沸き起こりました。3次元のCGや複雑な計算の出来る機械が無い時代によくこんなものを作る事が出来たな・・・と
コロッセオ一階通路部分
コロッセオ内部②

 しかも工事開始が75年で80年には使用が開始されているとか…。1,000年以上のちの大聖堂建築にかかった百年から数百年という時間を思うと驚異的な早さではないかと思われます。
 
 残念ながら地下部分には入れず上から眺めるだけでした。それでもエレベーターや傾斜路が設けられたであろう位置はなんとなくわかるので当時の姿が十分想像できました。
アリーナを見下ろして
観客席
コロッセオ内部

 せり上がる昇降装置、舞い散る花弁、吹き鳴らされる喇叭に水圧オルガン、連打されるドラムの音に包まれて眩い白砂のアリーナに姿を現す剣闘士、そして建物を揺さぶり、反響し、頭と腹に響く熱狂的な歓声!
 往時は凄まじい熱気が場内を包んでいたのでしょうね。
軍団兵らしき何か

 闘技場付近にはローマ軍団兵を模したと思しき装束の人々がいるのですが、これがどうにも安っぽくかつて地中海世界を制した誉れ高きローマ軍団の一員には見えないのです。装備の不徹底さもさることながらその中身の方も何だかフニャフニャ(肉体的にも、姿勢や態度も)していて、とても訓練を受けた軍団兵としての振る舞いには見えませんでした。とりあえず有料で観光客と写真を撮るならもう少し鍛えたほうがいいんじゃないかと。いつ鬼の形相の百人隊長が現れて懲罰棒を奮ってお前ら基礎訓練からやり直しだ、と気合を入れなおすかハラハラしつつ期待してましたが、いつまでたっても現れませんでした。しょうがないので私自ら10分の1刑を食らわそうかと思ったのですが、まだろくに見学もしてないのに市内をカラビニエリに追い掛け回されるのもどうかと思い、諦めました。ローマ人の尚武の気風は失われたのでありますな・・。
 確かにほのぼのした家族連れとかカップルで賑わう観光スポットに過酷な従軍生活で荒みきった目つきの高地ゲルマニア帰りの軍団兵が凱旋してきたら雰囲気ぶち壊しですね。私は凄く見たいですが。捕虜とか戦利品で山盛りの荷車と一緒に。

 コンスタンティヌスの凱旋門
コンスタンティヌスの凱旋門

 コロッセオのすぐ目の前にあるのが、4世紀初頭にマクセンティウス帝を撃破したコンスタンティヌス帝に捧げられた凱旋門です。この凱旋門の装飾は過去のあちこちの凱旋門や広場など(トラヤヌス帝のフォルム、アウレリウス帝の凱旋門など)から引っぺがしてきたレリーフの切り張りといっても良い状態です。帝国の国力衰退と技術力の低下、あるいは大慌てで凱旋門を造ることで、コンスタンティヌス帝の宿敵だったマクセンティウス帝を支持した過去を払拭したかった元老院の立場とローマの混乱を示す記念碑と言えるのではないかと。
コンスタンティヌスの凱旋門装飾②
コンスタンティヌスの凱旋門装飾③
 丸い装飾はハドリアヌス帝時代のもの
コンスタンティヌスの凱旋門装飾①
 コンスタンティヌス帝の事績をたたえる文言の左右と四角いレリーフの両脇にある像はトラヤヌス帝時代のものを失敬して貼り付けたらしいです。 
コンスタンティヌスの凱旋門装飾④
 四角い装飾部は我らが哲人皇帝、マルクス・アウレリウス・アントニヌス帝の装飾を引っぺがして貼りました。 軍団兵の装備を見ればコンスタンティヌス帝時代、4世紀のローマ軍団のものとは違う事がすぐ分かります。
コンスタンティヌスの凱旋門装飾⑤
コンスタンティヌスの凱旋門装飾⑥

 
 今回はこの辺で。次回は凱旋門正面右手に広がる皇帝の丘、パラティヌスの丘に参りましょう。


 相変わらず長いですね。

 そういや前回貼りましたミラノで発見した変なビルはヴェラスカの塔という1950年代の建築だそうで。まだ使われてるらしいです。巨大な廃墟かと思ってた…失礼な…。ミラノの伝統に則った復古主義的なデザインなのだそうで。

 今週は前述の珍事が控えているのに加え、週末にジョグジャカルタへ足を伸ばし、ボロブドゥールやらプランバナンやらを訪問してローマ帝国全権大使(いつからそんな重職に…)としてジョグジャカルタ王家の人に挨拶したり、一緒に密林やら遺跡やらを練り歩くと言う謎のイベントがあるので、完成は来週か再来週ですかね。
 塗れたらまたお会いしましょう。


 真の信仰の持ち主、神が使わせし精強なる騎兵、鉄騎隊諸君に勝利を!汝らの敵に逃れ得ぬ亡びを!
軍団兵履歴

Legionarius

Author:Legionarius
主に世界史・戦史(東西問わず)の絵を描いております。

形式:Legionarius
状態:製造年月日から30年以上経過
使用燃料:Laphroaig,Bowmore,
Ballantine(12年が好ましいが財布が薄いのでfinest)
エンジン形式:惰性型酒冷4ストロークバルブ108気筒
始動形式:諦念あるいは深い溜息
搭乗機:CBR600RR07白→CBR1000RR2012に機種転換(乗り手に過ぎる良い機体ですがハイオクは財政が……)

音楽:(Bill Evans, Miles Davis, Dvořák, Linkin Park, Rammstein, Killswitch Engage, Enigma外)気に入れば何でも。

書物:ノンフィクション、歴史(ローマ史、古代ギリシャ,WW2外)、SF(ホーガン、ハインライン外)、最近はOsprey社の本ばかり。主にマクブライド先生のやつばかり。

漫画:(大陸軍は世界最強とかアララララーイとか)雑食。

ゲーム:ROME TOTAL WAR、MEDIEVAL TOTAL WAR
     CALL OF DUTY、S.T.A.L.K.E.R、SILENT HUNTER外

好きな陛下:Marcus Aurelius Antoninus、Flavius Claudius Julianus
好きな甲冑:ロリカ・セグメンタータ
好きなヴァンツァー:フロスト
好きなマクナブ:受領通知!!、カチカチ、カチカチ、続刊はいつですか。
以下、好きなギボン、サトクリフ、パウルカレル、スティーブンハンター、フォーサイス、ルカレ、エルロイなどと八万行に渡って続くので割愛。

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